気持ち悪い。 
 そう思って、由佐は部屋を出た。
 
 母親が失踪した。
 前後に男の影がチラついていて、事件ではなく、不倫の末の失踪を見られた。
 しかし、何件もそれが続き、男の影が類似していることから事件性が囁かれるようになった。
 警察は男を事情聴取したが、男と失踪した母親たちが一緒にいたことはわかったが、殺人などに繋がる証拠は何一つなかった。
 男曰く、数日一緒に過ごした後に、母親は忽然と消えるそうだ。
 男の部屋を調べたが、母親たちの持ち物は見つかっても、殺人や傷害に繋がることも何もなかった。
 彼を拘留して取り調べをしようとしたが、弁護士が現れ、彼は釈放となった。
 宮野由佐は警察官であり、この事件に関わっていた。
 ある日、休暇中に偶然友人を見つけ、声を掛けようとしたら、あの男が現れた。
 二人は腕を組み仲良さそうに歩いていく。
 事件のこともあり、由佐は二人の後を追う。
 ラブホテルに入った二人を追って、中に入る。
 非番でも持ち歩いている警察手帳をフロントに見せて、彼女は二人のいる部屋に飛び込んだ。
 二人はベッドの上で重なり合っていた。
 友人は小中学の子どもがいる母親であり、この関係はどう見ても不倫だ。
 警察としてはあるまじきことだが、不貞を働く二人に吐き気を催し部屋を出た。
 しかし、冷静になり、彼女は再び扉を開けた。
 そこにいたのは男だけだった。
「百合子はどうしたの?」
「あ?あんた、誰?っていうか、さっき覗いた人でしょ?」
「私は警察よ。覗いたのは悪かったわ。それは謝る。それよりも女性はどこにいったの?シャワー?」
 音はしないが、とりあえず聞いてみた。
「消えちゃった。気持ちよくてどこかに行ったのかな?」
 男は笑い、由佐は彼を殴りつけたくなった。
「ふざけないでよ!どこにいったの?」
「うーん。ここ?」
 男は今度は目を細め、誘うように由佐に笑いかけて、自分のお腹に触れる。
「へ。は」
 男は真っ赤な舌を出すと、ぺろりと唇を舐める。
「ふ、ふざけないで。あなたを捕まえるわ」
「いいよ。でもきっとあんたも罰せられるだろうね」
「そんなのいいわ!」
 由佐は本部に電話して、応援を呼んだ。
 彼は一時拘留されたが、すぐに釈放される。
 証拠がないためだ。
 逆に由佐には謹慎処分が下り、三日ほど勤務停止になった。
 彼女の友人の百合子はやはり、あの後の消息が掴めていない。
 男の笑み、仕草を思い出し、由佐は寒気を覚える。
 人が人を食べる。
 ありえないことではない。
 けれども、丸のみしたように数分で血も何も残さず食べることは不可能だ。
 あの後、部屋も捜索したが百合子の脱ぎ捨てた服以外。何も見つからなかった。
 彼女の家族から由佐に連絡があったが、どれも酷い内容だった。
 彼女を責め立てる感じで、心配している様子はなかった。
 男が会った後に消えているのだ。
 しかもホテルで。残されているのは彼女の服と持ち物だけ。
 裸でどこかに消えた。
 オカシイ、と思うのが普通なのに、彼女の夫はふしだらな女などと酷い言葉で詰った。
 
 由佐は彼女の夫からの電話を静かに聞いていたが、ふつふつ怒りが込み上げてきた。
 彼女は会うたびに、元気がなかった。
 疲れていた感じだった。
 だから、男と会った時にとても幸せそうで、驚いた。
 謹慎が明けて、由佐は上層部から止められているのに、男に会いに行った。
 彼は彼女を見ると、笑顔で部屋に招きいれた。
 危険信号が頭の中で鳴り続けていたが、彼女は男の部屋に入る。
「真相を知りたいの。百合子はどこにいったの?」
「……話してもいいけど、条件がある」
「条件?何?」
「あんたを食べたい」
「た、食べる。やっぱり、あなたは」
「痛くないよ。全然、むしろ気持ちいいと思うけど。みんな喜んでくれた。だって、みんなすごく疲れていた。消えてしまいたいってみんな言うんだ」
 由佐はただ男の言葉を聞いていた。
 
「やっぱり辞める。なんかあんたはまだ生きたそうだし。そうだなあ。消えたくなったら、連絡してきて。そしたらわかるから」
 男は真相を話してくれず、由佐もそれ以上踏み込みたくなくて、男の部屋を出た。
 事件は迷宮入りになり、男もいつの間にか消えていた。
 数年後、由佐は同僚と結婚し、二人の子供に恵まれる。
 仕事が忙しいのに、家事と育児をこなすことは想像以上に辛かった。
 子どもたちが中学生、高校生になり、病気もしなくなり、休みを取ることは減った。
 しかし、反抗期の子どもたちは由佐を酷く詰り、彼女は完全に疲れてしまった。
 ふらふらと、電車に飛び込みそうになり、腕を引っ張られた。
 
「あ、ありがとうございます」
 
 振り向いた先にあの男がいた。
「消えたくなった?」
 由佐は静かに頷く。
 そうして男に連れられ、ホテルに入る。
 そこで彼女は百合子が消えたわけを知った。
 男は女性と交わることで、女性の精気を奪う。女性は行為の中、髪の毛一本まで精気にかわり、男に取り込まれた。
 だから何も残らないのだ。
 消えていく意識の中で、由佐は百合子を思い出し、自分の人生を振り返った。
 やはり痛みはないが消えていくことは悲しいし、子供たちにもすまないと思う。
 同時に解放された気持ちがあって、由佐は安らな気持ちで消えていった。
 
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