ボーダー本部ラウンジの端にある学習用スペース。その一番広い机を占拠しているのは、三門市立第一高等学校に通う学生たちだ。
「あー……絶対値ってなんだろう、絶対値って。数字に数字以外の意味入れんなよなー」
別役が机に転がり、そう呻いた。それに乗ったのは隣に座っている佐鳥。
「だよねー! 絶対なんて絶対ない♪ なんて曲とかなかったっけ?」
くるくるとペンを回しながら鼻歌を歌い出す佐鳥に、その隣に座っている時枝がノートを書く手を止めないまま答える。
「絶対値自体は簡単だと思うけど……プラスもマイナスも省いた数字」
「そんなまともな回答聞きたくない!」
時枝の答えに、別役は耳を塞いで嫌々とした。時枝はそこで手を止め、佐鳥越しに別役を見る。
「別役はどこで躓いてるの?」
その言葉に、別役は顔をぱあっと輝かせる。
「救世主! 実はここの絶対値の外し方が分かんなくてさー」
「それはほら、こっちの数字にプラスとマイナス入れて……」
「……とっきー、場所変わる? てか、おれも教えてー」
「佐鳥にはこの前教えた気がするけど……」
「まあまあ、復習復習♪」
「……まあ、いいけど」
目の前で時枝による数学のミニ授業が始まったのを眺めながら、半崎が大きく伸びをした。
「はあー……数学もダルいけど、古文もダルいわあ……なんで今更千年以上前の色恋の話なんか勉強しなきゃいけないんだか」
そんな半崎に「あはは」と苦笑いするのは笹森だ。
「まあ、気持ちは分かるけど……半崎は、この前の古文の小テスト80点だったからそんなに苦労しないだろ。オレなんて65点だったから頑張らなきゃ」
そう言う笹森に目の前の佐鳥が笑う。
「それ言ったら笹森この前の数学の小テスト85点だったじゃん。おれなんて50点だったんだから。ホント、とっきーがいてくれて助かる―」
同じクラスの佐鳥・半崎・笹森・別役は、小テストの度に点数を見せ合い、お互い脇腹をつつき合う仲である。なので、互いの成績は割と筒抜けだ。大体別役と佐鳥が最下位争いをしているのだが、半崎と笹森も教えられるほど勉強が得意な訳でもないので、いつも隣のクラスの時枝がみんなの先生役である。
軽いノリで話を振られ、時枝は「ふう」とため息をつく。
「オレだって別にそんなにデキる方じゃないよ。藤沢や香取の方が多分成績良いし、ボーダーで言うなら古寺や染井の方が成績優秀で教えるのも上手だと思う」
成績優秀な同級生の名前を上げる時枝だったが、全員が声を揃えて否定した。
「「「「いや、聞きやすさも教え上手も時枝(とっきー)が一番だから」」」」
あまりに綺麗に声が揃ったので、机の端で黙々と勉強をしていた奥寺と外岡が思わず「「ぶっ!」」と吹き出した。
「いや悪い……頼りにされすぎだろ、時枝」
「まあ、気持ちは分かる。六頴館、やってる範囲も違うもんなあ。歌川とかともテストの話したけど、なに言ってるかよく分かんなかった」
そう言って穏やかに外岡が笑うと、丁度そこへ歌川と菊地原がひょっこり顔を出す。
「呼ばれたか?」
「ぼくたちが賢すぎて恐れ多いって話でしょ」
歌川の後ろでそんな事を言った菊地原の頭を、端っこに座り直していた佐鳥がパッと手を伸ばしてぐりぐり撫でる。
「相変わらず口が減らないなー菊地原ー!」
「佐鳥触るな! あとうるさい!!」
「こら、佐鳥。菊地原の前でそんな声出しちゃダメでしょ」
「菊地原もそういう言い方はよくないと思うぞ」
騒ぐ佐鳥と菊地原を、フォロー役の時枝と歌川が窘める。佐鳥は素直に「あ、ごめんごめん」と謝り、菊地原は「だってホントの事でしょ」と唇を尖らせながらそれでも大人しく引いた。
「第一はもうすぐ中間テストだったか」
「うん。六頴館はもう終わったんだっけ?」
歌川に訊かれ、笹森が頷き返す。菊地原が「先週終わった」と端的に答えると、半崎が「羨ましー。こっちは今からとか、マジダルい」と愚痴をこぼした。
「第一の範囲とか楽勝でしょ」
「そりゃ六頴館組に比べりゃマシだろうけどさ」
苦笑する奥寺に、歌川が視線をみんなの手元へと移す。
「今どこやってるんだ?」
「数Ⅰは一次不等式と絶対値のあたり。古文は源氏物語かな」
「源氏物語! ぼく、嫌いだったわ」
「はは、風間さんに愚痴ってたもんな」
「ちょっ! 歌川! それ今ここで言うなよ!」
軽くじゃれる歌川と菊地原。すると、更にそこへ古寺と染井、香取が通りかかる。
「ちょっと、学習用スペースで何騒いでる訳?」
香取に訊ねられ、歌川が爽やかに「悪い」と謝りながら答える。
「第一がもうすぐ中間だから、試験勉強中らしい」
「……葉子。もうすぐ中間だったのね」
染井が香取に視線をちらりと向けるが、香取は「そういやそうだっけ?」と首を傾げた。
「テスト勉なんてしないから忘れてたわ」
「香取はしなくても成績良いしね」
「まあね!」
時枝にそう言われ、満更でもない香取は軽く胸を張る。別役は「うぶぶ……そんな台詞一度でいいから言ってみたい」と机を涙で濡らしながらぼやいた。そして、次の瞬間飛び上がって、古寺に抱きつく。
「古寺―! 古寺って国語得意だったよな?! 数学は時枝に聞くから、国語教えてくれー! こうなったら、優秀なカテキョいっぱいつけてテスト乗り切るしかない!」
「おれで良ければ教えるけど……さすがにそこに入るのはきついかな」
学習用スペースの一番広い机は、気付けばたくさんの同級生たちで埋まっていた。「確かに」と誰ともなく笑い出し、それを機に一度休憩をとることにした。
「なんか腹減ったー、食堂でなんか食べよー」
「今食べたら絶対眠くなるって。それより、コーヒー買って飲まない?」
「え?! 笹森ブラック飲めるの?! めっちゃ大人じゃん」
「いや、ブラックまでは……諏訪さんがよく飲んでるから、飲めるようにはなりたいけど」
「東さんもよく飲んでるからオレもこっそり試したけど、あれやっぱ苦いよな」
そんな話をしながらぞろぞろと歩き出す16歳たちであった。【終】
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【いい16歳組の日】とある日のラウンジ
初公開日: 2026年06月04日
最終更新日: 2023年11月16日
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