「おーい、邪魔するぞー」
紘のよく通る声がMANKAI寮の玄関にこだます。が、誰かが出てくる気配がない。
「? みんな出かけてるのか?」
いつも夏組を筆頭に賑やかなこの寮にしては珍しい静けさ。紘が首を傾げながらそれでも勝手知ったる我が家のように遠慮なく玄関から上がり、ひとまず談話室を目指す。談話室の扉を開けると、そこには——
「ああ、紘さん。こんにちは」
「お、臣。久しぶりだな」
劇団一の長身を器用に屈めながら料理する、秋組の臣がいた。他の団員の姿は見当たらない。
「今日はお前だけか? 他の連中は?」
「あー……夏組はみんなで流星群を観に泊まりで出掛けていて、他はお盆で結構実家に帰っていますね。左京さんや太一、莇なんかは夏祭りの手伝いで朝から出掛けていて、リーダーズも揃ってお祭りに行くって言ってたな……さっきまではガイさんたちがかき氷作ってたんですけど、開店準備や用事でもう出られました。誉さんはいますけど、今は締め切りが大変だそうで部屋にこもりきりです」
「そうか……なんかタイミング悪かったな」
「いえいえ……でも、紘さんは誰かに用事でした? 俺で対応できますか?」
臣は料理の手を止めて申し訳なさそうに紘を見る。大型犬のようなその瞳に、紘は思わずうっと心が揺れる。
(俺より10センチも高い身長なのに、こんなに可愛く見えるなんてどういう仕掛けだ?!)
「いや、大した用事じゃないから大丈夫だ。ちょっとロケで近くまで来てたから、帰る前に覗きに来ただけだ」
「そうですか……それはそれで、俺しかいなくてすみません」
臣は眉をへの字に下げながら、手元で何やら作業し、紘の前にちょこんと皿を置いた。
「これ、良かったら味見してもらえますか? 今晩の夕食に出そうと思ってるちらし寿司です」
「おお、豪勢だな」
そこには、エビや卵焼き、サーモンやマグロ、キュウリやイクラなどが煌びやかにのせられたちらし寿司があった。
「あと、こちらも。からあげ、お好きでしたよね」
「よく覚えてるな」
「前に食事した時、そんな話してた気がして……合ってて良かったです」
人好きのする臣の顔を見ながら、自分も表情が緩んでいくのを自覚する紘。共に置かれた箸を手に取り、「いただきます」と手を合わせて食べ始める。
「ん、うまい! これは今日食べれるヤツが幸せだな」
「ありがとうございます」
臣はお茶の入ったコップを手に紘の斜め前に座る。
「お前は実家帰らないのか?」
「今日帰りますよ。その前にいくらか作り置きしておこうと思って料理してたんです」
「真面目か! 寮のヤツは助かるだろうけど、あんま無理するなよ」
「はは、俺が好きでやってることですから」
紘は心配するが、臣は本当に大したことなさそうに笑った。その笑顔が何となく善に似ている気がして、ふと在りし日のMANKAI寮に意識が飛ぶ。
「そういや、善も自分が寮をあけるってなったら、なんだかんだ作ってたなー。それを残った奴らで争奪戦するのが恒例行事だった」
「はは、なんだか目に浮かびますね」
「いっつもちゃっかり勝つのが柊でな……金持ちなんだから、少しは貧乏人に譲ってくれても良かったのによお。霞なんか、最初からこっそり善に自分用を頼んでやがって……全く、意外と抜け目ないんだよなあ」
ぽろりと口にすると、途端に記憶が鮮やかに蘇る。懐かしさでほころんだ口元に器用にイクラをよけながらちらし寿司を運んだ。
「そういえば、紘さんこの前まで太一と天馬とドラマ撮影一緒だったんですか?」
「ああ。俺はゲスト出演だったがな」
「太一も天馬も、紘さんが凄かったって話してましたよ。出番は少ししかないのに、存在感が半端なかったって」
臣の話に、紘は「ふん、まあ当然だな」と嬉しげに胸を張った。そして、ちらっと自分を伺う臣の視線に気付く。
「その顔……天馬や太一がどうだったか、聞きたい顔だな」
「あはは、バレちゃいましたか」
紘の指摘に臣は頭をかく。その反応をくすっと笑いながら、紘は先日の撮影風景を思い出していた。
「天馬は相変わらず、可愛くないくらい落ち着いて仕事してたぞ。今回は主人公のライバル役で沈着冷静な役柄だったからちょっと冷たい雰囲気は残しつつ、でも肝心なところでは主人公をさりげなくサポートしたりしてな。撮影の合間もその雰囲気のまま太一とはちょっと距離を取って行動してた」
「へえ、なるほど」
「天馬は撮影の間は割と役柄の性格や雰囲気を維持し続けるタイプだからな。舞台やってる影響もあるんだろうが」
「それは確かに」
舞台では一度幕が上がると終幕までその役以外になることがない。だから撮影現場でも同じように行動しているのかと思うと、なんとなく嬉しい気持ちになる臣。
「太一はまだ現場慣れていないから結構緊張してたけど、役に入ると明るくて堂々としたところはよく表現できてたな。あと、細かな仕草で役の感情を表現するのが上手い。意外と繊細なタイプなんだな。身体表現が優れているのは舞台役者の強みだから、映像でもいい感じに映えてたぞ」
「そうですか!」
太一が褒められ、分かりやすく喜ぶ臣。その素直な反応に紘も思わずつられて笑った。
「臣は本当に仲間が好きなんだな」
「それはまあ……やっぱり、頑張ってる仲間が褒められるのは嬉しいですよ」
ニコっと笑う臣に、紘も温かな気持ちになる。自分もかつてはそうやって団員たちの活躍に一喜一憂していた——そして今もまた。
「俺も、MANKAIカンパニーの後輩たちが頑張っている姿を見るのは、素直に嬉しい」
そう言って笑う紘は、退団した今も間違いなくMANKAIカンパニーの一員だった。
「……おっと。冷める前に食わなきゃ申し訳ないな」
紘はそう言って大事に取ってあった唐揚げを放り込んだ。
「んっ!? うまい! これはいいな、何個でも食べれそうだ」
「そうですか! 良かった。これは冷凍にして、明日食べてもらおうと思ってて……」
「気遣いがすごいな?!」
紘は笑いながら一個、もう一個と唐揚げを頬張る。スパイシーで深みのある味付けは、記憶の中の善の唐揚げとはまた違った美味さだった。
「なんか、お洒落な味付けだな。善の唐揚げはもっと……」
「もっと、なんだ?」
「は?!」
突然割って入ってきた馴染みの声に、紘は飛び上がって驚く。
「善!? なんでお前がここに……?!」
「なんでって、差し入れだ。店で余った食材と、まかないの余り。お前こそ、なにこんなところで人の唐揚げの悪口言ってんだ?」
大きな紙袋を下げた善は、眉間に皺を寄せて紘を見る。
「悪口なんて言ってない! ただ、臣の唐揚げと善の唐揚げの味が違うって話してただけだ!」
「それは当たり前だろう。それで? 俺の唐揚げがもっと、なんだ?」
座っていると余計に善の視点が高く、威圧感の強い善を睨み返しながら、紘は半ばヤケクソで叫ぶ。
「もっと大味で濃かっただろ!」
「……大味で悪かったな」
善は冷たい一瞥を紘にくれると、持ってきた紙袋を臣に渡し、そのまま無言でキッチンに向かった。
「あ、善さん……」
臣が慌ててその後を追い、紘はなんとなく居心地が悪くなりながら最後の唐揚げを頬張った。臣が出した皿の上には避けられたイクラがちょこんと残されている。紘がこれをどう片付けようか悩んでいると、善が手早く作った唐揚げとサーモンと小エビのカクテルサラダを紘の前に持ってくる。そして、紘が残していたイクラをそのカクテルサラダの上にひょいと乗っけて、意地悪く笑った。
「ほら、お前の大嫌いな大味の唐揚げとイクラのカクテルサラダだ。食うまで帰さねえからな」
「はあ?! お前……はあ?!」
紘がその言葉に顔を赤くする。色々言いたいことはあったが、善の無言の圧力に負けて紘は仕方なしにカクテルサラダから手を付ける。
「…………」
乗せられたイクラも一緒に口へ運ぶ紘。サーモンと小エビにかかった絶妙なドレッシングのお陰で、苦手な臭みと感触が軽減されている。サラダを食べ終わると、紘は唐揚げも無言でがぶりと食べた。濃くて微かにニンニクの風味が薫る懐かしい味が口いっぱいに溢れる。無言でもぐもぐ食べる紘の様子を見守っていた臣は善に耳打ちする。毎日団員たちの食事風景を見ている臣からすれば、それが好きな物か嫌いな物かの判別はたやすい。
「……善さん。紘さん、善さんのカクテルサラダも唐揚げも、随分好きそうですよ」
臣の言葉に、善はふっと笑って答えた。
「んなもん、顔見りゃ分かる」
素直じゃない善と紘に、臣はふふっと優しく笑って頷いた。
「ですね」
【終】