「ここまでご苦労だった」
 アーロンは岩から立ち上がる。
 妙な緊張感が漂っている。
 ぴりぴりした空気をセオを感じた。それはレイアも同じらしく、彼の服の端っこを掴んでいた。
「セオ。その娘から離れて」
 リアムの言葉。
 それでセオは察した。
 仲間が何をしようとしているのか。
 レイアの手を掴むと走り出す。
 だが、レイアの足では追い付かれるのは時間の問題だった。
「セオ。最初からその予定だったはずだ」
「そうだよ。セオ。俺たちの任務覚えている?」
 前に立ちふさがった二人が次々に話しかけてくる。
 レイアの息は上がっていて、これ以上走るのは無理だった。
「セオ。あきらめろ。その娘のせいで、森の民は危機に見舞われる」
 アーロンが剣を抜く。
 その時、ぶうんと鈍い音がして、隣にいたはずのレイアがいなくなった。
「セオ!」
 エディがレイアを担ぎ走り出していた。
 
「付いてこい」
 セオはその時初めて彼の声を聞いた。
 地響きのような低い声で、はじかれた様に彼はエディを追った。
「裏切りか?」
「まさか!」
 アーロンとリアムが三人の後を追う。
 
「私はどちらにつきましょうかね。気持ち的にはセオですね」
 分析担当といえども、テイラーも森の民で、精鋭の一人だ。
 すぐに走りだした五人を追った。
 五人の距離は縮まらない。
 このままで逃げ切れるかもしれないとセオは期待した。
 エディに担がれたレイアの状態が心配だが、命あってのものだ。
 彼は必死にエディに引き離されないように後を追った。
 しかし突然、彼は止まった。
 何かを見つめている。
 セオも止まり、その視線の先を見ていた。
「やっと、観念した、か」
 少し息を切らせて、追いついたアーロンが刀を再び抜くが、エディとセオの視線の先を眺め、動きを止めた。
 そこにいたのは、人であったもの。
 狂ったように暴れていた。
 恐らく誰がそれを止めるために、縄で雁字搦めに拘束していたはずだが、暴れ回ったため、縄で皮がむけ、縄自体も傷つき、いつ切れもおかしくない状態だった。
 それは、レイアを見ると涙を流した。口を動かしているが、何を言っているかは不明だ。
 その場にいる誰しも不死身の兵士を見たのは初めてだった。
「降ろしてくれる?」
 
 レイアがそう言い、エディはゆっくりと彼女と地上に降ろす。
「レイア!何を」
「……私のせいなのね」
 彼女はゆっくりとそれに近づく。
 それは暴れることはなくなり、ただ涙を流していた。
「私の血を感じる。マルク叔父様が私の血を取っていたのは、このため?」
「レイア、近づくな!」
「大丈夫。彼は何もしない。私と同じだから」
 セオも誰もが気押されていた。
「もう大丈夫。眠っていいんだよ」
 彼女がそれを撫でると、それは目を閉じ動かなくなった。
「血で狂った人間を止めることができるのか?」
 そう言ったのはアーロン。
 追いついたテイラーはレイアがそれに触れた瞬間、動きを止めた状況を見ており、目を輝かせていた。
「セオ。教えて。お父様、マルク叔父様は私の血で何をしているの?」
 ずっと彼女が抱えていた疑問だった。
 だけど聞いてはいけないとずっと黙っていた質問。  
 だけど、人間なのに人間ではなくなったものを見て、彼女は知るべきだと初めて思った。
 彼の目から悲しみが見てとれ、触れた瞬間に彼の記憶が流れてきた。
 彼は単なる農夫だった。
 毒矢を射られた瞬間、怒りに我を忘れ、向かってくるすべてを破壊し続けた。
「話すよ。俺が知ってること」
「セオ」
「アーロン。いいじゃない。だけど、もう少し王都から離れた場所で話そう」
 アーロンは不服そうだったが、他の者はセオに賛同していた。
 狂った人間は助けを求めていた。
 レイアの血が原因だったとして、彼を楽にさせてやったのはレイアで、それは救いの女神のようにも見えた。
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