バチィと開戦の狼煙を上げたのは崇臣の爪と佑左の破魔の刀だった。
「チッ! さすがに一撃じゃ殺らしてくれねぇか」
「重い……っ!」
弾かれた崇臣は京介の横まで下がってくる。両腕両足はすでに狼化させていた。佑左は誰よりも前に出て、背後を守るように刀を払った。
「崇臣。やれるか?」
「はい。骨は折れますが……あの金眼は俺が引き受けます」
「頼む。無理はするな」
「それは難しそうですが……善処します。京介さんこそ、あの青眼とやり合うんですか?」
「ああ。出来ればあの黒髪も一緒に引き受けたいが……さすがにそこまでの猶予はくれなさそうだな……玲央」
「うん?!」
「あの黒髪のエクソシストを引きつけて、なるべく逃げ回っとけ。もう少ししたらエンドも加勢にきてくれるはずだ」
「分かった……やってみる」
一太と拓也はリエンに守ってもらっている。エンドはその準備を整えたら合流する手はずになっていた。
魔物たちの中をかき分けて、ケイが京介たちに近寄ってくる。
「ケイ! 後方支援に回れと言っただろう!」
京介が気付いて怒鳴る。だが、ケイも負けじと怒鳴り返した。
「俺も一緒に戦う! 俺なら回復術が使えるから、玲央さんだって安心だろ」
ケイの一理ある言葉に、京介は「ちっ」と舌打ちをする。京介の本心としては、ケイに少しでも安全な場所にいて欲しいのだが、玲央の身を護るという点で、ケイは誰よりも適任だった。
「……分かった。玲央が危なくなったら助けてやってくれ。玲央、渡した呪符は結界になる。盾として使え。危なくなったら、ケイと後ろに逃げてもいいからな」
「大丈夫。僕も吸血鬼のはしくれだ……頑張るよ」
堅い表情の玲央の頭を、崇臣がポンと優しく撫でた。毛深く爪の鋭い狼の手だったが、その温かさは間違いなく崇臣のものだった。
「大丈夫です。俺がすぐ助けに行きますから」
「崇臣……君の方こそ、無理しないでね」
「はは、頑張ります」
そう穏やかに笑った次の瞬間、崇臣は牙を剥き出しにして地面を蹴った。刀を構えた佑左を襲い、佑左はこれを迎撃する。
それと同時に京介も懐から銃を抜いて桃里めがけて撃つ。桃里はそれを呪符で防いだ。
「ハッ! バケモンがいっちょ前に人間さまの武器使ってるんじゃねえよ!」
「弾丸を紙で防ぐお前の方がバケモノじみてるだろうが」
2人は歯を見せ強気に笑った。
戦いの幕が切って落とされ、辺りは一気に両陣入り乱れた乱戦となった。
そこここで武器のぶつかり合う音、飛び散った血や焼けたような肉の臭い、人も魔物も関係なく倒れていく――……。
「吸血鬼! 覚悟しろ!!」
「嫌だ! 僕はまだ、何も恩返しできてない!」
遼平に追われながら、玲央は叫ぶ。今まで飽いていたこの永い生の中で、初めて玲央は生きたいと思っていた。
初めて出来るかもしれない安息の居場所、初めて出来るかもしれない友、それらを前に、まだ死ぬわけにはいかない――玲央は唇を噛み締め、地面を蹴る足に力を込めた。
◆
牙と刀が交わる度に、バチバチと火花が散る。崇臣の口には好戦的な笑みが浮かび、対する佑左は奥歯を噛み締め崇臣を睨みつける。
「……おい、人狼」
「なんだ、エクソシスト」
「お前、何人人を食った?」
「は?」
刀を払った佑左は、殺意の籠った燃えるような金色の瞳で崇臣を見つめ、詰問した。崇臣は目を丸くし、それから不愉快そうに鼻を鳴らした。
「俺は人を食ったことはない。確かに血は栄養になるし必要があれば分けてもらってたが、美味くないし、人肉なんて尚更わざわざ食わなくてももっと美味いなもん自分で幾らでも作れるからな」
「だが、お前は強い。強い魔物は、人間を多く食べてるんだろう」
佑左の言葉に、崇臣は「はあ?」と呆れたような声を出した。
「それ、いつの時代の迷信だよ? 今時そんなこと信じてるヤツいるんだな……魔物は、人間食べても強くはなんねーよ。必要なのは魔力と肉体の鍛錬だ」
崇臣の言葉に、佑左は目を見開き、そしてギリッと奥歯を噛み締めた。
「――じゃあ、俺の村は迷信で滅ぼされたって言うのか!!」
「!」
崇臣はその言葉に驚く。佑左は憎しみを込めた目で崇臣を見て、過去を語った。
「10年前。俺の村は、魔物の群れに襲われた。弟ともう一人以外、全員殺された。俺の両親も、俺達を庇って、俺達の目の前で身体を切り裂かれて殺され、食われた。それもこれも全部、無意味な迷信だっていうのか!!」
「…………」
佑左の言葉を聞いて、崇臣の目が厳しくなった。真っすぐ立って佑左を見つめ、そしてゆっくりと頭を下げた。
「!?」
驚く佑左に、崇臣は真摯に謝る。
「申し訳なかった。謝って済む問題じゃないのは分かってるが、魔に属する者の一人として、謝らせてくれ」
「……!」
無防備に晒される崇臣の首。今佑左が刀を振るえば、簡単に落ちてしまうだろう。しかし、佑左はどうしても刀を持つ手を動かせなかった。崇臣の言葉には、本当に気持ちが籠っていたから。
崇臣はゆっくりと頭を上げる。そして、両手を広げ、言葉を重ねた。
「……だけど、分かって欲しいんだ。殆どの魔物は、さっき京介さんが言ったみたいに、平穏に暮らしたいだけなんだ。だから、人を害したいとも思っていない。確かに欲望に負けて暴走するヤツもいるが、そんな奴らは俺達が責任を持って管理する。だから……この争いはやめにしないか?」
「…………」
佑左の金色の瞳が揺れる。崇臣の飴色の瞳は本当に澄んでいて、その言葉が心からのものだと伝わってくる。だからこそ、迷った。だが……佑左が自分の気持ちを口にする前に、崇臣の後ろから黒い影が飛び出してきた。
「けけっ! 死ね! エクソシスト!!」
「やめろっ!!」
崇臣が制止するが、それよりも先に飛び掛かった魔物が佑左によって一刀両断される。佑左と崇臣の間に、何とも言えない空気が漂った。佑左が深くため息をつく。
「……アンタの言いたい事は分かった。アンタがそれを本気で言ってるのも分かった。だが……現状は、こうだ。魔物は人間を襲うし、人間も魔物を狩る。それが恐らく――宿命、というやつなんだろう」
佑左の声には、哀しみと悔しさが籠っていた。どうにかしたい現実を、どうにもできない自分へのもどかしさ。どうすればそれが叶うのか分からない焦燥感。それでも手放すことなどできない、守るべき者を守る為の刀。
崇臣も、溜息をつく。最初から分かっていた結論だ。
「……そうだな。俺も、自分に似た境遇の奴に会えて血迷ったみたいだ。俺達は、戦うしかない。お互いの、守りたいものを懸けて……」
「ああ」
2人は、再び爪と刀を構える。もう言葉は要らなかった。今はただ、互いの想いを乗せ、切っ先を交えるだけだ――。
◆
パンパンと乾いた銃声を掻い潜り、桃里は京介に肉薄する。清められた祓魔の剣が京介の金髪を薙いで金糸がパラパラと散った。
「チッ! ザンバラ頭にされたら、ケイに怒られるんだがな」
「いやいや、似合うんじゃね? 試してやるよ!」
「遠慮する、下手くそ」
軽口を叩きながらも2人の目は真剣そのものだ。
「なあ、クソガキ。お前らの上層部はこんな面倒お前らに押し付けて何やってんだ? そんな奴らの為に命張るほど、お前の命は安いのか?」
「はっ! 魔物の妄言に乗るかよ。俺は上の為に命張ってんじゃねえ、お前らに狙われる、一般市民守ってんだ」
「……魔物にだって弱いヤツも無害なヤツも大勢いる。それらも全部まとめて殲滅か」
醒めた京介の言葉に、桃里は少し黙ってふうと息を吐いた。
「……それくらい知ってるさ。だから俺だって今みたいな、根こそぎなんて野蛮なやり方は嫌いだ。だけどな、クソジジイ。人間か魔物かの2択を迫られたら、俺は迷わず人間を選ぶ。俺たちが人間だからだ。お前だってそうだろう? お前が魔物を選んだから、この町の人間を皆殺しにして成り代わるっつーヤバい計画立てたんだろうが。全部知ってるぞ。それを今更、口先だけで乗り切ろうなんて……俺たちの本気にビビったのかよ、ダセぇ」
京介は桃里の言葉に目を見開き、険しい顔をした。
「待て。今、なんと言った? 俺が、俺達が、この町の人間を皆殺しにして成り代わる? ――誰が、そんなことを……」
「あ? タレコミがあったんだよ。お前の仲間の術師からな」
桃里が顔を顰めて吐き捨てる。京介は「リエン、が……!?」と愕然とした。
「アイツが、なん、で……ぐぅっ!!」
一瞬完全に思考が奪われた瞬間、京介は桃里の剣に肩を貫かれた。
「戦いの最中に考え事たあ、ナメすぎだぜおっさん!」
京介の胸を蹴って剣を引き抜く桃里。京介は「うぅっ!」と唸りながらもその勢いを利用して自分も後ろへと飛び退く。肩から赤い血がどくどくと流れるが、すぐにその勢いは緩やかになる。
「……さすが。八尾比丘尼にゃ、この程度の傷、どうってことねえな」
「……ああ。俺を殺したきゃ、全身八つ裂きにしろ。それが一番可能性があるぞ」
「はっ! ご要望とあらば!」
桃里は剣についた血を払い、もう一度構え直す。青い瞳が爛々と炎を発しているようだ。
桃里の本気の闘気に、京介も一度深呼吸して頭の中をクリアにした。
リエンの裏切りやその目的について色々考えたかったが、今はまず、目の前の相手に集中することにした。でなければ幾ら不死身の肉体を持つ自分でも、本当にやられかねない。
「――行くぞクソガキ!」
「――来いよクソジジイ!」
2人は同時に地面を蹴り、京介は銃弾を、桃里は刃を、相手めがけて叩き込む。銃弾は桃里の身体に打ち込まれたが、特殊なスーツを着ているのか、貫通することはなかった。だが衝撃が全て殺せた訳でもないようで、桃里は「くっ!」と呻き反射的に身体を丸める。
その隙を逃さず京介は隠し持っていた短刀で桃里の肩に刃を立てた。しかしそれも貫くことは出来ず、反対に桃里に剣で腹を一文字に切り裂かれる。肌着に仕込んでいた呪符のお陰で怪我はしなかったが、次は防げない。
「チッ……情報通り、良い腕してやがる」
京介は舌打ちしたが、その唇には笑みが浮かんでいた。なんだかんだ言って、強者と戦えることを純粋に楽しんでいる自分がいる事を、京介は自覚している。
「だが……今日ばかりは、少々卑怯な手を使わせてもらう」
京介はグッと奥歯を噛み締めると、銃を撃ち真っ直ぐ桃里に突っ込んでいく。桃里は剣と呪符を盾にするが、京介の身体は呪符の結界をすり抜け、桃里の剣に先程と同じように肩を貫かれる。だが、今度は京介は痛みに躊躇することなくもう片方の手に持っていた短刀で桃里の胸を貫いた。
「がはっ!?」
「丹波あああ!!」
反対の場所で崇臣と対峙していた佑左は、目の前で桃里が貫かれるのを見てしまい、絶叫する。
崇臣はその隙に佑左の身体を袈裟懸けに切り裂こうと爪を振り下ろすが、不意に割り込んできた影が呪符を翳し崇臣の爪を跳ね返した。
「チッ!」
崇臣は新たな人影に一旦引いて距離を取る。佑左は、飛び込んできた影に目を見開いた。
「嘉門!?」
「兄ちゃん!」
佑左の声にパッと顔を輝かせたのは、薄紫の髪に佑左とよく似た金眼の少年・嘉門だ。
その後ろには、桃色のふわふわした髪に空色の瞳をしたの同年代くらいの少年・夢遊がいる。
「夢遊も!? なんでこんなとこに来た!! 後方で控えてろってあれほど!!」
佑左は険しい顔で怒鳴りつけるが、嘉門は必死な顔で「だって!」と叫び返した。
「夢遊がこの場面夢で見たんだ! 桃里も兄ちゃんも大怪我しちゃうって! だから、それ止めに来た!!」
「夢遊が?」
「うん! だから、秘薬持ってきた! はやく桃里に!!」
「佑ちゃん、かっちゃん、こっち!」
夢遊が桃里に駆け寄る。佑左はとっさに崇臣を見たが、崇臣は離れた場所で棒立ちで見つめるだけだった。少なくとも、桃里の治療をしようという夢遊と嘉門に危害を加えるつもりはないようだ。
「……」
佑左は崇臣の動向を警戒しつつ、桃里の元へ向かおうとする。が、
「――はっ! やって、くれるぜおっさん! だった、ら、死なば諸共……付き合ってもらうぜ」
胸を貫かれた桃里が、口から血を零しながら渾身の力を振り絞って京介の肩に突き立てた剣を思いっきり引いた。
「がああぁっ!!」
京介の身体が、肩から胸にかけて大きく抉られ、血飛沫が派手に飛び散る。血柱が高く上がり、それが致命傷に至る大怪我だと周囲に知らせた。
「京介さん!!」
崇臣は地面を蹴り、一足飛びで京介の元へと向かった。と同時に、遼平と戦っていた玲央とケイにも、京介の絶叫が届く。
「「京介!?」」
2人は血の海に沈む京介を見て、絶望に顔を歪ませる。ケイの宝石のような碧眼が自分と京介の間で揺れるのを見、玲央は叫んだ。
「行って! ケイなら、まだ京介を助けられる!!」
「――っ!! 悪ぃ、玲央さん!」
玲央を助けてやれと言われた京介との約束を振り切って、ケイは京介の元へと向かう。
(――クソ京介! こんなとこでくたばんじゃねえぞ!!)
250年前。何も分からない、何も覚えていない、人と鳥のあいのこのような異形の自分を拾ってくれた、元人間。互いに死ぬことも歳をとる事も出来ない身体で、人の世に交わり切れず、つまはじきにされながらもなんとか寄り添ってここまで生きてきた。
京介が崇臣と町を支配し始めたのだって、自分に居場所を与える為だと、ケイは知っている。
そんな恩人を――こんなところで死なせていい訳がない。
「ケイ……京介……!」
玲央は走るケイの背中と、その向こうで倒れたまま動かない京介を見つめる。
その玲央の横顔を、遼平は憎しみを込めて睨んだ。
「よくもっ!! 桃里くんを!!」
背中を預け合える同胞にして、大切な幼馴染。自分の方が年下のくせに、いつも「遼平さんは俺が守っから」なんて生意気な顔で笑ってた桃里が、凶刃に倒れてしまった。
その元凶が、目の前の吸血鬼だ。
遼平は、自分の全身全霊を込めて、退魔の術を編む。そして玲央が我に返るその瞬間、手に持った剣を閃かせ、斬りかかった。
「死ね! 吸血鬼!!」
「――!!」
玲央が襲い来る遼平の剣の先を見た瞬間、その間に、見慣れた背中が割って入った。
「がああっ!!」
――――遼平の刃を真正面から受けたのは、この場に居るはずのない、浩太だった。
「浩太あああ!!」
――――吹きあがる血飛沫と共に、終焉を告げる絶叫が辺りに響き渡った。
【第11話/絶望編へ続く】
「」
「」
「」
「」
「」
「」
「」
「」