弟に、私より立派な男になると宣言されましたが、私は女です。
 エイケは今非常に困った状況にあった。
 目の前で、キラキラした瞳で自分を見つめてくる令嬢ウィルマ。
 その隣で、親の仇を見るような目で睨みつけてくる弟アントン。
 どうしてこんなことに……。
 エイケはガイルナード家の長女である。
 夏になると一家で領地へ戻る。
 それは避暑の意味と、父が領主として一年に一度の監査をするためにである。
 エイケは領地では、乗馬を好み、弟の服を借りて、男装していることが多い。
 弟と一緒に馬に乗り、丘を駆けあがっていると、立ち往生している馬車を見つけた。
 二人は直ぐに駆け付け、人を呼んだ。
 馬車の中にいたのは可愛らしい少女であり、兄を訪ねる途中で車輪が泥にはまり動けなくなったらしい。
 翌日、少女が兄をつれて、お礼のために訪ねてきた。
 可愛らしい少女の名前はウィルマ・マイルゼン。今を時めく宰相閣下のご令嬢であった。
 ウィルマは兄を伴って現れた。
 眼鏡をかけて聡明そうな彼の名前は、フォルカー・マイルゼン。
 訪問者がいると予想しておらず、エイケはいつもの男装姿であり、そのままでいいと言われてしまい、お茶を飲むことに。
 そして数分で、エイケは後悔した。
 どうやら、エイケはウィルマに好かれている、惚れられているらしい。
 弟は昨日の時点でウィルマに一目ぼれだったので、彼女に熱い視線を向けられるエイケに酷く嫉妬していた。
 これはいけないと、性別を話そうとしたのだが、フォルカーに邪魔をされてしまい、話せず仕舞い。
 どうやらフォルカーはエイケの性別をすぐに見破ったらしいのだが、黙っていて欲しいようなのだ。
 そんな感じでお茶会は終わり、エイケは酷い気分、弟アントンは酷く傷ついていた。
 妹をまず馬車に乗せてから、フォルカーが戻ってきて二人に告げた。
「君は私の妹ウィルマに惚れているらしいな。だけど男装した姉に負けるような魅力のない男は、ウィルマに相応しくない。だから諦めてくれないか」
「突然失礼ではないですか?マイルゼン様」
「失礼ではないです。姉上。わかりました。僕、姉上の男装した姿より魅力的になります。そうしたら、ウィルマ嬢に告白してもいいですか?」
「いいだろう。その勝負を受けて立つ。見事、姉より素晴らしい男になってくれ。そうしたら、私が認めてやろう」
「ありがとうございます!」
 エイケははっきり言って二人のやり取りについていけなかった。
 だが二人は男同士に二言はないだとと言い合い、握手して別れる。
「姉上。僕は姉上より立派な男になります」
「えっと」
 この日からエイケの受難が始まった。
 ★
 「姉上。僕の目標のため、しばらくずっと男装でお願いします」
 弟の願いのため、エイケは常に男装することになり、歩き方などをじっくり観察される。
 エイケは自分自身では普通に歩いているつもりなのだが、そんなに男っぽかったのかと悩み始めた。
 三日に一度、成果をみせてくれとばかり、ウィルマとフォルカーが訪問してくるときには、何やら張り切った弟がウィルマに話しかけるのだが、彼女がエイケに熱い視線を向けるのを変わらなかった。
 ウィルマたちの訪問、弟アントンの宣言から十日ほどたったある日、エイケはフォルカーを別の部屋に呼び出した。
 男女二人きりにさせるわけにはいかないので、エイケとフォルカーが部屋を去ると使用人が代わりに部屋に入る。
 またエイケは男装しているが女性である。なので部屋に二人っきりになるわけにもいかず、その部屋にも一人使用人が待機していた。
「話しとは何だ?」
「あの、マイルゼン様。やはり本当のことを話しましょう。埒があきませんし、私が耐えられないのです。ずっと男装しているのもなんだか変な感じですし」
「……ガイルナード卿のその恰好は、趣味じゃなかったのか?」
「趣味ではありません。あとガイルナード卿の呼び方も、変えてください。エイケで構いません。マイルゼン様」
 フォルカーとレニの父の爵位は共に伯爵だ。
 同等の立場であるが、卿という呼び方は主に男性に対してなので、エイケは訂正してもらうようにした。
 彼女は男装するのは嫌いではない。
 乗馬や散歩などには男装の方が適していると思っている。
 けれども普段はドレスを身に着けたいという、普通の令嬢であった。
 父親に似て中性的な顔立ちであるがため、男装が似合いすぎるのは理解している。
 しかし、彼女はドレスを身に着けるのが好きだった。
 ウィルマが身に着けるような可愛らしいドレスは似合わない。
 しかし、王都では通っている仕立て屋がいて、そこで作ると彼女にも似合い、彼女が好むドレスを用意してくれた。
「そうか、すまなかったな」
「もしかして、私が女性を好む、と勘違いされておりませんか?」
「いや、それは断じて思っていない」
「そうだといいのですが」
 エイケは酷い勘違いをされていたとフォルカーに憤りぶつける。
「すまなかった。ウィルマにすべてを話そう」
 その言葉の通り、部屋に戻ったフォルカーはすべてを話して、ウィルマは泣きそうになっていた。
「ごめんなさい。ずっと黙っていて。でもこれからもお茶を飲みにきてくれる?」
「……はい」
「ありがとう。次からは私もドレスで参加するからね」
「はい」
 複雑な心境そうであったが、今後もお茶を飲みには来てくれるらしいとエイケはほっとしていた。
 横目で弟も安堵している姿を確認し、更に彼女は安心した。
 そうしてエイケは男装から解放されたのだが、弟アントンは不満そうだった。
「結局、姉上を超えることはできなかったです。ウィルマ嬢も残念そうでした。こんなことなら、ずっと姉上に男装してもらったほうがよかったかもししれない」
「そんなことは絶対にないから。ウィルマ嬢は多分、私に憧れという気持ちを抱いているのかな。好きとは違うと思う」
「違うのですか?」
「うん。憧れっていうのは、こんな人になりたいとか、カッコいいとか、そういう相手を讃える気持ちだと思う。好きっていうのは、相手と一緒にいたい、もっと話したいという気持ちだと思う」
「姉上詳しいですね!」
「まあ、物語の受け入りだけど」
 エイケは恋愛経験がない。
 王都の友人たちも同じような感じなため、恋愛に関する情報は本から得ている。
 彼女が読んだ物語はこうだ:
 ある令嬢は自分より年上の男性を好きだと思っていたのだが、いざ付き合うことになると違和感ばかり。自分を可愛く見せたくて会うたびに全力で頑張る。そうなると疲れてしまい、会うのが辛くなる。幼馴染と気楽に会っている方が楽しかった。幼馴染が婚約することになり、彼女は幼馴染を失くないと強く思う。そうして、憧れと好きが異なることに気が付く。
「その物語、結論はどうなりましたか?」
「お互いに好きだということに気が付いて、ハッピーエンド」
「……令嬢と付き合った人は振られたってことですね」
「そう。現実にはそんなことはできないと思う。だから物語にすぎない。でもこれで、憧れと好きが異なる感情だってわかるよね」
「はい。……僕、好きになってもらうように頑張ります」
 弟アントンはその言葉の通り、お茶会の度にウィルマに話しかけ続けた。
 最初がぎこちなかったが、ウィルマの方もエイケに対する思いから目を覚ましたようで、アントンをしっかり見て話すようになった。
「マイルゼン様はよかったのですか?」
 恐らく妹に近づいてほしくなくて、あんなことを言ったのではないかとエイケは考えていた。
 なので、二人とは別の部屋でそんな話をする。
 エイケとフォルカーも二人で話すことが多くなっていた。
 
「アントンは合格だ。君の男装姿には敵わなかったが、人柄としては問題ない」
「なんですか。それ、私の男装ってそんなに似合ってましたか?」
「ああ、私は最初君が男だと思っていたよ」
「酷い」
「ああ、酷い。どうして、こんなに綺麗な君を男だと思ったのか」
「き、綺麗。マイルゼン様、ちょっとおかしいですよ」
「おかしいか?私たちはあと一週間で王都に戻る。王都でも会うことはできるか?」
 そんな口説き文句のようなことを初めて言われて、エイケは改めてフォルカーを見つめる。
 ウィルマばかりを見ていたが、彼も彼女の兄らしく整った顔をしていた。
 眼鏡が彼の顔だちを隠しているようにも見える。
「ウィルマがきっと会いたがるだろうから、また会えるだろう。今度は私たちの家に招待しよう」
 エイケは今日初めて、彼を男性として意識してしまい、何も答えられず狼狽えてしまった。
 ★
「……姉上。どうしてそんな格好を」
「男装だ」
「姉上は男装にうんざりしていたわけではなかったのですか?」
「そんなことはないよ」
 男装すると気持ちも変わるようで、フォルカーを意識せずに会えそうだとエイケは安堵していた。
 王都に戻ってから少しして、フォルカーから招待状が来た。
 弟のアントンは喜び、エイケは緊張して、気持ち悪くなったくらいだ。体調不良で断りたいが、それをするとアントンもいかないと言い出しそうだったので、苦肉の策で男装することにしたのだ。
 案の定、男装すると緊張がほぐれ、アントンと共に馬車に乗り、マイルゼン家へ向かった。
 現宰相の家ということで、同じ伯爵でも屋敷の大きさが異なり、二人とも慄きながら馬車から降りた。
 迎えたのは、ウィルマ、フォルカー、そして二人の母親だった。
「わあ、エイケ様。かっこいい!やっぱりかっこいいです!」
 
 ウィルマが褒めちぎり、横目に弟が機嫌悪くなったのが見えた。しかし、背に腹は代えられなかった。
 フォルカーは驚いた顔をしていたが、すぐに微笑みを浮かべ挨拶をする。
「初めまして。ルヴィアよ。領地ではありがとう」
 二人の母親はかなり気さくで、エイケ達に気楽に挨拶をしてくれた。
 
 応接間に通され、その大きさにまた驚かされる。
 しかし調度品は茶色で統一されており、落ち着いた雰囲気だった。
「それでは、四人で楽しんでね」
 ルヴィアはお茶会が始まり、しばらくはそこにいたがそう言うと部屋から出ていく。
「エイケ嬢、少しいいか?」
 ウォルカーにそう言われ、弟にも『行ってください。僕たちの邪魔しないでください』と視線を送られ、二人で部屋を出る。
「庭を案内する」
 彼の言葉にほっとしながら、案内されるまま中庭を散策する。
 咲いている花の説明などを聞きながら、彼の後を追っていると突然彼が立ち止まった。
「その恰好。どうしたんだ?」
「気分転換です」
「そうか。私のせいかと思った」
「そ、そんなことはないです」
 彼に自分のよくわからない気持ちがバレているようで、エイケは慌てて否定する。
「エイケ嬢の男装は本当に綺麗だ。だけど、今日は女性にしか見えない」
「そうですか。やはりしばらくしてないとうまくできないのですかね」
「そうではない。そうではないんだ。エイケ嬢。私の事、どう思っている?」
「へ、あの」
 直球で聞かれて、エイケは動揺して、何を言っていいかわからなかった。
「こういう事を聞くから、だめか。エイケ嬢。私は君がとても気になっている。多分、好きだと思う。憧れではない。それは断言できる。自分の気持ちを確かめる意味でも、こうして、今後も二人で会うことはできるか?」
「えっと、あの」
 エイケは動揺しすぎて、混乱していた。
 冷静さをかき、頭の中は真っ白だった。
「急ぎ過ぎたな。妹たちが先だな。まずは」
「は、はい」
 やっとエイケはまともな返事ができた。
 それからアントンと一緒に何度がマイルゼン家を訪問した。たまに宰相が家にいることもあり、同格の爵位とはいえ、家柄の違いをひしひしと感じることになった。
 そのような交流を経て、アントンとウィルマは婚約。
 エイケとフォルカーの関係は変わっていない。
 エイケは十九歳になり、周りの令嬢が婚約、結婚とする中、彼女だけは何も噂がなかった。
 また両親もエイケに結婚を進めることはなかった。
 弟たちの結婚式の日、エイケとフォルカーは義理の兄妹になった。
「エイケ」
「なんでしょうか。フォルカー」
「私たちも一歩進んでみないか」
 二人の出会いから既に四年が経過していた。
 エイケはアレを最後に男装をしていない。
 彼女は、憧れと好きの区別ができるようになっていた。
 フォルカーといれば、落ち着きがなくなる。だけど、一緒にいたい。一緒にいれば、ずっと傍にいてほしいと思うようになる。
 それは好きということだった。
「はい。フォルカー。よろしくお願いします」
「よかった。エイケ」
 今まで一度もフォルカーは無体なことをしようとしなかった。
 けれども、エイケが答えた瞬間、フォルカーは頬に軽くキスをした。
「フォルカー!」
「兄妹でも頬にキスくらいするだろう」
「それはそうですけど」
 レニは顔を真っ赤に染め上げ、答える。
「まあ、私はただの兄妹で終わるつもりはないがな。エイケ。よろしくな」
 彼の言葉通り、二年後二人は兄妹ではなく、夫婦になった。
 
 弟より、男らしいエイケは、男と勘違いされながらも誤解を解き、幸せな結婚生活を歩むことになった。
(おしまい)
 
 
 
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