私がガイ様に初めてお会いしたのは、まだ子供の頃だった。
それは、シトロニア王子がお忍びで城下町にいらして、私の母が経営する小さなジャスミン茶のお店に立ち寄って下さった時のこと。
シトロニア王子は母のお茶を気に入って下さり、とても高貴で太陽のように眩しい笑顔で褒めてくださった。
《このお茶はいつも飲んでるものよりも香りが濃いな! 新鮮なのだろうか?》
《はい! この店の裏の畑で採れたものをすぐに加工して使用していますので、新鮮さには自信があります》
《そうか。それがすごいな! なあ、ガイ》
そうシトロニア王子に話しかけられたガイ様は、しかし無表情のまま答えられた。
《成分に大きな違いはない。品質の良さで言えば、城で飲んでいるものの方が数段高い。このような危険を冒してまで飲む価値はないと思うのだが》
《!》
ガイ様のその言葉を聞いて、子供だった私は大好きな母のお茶を貶されたと思い、泣き出してしまった。シトロニア王子が私の為に怒って下さる。
《おい、ガイ! お前が情緒も味も分からないポンコツのせいで、可愛い少女が泣いてしまったではないか!》
そして、庶民の子供でしかない私の前でシトロニア王子は膝を折り、純白のハンカチを取り出してそっと涙を拭って下さった。
《!》
王子様に涙を拭いてもらえたという事実にびっくりして、私の涙は簡単に止まる。シトロニア王子はそんな私を見て、にこっと笑いかけてくださった。
《素敵なレディ。泣かないでくれ。君が泣くと私まで悲しくなる》
その完璧な笑顔に、私は息が止まりそうになる。歳は大して違わないはずなのに、シトロニア王子は完璧な王子様だった――これが、王族というものなのか、と幼心に実感した記憶がある。
そして、シトロニア王子が《ガイもこのレディに謝罪しろ》とガイ様を促すと、ガイ様もまた膝を折り私に視線を合わせてくださった。ジャスミンの葉よりもなお濃くて美しい翠色の瞳に、私は吸い込まれそうになる。きっと、宝石というのはこのように美しい瞳のことをいうのだろうな、とぼんやり思った。ガイ様は無表情のまま、謝罪を口にする。
《小さなレディ。すまなかった。あなたを泣かせるつもりはなかったのだ。俺はアンドロイドで人間の感情の機微が分からない。どうか許してほしい》
《あんど、ろいど……?》
《機械仕掛けの人形だ》
私が首を傾げたのを見て、丁寧に答えて下さったガイ様。私はガイ様の『人形』という言葉にひどく納得したのを覚えている――だから、こんなにも人間離れして美しいのだろうと。
その時から、私はガイ様に恋をした。
勿論、恋をしたといっても、庶民の憧れの域は出ない。常にシトロニア王子に付き従うガイ様は国民にも広く認知されていて、そんなガイ様を慕う人間など、ザフラに数えきれないほどいるのだから。
ただ、式典や街での視察などで遠くから見かける度、変わらないその美しさとまっすぐ伸びた背筋に、思いを募らせるだけだった。
だからこそ、ガイ様が日本でシトロニア王子を幽閉していたと聞いた時には食事も喉を通らないほど落ち込んだし、そんなガイ様が日本から来た大人気劇団の一員になってザフラに帰ってきて下さった時は夢かと思って何度も目をこすった。それからも色々あって――私は今、ザフラで開催されている演劇祭でガイ様主演の舞台『Nomadic Bartender』を目の前で見ている。
『はあ……さすがにそろそろ潮時かな。もういっそ、全部自分で飲むか。飲み干したら店じまいだ』
『こんばんは』
舞台は、魔法のある世界のとある酒場と放浪のバーテンダーの話。
とても温かくて、切なくて、私は途中からずっと泣いていた。そして、私の隣の席にいる日本人のおじさんも、ずっと泣いていた。同じタイミングで鼻をすすったりするから、途中からなんとなく意気投合していた。もちろん、言葉は一言も交わしていないが。
『でも、この味、なんだかすごく懐かしい誰かを思い出すような……』
『こんばんは、開いてます?』
『あ、いらっしゃいませ!』
ジンの明るい声で、幕が下りる。最高の芝居に、私は思わず立ち上がって手を叩いた。隣の席のおじさんも同時に立ち上がり、泣きながら拍手を送る。周りも次々に立ち上がり、スタンディングオベーションでガイ様達に感動を伝える。
私は興奮のまま、隣のおじさんに話しかけた。
「芝居、良かったデス。ガイ様、最高」
「!」
おじさんは私が日本語で話しかけたのに少しびっくりしたみたいだった。ガイ様とシトロニア王子が日本に移り住んでから、私はお二人のお芝居をもっともっと理解する為、必死で日本語を勉強したのだ。その甲斐あってか、片言の日常会話くらいならできるようになった。
日本人のおじさんは私の言葉ににこっと満面の笑みを浮かべた。私はその笑顔が誰かに似ている気がしたが、次の一言ですべての思考が吹っ飛んだ。
「――涯は、私の息子なんです。ありがとうっ……!」
「!?」
まさかまさか。隣に座っていたのが、ガイ様の父君だったとは!私は驚きと興奮と嬉しさと謎の気恥ずかしさで、その後の記憶がおぼろげになってしまった。
《はあ……》
私は、母から継いだジャスミン茶の店番をしながら、何度目か分からない深いため息をつく。
結局あの後観客の波に押されて、ガイ様の父君とはロクに話せなかった。せめてガイ様をこの世に誕生させてくださった事だけにでも感謝の気持ちを伝えたかったし、あわよくばガイ様の最高の芝居について父君と語り明かしたかったのに……でも、それはそれで恥ずかしいから、これでよかったのかもしれない、などと思いながら、ぼんやりと店の品出しをしている。
演劇祭のお陰で、この辺りにも観光客が溢れている。ジャスミン茶はお土産にも人気だから、お店はかきいれ時だ。先程まで団体客が店を占拠して、たくさんのジャスミン茶の商品を買っていってくれた。その人たちが帰り、店は一瞬だけ静寂を取り戻していた。と、カラン、とドアベルが鳴って、またお客様が来る。
《いらっしゃいませ》
惰性で挨拶して振り返ると――そこには、ガイ様とガイ様の父君が立っていた。
《え?》
「あ! 君はこの間の……」
お互いに顔を見合わせて目を丸くする私たちに、ガイ様が目を瞬かせる。
「? 父さん、この女性と知り合いなのか?」
「あ、うん。ほら、前に話した、涯の芝居を観て泣いてたって隣の子で……」
《わーわーわー!!》
父君がとんでもないことを言い出したので、私は思わず声を上げて妨害してしまった。お二人がきょとんとこちらを見る。私は慌てて、試飲用のジャスミン茶をコップに注ぎ、お二人に渡した。
「いらっしゃいませ。イタ飯、どうぞ」
「? イカ飯には見えないが?」
「違うよ、涯。鯛めしと言ったんだ。でもあれ? これ、ジャスミン茶、だよな……?」
「…………すみません、お試し、デス」
私は真っ赤になりながら訂正する。恥ずかしさとガイ様親子の尊い会話が聞けたこととで、頭の中が沸騰状態だ。
「なるほど、試飲用か」
ガイ様が頷いて、受け取り一口飲んでくれる。私の入れたお茶をガイ様が飲んでいるというだけで、天にも昇りそうなほど幸せだった。ガイ様の父君もそれに倣い、一口飲んで「美味しい!」と声を上げてくださった。それだけで泣きそうだ。
だが、その上でガイ様が更に驚きの言葉を重ねる。
「気に入って貰えて良かった。ここは、昔シトロニアとお忍びできたことがあり、その時の美味しい味が忘れられなくて父さんにも飲んでほしいと思ったんだ」
《!!》
私は、その言葉に思わず息が詰まる。私がガイ様に出会ったあの日のことを、ガイ様も覚えていてくださったのだ。
《ガイ様! あの時のこと、覚えてくださっていたのですか?!》
思わず声を上げた私に、ガイ様は優しく微笑み頷いてくださった。
《ああ……君はあの時の小さなレディか。立派に成長したのだな。あの時は失礼なことを言って申し訳なかった。だが、あの時はアンドロイドだった俺にも、この店のジャスミン茶はよく沁みた。だから、父にも飲ませたいと思って連れてきたのだ。まさか日本語で対応してもらえるとは思わなかったが》
《……ガイ様とシトロニア王子が日本に行かれたと聞いて、日本に興味を持ち、日本語を勉強しました。私も今は日本のことが大好きです。ありがとうございます》
「? 涯、彼女はなんて?」
「俺とシトロニアが日本に行ったから、日本に興味を持って日本語を勉強してくれていたらしい。日本が大好きだそうだ」
「そうか! それは嬉しいな! ありがとう……ええっと、ザフラ語で……」
父君は首を傾げ、それからザフラ語で《ありがとう》と言って私と握手してくださった。
私は湿った声で《ありがとうございます》と返すのが精一杯だ。そんな私たちを、ガイ様がとても優しい眼差しで見守っていて下さる。
「そうだ、家族にお土産を買いたいんだ。お勧めのジャスミン茶を教えてもらえるかい?」
「はい、モチロン! 贈る相手は、どんな人ですカ? 好きなお菓子とかありますカ?」
「私の奥さんでね、好きなお菓子は――」
私は父君の話を聞きながら、お勧めのジャスミン茶の銘柄を選び、それをザフラの伝統的な文様の施された可愛い缶に詰める。父君も「これはきっと喜んでもらえるなー」と嬉しそうに言って下さった。ガイ様も「こういう伝統的な模様の缶はお土産に人気だな。俺も他の団員達や……乙宮と神木坂にも買っていくか」と楽しそうに呟き、たくさん注文してくださった。
胸も懐も温かくなり、私はただただ頭を下げる。そして最後に、私はガイ様にずっと伝えたかったことを伝えた。
「あの、ガイ様!」
「? なんだ?」
出会った頃となんら変わらない、美しい翠色の瞳に見つめられ、一気に緊張する。
私は深呼吸をして、それから何度も練習したセリフを口にした。
「ガイ様がザフラを離れて、私はすごく寂しかったデス。でも、ガイ様の日本でのお芝居を観て、ガイ様のことも、MANKAIカンパニーのことも、日本のことも、すごくすごく好きになれましタ。ガイ様の日本でのご活躍、これからもずっと応援してイマス」
「!」
ガイ様は驚いた顔をした後、すごく嬉しそうに目を細められた。
私はなんとか言いきれた嬉しさと気恥ずかしさで、顔がすごく熱くなる。
ずっと言いたかったのだ。いつかガイ様に会うことができたら。そんな奇跡が起きたら。
絶対に、ガイ様に日本語で感謝を伝えたかった。ザフラから応援している庶民の娘がいることを伝えたかった。ただの自己満足だけれど――それでも、言って良かったと思う。
ガイ様は、ゆっくりと日本語で返してくださった。
「ありがとう……あなたにそう言って貰えて、また日本で芝居を頑張る理由ができた」
「!!」
その一言だけで、私は泣いてしまった。ガイ様も父君も驚いているからなんとか涙を止めようと慌てて腕で乱暴に拭うが、涙は中々止まらない。そんな私にくすりと笑って、ガイ様は背をかがませ、視線を合わせる。そして純白のハンカチで私の涙を拭って下さり、こう言った。
《素敵なレディ。泣かないでくれ。君が泣くと私まで悲しくなる》
《!》
――あの時のシトロニア王子と今のガイ様の笑顔が重なる。
あの時無表情で人間離れしているから美しいと思ったガイ様の顔は、温かみのある笑みを浮かべ血の通った人間の笑顔になった。
そのお顔はあの時よりも、更に更に輝いていて美しかった。【終】
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22:52
ななし@bd0950
のーべるさん応援に来ました٩( 'ω' )وれもも
23:25
のーべる
わー!嬉しいです!ここで初めてチャットもらいました♪
23:46
ななし@bd0950
こんな機能?あぷり?あるんですね!たのしそうです。
23:50
のーべる
のんびり書いてるので、日付変更線には間に合わなさそうw
24:20
のーべる
そうなんですよ!私もフォロイーさんがされてるの見て試しにやってみました
24:37
ななし@bd0950
リレー小説とかするのにたのしそうです
25:02
のーべる
自分でもどこ消したとかどんな風に書いてるのとか見直せて面白いです、絵のタイムラプスの小説版ですね
25:27
のーべる
リレー小説!確かに楽しそう!!
25:54
のーべる
そういうのもやってみたいですね♪
26:28
ななし@bd0950
今度試してみませんか( *´艸`)私もこんど使ってみます!出来上がり楽しみにしてますね。一旦お邪魔しました!
27:17
のーべる
いいですね!れももさんと一緒にやりたいです♪是非ぜひ使ってみてください!
27:47
のーべる
出来上がり楽しみにしてくれるのも、ハートもめちゃ嬉しい!感謝♡
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向き
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【ガイBD】柑子木父子のザフラ旅行に出会ってしまったモブの話 ☆
初公開日: 2024年01月12日
最終更新日: 2026年01月18日
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捏造モブ視点のガイと徹さんの父子の話
【万里と芝居】
摂津万里BDに投稿した、万里と芝居についてのあれこれ妄想
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5/24用にょたカーチハをざっくり書き始める
開始一秒でか〜とがにょたです お気をつけあそばせ5/24爆走スペースウェイで頒布予定
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