決闘の場は、ルイソンの家の稽古場だ。
騎士団が勢ぞろいして、魔王を待ち構えるか否かで討議が行われた結果、人質の安全性を重視して、稽古場にはルイソンとその父が待機することになった。
騎士団はいつでも出撃できるように、屋敷近くで待機する。
前回同様、上空に現れた黒い穴から魔王は出てきた。
魔王は眼下にいるのが、ルイソンとその父だけであることを確認して笑う。
「卑怯な真似はしなかったようだな」
「あなたは人質をとったがな」
この三か月で、すっかり男性体に馴染んだルイソンは、男言葉まで身についてしまっていた。
本人は自覚していないが……。
「まあ、逃げると思ったからだ。仕上がりは順調のようだな」
魔王は地上に降り立つ。
その両隣には、母と弟がいた。
二人の口元には布が巻かれている。
痩せた様子もなく、服装も小綺麗だったので、ルイソンも父も安堵した。
「さあ、行くがいい」
魔王が解放し、母と弟の二人はルイソン達の元へ駆け寄る。
「父上、頼みます」
ルイソンは二人のことを父に頼む。
この場には二人だけだったため、普段通り父上呼びだ。
彼女は父が二人の安全を確保するのを横目で見て、自身は戦いの準備を始める。
「わしを殺せるか?あの男だったら、殺せるかもしれんがな」
「私は剣聖クレマン様を超えるために、あなたを倒すために鍛えてきた。すべてを捨てて」
可愛いままでいたかった。
筋肉など欲しくなった。
強くなんてなりたくなかった。
ヘクターと男の友情なんて深めたくなかった。
ルイソンはそのすべての思いを捨てて、自らを鍛え抜いた。
今の彼女は、剣聖クレマンのお墨付きの強さを持っている。
「来い」
魔王の言葉を合図に戦いが始まった。
肉弾戦、魔王はあらゆる魔法を使える存在であったが、ルイソンとは剣のみで戦う。
『いまだ!』
剣聖の声が聞こえる前に、彼女にはやるべきことはわかっていた。
見事なタイミングで、彼女の剣が魔王の脇を抉る。
「ぐう。強い。これこそ、わしが求めていたもの」
血をだらだらと流しながらも、魔王は笑っていた。
「私は剣で戦いたかった。あの男と。そのために蘇ったのだ」
言葉を発するたびに、体の一部が砂煙のようになって消えていく。
『なんと、嬉しいことだ。この剣聖クレマン本望なり』
剣聖が歓喜余って泣いているのか、脳裏ですすり泣くような声が聞こえた。
「魔王よ。おそらく剣聖も同じ気持ちだと思う」
「そうか。嬉しいな。わしはまた消える。魔物はこの世界に残るが、危害を加えなけれが、こちらから手を出すことはないだろう」
「承知している」
騎士団に属して、魔物狩りにも訓練のため参加した。
そこで知ったのが魔物が伝えられているように危険な存在ではないことだ。
人間が手出しをするから、反撃する。
獣と同じだった。
ならば棲み分けすればいい。
父とも話しており、騎士団は今後は魔物に対しては防戦体制をとり、こちらから殲滅のために動くことはないだろう。
人間に危害を加えた場合は当然ながら、討伐対象になる。
しかし、その個体のみだ。
「さらばだ。感謝している」
魔王からそんな言葉をもらえるとは思わず、クレマンは驚きで何も言えなかった。
『私もだ』
剣聖クレマンの言葉が届けられることはないのだが、魔王は満足そうに笑い消えていった。
(お、終わった。これで、もう変身しなくていい)
『満足した戦いだった。ルイソン、よくここまで鍛え抜いたな。己の肉体を』
クレマンは嬉しそうにそう言ったが、ルイソンは自分の肉体を見るのが心底嫌だった。
(早く、筋肉落さなきゃ。元の体にもどってもきっとゴツゴツに決まってる)
「ルイソン。よく頑張りましたね。ありがとう」
「姉上、ありがとうございます!」
「ルイソン。もう休んでいいぞ。騎士団には私から説明する」
「ありがとうございます。あの、私は病気ということで誰にもしばらく会わないつもりですから」
父に面会謝絶の事を伝えた後に、母と弟に向き直る。
「母上、フィルミン。よく頑張ってくれましたね。無事でよかった」
「あの、魔王は丁重に扱ってくれて、僕も母上も嫌な思いはしませんでした」
「それはよかった」
これまでの疲れが一気に出てきたが、剣聖の剣を放りだすことはできない。
なので、剣を元の位置に戻した後、彼女は自身の部屋に戻った。
そしてしばらくぶりに自分の部屋で死んだように眠りについた。
目覚めて、ルイソンは気が付いた。
元の姿に戻ったはずなのに、変化があまり見当たらないのだ。
身長は確かに元に戻った。
胸の膨らみも小さめだが、ある。
だが、体はがっちりと筋肉質のままだった。
顔だちも可愛らしいではなく、中性的なままだった。
「どういうこと?」
聞く相手は一人しかない。
ルイソンは直ぐに応接間に向かい、剣を掴む。
「剣聖クレマン。どういうことですか?」
様づけなどしなくなって、どれくらい経つのだろうか。
前置きもないまま、ルイソンが聞いた。
剣を掴んでも変化起きてなくて、それもおかしい。
『お前の体は完成した。もう男性体にならなくても、私の力を受け継ぐに相応しい体になったのだ』
「え?どういうこと?」
『これで、私の役目は終わった。ルイソン。立派な剣聖になれ』
「え?はい?」
それっきりクレメンの声が聞こえなくなってしまった。
「クレメン!!!」
悲鳴のように剣聖の名を呼ぶルイソンに、ぎょっとして父、母、弟が集まってきた。
この日、ルイソンは剣聖の名にふさわしい体になってしまった。
可愛いにはほぼ遠い、脱げばすごい細身の騎士体形だ。
「……剣聖なんて大嫌い。もういや、もういや」
ルイソンはすっかり病んでしまった。
部屋に閉じこもり、泣く日々。
そんな中、ヘクターからお見舞いの訪問の連絡がきた。
こんな体は見せらないとルイソンは断った。
しかし、彼は諦めず何度も連絡があり、花も贈られてくる。
体を毛布で包めば、バレないと思い、ルイソンはとうとうヘクターに会うことにした。
「お久しぶりです。ルイソン様」
「はい。お久しぶりです」
こうしてルイソンとちゃんと言葉を交わすのは実は初めてなのだが、変身した姿ラウルで一緒に訓練した中でもあるので、緊張せず話すことができた。
「ルイソン様……。随分感じが変わられましたね」
「そ、そうですか?」
顔だけをブランケットから出しているという状態なのに、そう言われ、ルイソンは不思議だった。
「なんだか、ラウルに似てます」
「は、はは。そうですか」
「ルイソン様とラウルは従兄弟ですから、似ていて当然ですね。ラウルはルイソン様と同じで綺麗で、一緒にいると変な気持ちになったんです」
「綺麗?変な気持ち?」
ルイソンはドキドキしながら聞き返す。
「いや、すみません。変なこと言いました。忘れてください」
「あの、別に変なことでは。ラウルと仲良かったのですか?」
「仲は、まあ、よいと言えばよかったですね」
そう言うヘクターの頬が赤く染まっていて、彼を見ているだけで胸がドキドキした。
これはルイソンにとっては二度目のトキメキだった。
(もしかして、あの、もしかして、こんな私でも、ヘクター様なら。どうしよう。行ってしまう。でも信じてくれないかも。どうしたら)
「すみません。変な話を。私はもう帰ります。ルイソン様、十分に休んでください」
彼は我に返ったように立ち上がると、ルイソンに背を向ける。
(帰ってしまう。もう、多分、こんなこと話さないだろう。だったら)
ルイソンは勇気を奮いだした。
そしてベッドから体を起こす。
「ヘクター様」
「……ルイソン、様?」
振り返った彼は驚いた顔をしていた。
そうだろう。
身長は縮んだとはいえ、ラウルであった時と同じ姿をしたルイソンがそこにいたのだから。
「……騙してすみません。事情があって、あの男になっていたんです」
「ルイソン様がラウル?」
「はい。すみません」
「本当に、あなたがラウル?」
「はい」
彼はぐんとルイソンに近づく。
「本当だ。ラウルだ。声の高さも違うけど」
「ええ」
「今は女性なんですか?」
「はい。というか、男性になったのはしかたなく、魔王を倒すために」
「なんて、事。私に都合のいいことばかりが起きてる。ルイソン様を好きになったと思っていた。だけど、ラウルと一緒にいて変な気持ちになって。二人は同じ人物だったんだ」
ヘクターはその黒い瞳をキラキラ輝かせていた。
「ルイソン様。私は二十歳で、あなたより随分年上です。けれども、私と結婚してくれませんか?」
「は?え?」
それは突然の申し出だった。
「あの、すみません。急に。あの。それではまずはお付き合いしていただけないでしょうか?」
「待つのだ!ヘクター。気が早すぎるぞ!」
ルイソンが返事をする前に、扉の前でまるで聞き耳を立てていたように、父が、母が、弟が部屋に乱入してきた。
「姉上、姉上の気持ちはどうなのでしょうか?」
「そうよ。ルイソンはどう思っているの?あ、聞かなくてもなんとなくわかったわ」
「母上、先走らないでください。まず姉上に」
ルイソンが戸惑っているうちに、周りが盛り上がっていく。
その後、ヘクターの家から正式に婚約の申し込みがルイソンの家に届き、家族会議も開かれ、受けることに。
ルイソンの気持ちは既に決まっていた。
彼女の夢だったし、二度目の一目ぼれをしてしまったのだ。
体つきも十分変わったのに、受け入れてくれたのもルイソンは嬉しかった。
元に戻れないと知った時の絶望感は既になかった。
ルイソンの剣技は眠らせておくのはもったいないと、彼女は正式に騎士団に入団。
女性であるので、女性専用の部屋も作られた。
ルイソンの入団で、それまで騎士の道を諦めていた女性にも道が開けることになる。
魔王襲来から三年後、ルイソンが十八歳になり、二人は結婚した。
結果的にルイソンは、恋を叶えることになった。
しかし、やはりドレスが似合わない体つきになったりと、原因になった剣聖に対して、大嫌いという気持ちは少しある。
(おしまい)