水木少年はいつの間にか高校二年生になっていた。
幽霊族の末裔である鬼太郎は小学生くらいの身なりのまま成長しなくなっていた。どうやら、高校生ぐらいの身なりになろうと思えば姿形を変化させることも出来るらしかったが、それは妖力を相当使うらしく、鬼太郎はそうすることを嫌がった。代わりに日中はあの団地でゴロゴロしているか妖怪の友人と何やらしているらしい。
「試験も何にもなくて羨ましいよ」
一度水木少年はそうやって鬼太郎に文句を垂れた事もあったが、鬼太郎はただ穏やかに微笑むだけで何も水木に言い返しては来なかった。
それよりもなによりも。
高校二年になりクラス替えをした水木少年には良からぬ予感があった。同じクラスになった眼帯姉妹の姉、龍賀乙米に何やら注目されている様な気がするのである。
眼帯姉妹とは、高校1年の龍賀丙江と共に二人がなぜか左目に眼帯をしていることからその呼び名がついていた。噂によると生まれつき左目の視力が無いらしい。そのせいで義眼を入れているが、見えている右目と違い、左目はピクリとも動かない様子が奇妙だからと幼い頃から眼帯をしているそうだ。しかも、眼帯姉妹は二人では無く、もう一人下に庚子と言う妹がいて、三人揃って眼帯をしているというのだから噂にもなるだろう。
その眼帯姉妹の長女、乙米が水木と同じクラスになったのである。
水木少年もある意味、人目を引く容姿である。欠けた耳と左目の傷。整った顔立ちであるが故に余計にその傷が人目を引いた。
にもかかわらず、同じクラスになりたまたま隣の席になった乙米は水木のその傷について一言も質問してこなかったのである。もしかしたら自分が眼帯姉妹と呼ばれている事から他人の容姿について何か言うことを好まないのかもしれない。最初は水木はそう思おうとした。しかし、心のどこかで何かが違うと警報が鳴り響く。乙米の声を聴き、姿を見ると頭の奥の方、何か忘れているような気がするそこが嫌に痛むのだ。
一度、クラスの友人達と夏祭りに出掛けたことがあった。その中になぜか乙米もおり、もちろん妹たちも付いてきたのだ。なぜか違うクラスの長田という長髪の男も付いてきた。眼帯姉妹と長田は幼なじみらしく、何かにつけて行動を共にしているらしい。そんなうさんくさい集まりの中、浴衣で無く着物を着てきた眼帯姉妹達を見て、水木は益々頭が痛くなるのを感じた。
「水木先輩、今、姉と同じクラスなんですって?」
一学年下の丙江が水木の腕に腕を絡めてくる。乙米と庚子が着物を着ているのに対して丙江は朱色のワンピースを着ていた。その姿にも何か水木は既視感を感じて益々頭痛を強くしていた。
「悪い……今日は帰る……」
眼帯姉妹と長田が並ぶ様子を見ていると眩暈がしそうだった。いや、眩暈がしていた。おぼつかない足下をどうにか踏ん張って帰路につく。何かある。あの姉妹と長田はどこかで見たことがある。しかも、制服で無く着物姿で。でも、なぜ? 着物姿なんて時代錯誤だ。
そこまで思ったとき。時代錯誤なゲゲ郎を思い出した。
「水木? 今日は祭りに行ったのではなかったか?」
団地の大きな木の下でゲゲ郎とはち会う。ハッとした気がした。何かが頭の中で弾ける。
そうだ。俺はこいつと――
思い出されるのは過去の記憶。しかも、水木少年の現世の記憶では無く、前世の記憶である。
水木少年はずっと解らずにいた。なぜ自分が片耳の欠けた状態で生まれてきたのか? なぜ左目に傷があるのか?
それが解った気がした。
「ゲゲ郎……」
ゲゲ郎のことをそうやって外で呼ぶのはほぼ初めてだった。ゲゲ郎が慌てたようにわたわたと手を降るが知ったことでは無かった。ただ、溢れてくる涙を止めることが出来ない。
前世の水木はゲゲ郎にあの哭倉村で会っていた。そうして、別れた。それはしばしの別れだった。鬼太郎が4つになろうかという頃。ひょっこりとゲゲ郎がまたあの姿で水木の前に姿を現したのだ。
「妖力が戻った」
と彼は説明したがそんなことはどうでも良かった。鬼太郎をその腕に抱かせてやることが出来ることを前世の水木は大層喜んだ。そうして、水木と鬼太郎とゲゲ郎の三人の生活が始まる。ゲゲ郎は解らないなりに鬼太郎の世話をよくしてくれた。
そうして、水木とゲゲ郎が親友から恋仲になるまでにそれほど時間はかからなかった。水木は元々男色の気がある自分に気付いていたし、ゲゲ郎は人間とは異なる価値観で恋愛をするようだった。
「ここまで鬼太郎を大事にしてくれる水木なら妻も許してくれるじゃろう」
初めて口付けをしたとき、ゲゲ郎はそう言っていた。鬼太郎の母である妻への愛情も確かにゲゲ郎には残っていたのだとは思うが、その熱量と同じかそれ以上で水木のことを思ってくれるゲゲ郎に水木はすっかりのめり込んでいた。
「生まれ変わっても、俺を見つけてくれるか?」
水木がその寿命を全うしようとするとき、ゲゲ郎はべそべそと大べそをかいていた。前世の水木自身は転生というものを信じてはいなかったが、こんなにも大べそをかく愛しい男をなだめるにはどうすれば良いのか考えあぐねた結果の言い訳だった。
「水木のこの愛しい瞳と可愛らしい耳があれば、わしは絶対にお主を見つける」
だから変わらないでおくれ、そう続けるゲゲ郎ももしかしたら転生という事を信じていなかったのかもしれない。実際の所、ゲゲ郎の妻に関しては転生していないのだから。
「わかった。必ず。必ずこの目と耳で生まれ変わってみせるよ」
ゲゲ郎の頭を撫でながら前世の水木はそう宣言していた。それがまさか本当になるとも知らず。しかも、折角転生したにもかかわらずすっかり前世の記憶が無くなっているとも思わず。
水木少年は泣いていた。
全ての記憶が戻ったとき、その小さな胸が張り裂けそうなくらいゲゲ郎を愛おしく感じてしまっていたから。