愛の引力
照れ隠し、曖昧、そっと引き寄せて
ぐーっと手を伸ばしてみた。そのまま、重力と勢いでふらつく。
ぶらんと手持ち無沙汰だった手が引かれる。温かい手が私の手を引いた。
「ちょっと、あまりこういう場でそういうことは、みてるこっちが心配になるので、気をつけてください」
なるほど、確かにここは他の壁よりも低いから、私が落ちていかないか彼も心配らしい。
「あはは、ごめん。手を伸ばしたら、届くかなぁって。手を伸ばしても、私の手が星を隠すだけだったな」
彼の心配をよそに、そんな言葉を続けた。そんなに、たいしたことではないのに、彼はいつも真剣に話を聞いてくれるから、ついそんな彼を困らせてしまうような曖昧な言葉を投げかけてしまう。曖昧、抽象、感性、気分。そんな形のないもの。確かに正解がないもの。それを考えたり感じたり、そんな形のない不定形のものをふわふわと。思考するのは楽しい、でもそれに別に意味はなくて。意味のない問いを投げかけることは、存外無駄なことだと思う。でも、私にとってそれは、興味のひとつ。あなたを知りたいという好意でもあって。……その、つまるところ、彼が好きという話のなのですが。
ひとり、頭の中はビッグバンが起きている。彼は、隣で、顎に手をあてて、何かを考えている。
「きみは、星に手が届けばいいんですか?」ふと彼が私に問う。「ううん、ただ、綺麗だなぁって思ってただけ」「じゃあ、きみの手に収まる光だったら触れてみたいですか?」「うん?それは、なんだかあったかそうだね。触ってみたい、かも」
そう言うと彼は笑って、彼の相棒のランプに声をかける。
「おいで、アドン」
ランプから光が飛び立つ。夜に放たれた眩い鳥。それは、彼の手にとまる。
「アドンは相変わらず、まぶしくて、きれいだね」
うっとりとする。きっと、遠くでアドンを見たら、彗星だと勘違いして、願いをこめてしまいそう。アドンを流れ星と例えようとも思ったけれど、アドンは星屑が燃え尽きて流れるのとは違って、ずっと終わることなく光の線を描き続けるだろうから。それは、まあ、想像だけど。アドンはご機嫌なのか、彼の手から飛び立って、彼と私の上を円を描くように飛んだと、私の手にとまった。それは、光を手中に収めたように。光がそこにとまった。アドンはあったかい。
それを教えてくれた彼の優しさもひどくあたたかくて。
「ありがとう、アドン。さぁ、おうちへおかえり」
彼のランプの前へ腕を伸ばす。まっすぐおうちへかえる不思議な鳥は、ランプを瞬かせ、やがて眠るように光が落ちた。
「星は掴めませんけど、光ならあなたにいつでもわけてあげられますから、手を伸ばすなら星じゃなくて僕にしてください」ぐっと、ランプを握る手に力が入っている。彼の袖をそっと引き寄せる。力は入ってないのに、イルーガが一歩私に近づく。じっと、空をみる。赤色が浮かんでる。「綺麗なものは手に入らないから、手を伸ばしたくなるの。でも、イルーガに手を伸ばしたら届いちゃう」
くどくて、つたわらないでほしい言葉をこぼす。それは、ひどく不恰好な照れ隠し。
「きみはいつもそう、難しいことばかり言うね。たまには素直に言ってくれればいいのに」
くすくすとかわいい笑い声。頬が熱くなる。なんでもお見通し。
「それは、すきでいていいってことなの」
「ずっと、すきでいてほしいよ」
じっと私をみる瞳が酷く優しくて、自惚れてしまいそうになるけれど、言葉を辿れば、都合よく捉えるのなら、
「ずっと、すきだった。ずっと、きっと大切で、だいすきだよ」
顔を見られたくなくて、俯く。顔も耳も、心臓だって熱に浮かされておかしくなりそう。
足元、一歩、彼がまた近づく。そのまま、自分じゃない熱が私を包んだ。
「きみはいつもそうやって、僕が油断してる時に一番大切な言葉を伝えてきてずるいですね」
イルーガのコートのふわふわがあたる。ベルトもあたる。金具はちょっと硬くていたいかも。
背中にまわる腕にほんの少し力が入った。それに応えたくて、手を伸ばした。冷たいはずの夜風が温く感じた。
光に手が届いた。もう、離さないでね。
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