「1年。1年だけだぞ」
 声のデカい男子がそう嘆いている。「受験受かって、進学したところで、1年よ」と言うのが聞こえた。
「1年以内に地球滅亡。そんなの勉強したってしょうがないだろ」
 呆れた周りの生徒たちが「んな当たり前のこと言ってんじゃねえよ、田中」と嘲笑している。「こんな時代に真面目に勉強してるやつ、いつわけないじゃん。社会人だってみんな仕事辞めてってんのに」と誰かが言った。
 なんか宇宙から侵略者が来て、地球滅ぶらしい。2年後ぐらいに。
 田中は「だよな」とか言って大笑いしている。みんなから呆れられてんのに、自分が話題の中心だって勘違いして気持ちよくなってる。こいつっていつもそうだよな、と私は机をじっと見ながら思う。
 そんな騒ぎから少し離れたところで、女子が「え、あれ信じてる?」と話していた。
「地球滅ぶ説?」
「セツ!」
「滅ばない説?」
「滅ばない説ってなんなん。現状維持じゃん」
「滅んでほしそ~」
「滅びたい」
 うっすい会話。嚙み終わったガムだってほっとけばまた味がすると信じてまた口に入れてみる、みたいな。
 同意できるのはただ一つ。こんな世界滅べばいいのに、という部分だけだ。
 私は休み時間を耐えるようにじっと机を見続けている。以前スマホだとか本だとかで時間を潰していたら取り上げられて窓から投げられたりしたから、今はもう何もしないようにしている。私みたいなのが一秒でも人生をマシなものにしようという心がけを、やつらは絶対に許さない。
 それでも随分山場を越えたところだった。一時期私はマジでガチのターゲットという感じで、やつらはしばらく私に夢中だった。それが飽きてきたのか私もやつらのオモチャの一つになり、やつらの気分が乗ったときと目についた時くらいにしか絡まれなくなった。
 ちなみに私はかなりの反骨精神をもって生まれてきたので、この現状にはなんら納得していない。『私なんかしましたかねぇ??』の気持ちで今日も机を凝視している。反骨精神は持っているが実際にやり返すような力は持っていないので。
 というわけなので、私はかなりの反骨精神から“世界、滅びたまえ”と思っている。
 そんな中話題に上がった地球滅亡説。世界の偉い人たちが、宇宙人からの宣戦布告を公表せずにいる、という都市伝説。みんな案外地球に滅んでほしいのか、そんなありえない陰謀論が盛り上がっている。大昔にも世界滅亡説って何の根拠もなく流行ったらしいし、みんなこういうのが好きなんだろう。
 言っておくが私は本気度が違う。
 マジで世界滅べと思ってるし、世界が滅ぶところ見てから死ぬかと思って何とか生きている。
「あ、転校生だ~。遅くない? 遅刻ギリじゃない?」
「転校してすぐこの時間に登校してくんのつよすぎ」
 何かあれば簡単に親しみにも嘲笑にも変えられる境界線の声色。それを向けられた男子生徒が、平然と「奇跡的に間に合った。1日の運使い果たしたかもー」などと言っている。「もったいな」と近くの男子が笑った。
 なんか上手くやってるよなぁ。転校して1週間でさぁ。
 私も転校生だった。1年前の夏にこっちに引っ越してきて、一度も馴染めないまま高校2年の夏休み直前。引っ越してくる前の方がひどくて、私は包帯がとれないままこっちに来た。包帯だらけの転校生はさぞ話題になっただろう。馴染めないのも仕方がない、と思う。
 転校生と目が合った。私は咄嗟に目をそらし、机の凝視を再開させる。転校生も特段反応せず、自席についた。
 こんな田舎には珍しいほど白い肌で、柔らかそうな髪色の顔のいい男子。マイペースで、今のところどこのグループにも属さず、かといって誰の敵にもならない。すかした印象の転校生。
 結局学校生活なんて、誰とも敵対せず誰にも馬鹿にされずどこのグループにも属さないまま自由人気取って過ごすのが一番強いに決まっている。その立ち位置を1週間で固めようとしているのが、この転校生だった。
 私にできなかったことをやっている人間って、ほんとに腹立つキャンメイクTOKYO。
 てかクソ田舎の分際で何私の人生を制限してくれてるんだろう。世界、明日滅びませんか? 今すぐ滅んでほしいです。世界が滅ぶんなら私も一緒に滅んでやってもいいです。
 1日のカリキュラムが終了、解放。
 私はすぐさまダッシュで教室を出たい気持ちを押さえ、教室の8割程度がいなくなってから静かに席を立つ。
 かといって家にも別に居場所はないので、金がなくても時間を潰せるような場所を私はいくつも知っている。
 バイトがしたいけどなかなか採用されない。たとえ採用されても、突然白い目で見られ始めることが多くて、それがこわくて勇気が出ない。
 毎日図書館とかゲーセンとかでなんにもせずに時間潰して、日が暮れてから帰る。母は仕事で夜中まで帰らないし、祖父母は私たちを邪魔に思っている。夕飯は母が用意してくれてるけど、たまに千円札だったり、レトルトのカレーだったりして、なんか惨めだ。
 あー、なんか惨めだな。
 そう思うことが多すぎる。一生そうなんだと思うから、やっぱ世界に滅んでほしい。
 今日もすっかり日が暮れたころ、家に帰ろうと歩いていた。ここはクソ田舎だが夜は明るい。無駄にデカい真っ直ぐな道路をトラックとかタクシーが死ぬほど飛ばして、行き急ぐ様を見せつけている。
 ふと、信号待ちの人たちの中に知っている顔を見つけた。スマホを眺めながらポケットに手を入れている、例の転校生だった。
 あいつこんな時間に何してんだ、と私は自分のことを棚に上げて思う。クラスのやつらとカラオケでもやった帰りだろうか。どこのグループにも属していないなりに、どこのグループとも程よく付き合うというのが出来るやつなんだろうと勝手に思っている。
 そんな転校生がスマホを見ながら歩き出そうとしていた。『ほーん』と思いながら眺めていた私も、ハッとして「オイバカ」と呟きながら走り出す。
 転校生の左手を掴んだ。「信号っ、赤!」と言いながら引っ張ると、転校生は目を見開いて私を見る。
「……ハァ?」
 いや、“ハァ?”じゃねえし。お前バカ。私が正しい。信号は赤だし、トラックの群れが信号の変わり目にビュンビュン飛ばしているのだ。
 その様子を指さそうとして、私は凍り付いた。
 全ての車が停まっている。信号待ちをしているとか、そういう雰囲気じゃない。車道側は黄色信号で、ここぞとばかりに我先と交差点に進入してきている車たちが軒並みそのまま止まっている。車が、というより、時間が。
 周囲に、動いているものが何一つとしてない。厳密に言うと、私と転校生以外には何一つとしてない。
「え、何これ。どういうこと? 夢?」
 転校生は眉をひそめて、ポケットから何かの端末を出した。「いよいよポンコツになってきたなぁ、これ。押してから数秒ラグがあるのはまだいいとしても、なんでこの子は止まってないんだ?」と端末を叩いたりしている。
「あのー……?」
「なんだっけ、名前」
「私のっすか?」
「うん。|筧止かけいどめさん、だっけ」
「|筧かけい、|篷とまです」
「カケイトマさんさ、」
「いや、全部が名字じゃなくて、カケイが名字でトマは名前です」
「そのシステムよくわかってないからどうでもいい。こんな時間に何してるの?」
「それを言うなら、えーっと……」
 私は転校生の名前を思い出す。佐藤連、だったな。確か。「佐藤くんは何してるんすか」と尋ねた。
 佐藤は肩をすくめて、「まあいいや。どっかで話さない? 奢るよ」と言った。
カット
Latest / 149:48
カットモードOFF
01:04
hibana
とにかく納得いかんくても1作書いておけば余裕ができるからね
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
夏企画短編をさすがに書かないとまずい
初公開日: 2025年08月17日
最終更新日: 2025年08月17日
ブックマーク
スキ!
コメント
さすがにまずい。なんか絞り出さんと。