なんだからさ」 あまりにも深波が素っ気ないので辟易とし始めた金子が、「あいつずっと怒ってる。なんで?」と熊野に訊くことにした。
「まーだ不貞腐れてんのか、あのガキャあ」
 呆れ顔の熊野がそう言う。「なんでかっていうと、アレが今まで同年代の友達もできたことないこじらせた思春期のガキだからで、全然気にしなくていいよ」と続けた。
「すまないな、クロ。あまり続くようなら俺からも言っておこう」と、宇佐木が横から口を挟む。どうかな、と熊野が頬杖をついた。
「どこに出しても恥ずかしくない立派な思春期だ。大人の言うことなんて聞きやしない」
「だからといって対話を諦める姿勢は子どもに見せるべきじゃないだろう」
「配役がよくないのかもな。あんたの説教は深波に効いちゃいるが、もう意外性の欠片もない」
「同じことを何度でも繰り返すことにも意味はあるよ」
「わかってる。だから配役がよくないと言っている」
「じゃあ、お前が説教役か?」
「それもそれで全く説得力がないんだよな」
 椅子の背もたれに寄りかかりながら熊野は「結局説教なんて、内容じゃなく誰が言うかだし」と言う。「俺でもお前でもダメなら、あとは義文か?」と宇佐木が思案顔をした。それはアリだな、と熊野はどこか明後日の方向を見ている。
 金子はちょっと眉根を寄せた。話の流れ的に深波のことを話しているのはわかったが、それ以上は『なんだか真面目な話をしているな』程度にしかわからない。
「熊野さんと宇佐木は、深波とずっといっしょにいるの?」
「ずっとじゃない。……あれ、まだ一年ぐらいしか……経ってないか?」
「絆というのは時間じゃないよ」
「ガキ一人手綱を握れないで絆も何も」
「言い方が悪すぎるぞ、壮汰」
 今なら聞けるのではないかと金子はワクワクしながら「ねえ、この家は何? どうしてみんなここにいるの?」と尋ねてみた。
 なぜだか二人とも『ふむ……』という顔で押し黙って、何か考えている。
「別に“何”ということもないし、“どうして”ってこともないけど……君がここにいることに、偶然という以上の理由がないのと同じで」
「深波もクロも、お前が連れてきたようなもんじゃないか」
「僕が誘拐の常習犯のような言い方はやめろ。|深波あいつは勝手について来たんだ」
「まるで笛吹き男だな」
「ハーメルンの?」
「あれ確か、大量のネズミを溺れさせるんじゃなかったか」
「それで、報酬を払われなかった笛吹き男が今度は子供たちを連れて行く」
「含蓄ある話だねえ。そういう業者には、ちゃんと報酬を払わなければいけないよ」
 肩をすくめた宇佐木が、「深波は壮汰目当てでここに来た。どのような因縁があるかは、俺も深くは知らないが」と瞬きをした。
※※※※※
「腹減ったな」
 そう呟きながら殺し屋は天井を見る。
 男に決まった名前はない。流動的にはいくつかあったが、それをわざわざ名乗る関係値の相手も今はいなかった。
 《《いくつかある》》というのが問題で、何かを選択するということは煩わしく、煩わしいことは時に苦痛である。過去持っていた名前をどれか一つ選んで名乗る、ということはその最たる例だった。
「何か作ろうか、クマ吉」
 そういうわけなので同居人からはこう呼ばれている。馬鹿げた愛称ではあるが、それも大して気にならないほど、今この状況が馬鹿げている。
「作るって、何を」
「焼きそばにしようかと思ってたんだ」
 ふっと笑って殺し屋は、「やめてくれ」と懇願した。
「“やめてくれ”? どういう意味だ」
「何もしないでくれ、頼む」
「なぜ」
「お前の料理を食いたくないからだが……」
 殺し屋は起き上がり、「焼きそば? 焼きそばね……食いたいなら俺が作ってやりますよ」とぶつくさ言いながらキッチンまで歩いていく。
 冷蔵庫を開け、中華麵や豚肉などを取り出した。ふと、「ソースは?」とリビングにいる宇佐木に尋ねる。
 宇佐木が顔を覗かせて、「あるじゃないか」と中濃ソースを指さした。
「いや、焼きそばのソースを……」
「?」
 冷蔵庫から出したものを元に戻しながら殺し屋は、「ラーメンでも食いに行くか」と遠くを見た。
「だが、ここ最近はずっと外食ばかりだぞ? 俺が作るって言ってるのに」
「お前の料理は食材への冒涜。終わり」
「そこまで言わなくたっていいだろ」
「この前炒飯作った時のこと忘れた?」
「あれ失敗したな。焦げていたのに玉ねぎが生だという不思議な食感だった」
「珍しくお前が失敗を認めたもんな」
「わかった。炒飯はお前の方が上手い。それは認める」
「《《炒飯は》》じゃない。すべてだ。すべて俺の方が上手い。作ったことのないビーフストロガノフですら絶対に俺の方が上手いに決まってる」
 宇佐木はムッとして、「我儘ばかり言うんじゃない」と言う。殺し屋は思わず「こっちは頼んでないのに勝手にやって、それに文句言っただけでなんでそんな不満そうな顔されなきゃならないんだ」と声を荒げた。
*****
 器を傾けてスープを飲みながら、「食に興味がないんだろ?」と殺し屋は言う。宇佐木は肩をすくめ、「食べなきゃ生きていけない」と見当違いの回答を寄越した。
「だからそれは、食えればいいってことだろ」
「俺もできれば美味いものが食いたいと思っているよ」
「『できれば美味いものが食いたい』と思っていてあの炒飯は生み出せない」
 宇佐木の作る飯は不味い。
 ゲテモノを作り出すとか、そういうレベルではないにしろ、普通に不味い。
 にもかかわらずこの男は率先して料理をしようとする。一番最初に『うわこれ不味……』などと呟いたらプライドが刺激されたのか知らんが、いい迷惑だ。
 この前の炒飯は玉ねぎと卵と白米を顆粒だしで炒めただけの代物だったが、本人の言うように表面は焦げているのに玉ねぎが生で、顆粒だしが溶け切らずじゃりじゃりいってしょっぱい、というまさしく食材への冒涜だった。たまらず殺し屋がフライパンに戻して、大量の油と炒め直したところようやく食えるものになった。『もう二度と作んじゃねえぞ!』と言ったところ非常に不満げな顔をされたので、本当に海にでも捨てていつか食材となる魚たちの礎にしようかと思った。
「割とマジで本気で心配してるんだけど、味覚異常とかじゃないわけ? このラーメンは? 味した?」
「美味いと思ってる。ここの炒飯も」
「俺は料理が下手なことを言ってるんじゃないよ。なのに作りたがるのはなんでかって訊いてんの」
「“なんで”……? 人が困難を克服することに理由がいるだろうか」
「克服しようっていう態度でもねえって言ってんだよ。レシピ見ろ、レシピ」
 ため息をつきながら立ち上がり、会計を済ませる。奢るとか奢らないとかの話は面倒なので「ん」と言いながら自分の分だけ出し合って払った。
「でもお前にばかり食事の支度を任せていたら、負担をかけることになるからな」
「いやだから……レシピ見て作れって言ってるだけなんだけど……なんでそれができないんですかね……」
「思うに、俺は最初説明書を読まずに事に当たって、不明なところがあれば読むというタイプなんだが」
「違う。そんな話はしていない。レシピを読め」
 店を出て歩く。「そんなに言われるほどひどくないと思うんだが」と宇佐木は困ったような顔をした。もうすっかり飽きたので、殺し屋は何も言わない。
 狭い歩道で宇佐木が後ろを付いてきている。そんな二人の横を、高そうな革の鞄を背負った子供が追い越していった。
 この国であまり見慣れない見事な金髪の子供に目を奪われ、しばらくそれを眺めた。
 その時歩道ギリギリに車が走っていき、「危ないな」と少し視線を逸らす。
 それからまた前に向き直ると、車がそのままのスピードで子供に迫っていくところが見えた。
 子供は驚いた様子で身を固くして、自分に迫ってくる車を呆然と見ている。
 思わず大股で近づいていき、手を伸ばした。
 子供の高そうな鞄を掴んで、勢いよく引っ張る。
 車が甲高いブレーキ音を響かせながら歩道に乗り上げ、周りから悲鳴が上がった。車は数秒そこで停車していたが、何事もなかったかのように車道に戻って走り去っていく。
 尻もちをついた子供がようやく「……わぁ、びっくりした」と反応した。
「どうもありがとう。もしかして今、死にかけた?」
 言葉の割に能天気そうな子供に「気をつけろ」と言いかけて、口を閉ざす。子供の顔には見覚えがあった。
 子供はこちらをじっと見て、怪訝そうな顔をしている。
 殺し屋は視線を逸らし、子供に背を向けた。「大丈夫か?」と言う宇佐木のことを無視して、早足で家へ帰った。
*****
「いえーい、お邪魔しまーす」
 殺し屋は頭を抱え、「どうして……」と呟く。
 金色の髪を煌めかせながら子供はにっこり笑っていた。
「どうしてこいつをここに連れてきたんだ……!」
 瞬きをした宇佐木が、「この子がどうしてもお前に会いたいと言うから」となんでもないことのように言った。
「おにーさん、さっきはどうもありがとう! 命の恩人だね。お礼するよ?」
「いらんいらん、帰れ」
「えー? なんでー?」
 ニコニコしながら子供は殺し屋の顔を覗き込み、じっとその目を見つめてくる。
「おにーさんの反応、ちょっと変じゃない? ねー、もしかしておいらの顔に見覚えがあったりして?」
「《《おいら》》? おいらっつったか、このガキ。変なのはお前の一人称だよ」
「おいらはおにーさんの顔に見覚えがあるよ」
 明らかにこちらの反応を見ている。殺し屋は辟易として、子供の目を塞いだ。
 何してるんだ、と宇佐木が眉をひそめる。
 子供は手を振り払い、宇佐木を振り向いた。
「この人! 人殺しなんだよ。おいらの両親を殺したの、この人だもん」
 沈黙が生まれた。
 殺し屋は舌打ちをし、『ガキが。なんで覚えてるんだよ』と内心嘆く。
 宇佐木はと言えばしばらく何か考えている様子だったが、やがてただ苦笑した。その様子に、子供は目を丸くして「知ってんの!?」と宇佐木を責める。
「何? あなたも仲間ってこと?」
「いや、俺はただの常勤教師だが……」
「じゃあなんでびっくりしないの? 信じてない感じ?」
「うーん……」
 空咳をした宇佐木が、「こいつが何者なのかは知っている」と答えた。
「君の言っているようなことも、ありえるだろうと思う。だからこいつを警察に突き出すとか、何らかの復讐をするとか、そういうことであれば俺は止めない」
「止めろよ」
「復讐の手伝いはしないが、警察に突き出すなら俺も匿っていた共犯として断罪される覚悟はある」
「お前の覚悟なんかどうでもいいよ。俺は捕まるのも復讐されるのも絶対に嫌なんだが」
「は~~~?? 人殺しといて何、その態度」
 渋い顔をした殺し屋が、「じゃあどういう態度でいろってんだ。どんな態度でも一緒だろ、やったことが一緒なんだから」と開き直る。
「なんで父さんと母さんを殺したの?」
「十分な報酬があったから」
「…………。あなたはつまり、殺し屋ってことだよね?」
「殺人代行業者のことをそう呼んでいるならそうだね」
「誰に依頼されたの?」
「おいおい、尋問でもするつもりか? 覚えてないよ、そんな昔の仕事」
「でもぼくのことを覚えてた」
 子供はじっとこちらを見て、「あなたは十年も前の仕事で殺した夫婦の子供を、成長後もそうとわかるくらいよく覚えてた。だからあなたはあの日のことを、よく覚えているはずなんだ」と言った。
 顔をしかめた殺し屋はぽつり「十年……?」と呟く。
「十年つったか、今。マジで? あれからそんなに経ったのか……?」
「何にショック受けてんの」
「すまないな、おじさんは具体的な年数を言われるとバグってしまう」
 リビングの椅子にどかっと腰を下ろした子供が「やっぱ覚えてんじゃん」と殺し屋を睨んだ。
「早いとこ全部言った方がいいよ。本当に《《尋問》》されたくなかったら」
「ガキんちょが映画で覚えたような台詞を使うな。|本職俺たちにそれが通じると思ってんのか? 通じちゃったらどうすんの?」
「どうするって何」
「お前はこの世界にどれだけアホがいるか知らない。躾られてない犬の前に、鞭を持って現れてみろ。中途半端にビビった犬は噛むもんだ」
 他のやつにやるなよ、と殺し屋は目を伏せる。「偉そうに説教なんて何考えてるの? 自分の立場わかってる?」と子供は眉をひそめた。殺し屋はテーブルにもたれかかりながら「自分の立場がわかっていないのはお前の方だ。殺人犯を追いかけて家まで来るなんて正気か? お前いくつ? ガキの虚栄心ってこわいねー」と片目を瞑る。
 ほんの数秒黙った子供が、やがて静かに俯いた。
「君、大丈夫か」と宇佐木が声をかける。それを払いのけるようにして子供は「父さんと母さんを殺すようあなたに依頼した人間のことを聞かない限り帰らない。殺すんなら殺せば?」と勝気な目で殺し屋を見た。殺し屋はうんざりして天井を見る。
「お前、どこぞのお坊ちゃまなんだろ。帰らなかったら面倒なことになるから嫌だよ」
「別に。おいらが帰んなくても誰も気づかないし」
「気づかないってことないだろ」
 気づかないよ、と子供は言う。淡々とした冷たい声で。
「そういうわけだから。そこの白髪の人」
「俺の名前は宇佐木だよ。宇佐木優弥だ」
「聞いてないよ。とにかくこれからのことは、この人に全部吐かせてから考えるから。その上で死刑台に上がらせたくなったらあなたも不利になるだろうけど?」
「それは問題ない。俺のことは気にせず、君の思うようにやってくれ」
「しれっと俺が死刑台に上がることになっているのは問題だよな」
 つんとすました子供が「ねえ、あなた名前はなんていうの?」と殺し屋に尋ねる。
「名前なんてないですよ。少なくともお前に教える名前なんてないですよ」
「…………。白髪の人、この人の名前は?」
「知らない。俺は……クマ吉と呼んでいるが」
「えー……。親の仇をそんなふざけた呼び方する気になんないし、“殺し屋さん”って呼ぶからね」
「ちなみに俺の名前は宇佐木優弥だよ」
「聞いてないよ。もう覚えたよ、宇佐木さん。あなたもふざけた名前だね」
「本名だぞ?」
 ストンと椅子から降りた子供が、「知ってるだろうけど、おいらの名前は深波ね。根津・ミドルハイド・深波。おいらが泊まるとこある? なければ作って。今すぐ」と要求してきた。
「部屋……? 空いてる部屋なんてないぞ。お前の部屋を使わせてやったらどうだ、お前目当てで来ているんだし」
「ダメダメ。俺の部屋なんか、ガキが触っちゃいけないもんたくさんあるんだから。お前の部屋にしろよ」
「仕方ないな……。じゃあ俺がお前の部屋で寝るから……」
「ふざけんな」
「いいこと思いついた。リビングが一番広いんだし、布団敷いて全員で寝るか」
「本末転倒じゃないですかね?」
 振り返った宇佐木が「そういうわけだから、君の部屋はない。その代わり俺たちも自室を使わない。このリビングで布団を敷いてみんなで寝よう」と提案した。深波は眉をひそめ、「えっ。異星人のコミュニケーション?」と戸惑う。
 前髪をかき上げながら殺し屋は『どうオチをつければいいんだ、これ』と小さくため息をついた。
*****
 本当にリビングに人数分布団を敷いて横になり、宇佐木は「修学旅行みたいだな」と笑っている。「最悪だ……人の気配があるところで眠れねえっつってんのに」と殺し屋が嘆いた。
「ベッド以外で寝るの初めてなんだけど」
「そうか」
「そもそもこんな扱い受けたのが初めて。夕飯もなんか……情報量が多いだけで美味しくはなかったし」
「お前、せっかく出前とってやったのになんてこと言うんだよ。ご馳走だっつの」
「てか普通さ、親の仇と並んで寝かせないよね? せめて宇佐木さんが真ん中だよね」
「それは本当にそう」
「子供を大事にしたいという思いが強すぎて無意識にこのような布陣になってしまった」
「俺もガード側に置いているとしたら前提条件が間違ってんだよ」
 聞いているのかいないのか、宇佐木は「俺は明日仕事だからそろそろ寝るよ」と言って布団を被り、深波たちに背中を向ける。殺し屋もため息をつき、「お前も早く寝ろよ」と言って目を閉じた。
 それから数時間。深夜に物音がして殺し屋は薄く目を開ける。
 時計を確認すると針が二時を指していて、子供がナイフを持って立っていた。
 こちらが起きたことに気づいていないのか、切羽詰まった顔で深波はナイフを振り下ろそうとした。夜目が利かない子供ならそんなものかと思いながら、隣で寝ている宇佐木を巻き込まれても困るので子供の腕を掴んで引っ張るようにした。そのまま押し倒し、子供の肩を押さえる。
「よく二時まで待ったね。我慢強いんだな」
「……そりゃあ、今まで色んなことを我慢してきたからね」
「でもナイフで大事なのは勢いじゃなく、狙う場所だと思うんだよね。お前まだガキだから、狙うなら相手の首一択だよ」
「次はそうする」
「次か……。これで懲りてくれるんなら今回のことは、すさまじく寝相が悪いとか、夢遊病の類として許してやらんでもなかったんだが」
「許す? 許すとか許さないとか、あなたが決められる立場にないってこと、そろそろわかってよね」
「お前……すごいね。ナイフ奪われて押し倒されてそれ言えるって……。高貴だな、これがノブレスオブリージュか?」
「殺すの? おいらのこと」
「死にてえの?」
 というか俺は俺でここからどうオチつけて終わらせればいいかわからないんだよな、と殺し屋は思う。なんか発狂したふりで窓を突き破って走り去ろうかな、突然。そんなことを考えていると、不意に横で何かが揺らめいた。
 瞬間、なぜかクラウチングスタートのポーズを取っていた宇佐木が真っ直ぐにこちらにタックルしてくる。
(魚雷……?)
 まずい。体が勝手に、この意味不明な事態から身を守ろうと動き始める。端的に言えば、深波から奪ったナイフを宇佐木に突き刺そうとしている。理性が防衛本能を止められない。
 ナイフを握った手を開く。銀色に光りながらふっ飛んでいくナイフを、深波が拾ったのが見える。
 タックルをかましてきた宇佐木はすでに立ち上がっており、リビングの電気をつけた。
「お前たち」
 静かに、宇佐木がこちらを振り向く。「ナイフを置け、深波。座りなさい」と指示した。
「俺の家にいる以上は俺の言うことに従ってもらう。いいか、夜十一時から朝五時までの間は絶対に、外的要因以外で物音を立てるな。眠れなくても目を閉じて身体を休めなさい」
「いや……あの……」
「あのさぁ、親の仇と一つ屋根の下で寝てればこうなるよ」
「昼間にやりなさい」
「“昼間にやりなさい”??」
 また電気が消える。ふう、とため息をついた宇佐木が布団に入り直して「とにかく俺はまだ寝るから、静かにしているんだぞ」と言ってすぐ寝息を立て始める。
 座らされていた深波がナイフをいじりながら、「……もう一回やったらまた怒られる感じ?」と尋ねた。殺し屋も正座のまま、「まあ……次は小一時間説教されるかもな……」と呟く。
「…………」
「……寝るか」
「やりづらぁ~~~」
 もう、と怒りながらも深波は布団に入った。それから三十分くらいで子供の寝息が聞こえる。自分の腕を枕にしながら殺し屋は『健康的な寝息。マジでうるさい』と天井を眺めた。
 翌朝深波が焼いたパンを食べながら「大体さぁ」と不満を口にする。
「|宇佐木さん《この人》はなんなの? 殺し屋さんとどういう関係?」
「おっ、いいなその台詞。やきもち焼きの女ができたみたい」
 そう揶揄する殺し屋を無視して、深波は優雅にコーヒーを飲んでいる宇佐木に詰め寄った。
「本当に殺し屋の仲間じゃないの?」
「ただの教師だ。少なくとも、同業者という意味の《《仲間》》ではない」
「じゃあこの人が殺し屋だって知ってるのはなんで? 知ってて普通に一緒に暮らしてるのはなんで? 人殺しのそばにいて怖くないの?」
「怖くはない。こいつは少なくとも、俺や君のような人間を殺傷しない」
「あなたや、おいらのような……?」
 コーヒーを飲み終えた宇佐木が「俺はそろそろ家を出なければならない。また夕方に会おう」と言って立ち上がる。唇を尖らせた深波が、しかし何も言わずにその後ろ姿を見送った。
「……おいらも学校に行くけど」
「行くのか。まあ、さすがに学校にも行かなかったら騒ぎになるだろうし、行ってもらわなきゃ困るが」
「あなたは何するの? また人殺してくるの?」
「それぐらいしかやることないし、そうかもね」
 深波は呆れた顔で、何も言わずに鞄を背負って家を出ていく。
 しんとしたリビングで殺し屋は、椅子の背もたれに寄りかかりながら煙草を咥えた。火をつけて立ち上る煙を見ながら、「そういや|深波あいつたしか、喘息があったっけな」と呟いた。
*****
 深波がやってきて数日、元より異常事態が日常になっていたような日々だったために、深波の存在は大して異物とは言えなくなっていた。異物と言えば、まあ、殺し屋がこの日々に存在していることの方が大きな異物であった。
「殺し屋さーん、なに部屋に閉じこもってんのさ」
 そう言いながら、深波が部屋のドアを開ける。「おいらに部屋がないんだからみんな部屋なんか使わないことにしようねって協定じゃん?」と横になっている男を見おろした。
 男はどこかぼんやりと深波のことを見て、「……? え、てんし?」と呟いている。
「なに寝ぼけてんの? ねえ、早いとこ|リビング《こっち》に来てくれないと、宇佐木さんが料理を始めてしまうんだけど。別にあなたの料理だって特別いいものではないけど宇佐木さんのよりマシなんだから、早急にお昼ご飯を用意してよ」
「引っ張るな……」
 のろのろとした動きで立ち上がり、殺し屋がリビングまでついて来た。
 腕まくりをした宇佐木が、「今日は何にしようか。オムライスかな?」などと言っている。「“何にしようか”じゃないよ。択があるかのように言うほど宇佐木さんは料理できてないよ」と深波が突っ込んだ。
 椅子に腰かけた殺し屋が、テーブルに肘をついてぼうっと虚を見つめている。
「ねえ、殺し屋さんからもなんか言ってやって」
「……ソウタくん」
「は?」
「お前、ぬいぐるみのこと“ソウタくん”って呼んでたな」
 ぽかんとしていた深波が、何か思いだしたようで咄嗟に「ソーダくん?」と訊き返した。
「ソーダくんのこと? ソーダフレンズ、メロンソーダくまのソーダくん」
「あいつメロンソーダだったのかよ。それはメロンソーダとクマのどっちをアイデンティティにしてんの?」
「いきなり何?」
「それにするわ」
「何が?」
「俺、ソーダくんでやっていくわ」
「意味わかんないんだけど。やっていけるわけないよね?」
 深波は恐れおののいて、「何? なんか急に言動が支離滅裂になってきちゃったんだけど」と宇佐木に訴える。宇佐木は表情を変えずに「ははは」と言って見せた。
 再度振り向くと、殺し屋は静かにテーブルに突っ伏している。
「エ。エ゛ッ、エエエ。何? ど、え?」
 慌てて近づいていき、深波は「嘘……泡吹いてる……。死んだ?」と殺し屋の肩をバシバシと叩いてみた。反応がない。
「ねえ! 宇佐木さん!」
「ちょっと待ってろ」
 しばらくしてキッチンから「すまない、卵を切らしていたからチキンライスでいいか?」と声が聞こえてきた。
 殺し屋は十分程度で、何事もなかったかのように起きた。
*****
 包丁でキャベツを刻みながら、殺し屋は「よくよく考えりゃ、どうして俺がこんなことしなきゃならないんだ?」とぶつくさ言う。
「自分のためならまだしも、あのアホとガキに食わせるための飯をどうして俺が作らなきゃならないんだ。一方は舌がバカだから作り甲斐がないし、一方は味にうるせえし。あのガキも料理を覚えりゃいいだろ」
 火にかけたフライパンに、豚肉と玉ねぎを投入し、生姜炒めにする。大皿に盛ってリビングに持っていくと、「遅いよソーダくん」と深波が唇を尖らせていた。
「その、ソーダくんってのはなんなの」
「信じらんない。さっきのこと覚えてないの? あなたが言い出したんだよ」
「なんて? ソーダくんになります! って?」
「そうだよ」
「んなわけねえだろ」
「いや、確かに言っていた。俺も聞いた」
 雑に持ったご飯茶碗を持って「大体なんなんだよ、ソーダくんって」と殺し屋は眉を顰める。「ソーダフレンズのメロンソーダくま、ソーダくんだよ」と深波が言った。それから携帯電話をちゃちゃっと操作して、「この子」と画面を見せる。「あー、このクマのぬいぐるみ。お前が持ってたやつじゃん」と白米をかきこみながら殺し屋は言う。
「これ、シリーズものなのか。他に仲間が?」と宇佐木が訊ね、「そうだよー」と深波は答えた。
「ストロベリーソーダうさぎのベリーとか、レモンソーダねずみのレモンとか、もっとたくさんいるよ」
「じゃあメロンソーダくまの名前がメロンじゃなくてソーダなのはなんでなの?」
「一番最初に生まれたフレンズなんだよ」
「あー、シリーズ化すると思ってなくて最初のやつに総称みたいな名前つけちゃったのか」
「そういうメタいこと言わないでくれる? おいらずっとファンなんだからさ」
 肘をつきながら「まあ“殺し屋さん”よか、ソーダくんの方がマシだけどな」と言う殺し屋に、「肘をつくんじゃない」と宇佐木がたしなめる。深波はムッとして、「さっきのは冗談で言っただけで、あなたがソーダくんを名乗るのは認めないよ。人殺しの上に薬中の人格破綻者だし」と言った。
「は? シラフなんですが。いつも」
「さっき泡吹いてたよ。オーバードーズでそのまま死んじゃえばよかったのに」
「そんな頭の軽いガキみたいな死に方しないっつの」
 皿が綺麗になった頃宇佐木が「ごちそうさまでした」と手を合わせる。殺し屋が椅子を傾かせながら「皿洗いはしろよ、お前ら」とため息をついた。
*****
 学校が終わり、当然のように自宅ではなく宇佐木たちの家に帰ろうとしていた深波はスキップで歩く。家が見えてきて『今日もくだんない一日だったなー』と思いながら先を急いだ。
 すると後ろから黒い車がやってきて、深波を追い抜いたところで止まった。ヤバいかも、と思い走り出す。
 車の中から出てきた男が二人、追いかけてきた。
 手を掴まれた。振りほどこうとしたが動かない。そのまま引っ張られて、体が宙に浮く。車に引きずり込まれる。
 思わず笑っちゃいたいほど綺麗に誘拐されている。
 何とか最後の悪あがきとしてドアの隙間から腕を出し、顔を出して「殺し屋さーん!!」と叫んだ。
「誘拐されてまーす!! おたすけ!」
 男が二人がかりで「このガキ! 黙ってろ!」「腕を引っ込めろ、殺されてえのか」と深波を車内に押し込もうとする。ナイフが煌めいていた。これ以上抵抗すれば、殺されないまでもそれで傷つけられる可能性は高い。仕方なく抵抗をやめて自分から車内に入ると、車が動き出した。
 すると視界の端で、ここ最近見慣れた黒髪が見える。
 咄嗟に深波は車の窓を開けた。「殺し屋さん!」と叫べば、あの男は何か投げてくる。深波の額に当てて、思わず「いたっ」と言ってのけぞった。
「このガキ、勝手なことしてんじゃねえ」と言いながら誘拐犯が腕を縛ってくる。殺し屋が投げてきたものは助手席の下に転がっていき、見えなくなった。
 最後に見たとき|殺し屋あの男は、こちらに背を向けて歩いていくところだった。
*****
 というか。
 咄嗟に|殺し屋あの人に助けを求めるのってどうかしていたな。
 椅子に括りつけられた深波はため息をつく。誘拐犯たちは深波の目の前で菓子パンなんかをもぐもぐ咀嚼していた。
「社長が、『殺す前に身代金ふっかけてひと稼ぎすっかぁ』ってさ」
「こいつ一人で倍金取れるってこと?」
「そうそう」
 最悪だ。普通に殺されるらしいし二毛作のダシにされそうになっている。
 しかしもう事ここに至っては深波にできることはないし、なるべく痛い思いをしないように黙っていることにした。死に方を選べるなら、痛くないのがいいし、死体も綺麗であってほしい。ぼくって神様に愛された美少年だし、できるならめちゃくちゃにされずに帰されて、葬式ではみんな『こんなに可愛い子がね……』と泣いてほしい。山なんかに埋められたらどうしよう。虫に食われたり動物に食われたりして。ぼくが? さいあく。
「いつもの通学路使わなくなった時には焦ったけど、あんな人気のない道歩いてるなんてツイてんな」
 確かにあの辺、人気がなさすぎるよな。送り迎えを頼めばよかった。誰に? 宇佐木とか……少なくとも|殺し屋あの人は頼んでもやってくれなかっただろうけど。
 誘拐犯たちが「とりあえず社長に報告するか」「身代金を取るうんぬんは社長がやってくれるんだろ? 俺らがやんなきゃいけないのかな」と言いながら部屋を出て行った。
 ここはどこなんだろう。廃墟? 部屋の中は灰色で、窓もない。
 目隠しはされていなかったから建物の外観も見たが、病院のようだと思った。それほど多くの病院を見慣れているわけではないから確信を得てはいないが、なんとなくそのように感じた。
 死ぬのかぁ、とぼんやり思う。
 ろくでもない十三年間だった。本当に、何の意味もない十三年間だったと思う。少なくとも、両親が死んでからの十年には一切の価値がなかった。
 ああ、それもこれも何もかも全部――――
 |殺し屋あの男のせいだ。
「あれれ~?? このへんなんだけどな~」
 聞き覚えのある声がした。深波はパッと顔を上げる。
 携帯電話を片手に、散歩でもするような軽やかさでその男は現れた。わざとらしくきょろきょろと辺りを見渡して、「すいませーん。この辺で迷子を見かけませんでしたかー?」などと声を張り上げている。
「え……。いや、この部屋に今おいらしかいないんですけど」
「お、いたいた。ちいちゃくて見えなかったわ」
 半笑いで、殺し屋はそう言う。
 深波はこめかみに青筋を立てて、「言ってる場合か! おいら殺されそうなんですけど?」と訴えた。殺し屋は目を細めて、「殺されなくてよかったね~」と赤ん坊をあやすような口調で言う。
「なに? おちょくりに来たの?」
「まあ、八割そう」
「さいっあく! むかつく! あなたなんかに助けを求めるんじゃなかった!」
「でもお前を助けてやれるのって俺だけだから、口に気をつけた方がいいよ」
 言いながら、殺し屋が深波の手足を椅子に縛り付けていた結束バンドをナイフで切った。自由になった手足を撫でながら、深波は殺し屋を睨む。
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hibana
視聴者数のところ見えなくしたので、マジで「誰かが見ているかもしれない」という可能性だけを感じて頑張って書く
39:20
hibana
またTwitter見てたので配信止まってしもた
39:41
hibana
頭痛いんだもん(言い訳)
50:31
hibana
この話なんかめっちゃ長くなりそうで困ってる
61:51
hibana
ミドルハイドだったわ
72:32
hibana
頭痛すぎる。気圧ですか?
107:39
hibana
あら、おやつの時間だわ
151:02
hibana
突然頭痛が緩和された
151:34
hibana
よっしゃああああ頭痛が緩和されたぞ!ブチ上げや
170:29
hibana
は?頭痛い
183:33
hibana
おトイレ
195:15
hibana
なんでこんなに頭が痛くなるんですかね。仕事してる時はそんなにひどくないんだが、家の環境が悪いんだろうか
265:29
hibana
おっとネット環境がカスですわね
328:10
hibana
今日はこの辺で……終わんなくて悔しい……
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向き
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ハルハラあと1話ぐらい10月中に上げたい
初公開日: 2025年10月29日
最終更新日: 2025年10月29日
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コメント
マジで「誰かが見ているかも」という可能性でしか小説書けないのでよろしくお願いします。別に見ていなくても大丈夫ですが「誰かが見ているかも」という可能性を発生させたいです。