「俺はさぁ」
 赤座はコーラを飲み干した後、蕩けたような瞳を浮かばせてながら、俺に向けて言葉を吐いた。
「頼れる先輩っていうのかな、なんていうか、そういう存在にあこがれていてさ。お手本にしていた人が去年学校にいたんだけど、その人ももう卒業しちゃってなぁ。高原に話してもわからないと思うんだけど、ともかくとしてそんな人に俺はなりたくてなぁ──」
 ……伊万里はまだ帰ってこないのか? そう思いながら、俺は他所に視線を向ける。幸い、赤座の視線はこちらへと向いておらず、記憶を思い出すように上を見ていた。
 視線をドリンクバーに向ければ、何かしらの飲み物を組み終わっている彼女の姿があった。だが、こちらの様子をうかがっている様子で、何かしらを察したらしい彼女は、くすくすと苦しい笑顔を浮かべながら、いまだにこちらへは帰ってこない。
「でもさぁ、高原は俺に心を開いてくれないわけじゃない? いつも敬語じゃなくてもいいのに、って声をかけてるんだけど、お前はそれに応えてくれないじゃないか。だから、もしかしたら高原に俺はプレッシャーをかけてしまっているんじゃないかって──」
 赤座の言葉が止まることはない。まるで本当に酔っぱらっている人間と話しているみたいに、言葉を挟む間も存在せず、ただただ自分語りを続けている。
 視線で伊万里に、早く来い、と伝えてみる。手で何かしらのジェスチャーを含めた方がよかったのかもしれないけれど、それでも彼女には伝わると思った。だが、その甲斐はなく、飲み物でふさがっていない片方の手で『無理です』と手を振る彼女の姿しか視界に入らなかった。
 ……長い話は嫌いだ。
 大人というか、人が話してくる昔話や経験談は特に嫌いだ。自分語りなんてなおさら苦手だ。どう返せばいいのかいつもわからなくなるから。
 こういうのには、必ず主観で盛り付けられた話が大半になる。俺の言動や行動についても、当人の勝手な解釈によって真実はゆがめられる。そんな風に身勝手な嘘に巻き込まれるのが嫌いでしかない。
 嘘の延長線上、そのうえで話が長くなるというのだから、なおさら質が悪い。今のところ、長い話を聞いて得したことなんて一度もない。さっさと退散するのが一番である、という経験則が俺の中には根付いている。
 だが、そうすることができるのなら、俺はきっとここにはいない。空気を変えてくれるような存在が現れてくれるわけでもないし、頼んだばかりでしかないメニューがすぐに届くわけでもない。
 俺は、ただ彼の言葉に頷くしかない。たとえそれが歪んだ彼の解釈であったとしても、早く終わらせるにはそれが一番だから、ただの無意識的にうなずきを返すことが一番になるのだろう。
「──高原は、どう思ってるんだ?」
 そうして、何かしらを話終えたらしい赤座は、ようやく俺の方に視線を向けてくる。俺は未だに戻ってこようとしない伊万里に心の中で舌打ちをしながらも、そうですねぇ、と間延びした返事を赤座にした。
 ……何の話だっただろう。
 まあ、だいたいのことは予想がつく。赤座にはあこがれる先輩像というものがあり、それに従うようにしてふるまってきたこと。それに対して、俺があまり靡くような姿を見せていないこと。赤座にとってはそれが不満で不安で仕方がないのだろう。
 でも、しょうがないじゃないか。
 俺が人に靡くことはもうない。そうしないことを一年前にはもう心の中に決めていたのだから、赤座だけじゃなくとも、ほかの人間にも靡くことはなく、惹かれることはなく、淡々と距離を演出するだけだ。
 でも、それを人に言ってどうなる? 何か解決するわけでもない。
 期待はしない、最後まで疑う。ただそれだけが俺にとっての唯一の信条であり、それらを語ったところで赤座は納得するだろうか。
「赤座先輩は、きっといい先輩だと思いますよ」
 きっと、という部分を強調しながら、とりあえず思いついた言葉を並べることにした。
 嘘はつきたくない。だから、本質にかすめるような、それでいて本音のっ分ではない言葉を並べることにした。
「きっと、ほかの後輩から見てもいい先輩だと思いますよ。敬語を使わなくていい、頼ってくれていい、信頼してくれていい、そう言ってくれる赤座先輩のことを嫌う人なんていませんよ。……実際、僕だって嫌ってはいません」
 嫌ってはいない。好きでもない。どうでもいい、ただそれだけ。
「ただ、僕は人とコミュニケーションをとることが苦手なんです。ただそれだけです。それ以上に僕が言えることはなくて、心の中では赤座先輩のことを嫌うことはありません。もし、何かしら赤座先輩が自らの行動で思うところがあったとしても、それを僕関連で見出したとしても、結局のところは僕が悪いのです。ただ、僕が意思疎通を苦手としているだけですから」
 ああ、赤座は悪くない。嫌いじゃないし、好きでもないし、どうでもいいから、どうでもいいという風にしか扱えない。その弊害で彼が何を思っても、結局のところは俺が悪いにだけ収まる。
「……それだったら、伊万里さんとは?」
 目が据わっているように見える赤座は、俺の言葉にそう返した。
 ……どうしよう、結構話の落としどころとしては十分なところを見出せたはずなのに、そこをつつかれるとは思わなかった。
「……えーと、そうですね。伊万里さんの場合は──」
 しどろもどろになってしまう。先ほど、伊万里を呼ぶときにはきちんと取り繕って、京子、と呼ぶことができていたはずなのに、今ではその影さえ見ることはできない。
 別に、言えることはいくらでもある。彼女は同年代だから、とか、同じ同好会だから、とか、帰り道をともにしているから、とか。でも、それだけの言葉を返したとしても『同じ生徒会の俺は?』と赤座に問われれば、その答えを用意することができない。年上だから、というだけではおさまりがつかない。
 やはり、先ほど関係を偽ろうとしたのは間違いだったのではないか。関係性を偽るのであれば、もっと先の未来で──。
 ──そんな時、ことん、とプラスチックのコップがゆっくりとテーブルに置かれた。茶色い液体だった。
「──私たちは恋人なので」
 そう言いながら伊万里は微笑んだ。いつの間にか彼女は隣に座っていて、さも常識だとでもいうように、軽やかに明確な嘘を吐いていた。
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初公開日: 2025年01月09日
最終更新日: 2025年01月09日
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ひさぎ
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