ガタン、と立て付けの悪い酒場の重い扉が開いて、中にいたならず者たちが一斉にそちらを見た。
「やあやあ、兄さん方。ちょいと尋ねたいことがありまして」
扉に軽く体重をかけ佇んでいたのは、肩上でさらりと揃えられた薄い金髪にならず者たちが思わずイラっとするほどの甘いマスクの美青年だ。仕立ての良さそうなライトオークのスーツに茶色のファーがよく似合っている。女たちが聞けばたちまちうっとりしそうな少し鼻にかかった声がまた男たちの癇に障った。
「なんだい、色男。ここにゃお前さんの探す娼婦≪ブッターナ≫はいないぜ」
中央の机を足置き場にしている大柄な男がそう言って扉に立っている美青年を睨みつける。だが、大抵の者なら恐怖で身を竦ませる男の視線を、その美青年は意にも介さずゆっくりと店の中に入ってくる。
「生憎と、探してるのは娼婦≪ブッターナ≫じゃないんでな。数日前、ここに金髪≪ブロンド≫のガキが来なかったか? そして、一昨日は目つきの悪い紫髪≪ビオラ≫の男が来たよな?」
その美青年――ルチアーノは、人懐っこそうな笑顔のまま尋ねる。が、宝石のような青い目は全く笑っていなかった。
ルチアーノが発する殺気にも似た怒気に、ならず者たちは自然と身構える。
「……何言ってるか分かんねえな。ここはガキが来るような場所じゃないし、紫髪の男なんて知らねえよ。どっかの店と間違えてねえかい?」
大柄な男が一段と低くルチアーノの問いかけに答える。だが、ルチアーノは「へえ、それはおかしな話だな」となんの遠慮もなく男が座るテーブルの正面にどかりと腰かけた。
「……ここに、そいつがこの店に入っていく写真があるんだけどな?」
「!」
男の目の前に突き出されたその写真は、確かにルチアーノの言う紫髪≪ビオラ≫で目つきの悪い男――ランスキーが店に入る瞬間が写された写真があった。
男の顔色が変わった瞬間、ルチア―ノの纏う怒気が殺気に変わった。
「さて、兄さん…………なんで嘘つく必要があったか、教えちゃくれませんかね?」
甘いマスクに変わらない笑みを浮かべ、ぞっとするほど冷たい碧眼で男を見つめるルチアーノ。
男が奥歯を噛み締めると同時に腰にある銃に手をかけた瞬間――
「なにやら、面白そうな話をしていますね」
「! ボス?!」
酒場の奥から、茶髪に眼鏡の男が出てきた。一見どこにでもいそうなひ弱な外見だが、ルチアーノは彼がこの場の誰よりも強いと瞬時に悟った。
「……やっと、話が分かりそうなやつが出てきてくれたみたいだな」
ルチアーノはゆっくりと立ち上がり、ボスと呼ばれた男の元……ではなく、わざわざ遠回りをするように優雅に店内を歩きながら話を続ける。
「俺と、この写真の男は何でも屋でね。数日前、兄貴が帰ってこないから探してくれって可愛いお嬢さん|≪バンビーナ≫から依頼があってな、相棒が探しに出掛けたわけさ。ところが、約束の日時が過ぎても相棒が帰ってこなくてね。仕方がねえから俺が二人を探しにきたってわけさ」
「……なるほど。ちなみに、その彼の写真はどうやって手に入れたのですか?」
「なーに。いつも掛けてる保険さ。ここいらじゃ、素直に尋ねても、正直に答えてくれる奴らが少なくてね」
ルチアーノは眼鏡のボスと会話しながら、足音を立てて店内を歩き回る。黒く汚れた石の床にカツンカツンとルチアーノの足音が響き、ならず者たちはルチアーノの一挙手一投足を睨みつけながら、懐に忍ばせた銃に手を伸ばした。だが、ならず者たちがアクションを起こす前に、ボスがルチアーノに話を持ち掛ける。
「なるほど、あなたは中々切れる方のようだ。どうです? 私と一つ、ホールデ厶で勝負をしませんか? あなたが勝ったら、あなたの人探しに協力致しましょう」
「……アンタが勝ったら?」
ルチアーノはカツ、コツ、と店内を歩き続けながら、ボスに尋ねる。ボスはルチアーノを嘗め回すように頭から爪先までじっくりと値踏みし、ニヤリといやらしく笑った。
「そうですね……あなたのその綺麗なお顔と身体を、少しばかり私に貸してはくれませんか?」
ボスの答えに、ルチアーノはボスの正面に立ち止まり、コツンと踵で地面を踏み鳴らした。ニヤリと強気な笑みを浮かべ、初めて碧眼に炎を灯す。
「――いいぜ。その勝負、乗った」
ホールデムとは、ポーカーの一種である。
ドローポーカーのように5枚の手札で役を作るのではなく、2枚の手札と5枚の場に公開された共有の札から5枚を選んで役を作るゲームだ。
自分の手札(ハンド)2枚と場の札(コミュニティカード)5枚、計7枚の中から5枚を選んで役を作る。コミュニティカードに強いカードが並べば手札が弱くてもいい役を作れるだろうが、当然相手もいい役が作れる可能性はある。
また、賭けるタイミングが「手札のみの段階(プリフロップ)」「場の3枚公開(フロップ)」「4枚目公開(ターン)」「5枚目公開(リバー)」と何ラウンドもあるのが特徴だ。
つまり、自分の役だけでなく相手の役も読んでいくことが必要であり、役の強さだけでなく嘘(ブラフ)で相手を勝負から降ろしたり、引きずり込んでチップを出させたりする駆け引きが重要となるカードゲームである。
――その酒場にいたバーテンダーがディーラーとなり、配られ終わったカードを見て、ルチアーノは顔を顰める。カードをテーブルに伏せようとしたら、カードを床に落としてしまった。
「っと、悪ぃ……初っ端からツイてねぇなぁ」
ぶつくさ呟きながらルチアーノは床に落ちたカードを拾った。ボスは笑いながらディーラーに声かける。
「ほら、ご機嫌斜めなお客様に美味しいお酒をお出しして差し上げろ」
「はい」
そう言って、ディーラーはカウンターから簡単な酒を作ってルチアーノに差し出した。
「はっ! 随分サービスのいい酒場だな。酔ったって俺は手元狂ったりしないぜ?」
「はは、単なる景気づけの一杯ですよ」
ルチアーノは素直に差し出された酒を煽る。やたら度数の高い酒に僅かな違和感を覚える。が、ルチアーノはそのまま飲み干した。そんなルチアーノを見て、ボスが満足げに目を細めたのにも気付いた。
(……多分、睡眠薬かなんか仕込んでんだろうな、この酒)
ルチアーノはマフィア時代にもこういう危険な任務を何度も潜り抜けたので、睡眠薬などの薬は効きにくい体質になっていた。だから、気付いても躊躇いなく飲み干せたのだ。
「――っし! お替わりももらっといていいか?」
「ふふ、我儘な方ですね。もちろんいいですよ」
「どうも|≪グラッツィエ≫。じゃあ、1番勝負、始めっか」
ルチアーノのご機嫌な声にボスは頷いてカードを開く。ルチアーノの手札≪ハンド≫は♦4と♧3。テーブルの上に並々と注がれたグラスが置かれる。
「場の3枚公開≪フリップ≫」
場のカードは♠7・♧9・♧6。
(このままだと、上手くいけばフラッシュかストレートが狙えるな)
「上乗せ|≪レイズ≫。さっさと終わらせようぜ」
「この時点でレイズとは、思い切りがいいですね。付き合いましょう。コール」
「はっ! 後悔しても知らねえぜ」
「では……4枚目公開≪ターン≫」
開けられたのは、♧8。口の端が上がるのが止められないルチアーノ。
「最初はどうなるかと思ったが、幸運の女神さまはやっぱり色男が好きみたいだな。レイズ」
「じゃあ、私の勝ちですね。コール」
「はは、言ってろ。さ、ディーラー。最後のターン、よろしくな」
「では……5枚目公開≪リバー≫」
そう言ってディーラーがめくったカードは――♧4。
「私は……ワンペア、ですね」
「俺はストレート。さ、俺の勝ちだ」
机の上のチップがじゃらりと動く。ボスの顔が僅かに不愉快そうに歪むのを、ルチアーノは愉快そうに見つめた。
「案外、決着は早そうだな?」
「……まだ、たった1回勝ったくらいで調子に乗らないでください」
酒場にピリッとした緊張感が走る。と、その時、どこからか一匹の猫が迷い込んできた。ふわふわと毛並みの良い長毛を靡かせた、黒と白のペルシャ猫。首には太く黒い革の首輪が巻かれており、飼い猫のようだ。
「チッ! どっから迷い込んできたんだ、コイツ」
ならず者たちが舌打ちをしながら猫を蹴飛ばそうとするが、猫はそれらの攻撃をひらりと避け、ルチアーノの肩に飛び乗った。
「お! 猫にも俺の色気が分かるってか」
ルチアーノが楽しそうに指先で猫の喉元を撫でる。ぐるぐると喉を鳴らす猫に、ボスが不機嫌に舌打ちする。
「勝負の最中ですよ。ふざけないでください」
「へいへい……だとよ、可愛い子猫ちゃん|≪ベル・ガッティーノ≫。俺の足元でいい子にしてな」
そう言ってルチアーノが足元を指すと、猫は大人しく床へと降りていった。
「では、カードを配ります」
ディーラーが新しく二人にカードを配り、場に5枚のカードを伏せる。
ルチアーノの手元には♠Aと❤のQ。それを見て、ルチアーノはニヤリと口の端を歪めた。
「この勝負、俺の勝ちだな」
「まだフリップもされてない時から勝利宣言とは、とんだ早漏ですね」
「うるせー! それを知ってるのは、いい女≪ベッラ≫だけだ」
軽口を叩く二人の前で、ディーラーが場の3枚公開≪フリップ≫する。
場には、♧5・♧J・♦4。途端に顔の険しくなったルチアーノに、ボスがおかしそうに声をかける。
「おやおや、やはりイくには早かったんじゃないですか? 綺麗なお顔が随分歪んでますよ」
「うるせえっつってんだろ! 勝負はまだここからだ」
「じゃあ、私はレイズで」
「コール」
「では、4枚目公開≪ターン≫」
開かれたカードは❤2。すかさず「レイズ」とボスが謳う。ルチアーノも負けじと勝負に乗るが、次のターンで開かれたカードは、♠4だった。
「ストレート……おや、さっき聞いた言葉ですね」
「くそっ! 競り負けた!」
ルチアーノが悔しそうに机を叩く。カードゲームに乗った割には素直な感情表現に、ボスはメガネの向こうの瞳を細めながら(大したことないな……)と評価を下した。
次のゲームも、ボスがフラッシュで上がり、ルチアーノが「くそー!」と叫ぶ。
そして、そのまま怒りに任せて立ち上がり、ならず者たちが銃を構えて警戒する中、バーカウンターに置いてあったピッチャーに入った水を頭からかぶった。
「「「!?」」」
驚く周囲をよそに、ルチアーノは濡れながらボスに向けてニッと笑った。
「悪いな、ちょっとすっきりしたくてよ。水も滴るいい男になったところで、勝負再開だ」
薬が効きだしてルチアーノの意識が掠れていると思ったボスは、ニィっと笑って「お気になさらず」と鷹揚に言った。
ドカっと座り直したルチアーノの足元から、濡れるのを嫌がったのか、大人しくしていた猫がするりと抜け出し、またどこかへと姿を消した。
「……あなたの子猫≪ガッティーノ≫がいなくなっちゃいましたけど、良かったんですか?」
「ああ? まあ、しゃーねーだろ……ほら、早く、続きを……」
体をゆらゆら揺らし、舌足らずの受け答え。ルチアーノの言動が怪しくなってくる。これを好機とばかりに、ならず者たちは少しずつ距離を詰める。ボスはディーラーに目配せし、さっさと勝負を終わらせることにした。
カードを配り、ルチアーノは体を揺らしながら手札を確認する。❤Qと♠A。
ターンで示された場の札≪コミュニティカード≫は、❤J・♦A・♧3。上手くいけばストレートかフォーカードを狙えるかなりの好手札だが、ルチアーノはぼんやりとした顔で弱いフリ|≪スロープレイ≫を続ける。
「レイズ。あなたはどうしますか?」
「ああ? じゃあ、俺も、コール……まだまだ、負けねーから、なー」
「ふふ、そんなこと言って、随分だらしない顔になってますよ。まあ、美人≪ベッロ≫のそんな顔が好きだという好事家も多いので、こちらとしては助かりますが?」
「あ……? 俺の顔がなんだって……?」
「いえいえ、なんでもありませんよ」
そう言って穏やかに微笑んだボスは、密かに幾つかの伝達を走らせ、目の前のなんでも屋を売り飛ばす算段をつけていた。先日捕まえたもう一人の男も、鋭い外見と媚びない態度がその筋の人間に刺さったらしく、高値がついている。あとはこの男と共に受け渡すだけだ。
(ガキども攫って売り飛ばすより、意外と楽かもな。ま、こんな風に罠に飛び込んでくるバカでオイシイ奴らはそうそう転がってないだろうが)
そう思いニヤついてしまった口元を、ルチアーノに咎められる。
「なーに笑ってんだよ……まだ勝負は、ついてねぇだろ……」
「ええ、そうですね」
丁寧に答えながら、内心(もう勝負は終わってんだよ)と嘲るボス。元々この勝負は、目の前の男を油断させ、同時に人身売買の算段を付ける為の時間稼ぎに過ぎなかった。勝っても負けても、結果は同じなのである。
「……」
ディーラーに合図をし、さっさとこのゲームを終わらせることにする。
「4枚目公開≪ターン≫、❤A」
「「レイズ」」
ボスとルチアーノが同時に宣言する。二人はお互いの顔を見つめた。ルチアーノの宝石のような青い瞳に揺らめく炎がまだ消えていなかったのを、ボスはその時やっと気づく。が、もう遅かった。
「5枚目公開≪リバー≫」
テンポを上げたディーラーの手で開けられたカードは、♧A
「Aのフォーカード。俺の勝ちだ」
ニヤリと笑ってカードを掲げるルチアーノに、先程の酩酊した面影は欠片もない。
「チッ……今までの酔った姿は、演技だったってことか!」
「はは、アンタの丁寧口調も演技なんだから、お互い様だろ。さて、机の上のチップを見るに、どうやら俺の勝ちってところだが、最後の一勝負、行くか?」
「はっ! そんなもの最早どうでもいい。お前は、たった今から俺たちの大事な商品さ。ブツは大人しく猿ぐつわでも噛んでおねんねしてろ」
そう言ってボスが立ち上がった瞬間、周囲のならず者たちも一斉に銃を構え臨戦態勢に入る。ルチアーノはカードを持ちながら両手を上げ|≪ホールドアップ≫してその中心に立つ。
「――いい心がけですね。私たちとしても、商品に疵をつけたくはありませんから、大人しくしてくれると助かります」
ボスが鷹揚に頷き、ならず者たちに指示を出す。ジリジリと、包囲網を狭めながら近付いてくるならず者たちを確認し、ルチアーノはふっと口元を緩めた。
「悪いが、俺たちは、俺たち以外の言うことを聞く気がさらさらなくてね」
そう言った瞬間、ルチアーノは机を蹴飛ばし、目にも止まらぬ速さで拳銃を引き抜くと、ルチアーノは飛びのきながらカードの散らばった足元に向かって銃を撃った。
ドオオオン
バチっと弾丸から火花が散ったと思った瞬間、周りに散らばった黒い粉に点火し、爆発した。同時に、床に大きな穴が開く。地下に空間があったようだ。
「はあっ?!」
突然の爆発に慌てふためくならず者たち。と同時に、ガシャンと窓ガラスが割れ、小柄な影が二つ、酒場に飛び込んでくる。ボスがそれらを視認するより早く床に叩きつけられた爆弾から煙幕が発生した。
「「ルチアーノさん!」」
「ベンジャミン、アンジェロ、こっちだ!」
ルチアーノはその混乱と爆煙に紛れて、穴の開いた先にある地下室に飛び降りていく。
「くそっ! あいつらを逃がすな!」
同じように飛び降りて追ってきそうな連中に牽制の銃弾を何発かお見舞いする。ベンジャミンとアンジェロが持参した釘をまき散らし、罠を仕掛けた。穴が開いたのは丁度廊下の真ん中だったようで、左右に扉があった。
「ベンジャミンとアンジェロはあっちの扉を調べてくれ。危なくなったらすぐに逃げろよ」
「分かってる! ルチアーノさんも気を付けて!」
「怪我すんなよ」
「はは、誰に向かって言ってんだよ」
そう言って素早くもう一つのドアに数発弾丸を叩きこみ、扉を蹴破る。
ガシャーン
破られた衝撃で立ち上がった埃の向こうに、両手首を鎖に繋がれたランスキーの姿を見つけた。あちこちに蹴られた足跡のようなものはあるが、大きな怪我はしてないようで、内心胸を撫で下ろすルチアーノ。
「よう、色男。水も滴るいい男が迎えに来てやったぜ」
ルチアーノの軽口に、俯いていた顔をゆっくり上げて、ニィっと笑うランスキー。
「はっ、相変わらず派手好きなヤツだな。お陰で目が覚めちまった」
「なんだ、石畳のベッドと両手首の鎖がいい寝床だったか? その趣味は知らなかったな」
「バカ言え。うちに勝る寝床があるか」
「じゃあ、さっさと帰って飲んで寝ようぜ。俺も早く風呂に入りたくて仕方ないんだ。何せ、埃まみれになっちまったからな」
「同感だ。こんな面倒ごと、さっさと片付けちまおう」
背後がやかましくなる。ルチアーノは至近距離で鎖に銃を撃ち、ランスキーを解放した。ついでに、持ってきていた彼の予備の愛銃も渡す。ランスキーは軽く体を動かして自身の負ったダメージを確認しながら、装備を整えある。
「タバコもいるか?」
「……このごたごたが終わったらな。折角の一服、ゆっくり味わいたい。特にお前からの珍しい差し入れなら、猶更な」
「誰が珍しいだ。お前、いっつも俺のやつからくすねるだろう」
「なんだ、ちゃんと管理してたのか。てっきり、ストックの数なんて覚えてないかと思ってた」
「はあ?! 喧嘩売ってんのか!?」
ルチアーノがランスキーに嚙みつくより早く、敵の追手が部屋に乱入してくる。
「……続きはあとで買ってくれ」
ランスキーはそう言うと、一つ深呼吸をしてやってきた追手に拳銃を構えた。
「さあ、貧乏神と死神を招き入れたこと、後悔するんだな」
――鮮血のダンスパーティーの幕が、切って落とされた。
「――兄ちゃん、これで全員救出したよ」
「こっちも捕まえられる奴は全部捕まえた」
ベンジャミンとアンジェロの報告に、ランスキーは「さすが俺の弟と、ボスの息子だ」と満足そうに頷く。アンジェロが、「だから、その呼び方はやめろっていつも言ってるだろ」と顔を顰める。未だに自分の父親がカポネであると認めたくないのだ。
ランスキーは現場を眺めながら、ちらりとルチアーノに視線を向けた。
「思ったより早く片付いたな。お前にしちゃ、侵入の手際もスマートだった。派手でうるさかったが」
「はっ! 俺様だぞ、当たり前だろ。侵入ルートの開け方も、予め相談してたしな」
……ベンジャミンとアンジェロの偵察、それに情報屋の話から、ランスキーが消えた酒場の地下に監禁されていることはアタリをつけていた。そこで、3人で相談し、地下に向けて穴をあける計画を立てた。
まずはルチアーノが潜入し、地下室の場所を探りながら騒ぎを起こす。そこへアンジェロが躾けた猫を送り込む。その猫の首輪に火薬を仕込み、混乱に乗じて床に撒いて引火させ、濡らした上着で爆発を防ぎながらルチアーノが侵入する、という予定だった。
それが、敵方のボスにホールデ厶に誘われたので、急遽細部を変更しながら計画を実施したというわけだ。
「なるほど……爆弾なんてどこから持ってきたかと思ったが、アンジェロのお陰か」
「なんか妙に猫になつかれるこの体質が役に立つ日が来るとは思わなかったけどな」
「はは、お前の猫のお陰で助かったぜ」
「でもルチアーノさん、すごいです! 足音の反響だけで地下室見つけ出したり、カードゲームに持ち込んで、アルコールと紙を用意して爆発の威力上げたりするなんて!」
ベンジャミンの素直な賞賛に「当たり前だろ」と鼻高々のルチアーノだが、ランスキーは(絶対半分くらいは偶然だろ)と思っていた。だが、悪運も味方につけてしまえるのが、このルチアーノという男なのだ。
「しっかし、こんなにガキを攫っていたとはな」
ルチアーノが、改めて救出した少年たちを眺める。人数は6人。全員が最低限の食事と飲み水しか与えられておらずぐったりしているが、人身売買用の商品だったこともあり、ひどい怪我をしている者はいなかった。
「しかも、ストリートチルドレンだけじゃなく、身分の高そうな子供も多い。今頃、警察が必死になって捜査してるかもな」
「ふーん……ってことは、これ警察に持っていきゃ、報奨金とか貰えんじゃね?」
「その前に、面倒な取り調べ受けて捕まる可能性の方が高いな」
「あー、だよなあ。かと言ってこいつら処分するのも……待てよ」
「?」
ルチアーノがニヤリと笑ったのに眉を寄せたランスキー。こういう表情をするルチアーノは、大抵ロクなことを言い出さない。
「……一人、心当たりがいるじゃねえか」
そこは、一見丁寧に整えられた執務室か何かのようだった。
その真ん中で重厚な机の前に堂々と座っているのは、この街の裏のボス・カポネ。目の前に連れてこられた男を見て、満足そうに微笑んだ。
「……ごきげんよう」
対照的に思い切り顔を顰めて苛立ちまぎれに床の高級絨毯を踏みつけているのは、正義感面した悪徳検事・デューイ。
「いきなり誘拐みたいに連れてこられて、機嫌いいわけあるか」
「高級車を迎えにやっただろう」
「そういう問題じゃない!」
こうして連れてこられるのは今回に限った話ではないが、その度にこの街での立場の違いを思い知らされるようで毎回不快になる。だが、そんな文句を言ったところで目の前の男を単に悦ばせるだけなのでなんとか奥歯で嚙み殺す。
「……それで? わざわざ高級車での出迎えなんて、何の用だ?」
唸るように尋ねると、カポネはゆったりと葉巻に火をつけ、紫煙をくゆらせながら答えた。
「ふう……別に大した用事じゃない。昔うちで飼ってた猫どもの話だ」
「はあ? 帰るぞ」
あまりの返答に踵を返すデューイの背に、構わずカポネは話しかける。
「その猫らは昔っからはねっかえりでな。1匹は言うこと聞かねぇし、1匹は駄犬にも尻尾を振るような奴らだった」
「……?」
カポネの言葉に、デューイはふと既視感を感じ、立ち止まり振り返る。カポネは相変わらず帽子をしゃれた角度で被り、口角を僅かに上げ、話を続ける。
「でも、見どころはあったからあいつらを組ませてみりゃ……大暴れした挙句に一緒に逃げ出しちまった」
「それって……」
デューイは思い当たる人物たちに行きつき、思わず口元を押さえる。片方は自分を裏切ったやつなので、当時の苦々しい感情が浮かび上がってくるが、あの事件をきっかけにこうしたカポネとの悪縁が生まれたのだから、一概に最悪とも言い難い。まあ、この状況が最悪の更に下の地獄ではあるのだが。
デューイの表情の変化を楽しみながら、カポネは話を続ける。
「でもな……逃げ出しても俺にとっては可愛い猫どもでな。あいつら、狩りが得意で、今もここにいる時と変わらず獲物を捕まえたら自慢げに見せびらかしてくるんだ。ほら、こんな風に……」
「! こいつは……!」
カポネから差し出された写真には、最近デューイが追っていた連続誘拐事件の重要参考人がボロボロになって簀巻きにされた姿で映っていた。
「な? 可愛い猫たちだろ?」
「……お前は、こいつをどうするつもりだ?」
「別に? 俺のシマの話じゃないからな。ただ、最近頑張って走り回ってた駄犬を思い出して、気分がいいから褒美でもやろうかと思って」
カポネが「どうだ、いるか?」と楽しそうに差し出されたそれを、デューイは睨みつける。それを受け取ってしまったら、駄犬と認めたことになる。だが、その写真の男はデューイが是が非でも欲しいものだ。
「…………」
「要らないなら、猫どもにそう伝えるだけだ。奴ら、今度はどこに自慢しに行くんだろうな……?」
ニヤニヤと意地悪く笑うカポネ。デューイは掌で踊らされている自分に歯ぎしりしながら、それでも一度大きく息を吐いて、その写真を受け取った。
「こいつは俺が捕まえる。いいか、今回のは貸しじゃないからな。お前らの後始末を俺が請け負ってやるだけだ」
「はは、他人の手柄を横取りしといてよく言う」
ゆったりと嘲るように笑うカポネを、デューイは黙殺した。反論しないデューイを更にからかうカポネ。
「だが、そういう厚かましさは嫌いじゃない。駄犬らしくてな」
「~~~っ話はそれだけか! 帰るぞ!」
「ははっ、お偉い検事様はお忙しいことで。また気が向いたら遊んでやるよ」
こちらに背を向けてひらひらと手を振ったカポネの背中を睨みつけて、デューイは足音荒く去っていった。
バタンと騒々しく閉まった扉の音を聞きながら、カポネは紫煙をゆっくりと口に含む。煙とともに吐き出したのはどんな感情か、その様子からは伺い知れない。
「ふう……さあ、次はどんなおもちゃを見せびらかしにくるんだろうな?」
「場の3枚公開≪フリップ≫」
「っしゃー!! これで俺の勝ち確定だろ! レイズ」
「うるさい。コール」
「ええ、マジか……兄ちゃんもコールなら僕は降りようかな、フォールド」
「じゃあ、勝負はルチアーノさんとランスキーさんでいいか?」「「ああ、絶対負けねえ」」
「4枚目公開≪ターン≫、♥J」
「「レイズ」」
ルチアーノとランスキーが同時に宣言する。二人はお互いの顔を見つめた。いつもの強気な笑み。それが鏡映しのようによく似てると、ベンジャミンとアンジェロは思った。
「俺の台詞取るな。降りるなら今のうちだぞ、ドケチランスキー」
「はっ、お前がもたもたしてるからだろ、テキトールチアーノ。お前こそ、降りた方が賢明だと思うけどな」
「バカ言え、せっかくお前の吠え面が見れそうなんだ、降りる訳ないだろ」
「その台詞そっくりそのまま返す、このまま続けていい酒の肴になってくれよ」
バチバチと火花が散る音でもしそうな二人の雰囲気に呑まれながら、ディーラー役のアンジェロが最後の1枚をめくる。
「5枚目公開≪リバー≫」
――二人の勝負は、死んでも終わらない。
【終】
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ランを助けにいくルチがホールデ厶する話 ★
初公開日: 2024年02月28日
最終更新日: 2024年09月17日
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行方不明になったランスキーをルチアーノが助けに行って、ホームデ厶で賭けする話