●五伊地すごろく
「20の10最期に考えるのはどんなこと? 忘れて欲しい?」
 死にたいとは思っていなかったがいつでも死ぬ覚悟はしていた。呪術師の道から逃がしてもらって、補助監督という道を進んでからも伊地知の覚悟は変わらなかった。
 最期に五条は伊地知が一番信用できるという言葉を残した。まさか五条からいつの間にか信用を勝ち得ていたらしい。思いも寄らない言葉に伊地知は言葉を失くし、五条を呆れさせた。あの時の衝撃は時間が経った今でも覚えている。
 最期まで五条は最強であり続けた。なんの取柄もないただ目の前のことを必死にこなすことしかできない平凡な男を「一番信用できると」と言って、五条はどこまでも独りだった。それでも時々五条が普通の人間のように感じる時があり、それは袂を別けたかつての親友のことを語る時だったり、教え子たちの成長を見守る眼差しだったり――それは全て伊地知の感傷が思わせた幻覚だったかもしれない。それでも、瞬きの間だけみせる五条の人間らしさに伊地知は気が付いた時には恋をしていた。
 伊地知が五条の傍にいたところで、彼の心の隙間を埋められるなんて驕りはない。自己満足という言葉が伊地知の恋にはよく似合う。
 それでも五条は伊地知の告白に肯定で返した。
 どうして、と問うことはしなかった。
 五条がなぜ伊地知と付き合うことを否定しなかったのか、告白をした時に真正面から向き合った唯一無二の青い目は冷静に伊地知のことを観察しているだけだった。そこには好悪すら浮かんではおらず、ただただ伊地知潔高という人間を理解しようとしているものだった。なにか五条の中で伊地知と付き合うことで利益になると弾きだされた結果だったのだろう。
 恋人同士になったからといって関係が突然変わることもなく、少しだけ伊地知が仕事以外のことで五条と時間を過ごす口実ができたというような恋人の真似事のような歪な関係が生まれた。
 五条は最期、伊地知のことを一瞬でも考えただろうかと空想する。
 空想だというのに否とすぐに答えが出てきて、伊地知は苦笑するほかない。伊地知がどれだけ五条のことを愛していたか、きっと最後の最期まで理解することはなかったに違いない。五条がいなくなった世界で伊地知がどれだけ五条のことを思って生き続けるかを考えたことすらないだろう。
 あの世では生者が故人を思い出す時に花が舞うという。ならばきっと五条には伊地知の花が降り注いでいるに違いない。もしあの世が本当にあるのだとしたら五条は今頃伊地知の感情に驚いているか、辟易しているだろう。「オエー」なんて舌を出してうんざりした顔をしているのが容易に想像できる。
 今更あれだけ強烈な人を忘れることなんて伊地知にはできない。死ぬまで伊地知は五条悟という人間に捕らわれている。
 遠くで伊地知の名を必死に呼ぶ声が聞こえるが、意識を保っていることもだんだんと難しくなってきた。痛みはもう感じない。祓除任務に同行して想定外の呪霊の出現というよくあることで補助監督が命を落とすことは珍しいことではない。世間一般的に長寿というには若い年齢かもしれないが、それでもかつての高専時代の先輩たちを全員見送ってから一番最後が自分なのだからよく頑張った方だろう。
 伊地知が最期に考えたのはやはり最強なあの人のことで、花にまみれてうんざりした顔の五条に「これでさいごですから」と言い訳のようなことを思いながら意識を手放した。
 
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20240925「20-10最期に考えるのはどんなこと? 忘れて欲しい?」
初公開日: 2024年09月25日
最終更新日: 2024年09月25日
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