「16-7伊が好きすぎて、こいつどうしてくれようかと思ったことある?」
他人から見ると伊地知はしっかりしているように見えるらしい。五条も伊地知が優秀で、信用に足る人物だというのは誰よりも一番理解している。しかし、仕事とプライベートは全くの別物で五条が心配になるくらいに伊地知はずぼらなところがある。
五条家に生まれて金に困ったこともなく甘やかされてきたと思うが、誰の手を借りることなく生活できるくらいに五条は自立している。初めこそ洗濯機の使い方もわからなかったし、掃除をするための洗剤が用途によって異なるということは知らずに戸惑うことはあったが調べればわかることだしスーパーで店員に聞けば誰もが快く教えてくれた。
五条は知らなかったからこそ一人暮らしになって失敗をしたことはあるが、伊地知はその点「知っていてもやらない」男だった。仕事に関することはしっかりと準備して抜けが無いように準備もしている。スーツに関しても帰宅すれば形が崩れないようにハンガーに吊るし、皺のないシャツを着用してハンカチも持ち歩いている。仕事の範囲という認識が伊地知の中でできあがっているからだろう。
そして、年がら年中仕事が黒スーツ着用なのをいいことに伊地知に衣替えという概念はない。高専入学と同時に実家を離れているので一人暮らしも慣れたものだろうに、伊地知は毎年凝りもせずに寒さに耐え切れなくなってから冬服を取り出し、熱さが我慢できなくなってから夏服を取り出す。服といっても私用で出かける時もスーツで来るような男なので、部屋着兼寝間着や寝具の話である。
朝晩が冷え込み秋から冬に移り変わる頃になっても、ずぼらな゙伊地知はいまだに夏同然の格好で寝ては明け方は寒さに震えている。付き合い始めてから知った伊地知のこの面倒臭がりの部分を五条は何度も口を酸っぱくして注意してきた。
「衣替えしなくちゃなぁとは思うんですよ、朝起きる度に」
「思うだけじゃいけません、なんて言ってたのはどこの誰だっけ?」
昨日の会合を「参加したいとは思っているが、どうしても今手を離せない」とみるく饅頭を味わっていた五条を嗜めた伊地知の言葉を引き合いに出す。
「やろうという意思はを持っていることはいいことじゃないですか?」
「僕がちゃんと冬服まとめてしまってあげたのを出すだけなのに」
見るに見かねて五条は伊地知の収納スペースの管理をするようにしている。基本的に物欲がないので恐らく数か月前に五条がしまい込んだまま冬服たちは出番を待っていることだろう。
「帰る頃には忘れてしまって、寝る前にまたやらなきゃと思い出すんですけどそのまま眠って朝起きて後悔するんですよ」
見た目より頑丈で五条の知る限り風邪一つ引いたことない伊地知ではあるが、毎年これではいつかきっと本当に風邪を引いてしまうだろう。
「これから伊地知の家行くから、僕に衣替えをさせてるなんて知ったら五条家の連中ひっくるかえるよ」
「面目ありません」
どうせこのまま伊地知の家に泊まるつもりだったのだから丁度いい。五条が口うるさく言うのは全て伊地知を心配しているからこそだ。それがよくわかっているのか、こういう時の伊地知は素直に頷いて五条の言葉に従う。
「冷感シーツ!」
「ちゃんと冷感なんだなって夏場よりもこの時期が一番実感しますね」
伊地知の部屋へとやってきて早速冬服を取り出し、きっとまだ夏用の掛け布団だからついでに交換しようと寝室に入った五条の大声に伊地知が誤魔化すように笑う。
「いま何月かわかってる?」
「十一月です」
「そう、十一月。先週北の方で初雪が降ったってニュースもしてた十一月後半! 冷感シーツ交換しないんだったら、来年から使うの禁止」
「それじゃあ夏が暑すぎますよ」
「自分一人で衣替えできるようになってから異議を申し立てるように」
アイマスク越しでも五条が睨んでいるのがわかったのか伊地知が「はぁい」と珍しく不満を滲ませた声を出す。今年の夏に冷感シーツを買って、快適だと言っていたので仕事以外のことで自分を顧みる気になったのかと思っていたがまさかまだ冷感シーツのままだとは五条も油断していた。
「冬用のシーツは?」
「あー、夏用買った時に冬にまた買えばいいと思って買ってません」
子どもが親に怒られるのをわかっていながら回避できないかと伺うような視線を受けて大きな溜め息を吐いた後に五条はデコピンをくらわす。
「明日買いに行くよ」
本当ならここで「一緒に暮らす?」と言えればよかったのだが、まだ五条の方が準備が整っていない。それにこんな冷感シーツが切欠ではなく、もっと格好を付けて同棲のお誘いがしたかった。
「五条さんが寒いなら今日は無理に泊まらなくても……」
「最強舐めんな、そんな柔な鍛え方してないっての」
高専で顔を合わせていても上司と部下でしかない。せっかくの恋人としての時間を減らされてたまるかと、随分と薄情な恋人の口を軽いキスで塞ぐ。
「仕方ないから今日は僕が温めてあげる、感謝しろよ僕が伊地知の布団代わりになってあげるんだから」
五条の言葉に今にも「遠慮します」なんて言いそうな顔をしているので再度塞いで、今度は酸欠になるくらいのえげつないキスをして黙らせた。
結局、その日五条は伊地知をぎゅうぎゅうに抱き締めて眠り、明け方に寒さに震えた伊地知が暖を求めるように足を絡めてきたのが可愛くて嬉しくて、来年も十一月に同じことを繰り返すことになるのだった。
了。