「17の6外堀は埋めるタイプ?」
 数年単位で疎遠になっていた後輩と仕事を共にするようになって、彼は自分のことを無害な人間と勘違いさせるのが随分と上手くなったと思った。
 一度は報われない世界に嫌気がさして離れた呪術界に、一般社会もクソならばより適性がある方で労働した方がマシだと出戻りを果たした。
 もしかしたらもう生きてはいないかもしれないと微かに思っていた一年下の後輩が逞しくも術師から補助監督に転向していたことには驚いた。誰かの死を心から悼むことのできる彼が大丈夫なのかという不安は共に働くうちに一掃された。寧ろ七海の感傷は失礼なものだったと直ぐに思い直して伊地知のことを頼るようになった。
 補助監督という職務はどうしても呪術師のサポートという立場上、軽んじられるのが古いこの業界の因習である。五条悟の誕生をきっかけに新しい風が吹いて、鶴の一声ならぬ五条の一声で変わった部分はあるとはいうがまだまだ実感できることは少ない。
 七海は呪術師だけではうまく事が運ばないということを世間を知ったからこそよくわかっていた。彼らがいなければ呪術師はまともに任務もこなせないだろう。一癖も二癖もある唯我独尊を生きる呪術師たちが「一般人」にカモフラージュして生きてけるのも、呪霊の存在が公にされていないのも偏に補助監督たちの努力の賜物である。
 補助監督たちを蔑ろにする呪術師連中には七海としては一人ひとりに灸をすえてやりたいくらいには鬱憤を溜め込んでいた。特に後輩である伊地知に対して汚い言葉を使う輩を見かけたならば、次は絶対に分割してやろうかと思うくらいには七海は静かにキレていた。
 その日、伊地知が同行する任務で迎えに行くから指定する場所で待っていて欲しいと場所を指定された時に違和感はあった。常ならば伊地知の方からどこにいるのかと尋ねられていたからだ。仕事が立て込んでいて身動きが取れないのかもしれないと思い七海は了承のメッセージを返した。
 伊地知の指定された場所には既に人影があり、一人は年配の呪術師で伊地知に対して声を荒げているが遠目からでもよくわかった。途切れ途切れに聞こえる内容を拾うならば次の祓除任務を融通しろというようなもので、伊地知は困り顔で謝りながらどうしてもできないのだと訴えているようだった。
「伊地知くん」
 普段の七海ならば他人の会話に無理に押し入って中断させるような真似はしないが、年配の術師の言葉が徐々に伊地知に対しての人格否定が入り始めて我慢ができなくなってしまった。
「七海さん! もうそんな時間でしたか到着に気が付かず申し訳ありませんん」
 問題ないと伊地知に応えてから七海は年配の呪術師の前に一歩入り込んでわざとらしく何かあったのかと問いかけた。トラブルが発生したのならば自分も話を聞くという態度は取っているが忙しいからお前の話に付き合ってるような暇はないのだと言外に含ませる。
「彼はこれから私と祓除任務にあたりますが、なにかありましたか?」
 だから用件は手短にしろと言葉にはしなかった。七海の不遜とも取れる態度にプライドだけは高そうな年配の呪術師がどういう反応をしようとも構わないという気持ちになっているのはこの所任務が続いて疲弊しているからだと自己分析をしても口に出してしまったことは変わらない。
 せっかく穏便に事を荒立てまいとしていた伊地知の努力を水の泡にしてしまったと考えていた七海だったが、先程までは横柄な態度で偉そうにしていたというのに年配の呪術師は言葉をどもらせて似合わない笑みすら浮かべて七海を見上げていた。
「七海特級術師、こちらは内川三級級術師です」
 伊地知がすかさず紹介をするので、嫌々ではあったが表面には出さずに「はじめまして」と挨拶を口にする。
「はじめまして、七海一級術師にお目にかかれるとは光栄です。是非とも今度お時間がありましたらうちの孫娘と会ってお話でも」
「申し訳ありませんが、時間が迫ってますので話は別の機会に」
 伊地知に目線を送って促す。呪術師と補助監督でころりと態度を変える者は多いがまさかこういう話になるとは七海も予想をしていなかった。
 話を続けたそうな内川を無視して足早にその場を去る。
 伊地知が運転席に、七海が後部座席に乗り込んだところで「伊地知くん」と呼びかける。
「はい」
「説明を」
 七海の言葉は少なかったが、伊地知も何の説明が必要かとは問わなかったなので思い当たる節があったのだろう。
「一般企業から出戻りされた呪術師というのはそもそもかなり話題になっておりまして、更には『五条悟が目をかけている』となれば注目の的に――あとは七海さんの容姿にメロメロになられる年頃の娘さんたちも多数おられまして」
「つまり?」
「呪術界に七海さんにうまく取り込んで自分の地位向上を夢見る人や、純粋にファンやらがおりまして七海さんをエサにちょっと扱いやすくしてしまおうかなと」
 恐々という様子で伊地知が「勝手に申し訳ありません」と身を縮ませるのに長い溜め息を吐く。
「すみません、当然七海さんは私の先輩なんですよということを匂わせはしますが、お見合いを無理にさせたりというのは当然断ります! 七海さんには一切ご迷惑をお掛けしませんからご安心を!」
 言う通りに伊地知は平身低頭な態度ではあってものらりくらりと相手の要望を躱すのだろう。今日の指定された場所も内川という呪術師と七海を会わせるために伊地知が仕組んだことだと思うとなんの疑問も持たずに赴いてしまった身としてはこれ以上言うことはない。
 優しだけの人間がこの腐り切った呪術界で生き残れるはずがない。あの呪術師は一生、伊地知の小さな策略に気付くことはないだろう。人畜無害な顔をして、伊地知は事をスムーズに運ぶためならばいくつもの策を張り巡らせているに違いない。伊地知を弱いものと勘違いして、守らなくてはと息巻いていた自分を七海は反省する。
「伊地知くんが随分と強かで安心しました」
「あ、ありがとうございます?」
 七海の声が怒っていないことに伊地知は驚いているようだった。勝手に七海の存在をエサにしたことに対して怒ってはいない。寧ろ、安心したという方が大きい。伊地知は自分の身を守るために誰かを使うことができるのだと知ったことは大きい。
「それはそれとして、知り合いが一方的に悪し様に言われているのは聞いていて気持ちのいいものではありません。私の手が出る前に早急にどうにかしてください。『とりあえず謝っておけばいい』というのは今はいいかもしれんが、今後のためになりません」
「耳の痛いお言葉です……いま改善しつつありますので」
 苦笑する伊地知に返事をしながら、最強カードを持っているのに使わないのは最終手段だからだろうかと七海は考えていた。
 
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20241222「17-6外堀は埋めるタイプ?」
初公開日: 2024年12月22日
最終更新日: 2024年12月22日
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五伊地すごろく「17-6外堀は埋めるタイプ?」