四月。晴れた空の下に咲く桜を見て、悠仁と野薔薇が花見をするぞと張り切り始めた。
五条もそれに乗っかろうとしていたが、彼は泣く泣く任務へ向かわなければならず、随分と不機嫌そうだった。桜餅くらいは用意しておこうと悠仁が憐れんでいたが、恵はどっちでもよかった。
年の離れたもう一人の特級術師は騒がしいのを好まない。新年度を迎えるタイミングで膨れ上がる不安や不満に伴って各地でざわめく呪霊を狩るほうがマシだと言って、全国行脚している。辞令が出たり、進学したりと少しずつそわそわし始める三月半ば頃から姿を見なかったし、連絡も寄越さなかった。任務が順調に進んでいることだけは補助監督達から情報共有されていたので知っている。
呪詛師から転じて総監部預かりになった男は、皆が危惧する程の奔放さを見せなかった。縛りを誰よりも重視し、与えられた仕事を淡々と済ませていく。
そのきっかけになった恵は、その様子を見て戸惑うばかりだ。自分が物心ついた頃には指名手配犯のような扱いを受けていた男が、何故か恵を見て呪詛師を辞めた。期間限定とはいえ、術式を封じる縛りを結んででも恵を近くで見たいといった。
その割に全然話しかけてこねえじゃねえか、と沈黙するスマートフォンを見る。
LIMEは教えた。でも全然寄越してこねえ。こっちから送るのもなんか癪だ。
去年の六月に出会い、様々な騒動を経て総監部預かりの身になってから、片手で足りるほどしか会ってない。そんな相手に何をどうすればいいのか。
スタンプを気軽に送れる相手ではないし、通話もなんか……困るので嫌だ。話題がない。なのに気になる。
だが、あいつは言っていたのだ。宝の持ち腐れだ、と。そしてその後、呪詛師を辞めた。顔を合わせてもあまり会話はない。でも、確かに他の誰でもなく、あの最強の五条でもなく、恵を見ているのだ。
何を言いたいんだろう。宝の持ち腐れと言われてからずっと考えていた。考える過程で自分の術式の可能性も模索した。その結果、新たな術式の運用や戦術を手に入れた。伝えるべきか悩んだ結果、勝手に見とけよと諦めた。
だって、いつだってあの男は四つの目玉の全てを恵に向けているのだ。こちらから言う必要なんてない。
なのに、話題を探している自分がいる。最強の五条悟ですら勝てるか怪しい特級術師――両面宿儺とちゃんとした会話をしてみたかった。
彼が宝の持ち腐れと表現したこと、恵と出会った翌日に総監部と縛りを設けたこと。色々と聞きたいことはある。
しかし、何を話せばいいのか分からない。恵が聞きたいことや伝えたいことなどどうでもいいだろうから、宿儺の連絡先を知っているのに何も送れない。
四月の空気のなか、何か一言欲しいともどかしく感じてしまう。何を言って欲しいのか分からないけど、何か欲しい。
わがまま過ぎるだろ、とスマートフォンの画面を閉じてポケットにしまおうとしたら、二回震えた。
慌てて画面ロックを解除すると、両面宿儺とのトーク画面に桜の写真が掲載されていた。それまで何も履歴がなかったところにいきなりの写真である。
多分撮り慣れていないであろう、普通の人みたいな写真にうっかり笑ってしまった。
満開の桜を撮影する宿儺の様子を想像する。異形の男が小さなスマートフォンの画面に景色を写し取ろうとしたその姿を見たかった。
お返しに、恵は青空と桜の写真を返した。
言葉が欲しかったはずなのに、なんだかそれだけで満足してしまった。
次に会った時は話題がある。それだけで桜がきらめいて見えた。