えふごとシノアリのクロスオーバーです。シノアリの人魚姫とえふごのアンデルセンがひょんなことから出会ったらどうなるのかなと妄想した結果です。展開を何も考えてないのでちょびちょび書いては消してを繰り返すと思います。
マスターは書く人の趣味でぐだこちゃんです。
深い、深い、海の底。
上を見たって光は差さない。それほどまでに深く、深く潜ってしまったような。
下を見ても底は見通せない。まだまだ、奥底にはたどり着けそうにもない。
いいや、そもそもここは海の中などではない。ないのだから、上にも下にも行くことはできないはず。
そう分かっていたとしても、ふとした拍子に引きずり込まれてしまいそうな。そう暗に思わせる何かが漂っている。
何かが、彼女から漂っている。
悲しみ。哀しみ。悲しみ。哀しみ。
ただそれだけが、そこにある。
目の前に立っているのは、一人の女性。
女性の、はずだ。
「ああ、ああ、本当に出会えるなんて……夢、みたい」
その口からは喜びを、感動をこぼしている。はずなのに、今自分の頬には一筋の汗が流れていく。
得も言われぬ緊張。この場を凍りつかせるような、何か。気をしっかりもたないと、飲み込まれてしまいそうな。
これは恐怖? いいや違う。だけれど決して明るい感情ではない。
悲しみ。
……ああ、そうだ悲しみだ。これは、この場に漂うこの空気は、彼女の悲しみを表しているようだ。
どうして悲しいのだろうか。彼女の口から出た言葉は悲しみを表しているわけではないのに。
「ね、ねぇ先生……あの人……」
「俺に聞くな。どう見ても赤の他人だ、俺が知るわけもない」
「で、でもあの女の人、さっきから先生のこと見てるし……」
「知らんものは知らん。さっさとこんなとこから出なければならんというのに、誰とも知れない輩に構う時間などあるわけもない」
「まぁ、ひどい……私は、あなたに会えて嬉しいのに。これで、私の望みが叶うのに」
私とアンデルセンの会話に遮るように、女性の声が割り込む。その見た目と物腰は柔らかそうなのに、その雰囲気は有無を言わせない何かがある。
「……望み?」
彼女の口から出た一言が引っかかり、オウム返しのように繰り返す。そんな私の一言にようやく彼女は視線をこちらに向ける。
一言でいえば、美人。やや垂れた目尻、困ったように形を変える眉。思わずこちらの庇護欲を掻き立てそうになる、透き通った青い瞳。淡い紫と青を掛け合わせたような髪は二つに結んであり、その長さは彼女の足元にまで及ぶ。でもよくその髪を見ると、髪というより一つの塊のような。さらさらとたなびくでもなく、でも髪の先はひらひらと鱗のように輝く。それはまるで魚の尾ひれを思わせる形状をしていた。
「あなた、だれ?」
それまでずっとアンデルセンに向けて放たれていた言葉が、ようやく私に向けて発せられる。それに思わず身体が跳ね上がるが、当の彼女はそんな私に眉一つ動かさない。
「あなたは、だれ? 私の……邪魔を、するの?」
「じゃ、邪魔というか……そもそもあなたは、一体」
「まぁ、聞いているのは私の方なのに……悲しい」
「えっ」
そう言うや否や、彼女の美しい瞳から、ほろりと一粒の涙が流れる。
「えっあっい、いやあの! そ、そういうわけでは」
「悲しい……」
「あ、あ、すすすみません! 私は藤丸立香です! 申し遅れました‼」
今の一瞬で何が彼女を悲しませる要因があったのか。私には何も見当がつかないけれど、とにかく私が悪かったのではということだけはひしひしと感じる。確かに先に質問していたのは向こうだし、と慌てて名乗る。
「おい、マスター。俺達には時間はない。無駄に首を突っ込むのはよせ」
「なっ、それはっ……そうだけどぉ……!」
反射的に名乗ってしまった以上、もう言葉を取り消すことはできない。そんな私を見て先生ははぁ~、と大きな大きなため息をこぼす。
「ふふ……礼儀正しいのね、あなた」
一筋流れた涙はそのままに、鈴のような声音で静かに笑う女性。そんな仕草ですら綺麗で、思わず見とれてしまいそうになる。
「……あ、あなたは?」
自分は名乗ったのだから、相手にだって名乗ってもらう義理はある。そう思いながらおずおずと聞いてみる。そんな私に先生はまた大きくため息をついた。
「私……私は、人魚姫。あなたによって紡がれた、物語の中の登場人物……というところかしら」
「……人魚、姫?」
「ええ」
「物語の中の人が現界してる……ってこと?」
「知らん。俺に聞くな」
アンデルセンはそれはもう機嫌が悪そうに眉をひそめて、腕組みをしている。
「どうしてわざわざ俺が書いた物語の登場人物と対面せねばならん。こんなのB級映画でも取り上げん。おいマスター、さっさと行くぞ。時間の無駄だ」
「あっちょ、先生!」
私が呼びかける前に素早く身体を翻し、人魚姫とは逆、私たちが来た道を戻ろうと歩き出す。
「ま、待ってよ先生! もしかしたらここから出るための手がかりがあるかもしれないじゃん!」
「例えそうだとしても、それを握っているのが己の書いた物語のキャラクターなど、悪夢以上の何物でもない。俺は関わるのをやめる、ただそれだけだ」
「そんなこと言わないでよ!」
もー! と文句をぶつけながらも私自身、「人魚姫」と名乗る彼女からじっとりとした何かを感じていたのも事実で。
気づいたらレイシフトしていたこの場所で出会えた、貴重な現地人。こんなどことも知れぬ土地で出会ったのだから、いつもなら情報収集なり何なりするところ。だけれど、頭のどこかで「彼女」はやめておいた方がいいと警報が鳴っている。
残念な気持ち半分、ほっとした気持ちが半分というところ。
速足で来た道を戻るアンデルセンに置いて行かれないよう気を付けつつ、ちらりと後ろを見る。
真っ青な髪を携えた女性が立っている。青を基調とした服と、真っ青な髪。「人魚姫」という名にふさわしく、彼女の姿は海を思い出させる。
だってほら、彼女の二つに結ばれた髪の先が水しぶきをあげるように波打って。
…………?
………………「髪」が波打っている?
「え⁉」
目を疑った。
だって、先ほどの女性の髪がうねっている。ゆっくりと、だが徐々に勢いを増すように。
「ちょっ、ちょっと先生! あれ!」
「なんだ、俺にはもう関係ないはずだが!」
「いやそ、そうじゃなくて!」
私の声などお構いなしにずんずんと進もうとするアンデルセンの腕を掴み、無理やり後ろへ視線を向けさせる。「おい!」と抗議の声をあげたアンデルセンではあったが、私が見せたかったものを見ると目をこれでもかと広げてみせた。
「ね、ねぇ先生あれ……やばくない?」
「…………」
「先生、聞いてる?」
「……ああ、聞こえているとも。頭に響いて仕方ない。ああくそ、なんという展開だ」
「ど、どうする? 絶対あれやばい気がするんだけど……」
「馬鹿を言え。そう思うなら取るべき行動は一つだ。逃げるぞ」
「え⁉」
そう言って先ほどより足早にアンデルセンは身体を翻す。もはや歩くというより、走っているに等しい。
「ま、待って先生!」
置いて行かれないよう私も地面を勢いよく蹴って、彼の後ろについていく。
「……悲しい」
「え?」
「悲しい……とっても、悲しい……せっかく会えたのに……拒否、されてしまうなんて」
それなりに距離をとったはずの彼女の声が、空間に響く。背中に悪寒が走る。全身がぶるりと震えて、言い難い恐怖のような何かに包まれる。
後ろを振り向くべきか。そう思った時にはもう、私の視線は斜め後ろへ向けられた。
「作者に拒まれてしまったら私……どうしたらいいのかしら。こんな、こんなの……」
彼女は下ろしていた両手で頬を挟み込む。
「素敵……私、なんて可哀そうなのかしら」
その表情と声音はまさに、恍惚としか言いようがない。可哀そう、と自分で自分を評しているのに、とても嬉しそう。
途端。ぴちゃん、と雫が落ちたような音がする。
「会えただけでこんなに悲しいのなら……もっと、もっと悲劇的なお話も期待できるのね」
「……え⁉」
今度こそ目を疑った。なぜか? 「人魚姫」の髪の先が、文字通り水のように変化したのだから。
変化した水の中から何か光るものが現れる。距離をとった私からはそれが何かは分からない。分からないけど、なんだか嫌な予感がひしひしとする。
「ねぇ作者様? もう少し、私とお話しましょう?」
ズガンッ!
鈴のような声が耳に届いた直後、この場に今まで無かった爆発音が前触れもなく鳴り響く。
「ッ⁉」
「伏せろ!」
アンデルセンのとっさの一言に、何が、と判断する前に私は身体の動きを止めてその場にしゃがみ込む。すると目の前からドシン! と何かが倒れる音。恐る恐る目を開くと、目の前には大木が道を塞ぐように横倒しになっていた。
「……これって」
「問いかけなど不要だろう。俺もお前もやっていない。一人しかいない」
「……嘘……」
「これで、作者様とお話できるわ……嬉しい」
私でもアンデルセンでもない声に気づくと、数メートル先に「人魚姫」が迫っていた。胸に手を当て、笑顔を携えながらゆっくりやってくる。だが先ほど見た彼女と違うのは、やはりその髪。
下ろされた二つの髪の一方に、銃と思われる武器が握られていた。髪の先が渦を巻くように変化し、その中に一丁の銃が収まっていてまさしく「髪が武器を握っている」としか言いようのない変な光景だ。
「……あなたが、撃ったの?」
「ねぇ作者様。私はね、人魚姫をまた書いてほしいの。泡になって消えるより、もっと悲しい哀しい結末がほしいの」
「ねぇ、あなたは一体何なの⁉」
「誰が見ても哀れに思ってしまうような、深い深い海に沈んでいくような……泡になった方が幸せだったと思えるような悲劇がいいわ」
「ちょ、ちょっと……」
「やめろマスター、無駄だ。コイツ、聞く耳なぞ持っておらん」
「で、でも……おかしいよ、こんな……悲劇を求めるなんて、どっちかというと幸せな終わり方を望むものじゃないの……?」
「馬鹿か、貴様」
「え? ……ひ⁉」
ズガン!
アンデルセンの言葉の意味が分からず、聞き返そうとすると私のすぐ横で何かが弾け飛んだ。一瞬遅れて、それが「人魚姫」が撃った銃弾なのだと気づく。
「……あなた、何も分かっていないのね」
さっきまでの恍惚とした表情はどこへやら。彼女はその表情に影を落とし、まるで私を残念なものを見るような目で見下ろす。
「どうして喜劇にしなくちゃいけないの? ……涙、涙、涙がなくちゃ。悲劇でなくちゃ。もっと深くて悲しい、海の底にどこまでも沈んでいくような……そんな悲劇でなくちゃ」
「そ、そんな……」
「王子様に裏切られるのがいいかしら? 一緒に死んでしまうのがいいかしら? 他国から侵略されて凌辱の限りを尽くされてしまうのがいいかしら? 幸せの絶頂から一気に墜落していくような…………誰もが涙してしまうような、唯一無二の悲劇。そんな上質な悲劇がいいの」
口角をゆっくりと上げ、彼女は微笑む。まるで幸せな未来を語りかけるように。プレゼントを前にした子どものような無邪気な笑顔で。
彼女はアンデルセンに向けて微笑みかける。
「あなたなら……書けるでしょう、作者様?」