●五伊地すごろく「20の8助けてって言える?」
五伊地♀
「お手数をお掛けしますがよろしくお願いします」
「わかりました、その日は予定もなかったので」
伊地知と七海の会話が聞こえてきて五条は足を止めた。続く会話の中でどうやら次の休日に伊地知と七海は二人でどこかに出掛けるらしい。その上、伊地知は朝に美容院に行ってセットアップまでするので集合時間は11時にという内容まで聞いたところで、五条は己のスケジュールを脳内で思い浮かべた。
日付は土曜日で教師としての仕事はないがその分祓除任務が詰め込まれている。
伊地知が同行ではないという時点で五条としてのモチベーションは無いにも等しかったが、五条を差し置いて七海と二人でお出かけなんて見過ごせるはずがない。数少ない特級術師が忙しいのは常ではあるが、多少の無理をすればどうにかできないレベルの忙しさではない。伊地知にスケジュールの組み直しを言ってしまえば感付かれる可能性があるので他の補助監督に頼まなくてはならない。ついでに最近の伊地知の様子がどうだったかも探りを入れれば一石二鳥。五条は音を立てないように踵を返して補助監督室へと向かった。
「七海さん、すみません折角の休日にこんなくだらないことに付き合わせてしまって」
「いいえ伊地知さんの頼みでしたら問題ありません、むしろ役得です」
真っ黒なスーツ姿しか見慣れない伊地知の姿に七海は気にしないようにと告げた。ぺこぺこと頭を下げて恐縮しきりの伊地知にそれ以上は頼みごとを聞いている相手に対しても失礼だと厳しくならないように注意しながら続ければ伊地知は一瞬だけ情けない顔をしたが感謝の言葉を口にして唇を引き結んだ。
「許嫁なんて単語まさか現実で聞くことになるとは思いませんでした。しかもお見合いをしてその場で婚姻を結ばせるなんていつの時代の話ですか」
「実家が田舎でそこの地主が昔は呪術師を輩出した過去はあるんですが、それもかつての話です。今は見える人間もいないくらいなんですが私が呪術高専に入学したというのがどこかから漏れたらしく、次期当主が歳が近いこともあって無理やり……まあ、古い家なので考えも古臭くて」
「法的な力もない、無視してもいいのでは?」
「祖父母がまだ村に住んでますし、いつまでも結婚しない孫への優しさではあるんです」
乾いた笑いを溢す伊地知の目には呆れは浮かんでいたがそれだけだったので七海もこれ以上は家事情に口を出すべきではないと判断して口を閉ざす。
「恋人のふりなんてしてご家族を騙すような真似をして今後の関係に支障がでないならいいんですが」
「両親には話は通してますし、孫は私以外にもたくさんいますから。私の方こそ七海さんの恋人のふりなんてして誰かに見られたら七海さんファンに刺されちゃいますね」
伊地知の言葉にそんなことはないと答えながら、一番厄介な相手が恐らく勘違いして見られていることは黙っておく。伊地知は優秀な補助監督で現場の把握能力も優れてるのだが、どういうわけかこういう場合に優秀さは発揮されないらしい。隠れるならもっと本気でしろと口を出したくなるくらいバレバレの尾行をしているサングラスの白髪の男を視界の隅に確認して漏れそうになる溜め息を殺す。
「恋人のふりはホテルのディナーを奢ってもらう分はしっかりと務めます。しかし、その後に起こる面倒事は私は関知しないのでそのつもりで」
「承知しております! 評判のレストランを予約しましたので七海さんの舌でも満足いただけるかと」
「楽しみにしていますよ」
後方のサングラス越しでもわかるストーカ予備軍から視線を無視して七海は可愛い後輩をエスコートして予定していた場所へと向かった。
結果として、伊地知の目論見は半分成功して半分失敗した。
お見合いをして無理やりその場で婚姻を結ぶような事態には陥らなかったが、伊地知が恋人がいるから結婚はできないと断りの言葉を口にした瞬間に五条が乱入してきたからだ。
「なんで五条さんがここにいるんですか⁈」
「七海と付き合ってるなんて聞いてないし、顔も見たことない男と結婚させられるなんてそんなの許さないから! それだったら絶対に僕の方が家柄もいいし顔もいい、お金も持ってるし伊地知のこと誰よりも絶対に大切にする」
「待って、本当に待ってください」
かつては呪術師を輩出していた家系ということもあり、地主側も「五条悟」がどういう人間なのかは理解しているらしい。七海が同席している段階でどうしようかと悩んでいた顔が決断を下したすっきりとした顔になり挨拶の言葉を述べてそそくさと立ち去っていく。
伊地知側の身内もまさか五条が登場するとは予想していなかったようでポカンと口を開いてただただ現状を見守っている。
「おとうさん、おかあさん、おじいさん、おばあさん。伊地知を僕にください!」
「なんなですか、五条さんどうしちゃったんです? 七海さん助けてください」
混乱して助けを求めてくる伊地知にここに来る前に約束した「恋人のふりをした後に起こる面倒事には関知しない」を思い出させるように繰り返す。
「ディナーの時間まで私はラウンジでゆっくりしていますので」
「そんなぁ!」
「健闘を祈ります」
騒がしい個室を後にする。多少は声は漏れ聞こえていたが数歩も進めば静かなものだ。防音設備がいいのだろう。
七海は長いこと片想いを拗らせている面倒な先輩と、自己評価が低い後輩の今後を考えて口角を僅かに緩ませた。
了