「お貴族様の赤ん坊を預かる依頼?」
 今ハナマルが言ったことは、ベリアンから聞いた言葉を復唱したに過ぎない。言葉通りの依頼。とある貴族に事情があり、一時的に子供を預かって欲しいと5人ほど連れて来たのだという。しかし、今日、手が空いていてその依頼を引き受けられるのがハナマルとバスティンとロノしかいない。当のベリアンにも用事があり、ハナマルとロノとバスティンにこうして持ちかけているのだ。
「まぁ〜ったく、天使狩りとは関係ない依頼が本当に多いねぇ…」
 呆れたように話すハナマル。
「本当にすみません…。それで、引き受けてもいいでしょうか…?」
 おずおずといったふうにベリアンが尋ねる。
「ま、今ヒマだしな。俺はまぁ…いいよ」
 あくびまじりにそう言ったのはハナマル。
「いいですよ、ベリアンさん!」
 元気に二つ返事なのはロノ。
「ありがとうございます! ハナマルさん、ロノくん。バスティンくんはいかがでしょうか?」
 ベリアンに問いかけられたバスティンは今まで黙って聞いていたその重たげな口を開く。
「別に構わないが………子守は…向いていないと思う…」
 気が重そうにバスティンが答える。
「大丈夫だよ、バスティンくん。子守りが得意なハナマルさんがいるので、聞きながらやれば…‼︎」
 そばで聞いていたテディに無責任に励まされる。
 こうして、ハナマルとロノとバスティンは貴族の子供5人を子守りすることになった。
「は、ハナマルさん…この子…なぜ泣いているのかわからないんだが…」
「あぁ。そりゃおむつが濡れてんだ。変えてやれば泣き止むよ」
「お、こいつは腹減ってんな! 待ってろ、今ミルク作ってやるからな!」
 ハナマルは指示出し(主にバスティンヘ)、ロノはテキパキと、バスティンはおっかなびっくりと、それぞれ子守りをこなしていた。
 さて、お昼になって。
 子供達のお腹は満たされ、お昼寝の時間。
 布団に子供を横たえて、3人の執事も一緒に横になり、小さな胸の辺りを優しくあやす。ハナマルの提案でいわゆる川の字寝である。
「ここは子守唄だろ」
 口火を切ったハナマルを呆然と見上げるバスティンと、申し訳なさそうに見上げるロノ。
「子守唄なんて…知らない」
「オレも知りません」
「仕方ないなぁ。じゃぁ、俺が歌ってやるよ」
 ハナマルがゆるやかに歌い始める。
「ねんねんころりよ、おころりよ
 龍の子どもら、夢の中
 まぶたの裏にゃ、花の園
 ねんねんころりよ、おころりよ
 龍の番も、夢の中
 坊やもおやすみ、龍の子よ…」
 ハナマルの低い声で奏でられる穏やかな子守唄がその場を支配する。少し前まで元気に騒いでいた子ですら水を打ったように静かになる。これが、どんな子供も、コロリと寝てしまう子守唄の威力だ。
 持っていた玩具のガラガラを力なく床に落として、半分眠りの世界に足を突っ込んでいるバスティン。重い瞼に抗おうと長くて漆黒のまつ毛が揺れているが、今にも押しつぶされそうな桜色の瞳はすでに見るものを認識していないかもしれない。
(あ…)
 ロノが子供の胸をあやす片手間に見ていたバスティンの重たげな眼がゆっくりと閉じられた。それを見たロノの胸中が無性にザワザワする。
(なんだ、これ…)
「どんなもんだい。ハナマル様にかかればちょろいもんよ」
 胸を張ったハナマルが静まり返った部屋の中を見渡す。
「子守唄で寝るのは子供だけだぞ〜」
 と言ってイタズラっぽい笑みを浮かべたハナマルがバスティンの顔を覗き込む。そこには安心して眠る子供と同じ表情をして身を委ねたように眠るバスティンがいた。
「すんません、ハナマルさん。しばらく寝かしといてやって下さい。その代わり、二人で休憩の紅茶なんか飲みませんか?」
「おっ、いいねぇ。休憩しようぜ」
 ロノとハナマルが休憩のティータイムをしていたら、ベリアンが帰宅した。
「ただいま戻りました」
「ベリアンさん、お帰りなさい!」
「すみません、お手数おかけしましたね、ロノくん、ハナマルさん、バスティンくん。子供達はどうしていますか?」
「寝てますよ!」
「バスティンもな」
「お昼寝の時間でしたか。え、バスティンくんも?」
 後日、自身も少なからず炊き出しなどで子供たちと接する機会があるため、ロノは子守唄を覚えたくて何度かハナマルに歌詞と旋律の確認をした。
「炊き出しの子供は口実で、本当に唄ってやりたい相手はすぐ近くにいるんじゃねぇの〜?」
 なんてハナマルにからかわれたが、唄はちゃんと教えてくれた。
「ねんねんころりよ、おころりよ
 龍の子どもら、夢の中
 まぶたの裏にゃ、花の園
 ねんねんころりよ、おころりよ
 龍の番も、夢の中
 坊やもおやすみ、龍の子よ…」
 調理中に練習のつもりで口ずさむと、後ろでゴトンッとものでも落としたような音がした。見ると、野菜の皮剥き中のバスティンが、壁に寄りかかってズルズルとしゃがみ込むところだった。音の正体は手から落ちたじゃがいも。左手に持っていた包丁も滑り落ちそうになっていて、間一髪でロノが取り上げた。それでも唄い続けていると、一節が終わるごとに寝息が深くなっている気がする。まるで、抗えないんだとでも言わんばかりに。
(本当に寝やがった…)
 壁に上半身を預けて座った姿勢で眠りに完全に落ちてしまったバスティンを見て強く思う。
(お前を寝落ちさせるのはオレだけがいい)
 ロノ自身も気づいていない熱い視線をバスティンに向けて、彼の寝顔を隠す夜の帳のような前髪を人差し指で払ってやると、我知らず眠り続ける閉じられて凪いだ目元がよく見えた。
 ロノは、最近バスティンの寝顔を見ることで溢れそうになる感情を持て余す。自分の中で湧き上がる感情に押されて彼の目元にキスを落とす。自分がしたことに戸惑い、ハッとしてバスティンから離れる。真っ赤な顔を紛らわすように調理に戻った。
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子守唄のゆりかご
初公開日: 2025年01月14日
最終更新日: 2025年01月18日
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家族の子供の子守りをするハナマル、ロノ、バスティン。