今日、見ているとジョルノの具合があまり良くなさそうだ。ことあるごとにため息をつき、冷や汗が頬を伝っている。拭ってもまた流れているようだ。
「おい、ジョルノ。具合悪いなら今日はもう帰れ」
「ミスタ…」
 時は夕刻。あとは部下に任せても大丈夫な仕事ばかりだ。
「すみません…。それじゃあ、お先に」
(アイツ、青い顔してやがったなぁ~…。様子見に行ってみるか!)
 仕事を終えたミスタがジョルノの住む寮へ足を運ぶ。パッショーネのボスなんだから立派な邸宅に住めばいいのにと助言したがジョルノはあくまで学生とパッショーネのボスを両立すると言い張り、学校の寮暮らしなのだ。
 コンコン、とノックをすると「どうぞ」という若者特有の芯が強い固い声がした。
(まだ寝てねぇのか、アイツ…)
 ガチャリ、と扉を開けると、スタンド電気をつけた机に向かって何事かをしているジョルノがいた。
「おいおい、今日はもう休めと言ったはずだが?」
 時刻は21時。もうとっくに満月が空を支配する時間である。今日は朝からどことなく調子が悪そうで、夕方にはもうしんどそうだったコイツが、夜になってまだ休んでいないなんて…。
「だけど、宿題なんです。やらないわけにいかない…」
「…………」
 帽子の上から頭をポリポリと掻いたミスタはわざとらしく大きくため息をつく。椅子に腰掛けた後ろ姿からでもわかる。ジョルノが肩で息をしているのを…。
「お前さぁ…メシ食った?」
「…食べてません」
「今日一日で何回メシ食った?」
「…今日は…一食もまだ…」
 また一つ、大きなため息。次の瞬間、ミスタは脱兎のごとく速く動いた。ジョルノの目の前に広げてある宿題を取り上げ、代わりにテイクアウトのパスタを入れた袋を置く。
「ダメです、ミス…タ…」
 ミスタが取り上げた宿題にジョルノが手を伸ばした瞬間、クラクラと眩暈がしてミスタの懐に力なく倒れこんだ。
「おっと…。ほぉら、メシも食わないでやってるからそーなるんだぞ。まず、メシを食え!」
「………いらない」
 ミスタの懐で目を閉じて、目眩がおさまるまで耐えるジョルノ。長いまつ毛が揺れている。
「コラ、年上の言うことは聞きなさい」
「違う。本当に食べたくないんだ。それより宿題を…」
 そういうそばから2度目の眩暈。ミスタの伸ばした手の中の宿題に自分の手を伸ばそうとしていたジョルノの身体がまた傾く。
「おっと…。なぁ、ジョルノ。とにかく休め。今日、お前ずっとしんどそうなの自分で気づいてるか?」
 ミスタの懐で苦しそうに顔を歪めるジョルノの顎から冷や汗が流れ落ちる。
「気分が悪いのか? だから食欲ないのか?」
「そう…ですね…気分が…悪いです…」
 目を閉じたジョルノの青い顔がすでにそれを物語っている。だけど、それだけじゃない含みをジョルノの言葉に感じたミスタは、しかし、無理に聞き出そうとはせず、とにかくジョルノをベッドへ運んだ。
 ジョルノはというと、目眩がひどくてもう抵抗できないようで大人しくしている。すんなりベッドへ運ばれ、布団を肩までかけられる。
「ならせめて寝とけよな」
 寝かせたら落ち着くかと思っての行動だったのだが、なんだか顔色はさらに悪くなったような気がする。
「うっ…」
 口元に手を当てて苦しそうにしている。
「吐きそうか?」
「ち、違うんです…」
 
 呼吸が荒いジョルノの背中をそっとさすってやる。
「ミスタ…。あなたが僕に触れるたびに…その…変なことを言うようですが…キミの血が…飲みたくなるんです…。だから、早く帰ることにしたんです…。なのに…今ここにキミがいたら、僕の我慢の甲斐がない…」
 ごくりと唾を飲み込む仕草。荒い呼吸。顎から落ちる冷や汗。悪い血色。
「………はぁ?」
「…信じられませんよね…僕も戸惑っているんです…」
 わけのわからないことを言うジョルノに、うわ言でも言っているのかとさらに不安になるミスタ。
「なぁ、とにかく眠れよ、ジョルノ。睡眠不足だよ、きっと。…それとも、飲むか? オレの血を」
 ジョルノの黄金色の髪をサラサラと撫でる。
「……ミスタ…」
 揺れる翡翠色の、何かを乞うような瞳に見つめられて、ミスタはふっと微笑む。
「なんだ? もしかして、心細いとか? オレ、泊まるつもりで来たから心配すんなよ」
 いつものボスの顔はどこかへ行き、今は15歳らしい心細げな表情をしている。そんな顔のお前を一人にはしないから。
「年下は年上を頼るべきだ」
 深夜。うなされているようなか細いうめき声を聞いてミスタは目を覚ました。
「ジョルノ、悪い夢でも…」
 悪化している。寝る前に見たジョルノの様子と比べて。
「ジョルノ…救急の病院に…」
「ミ、ミスタ…ミスタ…」
「オレはここだジョルノ。待ってろ、今、病院に…」
 その時だ。ジョルノの顔がゆっくりと近づいてきてミスタの右肩にかじりついた。
「ジョ、ジョルノ…?」
 熱い痛みが走った。ジョルノに嚙みつかれた肩から何かを吸い取られていく感覚…。しかし、酩酊したかのような心地よさがある。凝っていた筋肉がほぐれて、そこからデトックスしていくかのようなカタルシスに似た…。
 2人とも、動けないままジョルノの行為に身を任せる。ミスタの肩にかじりついているジョルノですら恍惚とした表情。ジョルノとミスタの密やかな息遣い以外静かな時が過ぎる。
 ふと気絶したかのようにジョルノの上半身が倒れていくその身を受け止めるミスタ。ジョルノに噛みつかれた肩から血液の細い一筋が、ミスタの服の中の引き締まった胸を通って腹、太ももへと滴った。
 ジョルノの身が離れてから分かったことは、ミスタは自分の血をジョルノに飲まれていた、ということ。ジョルノの唇の端に一筋の血が伝っている。ミスタ自身の右肩に手をやると、歯型のような傷ができている。
 ジョルノが先ほど言っていたことが思い出される。
『あなたが僕に触れるたびに…その…変なことを言うようですが…キミの血が…飲みたくなるんです…』
(本当に血が飲みたかったのか、ジョルノ…? お前…)
 先ほどの青い顔と比べると断然血色の良くなったジョルノの彫刻のように美しく穏やかな寝顔を、呆然とした表情で見つめた。
(面白い奴だなジョルノ。まるで吸血鬼じゃねぇか)
 しばらく何事かを考えていたミスタの表情がゾクゾクと高揚したものに変わる。
「ん…?」
 見慣れた天井が目に入る。自分の寮の部屋の天井だ。昨夜はどうした…? たしか、具合が悪い自分を心配したミスタが部屋まで訪ねてきてそれで…?
 ふと現実に意識を戻すといい匂いが鼻腔をくすぐる。
「………」
 そっとベッドから降りてキッチンに行くと、ミスタがご機嫌で調理をしている。
「お、ジョルノ! おはようさん。もう少しで朝食できるから待ってろよ~」
「ミスタ」
 深刻な表情のジョルノがミスタを呼び止める。
「どうした? あ、具合どうだ?」
「その…僕は昨夜キミに…変なことをしなかった?」
「…変なことってなんだよ? オレが襲われたとでも言いたいのかぁ?」
「いや、何もなければいいんだ。ただ…口の中から血の味のような、鉄の味のようなものが…あって…。昨夜、キミの血が飲みたい衝動に駆られていたのに、今は何ともない…から…」
 ジョルノは自分の口の中の感覚を確かめるように舌なめずりをする。しだいに何かに気づいたようなハッとした表情になる。
「僕は…キミの…」
「さあジョルノ、朝飯ができたゾ~! 一緒に食おう! あ、学校には連絡してあるから今日は休みな!」
 
 見ると、8時を過ぎている。
 ジョルノが何か言おうとハクハクと唇を動かしている間にテーブルに食事が並べられた。
 テーブルの席に着いて、2人の静かな朝食が始まる。ジョルノの、昨日のような食欲のなさはなくなっていて、ミスタが作った食事がすんなり口に入る。
「ねぇ、ミスタ。やっぱり昨夜…」
「…また」
「え…?」
 ミスタが何かを話そうとしたからジョルノは言葉を切った。
「また、オレの血が欲しくなったら言えよ?」
「やっぱり!! 僕は…なんてことを…。僕の父親は吸血鬼だったんだ…。だからといってこんなこと…」
 ジョルノは自身の頭を抱えてみるみる嫌悪の表情になる。震えて、椅子から転げ落ちるようにしゃがみ込む。自分が怖いのに、自分の腕を抱きしめて恐怖に耐えるしかできない。まるで雨に濡れた野良猫のような怯え方だ。
「オレは…イヤじゃなかった。すごく、気持ちよくてよォ…。だから、また飲みたくなったらオレの血をやる」
「そんな、ミスタ! カンタンに自分の血を差し出してはダメです!」
「気にすんなよ。オレは自分の食事の他にセックス・ピストルズに日頃から食い物を与えているのがオレの中でいい鉄分の貯蔵になってたんだ。だから大丈夫だ」
 ミスタの人好きのする笑顔を見るとホッとする。揺れるジョルノの瞳から一筋涙が溢れた。
「大丈夫ってミスタ…」
 後日、ジョルノは、あの吸血衝動は矢によってスタンドを刺した時の後遺症だと知った。父親であるDIOは人間の生気を吸っていたようだが、ジョルノは矢の後遺症で満月の夜にだけ、吸血衝動が起きるようになったと。
「いいぜぇ、ジョルノ。また、オレの血をやるよ」
「なんでそんな乗り気なんですか」
「言っただろう? 気持ちよかったんだよ。ただそれだけだ」
「…………物好き」
 俯いたジョルノが頬を染めていたのを、ミスタは見ていないふりをした。
ーーーそう、オレだけが知ってるジョルノの顔。ジョルノの満月の夜の衝動。ほかの誰でもない、オレの血液だけがジョルノの喉を通ることを許された。誰にも言わない、教えないーーー
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秘密の紅い華
初公開日: 2025年04月28日
最終更新日: 2025年04月23日
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