※大幅に変更される可能性があります。
ヘレとエスカマリさんが帰ってくる頃には、今後の流れのすり合わせが終わっていた。
俺とマルフィクはエスカマリさんと天秤の神の神殿へ行き、図書館に向かう。図書館では、双子の星で起こった神殺しの記述を探す。時間と場所を明確にしたら山羊の加護で過去を視る流れだ。ヘレとスピカ、シャウラは別場所で陽動をする。できれば人が多いところで警備兵を引き付ける役目だから、俺たちが行く神殿とは逆方向の住民が住む地区へ行くらしい。
「ヘレさんの準備できました~!」
エスカマリさんがヘレを連れて戻ってくる。
ヘレはおそるおそるといった様子で、エスカマリさんの後ろから姿を現す。真っ白な衣装に目を焼かれた。男性用のいしょうだけど、牡羊の星祭事に使われる白い羊の毛を使った衣装にそっくりだった。ヘレが牡羊の星で同じような衣装で踊っていたのを思いだす。すごく懐かしく思えた。あの時は僻みもあってよく見れなかったけど、白い衣装はヘレによく似合う。
「なんじゃ? アスクの恰好をするのではなかったのか?」
「そうしようと思ったんですけど、アスクさんの服って茶色とか白で目立たないじゃないですか。それだと衛兵になかなか気づいてもらえないかなと思いまして、天秤の星で伝えられている牡羊の衣装にしてみました!」
エスカマリさんがシャウラに説明してくれている。そっか、だから牡羊の祭事の衣装にそっくりなのか。
ヘレが手をもじもじさせながら俺に問いかける。
「変じゃない?」
「うん、綺麗だよ」
「そ、そっか」
うん。似合うと思う。でも、ひとつ気になることがある。俺はヘレの髪を見て頬を掻いた。
「でも……俺はいつものヘレの髪の色の方がいいな」
ヘレの髪はいつものふわっとした栗色と違って、俺と同じ赤毛の色をしていた。
「~~っ! 髪はわざわざエスカマリさんに染めてもらったのっ! アスクと同じ色は私に似合わないってこと?」
「ちがうちがうっ。なんか見慣れないし、ヘレって感じがしないな。って思って!」
顔を真っ赤にするヘレに俺は慌てて両手と首を横に振った。好みの話だから、そこまで怒らないでほしい……。
怒ってるヘレとは反対になぜかエスカマリさんがにこにこしながら涎を垂らし始めたんだけど、突っ込んだ方がいいんだろうか?
「ま、まあ、私じゃなくてアスクっぽくならないと意味がないから。誉め言葉ってことにしておく」
「うん、似合ってるよ」
ヘレが納得してくれてよかった。ほっと胸を撫でおろす。
「ヘレ、その恰好なら間違いなく警備兵を惹きつけられるだろう。エスカマリ、口元を拭った方がいい。私たちは神殿とは逆方向の住民が住む地区へ行くが、何か注意することはあるだろうか?」
スピカがヘレに一言告げて、すぐにエスカマリさんに今後のことを聞いてくれる。口元を拭ったエスカマリさんは、きゅっと顔を引き締めて質問に答えた。
「そうですね、警備兵も民間の人を巻き込みたくはないはずですので、人が多いところへ行くのが最善かと思います。ですので、住民街の大きな集会場へ向かうことをお勧めします。行けば大きな円形の建物がありますから、すぐにわかると思います」
「承知した。住民街へ出た後はそこへ向かおうとしよう」
「準備できたンだな」
待ちきれなくなったのか、それまで壁にもたれかかっていたマルフィクが身を起こした。
たしかに、これで準備は出来たわけだ。
「じゃあ、行こうか。ヘレ、スピカ、シャウラ、気を付けてね」
「そちらもな」
視線を合わせてお互いに頷きあう。
俺はマルフィクとエスカマリさんと、この女装した格好のまま天秤の神殿へと向かうため、部屋を後にした。
天秤の神殿の入り口では心臓が飛び出るほどドキドキしたけど、ずいぶんあっさりと中に入ることができた。マルフィクが道行く神官たちにちらちら見られてたので緊張したが、エスカマリさんが笑顔で挨拶をすると、通行人はそそくさと去って行った。
エスカマリさんは神殿の中を案内してくれた。
神に祈る広間だったり、面会する部屋、食堂に料理場、神官はたいてい神殿で過ごしているそうだ。だから設備がいろいろとあるらしい。
働いている人も多い印象だったけど、図書館へ向かうにつれて人がどんどん減っていく。
「図書館は許可制なんですよ。私は加護を持っているのでいつでも利用できるんですけどね」
と、普段は人が入らないことをエスカマリさんが教えてくれる。そんな貴重な場所に入れると思うと自然と背が伸びた。
図書館の前に着く。大きな扉には神の象徴である天秤が彫られていて綺麗だ。
「オイ、オレたちはその許可てェのはもらッてねェンだろ、大丈夫なのか?」
「あら指名手配されておきながらこんなところまで着いてきて、そんなことを気にするんですね。安心してください、問題ないですから」
遠回しな言い方が気になった。マルフィクも同じだったらしく眉をしかめる。
「…………」
「強いて言うなら私の独断と偏見で、貴方たち二人は入れるべきだと判断しただけです。加護のお導きですよ」
納得できないという顔をしているマルフィクに、エスカマリさんは首を傾けて片方の頬を抑える。少し困っているようだ。
「さ、誰か来る前に入っちゃいましょう。見つかるとややこしいんですから」
エスカマリさんはこれ以上の説明はないと首を横に振り、そそくさと扉を開き中へ入る。そして、俺たちを手招きした。俺とマルフィクはお互いに顔を見合わせてから、エスカマリさんに続いて中へ入った。俺たちは図書館の中に用があるんだから、ここで立ち止まってても仕方ない。罠だとしても。
「うわぁ……」
俺は感嘆の声を漏らした。扉の中は本棚が並んでて、棚いっぱいに本が詰め込まれている。こんなにいっぱいの書物は見たこともない。いったいどんな内容が書かれてるんだろう。
抑えきれなくて、一番近くにあった本棚に駆け寄って背表紙を見てみる。
「おおぐまの星……? こっちは髪の毛の星って、なんの星?」
棚ごとに分かれているが、どれも聞いたことのない星の名前が綴られていている。
「むかーし紛争が起こった時、無くなったとされる星星ですよ」
エスカマリさんが答えてくれる。アリエス様から聞いた話と一緒だ。昔は他にたくさんの星があったのか。一冊手に取ってぱらぱらとめくれば、その星の神や紛争、神が無くなったところで記載が終わっている。
「天秤の神は他の神々を通して、起こった出来事を記載しています。ですから神がいなくなった後の記載はないんですよ」
「そうなんだ……」
「で、双子の星の歴史が乗ッてる本はどこにあンだ?」
マルフィクが俺を睨みつける。俺が目的を忘れてたことを怒ってるんだろうな。俺はそっと本を棚に戻した。
「12の星の記録は他に比べて多いので、他の星とは別に管理されているんですよ」
エスカマリさんは俺が本を戻すのを待つと、歩き出した。俺とマルフィクも後をついて行く。いくつもの本棚を抜ける。変わり映えしない景色の中でエスカマリさんは戸惑うことなく進む。正直、帰り道がわかるか不安になってきた。
ある本棚の角を曲がると、開けた場所に出た。いくつも長椅子置かれてて、真ん中には光る天秤の像が存在を示していた。他に比べて明るいのは像のせいだろう。
「着きましたよ。正面が牡羊、牡牛、双子、右側が蟹、獅子、乙女、手前が天秤、蠍、射手、左側が山羊、水瓶、魚です。この像を中心に年代が新しくなっていますので、奥に行けば行くほど古い記述があります」
エスカマリさんは、12の星すべての記載場所を伝えてくる。なら、まずは自分の生まれた牡羊の星の記述を見たい。棚へと歩く。
「なンで他の星についても話しやがる?」
「あら? 自分の生まれた星について知りたいかもしれないかと思いまして。ね、アスクさん」
名前を呼ばれて足を止めた。振り返ると、苦虫を嚙み潰したような顔をしたマルフィクと目があった。マルフィクは生まれ育った星で悲しい出来事があったから、積極的には見たくないのかもしれない。
でも、俺は他の星の書物を見るより前に自分がよく知っている星の記載を見たかった。だから、エスカマリさんの質問の意図がわからないけど、俺は率直に答えた。
「俺が知ってる歴史は牡羊しかないから、この書物にどの程度の内容が書かれてるのかを確かめるには、自分の生まれた星の書物を見るしかないじゃん?」
12の星の書物についても知りたい。はあるけど、それは牡羊の星に限ったことじゃない。時間が許すなら他の星の書物だって俺は読みたい。
俺の言葉にマルフィクは顔の表情が緩んで、魚の棚へと足を向けた。
「確かにな。どの程度細かい記載があるかもわかるわけだ」
「ふふ、ではごゆっくり。わたしはこちらの像の前で待たせていただきますので、何かあればお声かけください」
エスカマリさんは満足そうに笑うと像の前にある長椅子に腰を掛けた。大きめな書物を取り出して目を通しだしたから、俺たちは好きにしていいってことなんだろう。
俺はマルフィクが魚の星の書物に目を通しているのを横目に、牡羊の星の本の最新のものを手に取った。パラパラとめくる。
書物の内容は年表のようになっていて、俺が知ってる年度の下に主な出来事が箇条書きで記載されているスタイルだ。詳しい内容ではなかったけど、いつ何が起きたのかは把握できる仕様だ。今年の年度では「アリエスがミツギの村で姿を現し、ヘレという少女に加護を与えた」「オフィウクスがミツギの村でアスクという少年に加護を与えた」「アスクは双子の星へ繋がる洞窟へと消えた」「ヘレはアリエスの使命を受け、アスクを捜しに星を出た」という箇条書きがされている。その前の年の記載はない。ずいぶん長い間記載はなくて、約三百年前に水が枯れたが、加護を持つ少年によって星は復活した。その何年か前に少年が加護を与えられたことが記載されていた。それだけ前に姿を現したきりなのなら、昔話としてしか残ってないはずだ。どうやらアリエス様は星が危機に陥りそうになった時にだけ加護を与えているようだ。だいたい数百年に一回しか加護を与えていない。約五千年前に十二の星の神の会議により、蛇使いの星との行き来をできなくしたという記載もあった。双子殺しがあった時の記載だろう。それより前は、加護を頻繁に与えていたようだ。途中で一冊が終わった。
「……起こッたことの簡単なメモだな」
「うん、詳しくは書いてないね」
マルフィクが魚の星の本棚から俺の隣に移動していた。もう見終わってたのだろう。
「双子の神殺しは五千年も前の話だったんだね。想像もつかないや」
「神がそれだけ長く生きるッてことだ。滅びた星と戦ッてた記録もありやがるし、いッたい何年生きてやがんだ。あいつら……」
その答えはたぶん本棚の一番奥の本を見ればわかるのだろうけど、本棚に何十冊と置いてあって、さらにはそれが奥まで続いているんだから、どのくらいの年月を生きているか知っても理解はできない気がする。
「全部見てみる?」
「見ねェ。時期と場所、出てくるヤツの名前までわかンだ。双子の星の資料を見れば、使えるンだろ?」
マルフィクは何をとは言わない。山羊の加護の力のことを指してるのはわかったので、俺は頷いて返した。
マルフィクについて双子の星の本棚の前へと行く。
双子の星の年号を俺もマルフィクも知らないから、目安がつけられずに一冊一冊マルフィクと分担しながら本を見てくことにした。
俺は最新の一冊目をパラパラ捲るも、双子の神が星に竜巻を頻繁に起こしているため、牡羊の星のようにすぐには年代が遡らない。百年くらいは頻繁に竜巻を起こして星を破壊している表記がある。かと思えばあっさりと二千年前に飛んだ。その前は約三千年前に飛び、そこから徐々に記載が飛ぶ感覚が狭くなっていった。
要するに、六千年前の出来事が五百年くらいは糸を引き、それからは癇癪を起す頻度がだんだん減っていった。竜巻を発生させて星を破壊したあと、星の一部を再生して作物を作ると表記がある。その後人間が徐々に生活を戻す。を繰り返しているようだ。そんな感じの感覚だった。
ただ、異様なのは百年前にいきなり破壊行動が復活したことだ。一度、抜け出したはずの双子の神が再び荒れだした。俺が双子の星で見たジェミニの怒りは、たしかに片割れが殺されたことへの怒りだった。でも一度は落ち着いているって歴史が物語っているんだから、百年前に何かあったのかな……。
エスカマリさんは言った。「天秤の神は他の神々を通して、起こった出来事を記載しています」と。天秤の神が通してみた時に、双子の神が見なかった、知らなかったとすれば何かがあっても記載はされないんじゃないかな。
「オイ」
考え込んでいれば、マルフィクが声をかけてきた。どうやら、探していた記述が見つかったらしい。
俺はマルフィクが開く本を覗き込み、内容を確認した。「メブスタ村にて、レーピオスが双子の神カストルとポルックスを殺した」「カストルは不死であったため、殺されたが復活した」目で追ったけど、頭に入ってこなかった。
「レーピオス? マルフィクの師匠と同じ名前だね」
俺が気になった部分を復唱すると、マルフィクは顔を顰めた。黒い目が揺れていて、動揺しているのがわかる。
まさか六千年も前にマルフィクの師匠がいたわけがないでしょ。と言いたかったが、俺は彼をよく知らないから何も言うことはできない。
「……オマエは、神殺しについてどう思う?」
マルフィクは俺の言葉を拾わずに質問をしてきた。意外な内容に俺は目を瞬いた。だって、すぐさま力を使って過去を見せろってせっつかれると思ってたから。
双子の星でマルフィクは双子の神を殺した人間の気持ち、理由を気にしていた。神殺しについて、まだ心の中で決着がついていないのかもしれない。
「どういう意味?」
「……オレのことを批判しなかッただろ。オレは魚の神を殺したンだぞ?」
「だってそれは、事情があったし……」
マルフィクの場合、妹を助ける方法が地上にあったのに魚の星から出て行くことが許されなかった。妹を助けるために最終的に魚の神を殺してしまったのであれば、やむを得ないと思ったことを覚えている。
だから、マルフィクを批判することを俺はしなかった。
「事情があッたら殺してもいいのか?」
頭を殴られたような衝撃だった。マルフィク自身が自分のしていることに否定的な言葉を言ったこともだけど、何より神殺しを肯定しているのか。と責められたようだ。
「オマエはどッちつかずだよな」
付け加えられた言葉に俺は何も言えなかった。牡羊の神については憤りを感じる。同時にマルフィクの話を聞く限り、魚の神に対して俺は同情をしていない。スピカはマルフィクに対しても怒りを露わにしていた。それほどはっきりと神殺しを否定しているということだ。
俺は、たしかにどっちがいいかなんて、しっかりと考えたことがなかったのかもしれない。
「……何時、牡羊の力を使えるンだ?」
マルフィクが話を切り替えたので、俺は動揺する心臓の音を手で抑えながら、先ほどの内容や感情を頭の隅においやる。これから力を使うなら、余計な心配事を抱えてる場合じゃない。冷静でいなければ。
「今、今すぐにでも使えるよ」
「それは外から見てる人間に、力を使ッたッてわかンのか?」
「ううん。俺たちが過去を視るのは現実では一瞬だよ。過去を視た体感時間と、現実の時間は一緒じゃないんだ」
だいぶ落ち着いてきて、説明もスムーズにできた。
「……なら、今すぐ視せろ」
マルフィクの黒い瞳は鋭く光を放っていて、有無を言わす気がない。
「わかった。俺に触れてないと力が使えないから、どこか捕まってほしい」
返答もなくマルフィクの手が勢いよく俺の肩に乗る。俺は次の手順を口にした。
「目を閉じて、時期と場所を頭に思い浮かべる。曖昧だと別の過去に飛ばされることがあるらしいんだ。今回はほぼ知らない過去に飛ぶから、俺が力を使ったらマルフィクの人探しの力もちゃんと使ってほしい」
「やッてやる」
「じゃあ、行くよ。時間逆行(インヴェルシオー・テンポリス)」
俺も目を閉じて、力を発動させる言葉を唱えた。ぐっと引っ張られる感覚。ぐるぐるとする。目の前にいろいろな映像が飛び交っては消えていく。
ある瞬間、肩に置いてあるマルフィクの手に力が込められて後ろに引っ張られた。
気が付けば、森の中に立っていた。大きな木々がそびえたって、葉の間から光がところどころ地面を照らしている。
「どこだ……?」
「……ちゃんと飛べたなら六千年前の双子の星だけど」
荒れ果てた地しか知らない双子の星とはうってかわって緑豊かな場所だ。辺りをきょろきょろと見回すけど、人の気配はない。
「人探しの力使ったんじゃないの? マルフィク」
「使ッた。近くに双子の神がいるはずだ」
マルフィクは方向を定めて歩き始める。着いていくと、すぐに大きな広場に出た。四人の影がある。うち二人は黄緑色の肩までの髪に、大きくて宝石みたいな紫のツリ目の瓜二つな少年。俺もよく知っている双子の神――ポルックスとカストルの前に男の子がひとり対峙している。
「見つけた……」
「二人の前に立ってるのは誰だろう?」
男の子は、鉄色の髪で褐色の肌、目はきらきらと光る金色だ。雰囲気はどこかマルフィクの師匠に似ている。それは同じ肌と髪の色だからかな? でも、あの強い印象の目の色だけは違う。
「敵対しているみたいだな」
マルフィクの言葉に頷きながら、俺は3人に近づいた。遠すぎると声が聞こえないからだ。
「君は、テジャト?」
「……アルヘナにどうして加護を与えたんだ」
ポルックスの返答に答えず、少年にしては低く怒りのこもった声で彼は言う。問いかけというよりは責めているような口調だ。でも表情から怒りは感じられなかった。ひどく無表情だ。
アルヘナという名前に俺は聞き覚えがあった。たしか、双子の星でポルックスが気を許していた老婆の名前のはずだ。体が死ねばその場で新しい命に産まれ変わり、また一生をこの星で過ごすと本人が言っていた気がする。ということは彼女はこの時代からずっと生まれ変わりながら双子の神を見守り続けていたのか?
『僕の不死の加護は誰でも彼でも欲しがるんだよ! アルヘナだって喜んでた!』
『ポルックス落ち着いて』
話を無視されたポルックスがぷくっと頬を膨らませて言い返すのをカストールが宥める。
『君はテジャトなの? 目が……いつもと違うけど?』
「アルヘナは、幸せな一生を送ったのに、なんで」
カストールの問いかけに彼は答えない。震えるほど拳を握り込めて、落とした顔からは水滴が落ちる。
『もう! 話にならないなぁ。アルヘナは僕たちとずっと一緒にいるために加護をあげたんだ。君にとやかく言われる筋合いはない』
「アルヘナにはもう誰も居ないのに、お前たちのエゴで……」
『僕たちがいるって言ってるでしょ!』
一瞬だった。少年はさっと鎌を手に持ちポルックスに切り掛かった。血飛沫が舞う。顔に返り血を浴びながら、少年は流れるようにカストールへと向かった。
突然のことにカストールも動揺しつつ、腰に携えた短剣を引き抜いて鎌を受け止める。けど、背後から大きな蛇の牙がカストールに食い込む。
『オフィウクス……なん、で……』
『自由を欲した相手に応えたまで』
カストールの微かな声に蛇は淡々と応えた。牙が引き抜かれ、カストールが倒れ込んだ。
「……お前たちの殺し方は知っている」
金色の目が倒れ伏した双子の神に注がれている。少年はカストールが持っていた短剣を拾う。
「神が持っている道具には神の力が宿る」
『やめーー』
そして、短剣をカストールに突き立てた。カストールから悲鳴にならない声が響いて、崩れ落ちる。
「使えるのはその神と同じ力の加護を持つ人間だけだ」
『テジャト……どうして……』
少年はすぐにポルックスにも同じように短剣を突き刺した。
「その名はもういらない、僕はーー私は、全てを終わらせる」
蛇が姿を消した後、無表情な少年の瞳は顔の返り血に負けないほど赤く輝いていた。
ーー目の前が暗かった。何度か瞬きをすると暗い部屋の輪郭が現れて、淡い光に照らされた図書館に戻ってきたことがわかった。手にはじっとりした汗が滲んでいる。目の前で見た悲惨な光景に心臓がまだバクバクと音を立てていた。
戻ってきたことに安堵した途端、胃から急激に気持ち悪さが込み上げてきた。反射的に足を折ってしゃがみ込む。
「い――っ!」
前の本棚に頭をぶつけちゃった。慌てて口を塞ぐ。
「あら? どうかされましたか?」
遠くからかけられた高い声。同時にグッと腕を横から引っ張られて立ち上がらせられた。
「なンでもねェ」
マルフィクの言葉に、グッと喉に、足に力を入れて俺は動かないように努める。そうだ、エスカマリさんも居たんだった。
「そうですか」
エスカマリさんはそれだけ言って、こちらに来る気配はなかった。マルフィクに促されてさらに奥へと移動する。
「……あれは、レーピオスさん? なの?」
「わからねェ」
俺の呟きにマルフィクは首を横に振った。雰囲気は似ていたし、最後に見た目は真っ赤だった。本人かもしれない。でも、それならどうして最初見た時の目は金色だったんだ? あれは六千年も前の出来事であって、不死ではない彼がいままだ生きているのは? 神殺しをしたことで神になったのなら、生きることは可能かもしれないけど……。
「オレは何も聞いてねェぞ……あのヤロウ……」
マルフィクが低く唸った。表情は歪んでいて、黒い瞳が揺れる。動揺している。と思ったけど、マルフィクは息を吐くと苦々し気に俺に告げた。
「このことは師匠に直接オレが聞く」
「わかった」
教えてもらえるかはわからない。だけど、レーピオスさんのことについては、これ以上は俺が首を突っ込むことじゃないのかもしれない。
「あのさ、テジャトって呼ばれてた子。結局なんで神殺ししたんだと思う?」
無表情な諦めたような表情とはうらはらに、体全身で怒りがにじみ出ていた彼を思い返す。言ってた言葉はアルヘナに加護を与えたことだけだった。
「……怒ってたな。アルヘナに不死を与えたことを」
マルフィクの答えに頷いた。正直、マルフィクの話と似たような話なんじゃないかと感じてたから。
双子の神と接したことがあるからわかるけど、彼らは子どもっぽくてわがまま、そして傲慢だ。人間と仲直りはしたけど、決して人間同士の友達のような関係にはならない。神と人間としての接し方でしたかない。それは傍から見ててわかる。
「あいつらの会話からアルヘナは不死の加護を欲しいと言ったと思えない。双子の神が一緒にいたいがため……神の都合で与えられた」
「それで怒ったのかな」
「憶測でしかない。結局は本人に聞かないとわからねェ」
「俺らが過去まで見に行った意味なくない……?」
「オレにはあった。今も昔も変わらないと、そういうことだけが」
マルフィクの奥歯がぎりっと鳴ったのが聞こえた。
憎しみの強さを感じて、彼が本気で魚の神を殺したのだと実感した。じわっと手のひらに汗をかく。マルフィクにとって神殺しは必然だった。けど、それは魚の神だけであって、他の神に対しても同じなんだろうか? 操られていたとはいえ、俺がこの手で殺してしまった山羊の神――カプリコルヌスに対しても……。
マルフィクカプリコルヌスに嫌悪を抱いてはいなかったように思う。俺はもやもやしたこのわけもわからない気持ち悪さをどうにかしたくて、口を開いた。
「……マルフィクは、カプリコルヌス様が死んで良かったと思う?」
聞いたのは俺が期待しているから。マルフィクが神殺しの肯定派なのはわかってる。けど、カプリコルヌス様対してはそうでなければいいな。と勝手に期待してしまっていた。
「……あいつは人間と関わッてねェ……」
いいともダメともわからない返答。でも、肯定されなくてよかった。ほっとして、自然に笑ってしまう。
「そっか……へへ」
「ムカツク……」
マルフィクがイヤそうに眉根を寄せて毒づいた。
ずっとできなかった話題ができたことで、肩に乗った重りが軽くなった気がする。
「マルフィクも、まだ迷ってるんだね」
「オレは知りたかッただけだ。神殺しをする人間の理由を……まだはッきりとは判断できねェが」
「じゃあ、レーピオスさんのところに戻るの?」
「……少し考える」
すぐに本人か確認するんだろうと思ってたから、びっくりした。俺の方には顔を向けてくれないから、表情で何を考えてるか判断するのは無理だったけど、言葉と声色から困惑しているのはわかる。
「まだオフィウクス――蛇使いの星について資料見てねェしな」
「ああ、そっか。ここなら十三番目の星の資料もあるよね」
だって、消えて行った古い星々の資料もあったくらいだ、蛇使いの星の資料がないわけがない。神がいなくなると資料を作ることができないと言っていたけど、十三番目の星は行き来ができなくなっただけで、蛇使いの神は存在しているはずだ。
だって、じゃなきゃ俺が加護をもらえるわけがないし。
「説明された中にはなかったし、エスカマリさんに聞いてみようか」
「……ああ」
マルフィクは頷くだけで動こうとしない。俺がエスカマリさんと会話しろということかな。いいけど。
俺はエスカマリさんの元へと戻る。後ろでは一歩おいてマルフィクが待機しているので、俺はエスカマリさんに話かける。
「エスカマリさん」
「おかえりなさい。資料の確認は済みましたか?」
「うん、おかげさまで。後、蛇使いの星の資料が見たいんだけど、どこにあるかな?」
「ああ、はいはい。オフィウクス関連が知りたいのですね。なるほどなるほど~、わかりました」
エスカマリさんはにこにこ笑うと像の前にある長椅子から立ち上がる。そして光る天秤の像に触れた。
ゴゴゴゴゴゴという大きな音とともに天秤の像が横にズレ、二つの本棚がせりあがってきた。
「こちらが蛇使いの星の資料になります」
「すごい仕掛けだね……!」
「ええ、天秤の加護を認識させることで仕掛けが動きます。つまり、天秤の加護がなければこの資料は全て見ることはできません」
エスカマリさんは胸を張って言い切る。
話からすると、蛇使いの星の資料はエスカマリさんがいないと見れなかったのか。なんだかお世話になりっぱなしだな。
「ずいぶン厳重なンだな」
俺と違って、警戒を解かないマルフィクは訝し気に鋭い声でエスカマリさんに疑問を投げかけている。
「当たり前です。星同士の交流が無くなった十三番目の星――現在の蛇使いの星は一般的には昔話、伝説と同様の存在ですよ? そんな星の資料が簡単に手にできるように管理しているわけがない。そう思いませんか?」
「……わかッた。見てもいいンだな?」
エスカマリさんの説明に異を唱えることなく、マルフィクは目の前の棚を指さして確認する。エスカマリは頷きながら「どうぞ」と勧めてくれた。
俺たちは、蛇使いの星の資料を手に取った。思ったよりも本の冊数は他の星に比べて少ない。記載される内容が少ないのか年数が少ないのかはわからない。でも一気に確認できるほどの量じゃないから、俺は一番新しいと思う本を手に取った。
これで蛇使いの星の状況や、語り継がれてない星の内容がわかるんだ。そう思うとわくわくしてしまう。
期待に膨らんだ気持ちのまま、最新の文面を確認した。けど、一番新しい場所に書かれている文章に、俺は疑問しか浮かばなかった。
オフィウクスは死んだとみられる。その一言が記載されている。どういうことなのか。神が死んだということは殺されたってこと?
「……蛇使いの神――オフィウクスは死んだの?」
「リーブラ様は神の視界を通して星々の状況を見てるとお伝えしましたよね。ある時からオフィウクスの視界が何も映さなくなったのです。リーブラ様によれば、神が死んだ場合に起こる症状だそうで、ただ星々の交流が断絶しているため事実確認はできず、その一文で本を閉めているわけです」
「蛇使いの星なら、何かしらの方法でリーブラの力を無効化している可能性もあるだろ」
「独自の進化を遂げている可能性はあります」
要するに天秤の星から蛇使いの星を観測できなくなったってことか。他に情報はないかな。前の方の文章をぱらぱらと確認する。
マルフィクの名前は見つけることができた。けど、俺の名前は何故か見つけられない。そして、ほとんどの記載が様々な人間に加護を与えている内容だった。
「オフィウクスの神は多くの人間に加護を与えているんだね」
「オフィウクスの神は、加護の配分が上手だったとお聞きしています。たとえどんなに加護に耐性がない人間でもその人間にあった分の加護を与えられたとか。その証拠に、加護で死んだ人間の記載について他の星では見られますが、蛇使いの星ではその文面は見当たりません」
たしかに、加護については与えたという記載しか今のところ見つけられない。間間に時折見かけるのは、人間が何かを発明した。と書かれている内容。だけど、詳しい説明も描写もないから名称だけだと何が作られたのかはさっぱりわかんない。
「発明についての詳しい内容は……」
「わかりかねます。リーブラ様であれば形容や用途をご存じでしょうが……お答えになるのは難しいかと。会ってみます?」
エスカマリさんはさっきまでと同様でにこにことした笑顔で話しているのに、違和感を覚えた。声色は語尾があがって心底楽しそうで、背筋がぞっとしたから。思わず足が一歩下がった。怖いと思ってしまって帰りたかった。
けど、違和感が拭えなくて、イヤな予感がして、俺は足に力を入れて答える。
「……会う」
「……会ッてやる」
俺とマルフィクの言葉が被った。エスカマリさんはこれまでにないほど満面の笑みを浮かべて頷いた。
「では、捕まった体で行きましょう」
エスカマリさんの提案で俺とマルフィクは罪人、山羊の神――カプリコルヌス様殺しの罪人として捕らえられる形になった。エスカマリさんが興奮しつついろいろ用意してくれた。どっから持ってきたんだろうという疑問は頭の片隅に追いやって、彼女の指示に従った。
何故かみすぼらしい服に着替えて、腕に拘束具をつけ、その拘束具に紐がついていてエスカマリさんに引っ張られる。周りからはじろじろと見られるけど、エスカマリさんが先導しているおかげか止められることはなかった。
図書館とは反対側の奥、警備兵が扉の前に立っている。相手の声が聞こえないところでエスカマリさんは足を止めた。
「いいですか。天秤の神リーブラ様は、天秤にてすべてを決めます。言動、心の揺らぎ、裁きを行うリーブラ様の視点、加護を持つ私からの視点、それらすべてが天秤の傾きを左右します。白き皿は無罪に近しいほど深く沈み、黒き皿は有罪に近しいほど沈みます。地面に皿が触れると有罪か無罪かが確定します」
白い皿が沈めば、無実となって天秤の神リーブラ様と話ができるわけか。ちゃんとカプリコルヌス様のことを話さなきゃな。
俺が頷くとエスカマリさんは門番の前まで歩く。彼女が挨拶すると、警備兵は扉を開けてから一歩下がり、頭を下げた。エスカマリさんが俺たちを連れて中へと入る。扉はすぐに閉まった。
中は思ったよりも広い、奥に長い部屋だ。一番奥は他のところより数段高い。その上に、テーブルがあり、背もたれがある椅子が並んでいる。ひときわ背もたれが豪華な真ん中の椅子に誰かが座っている。中央には人ひとりが立てるような台が設置されている。台の上には小さなテーブルが置いてある。左右は同じ造りで、長いテーブルと椅子が設置されている。入口の方はいくつもの椅子が置いてあり、真ん中の台を見るように位置どられていた。
さらに天井を見ると、小さな台の真上には大きな天秤が釣り下がっていて、白い皿と黒い皿が並行に浮かんでいた。
見たことがない情景だ。あの大きな天秤はどうやって上から吊り下げられてるのかな?
「リーブラ様、罪人を連れて参りました」
一番奥、豪華な椅子に座っている人物にエスカマリさんは頭を下げて挨拶をした。この人が天秤の神ってことか。白いフード付きの装束で表情が見えないけど、エスカマリさんの言葉にも何も反応しない……?
「ではアスクさんは中央の台まで、マルフィクさんはその後ろについてください」
エスカマリさんはリーブラ様が反応しないのを気にも留めずに俺たちの縄を外して、中央まで行くように促してくる。
どういうこと? 戸惑いながらも中央の台へと進む。マルフィクは俺の後ろにつき、エスカマリさんは足取り軽くリーブラ様の隣へと立った。
「さて、リーブラ様。彼の判決をお願いできますか?」
にこにこと笑って問いかけるエスカマリさんの言葉に、リーブラ様は答えない。それどころからやっぱり微動だにもしない。おかしい。
エスカマリさんがこちらを見てさらに口端を釣り上げた。そして、リーブラ様の白いフードを後ろへとずらす。
「えっ?」
現れたのは頬がこけ、皺が刻み込まれ、目がうつろの老人だった。けど、胸が上下していて生きているのは確かだ。
いままで見た神たちはこんな精気の感じられない姿なんかじゃなかった。みんな強さに自信を持ち、それがにじみ出てるような、そんな神だった。
初めて見る異様さに、心臓が縮こまって、ひゅっと喉が鳴る。
「ほら、お答えになるのは難しいでしょう?」
この場に似つかわしくない、心底楽しそうな浮かれ声。でも待って、エスカマリさんは確か天秤の神に世代交代を迫っている革命軍とかいうリーダーだって話してたじゃないか。でも、その天秤の神はしゃべることも動くこともできない状態じゃん。交代する意思も示せない状態じゃないかっ。
「天秤の神の世代交代をしたかったんじゃ……?」
「アスクさん、覚えてくれてたんですね。ふふっ、ご覧の通り、実権はすでに握っているんです。ですがまだ民には公表してなくて、言ったことが嘘ではないんですよ?」
心底愉しそうだ。どうして? 嘘じゃないって、でも聞いた時の印象と違う。
「オマエ、師匠――レーピオスと会ッてンな?」
マルフィクの言葉にイヤな汗が額に滲む。レーピオスだって? どうしてそんな話になるの?
「はい。オフィウクスのことや思想のことをお聞きしました」
本当に会ってるってこと? じゃあ、エスカマリさんはレーピオスの言葉に賛同した? 天秤の神を殺す算段がついてる?
「天秤の神にオフィウクスの詳細をお聞きしましたので、彼が言うことは間違いないでしょう。それであれば、天秤の星に利益があります」
「天秤の星? テメェに利益があるの間違いだろ?」
「否定はしません」
肯定。エスカマリさんはレーピオスさんに賛同している。俺たちとは違う考え、立場。
「もしかして――”敵”なの?」
呟いた後、ガコン。という何かが動く音が耳に届いた。音の方に目をやれば、真上にある天秤の黒い皿が一段沈んで、白い皿が上に上がり、天秤が傾いていた。
「なんで天秤が?」
「天秤の神は死んではいませんので。力は健在なんですよ」
「カプリコルヌス様を俺が殺したから、黒い皿が……?」
傾いたの……? 押し込めていた黒い感情が腹からせり上がってくる。口の中が苦い。
「ああ、すみません。そちらで計ってるわけではなくて、天秤の星の利益になるかどうかを計ってるんです」
「はっ?」
感情の切り替えがうまくできない。吐き気がする。この人は何を言っているんだ? 意味がわからない。天秤の神の力は裁きの力じゃないのか? どうして、エスカマリさんの利益になるかどうかで天秤が動くんだ?
「言ったじゃないですか、”実権はすでに握っている”と。力は残っていますが天秤の神自身が力を使えない状態なんです。ですから、加護を持つ私が代わりに神の力を行使してるのですよ。ルールはいくらだって変えられるんです、私に逆らうのは罪。とかね?」
じゃあ、使う人によってルールを変更できるってこと? だから、エスカマリさんに利益があるかどうかで天秤が動くってこと? でも敵なら、そんなまどろこっしいことしてなんになるんだ?
「エスカマリさんが有利な条件にもできるはずじゃ……」
「先ほどの問いに応えましょう。誤解をしているようですが、私はまだ”敵”ではありません。レーピオスさんにつくのか、アスクさんにつくのか、私は現段階でまだ決めていませんので」
敵じゃない……? 感情の起伏が激しすぎて、頭が追いつかない。
代わりにマルフィクが後ろから言葉を投げてくれる。
「品定めしてるッてことか?」
「そうです。貴方たちが味方に相応しいかどうかずっと観察していました。貴方たちの仲良しごっこは好きですよ。見ていてとてもいい。でも、貴方たちは私を信用しなかった。秘密を話そうとしなかった」
「それは会ったばっかりだから」
率直な答えは、口をついて出た。
「ええ、すぐに信用するのは愚策です。ねえ、双子の星の過去は愉しかったですか?」
「なんで、俺たちが過去を視たことを知ってるの?」
「天秤の神と同じですよ。加護の目を通して視ただけです。もちろん制限がありますから、全部ではないですよ」
会った時から、エスカマリさんは俺たちを見ていた。俺たちも天秤の加護を持ってるからと言って、それまでのことを話せるほど信用してなかった。お互い、相手を計りかねていたということだ。そこはわかる。
でも――
「なんで加護を使ってまで俺たちが隠してたことを視たんだよ!?」
信用を築くなら、お互いに秘密を話してもいいという段階まで時間をかけて信頼を作っていかなきゃいけない。天秤の利益になると思うなら、なおさら関係は良くしたままのが良かったはずだ。
「知りたかったからですよ。面白そうだった、その誘惑に勝てなかった。ただそれだけです。私はその秘密がなんだか知りたかった。だから、私は隠していることを暴くことにしただけです」
「理解できないよ」
「解らなくて当然です、これは私の欠点ですから」
関係が悪化するよりも、したいという気持ちを優先した。利益を求めるというのに、自分で利益を阻害する、たしかに欠点なんだろうけど……。
俺は息を吐いて今までのことを頭の隅に追いやった。彼女の感情に振り回されてたら、こっちが混乱して何もわからない。それだけはわかったから。
今わかっていることは、エスカマリさんは敵でも味方でもないこと、大きな天秤はエスカマリさんに俺が利益をもたらせるかどうかでどちらかに傾くこと、天秤の神が話もできず、自身で力を使えないこと。
つまり、天秤の神にオフィウクスの星のことを聞くことも叶わないということだ。
「天秤の神は、このままなの?」
「神に救いを求めるのですか? もし天秤の神の状態が良ければ、貴方の力は世界のために使うべきだ。と、言うだけです。彼はね、ずっと座ってここにいるだけなのに、口だけは達者なんですよ。偽善なんですよね。こうしなさいと押し付けて、束縛する。自由なんて、愉しさなんてない」
さっきとは違って形相は悪魔のようだ。感情のまま捲し立てる言葉の羅列に、エスカマリさんから天秤の神への憎悪を感じさせた。怖い。
エスカマリさんは鼻を鳴らして、腕を組むと強くはっきりした口調で言い切った。
「私は、私の愉しいを求めているんです。そのために、天秤の星は変わるべきです。そのために貴方たちは必要なのか、見極めます」
強い眼差しから、それが本心であり、信念であることが感じられる。俺は、彼女に何を言えばいいんだ? 天秤の神と彼女との間に何の確執があったのかなんて、俺にはわからない。
「アスクさん、お楽しみはまだまだこれからですよ。なんといっても天秤の神の力は素晴らしい。気づいてないんですか?」
「えっ!?」
「情報を処理するのが遅いですね?」
エスカマリさんの一言でまたゴトリと天秤が黒い方へと傾いた。何かが、抜ける。
「死の矢(サナシモ・ヴェロス)」
その名前に聞き覚えがあった。俺が、加護たちと決めた、双子の加護と蠍の加護を使った毒の矢の名の技名だ。案の定、彼女の前に毒の矢が出現する。
「アスクっ!」
身体を後ろに引っ張られた。毒矢が足元に突き刺さる。
「死の矢(サナシモ・ヴェロス)!」
双子の加護と蠍の加護を使った毒の矢の名を唱える。でも、前みたく毒の矢が出現することはなかった。
「なん、で……」
反応がない。足りない。心臓がどくどくと強くなって、不安が腹の底にこびりつく。
「その顔、衣装に似合っていて最高ですね!!」
「~~っ! どういうことだ!」
愉しそうに高笑いをするエスカマリさんに俺は叫んだ。笑い声を止めて、エスカマリさんはふっと表情を無くす。
「二つ、黒い方に傾いたからですよ」
「テメエ、説明省きやがッたな!」
唇が戦慄いて言葉が出ない。マルフィクが代わりに叫ぶ。エスカマリさんはにこにこと表情を変える。
「ええ。だって、最初に教えてしまったら抵抗されて面倒でしょう? 奪えない可能性も高いと思いましたし。私、貴方たちのこと舐めてはいませんので」
「舐めてもらッてよかッたンだがな?」
「そんな油断はしませんよ。最初に説明を省いてしまったお詫びに、ちゃんと説明して差し上げますね。まあ、もちろんわかっていると思いますが、天秤の黒い皿が傾くたびにアスクさんの力を私がもらいます。そして、もし地面に黒い皿が着いた時、アスクさんの力は全て私のもの。だって、アスクさんの力っていいじゃないですか。無限に力を増幅できて、加護を使いたい放題にできるんですから!」
理解した。双子の加護と、蠍の加護が今、彼女に奪われたことを。どうしよう。どうしたら取り返せる?
「わかりますよ、返してほしいんですよね。天秤を白い方に傾ければお返しできますよ。で・も、アスクさんには全然足りないものがあります。それは何か……」
エスカマリさんはにやっとした笑みを浮かべる。わざと間を開けたのがわかった。
「優柔不断さ、ですよ」
高い声が響く。優柔不断さ。心臓がぐっと掴まれたように手に力が入る。
「神殺しについて肯定と否定の中で揺れ動き、他人の言葉で揺れ動く、その判断力のなさ。目的も信念もしっかりとしていないふわふわした状態。貴方は神には向いていない。天秤の星で今後神となる私には神になる同僚が一番の有益。けれど貴方にはそれがない」
「……エスカマリさんに有益にならなきゃいけないってこと?」
「そうですね、チャンスを差し上げますよ?」
チャンスというが、これに乗らないといけないのだろうか? イヤな予感がする。でも、取り返すには選択肢がない。
「私のためになるように、スピカさんかヘレさんか選んでください」
「選ぶわけないだろっ!」
「そうでしょうね! でも、その判断力のなさは貴方たち全員に言えること。スピカさんにもヘレさんにも、同様に天秤の力をかけてるんです。要するに、同じように選択する場面を用意しているということです」
なんだって!? ヘレもスピカも力を奪われてしまうかもしんない。
いてもたってもいられずに、入口に駆けだす。
「アスク!」
「助けに行く選択ですか? どこに向かえばいいのかもわからないのに? 感情のまま、考えもしないで飛び出す。愚の骨頂ですね」
黒い皿がさらに下がる。
「マルフィク! お願い! ヘレたちのところに連れて行って!!」
「……ちっ!」
気にしてなんていられない。早く、早くいかなきゃ。
「ハアハア、仲間想い、いいですね。ロマンですね! しかし……仲間想いはいいですけど、力が足りるのでしょうかね?」
後ろから声と、天秤の傾く音だけが聞こえた。でも、振り返ってられない。早くヘレとスピカのところに行かなきゃ。行って、危険なのだと伝えなきゃ……!
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