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目の前が急に変わった。森の中だ。周りは木々に囲まれ、そして目の前には巨大な影が立ち塞がっていた。
下半身は馬で、上半身が人。ケンタウロスという射手の神の姿だ。なんで、ここに?
「来たか……」
白い髪にふさふさの眉毛と髭を蓄えた射手の神は、俺を見てからのそっと歩き出した。まるでついて来いと言っているようだった。
「アスク、あれは……」
一緒に飛ばされたのか、声がした方に振り返れば、ヘレとスピカ、レグルスが立っていた。
「射手の神……だと思う」
「じゃあ、俺たちは射手の星に飛ばされて来たってことか?」
レグルスの問いにアスクは頷いた。天秤の星でないことはたしかだ。射手の神がいるというなら、ここは射手の星なんだろう。
「ついて行こう」
スピカは、射手の神の後ろを歩く。俺たちは顔を見合わせてから射手の神についていった。
射手の神がやってきたのは大きな石の洞窟だった。洞窟の中には家財道具一式が置いてあって、ここで暮らしているのだと見てとれた。
射手の神はテーブルのところに藁を敷き詰めて俺たちに座るよう促した。
「水ぼらしいところだが、ゆっくりしていってくれ」
そして、お茶と茶菓子をテーブルに置き、自分も腰を降ろす。神様にこんなことさせていいのだろうか。今更緊張してきた。背筋が伸びる。
「貴方は射手の神でいっらしゃるのですか?」
スピカが射手の神に問いかける。射手の神は大きく頷き、その野太く落ち着いた声で応えてくれる。
「いかにも。ここは射手の国で、私は射手の神だ。そして、君たちを待っていた」
「待ってた?」
俺は思わず聞き返していた。どういう意味なのだろう。
「ああ、待っていた。十一星座の加護をすべて持つ者たちを」
そう言って、ふさふさの眉毛から、藍色の瞳を覗かせた。その目はキラキラと光っていて、見る者を圧倒させた。喉がことりと鳴る。
「じゃあ、アスクは加護を取り戻せたってことだな!」
レグルスが嬉しそうに俺の背中を叩く。無事、天秤の神が呼応してくれたんだ。胸の奥から熱いものが込み上がる。嬉しい、良かった。でも、あの後どうなったんだろう? そればかりは気がかりだ。
「あれ? でも天秤の加護は誰も……」
「お前さんが持っておる。まだ新しいがな」
射手の神が俺を指さしてくる。俺が持ってる? ってことは、呼応してくれた時にくれたんだろうか。
「牡羊、牡牛、双子、蟹、獅子、乙女、天秤、蠍、山羊、水瓶、魚……すべてひとりの身体で持ってくるとは思わなかったが、な」
ほっほと笑ってから、射手の神は顎髭を撫でる。
そうか、俺の中に十一の加護があるんだ。実感して、胸元に手のひらを当てる。みんなから貰った大切な力だ。
「して、そんなお前たちに話がある」
藍色の光る瞳が真剣さを物語っていた。背筋が伸びれば、射手の神はうんうんと頷いて話し出す。
「蛇使いの星へ行ってほしい」
俺たちの目的と同じだったことに、驚いた。でも、驚いたのは俺とヘレだけだった。他のみんなはじっと射手の神を見ている。
「やはり、最近の神殺しに蛇使いの神が関わっているとお思いですか?」
スピカが最初に質問した。神殺しの真相を知るために、スピカは蛇使いの星に行こうとしている。同じ理由だと、思っているんだろうか。
けど、射手の神は首を横に振った。
「……治安が乱れておるが、その原因が蛇使いの星だと誰が言えよう」
俺が予想していた言葉ではなかった。てっきり、蛇使いの星に行って原因を止めてほしいと言われるかと思ったのに。
「驚いておるか……私は、彼がやるとはどうしても思えないんだよ」
射手の神は悲しそうに眉を下げた。優しい、そして寂しい声色だった。それだけで、射手の神が”彼”について思いがあるのだとわかる。
「彼とは?」
スピカが話を促した。
「彼――蛇使いの神、オフィウクスのことだよ。彼はね、私の弟子だった」
遠くを見つめて、懐かし気に思いにふけっている。仲が良かったのだろうか。
俺が知っている射手の神は、医療の達人で人々を助けてくれる優しい神だということくらいだ。その彼が弟子をとっていたなんて知らなかった。
「弟子ってことは、医療の弟子ですか?」
俺が聞けば、射手の髪は大きく頷いた。
「そうだ。私の医学のすべてを彼に託した。そして、彼もまた癒しのなり手だった。乙女の神と二神がな」
乙女の神が癒しの力を持っているのはスピカの加護の力だからわかるけど、文献には載ってなかったことだ。そもそも神同士の関係というのはあまり載ってなくて、個別の神の特徴が記されているくらいなのだ。
俺には射手の神の言ってることがわからなくて、乙女の星のスピカへと視線を向ける。スピカは思いだすように口元に手を当てて黙っている。しばらくしてから口を開いた。
「だいぶ昔の話とお見受けしますが……」
「もちろんだよ。私たちがこの地にやってきた時の話だからね。君たちからしたら、遠く、気の長くなるほど昔の昔話さ」
ゆったりとした口調で諭されるように言われた。射手の神も最初の頃からいる神なのだろう。世代交代をしている乙女の神の最初の頃を話しているのかもしれない。
「そんな大昔のことでも、私には忘れられない思い出なのだよ。あの子が、同胞を殺めるとは到底思えないのだ」
「それを、確かめに行ってほしいということですね?」
スピカは問いただすようにゆっくりと言った。射手の神はスピカを見つめ、深く頷いた。
「そうだ。その目で、真相を確かめてきてほしい」
「俺は、行きます」
俺はすぐに返答した。自分だけの決意表明だ。他のみんながどう考えてるかはわからない。でも、俺は自分の中のオフィウクスの加護がそんなに悪いヤツじゃない。って確かめたい。ずっと蔑まれて来たオフィウクスの星が、本当はどんなところか知りたい。だから、俺はオフィウクスの星に行きたいんだ。
「私も、行きます」
続いたのはスピカだった。スピカの目はしっかりと射手の神を見つめていた。
「お前たちが行くなら、オレだって行くさ」
レグルスはついて行くというスタイルみたいだ。たしかに、レグルスには行く理由がない。それでもついてきてくれるのは嬉しさがあった。最後になったヘレもきっと「うん」と言ってくれる。そう思った。
「私……ここで待ってようかな」
なのに、ヘレは顔を落として、正反対の言葉を放つ。
「ほう。牡羊の娘は蛇使いの星へは行かないのかい?」
なんで!? って言葉が出そうになって、俺は浮いた腰を落とす。ゆっくりと射手の神が聞いてくれたことで、一歩踏みとどまれた。
ちゃんと、理由を聞かないと。ヘレだって何か思うところがあるはずだ。
「私……本当はみんなにも行ってほしくない」
ヘレは顔をきゅっと歪めて静かに言った。声が震えているのに、栗色の瞳の奥はじっと俺を射抜いて来た。
「ヘレ、どうして……?」
「……ここに来るまで、いろいろあったよね? 怖い思いもいっぱいした。対立する相手だっている。このまま蛇使いの星に行ったら、もっと怖いことが起きるかもしれない。だから、私は誰にも行ってほしくない。誰かが、もし欠けてしまったら……」
徐々に感情が高ぶって早口になっていった。途中で生唾を飲み込んで、ヘレは顔を覆った。
「……私は、人を殺す覚悟も、死ぬ覚悟も、誰にもしてほしくないっ!」
まるで心の叫びをそのまま吐き出したみたいに大きな声だった。周りは静まり返る。
もしかして、ヘレたちが天秤の星で選ばされたものは、人を殺すか自分が死ぬかだったのか? 重圧に飲まれてなんて答えていいかわからない。
「アスク、牡羊の星に帰ろうよ」
ヘレは俺をじっと見て、言う。真剣そのものなのが伝わってくる。冗談なんかじゃない。
俺は、蛇使いの星に行きたいのか?
自問自答する。最初の時だったら、迷わずヘレと牡羊の星に戻ると言えた。だって、ただ巻き込まれただけだ。そう思っていたから。でも、今はいろいろと知ってしまった。神殺しについても、星々の歴史についても。何より、出会った神たちが望んでいるものが、俺は共感ができた。双子の神はもう一度民と共に暮らしたい、蠍の神は誰かに愛してもらいたい、山羊の神はただ生きたかった、天秤の神は平和を望んだ。それは、俺だって望むことだ。だから、彼らを殺そうとする相手を止めたい。
そのためには、元凶である蛇使いの星に行かなきゃいけない。どうにかできる解決策を見つけたい。
一度深呼吸をして、ヘレの栗色の瞳を見つめた。
「ヘレの言う通り、戦うことになるかもしれない。俺だって、死にたくない。殺したくない。でも、このまま黙って帰りたくないんだ……知ってしまったから」
ヘレは悲しそうに眉尻を下げた。でも、俺も言い募る。
「神殺しを止められるかもしれないなら、俺は行きたい」
ヘレがぎゅっと服を掴む。それからふっと息を吐いた。
「……わかった。うん、今のアスクなら逃げないと思った」
へらっと表情を緩めて、目元に涙を浮かべながらヘレは笑った。
ヘレは、立ち上がる。帰るのだ。と直感的に思った。
「待って、ヘレ!」
俺は立ち上がってヘレの腕を掴んだ。
「アスク、私は……」
「わかってる。自信がないんだって」
ヘレの記憶を見たから、わかってる。俺と比べてしまう劣等感。俺にも覚えがある。それでも、ヘレは俺にとってなくてはならない存在なのだ。
「でも、ここで逃げたら……きっと後悔する」
俺が後悔したように。迷っても、苦しくても、足掻かないことにはそこから抜け出せない。俺はそれをよく知っている。ヘレはまるで旅立った頃の俺だ。
「……私は、途中で逃げちゃうかも」
ぽろりと弱音が零れた。本当はヘレだって行きたい気持ちがあるんだって、わかった。でも、怖いんだ。だから、線を引こうとしてる。
「いいよ」
「どう、して……?」
「逃げたっていいよ。でも、俺はヘレに傍に居てほしい。ヘレが追いかけてくれて、俺がどれだけ安堵したか、きっとわからないだろ。ヘレが居てくれたから、蛇使いの星に行くって決められた俺がいる。だから、ヘレと一緒に行きたい。これは、単なる俺のわがままだ」
だから、聞かなくたっていい。怖いなら、もう引き留めはしない。俺はそっとヘレの腕を離した。
「一緒に帰ろうっていう約束、最後に叶えたい」
「~~っ! ずるいっ!」
わっと顔を覆ってヘレがその場に崩れ落ちた。ぼろぼろと涙をこぼしている。
「わ、わたし、怖いのにっ! アスクは平気な顔してずるいっ」
ひっくと喉を詰まらせながら、俺に抗議してくる。でも、もう帰るとか行かないとか、言わないところから、ヘレの覚悟が伝わって来た。
「俺だって怖いし」
「うぅ~……絶対離れないから。一緒に帰るまでは」
「おう!」
口を尖らせれば、泣いたせいで顔が真っ赤なヘレが頑固に言った。嬉しくなって、大きく頷いた。
「こほん。では、全員射手の星に行くということでいいな」
射手の神が咳払いをして、一連の流れをまとめてくれる。俺たちは「はい」と返事をした。
射手の神は外に出ると、俺たちをひとつの
「射手の神様は知ってますか? 他に蛇使いの星を目指す人たちがいることを」
※ここまで
ハートありがとうございます~!
今日はここまで~
※ここからネタバレ