(後半追加分)
さっきまで急速に拡大していた自意識が、コンクリートが重金属酸性雨にさらされて崩壊するように端から消えていく。脱獄に成功したことによる過剰な陶酔感は急激に冷却され、今や拡大した自意識が消滅していく冷たい恐怖感にすり替わっていた。
自意識データ内に織り込んでいたワクチンプログラムをロード――できない。すでに俺の自意識データそのものの大半が消滅している。
ここに落とされて来たときと同じ、急激な落下感。その感覚に俺は、無音の悲鳴を上げた。
落ちる。
落ちる。
落ちていく。
はるか上方に自分を構成していたデータの[[rb:破片 > フラグメント]]を残しながら、俺は無間の闇をどこまでも落ちていく。
そして――俺の意識もやがて、完璧な[[rb:空白 > ブランク]]に――。
(前半、脱獄部分からの続き)
もはやこの公園、つまりこの公園を構成しているデータ領域は俺という大量のウイルスに半分以上を侵された状態だ。その段になってようやく、空間に巨大なドアが出現した。黒い装甲服に身を包んだ[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]どもが、バックドアからなだれ込んできた。
それを認めた瞬間にはすでに、[[rb:俺たち >・・ ]]はすでに自意識データの中に織り込んでいた突撃銃の形をとった攻性プログラムをロード。火線を浴びせる。
[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]は即応。シールドを展開して銃弾――つまりウイルスだ――を弾きつつ、距離を詰めてくる。
「ク、ハ――!」
バカめ。
不用意に距離を詰めてきた[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]の群れの中に向かって、手のひらの中に手榴弾の形を取ったウイルスプログラムの塊をロードする。密集陣形の中にこれを放り込んでやれば、連中は一気に感染する。
シールドの隙間から襲ってくる散弾のワクチンプログラムを避けつつ、手榴弾を投擲。放り投げられたウイルスの塊は、連中の頭上で爆裂して毒の雨を――。
手榴弾が一瞬、空中で静止した。次の瞬間、手榴弾は正確に自分が放り投げられた軌道を逆行。
まずい――!
瞬間の判断で俺が自分の分身を数体呼び寄せて肉の盾とするのと、目的語を書き換えられた手榴弾が眼前で爆発するのがほぼ同時。
盾にした俺の分身は一瞬で半壊、俺自身も右腕が肩の付け根から吹き飛んだ。
「クッソッがァァァ!」
怒号とともに分身どもを手当たり次第に突っ込ませようとした瞬間、その頭が弾け飛んだ。スナイパーだ。
俺と俺の分身の戦列が完全に崩壊するのに数秒もかからなかった。銃弾を一発受けるたびに俺の分身は無力化され、公園内から構成データごと削除され、削除され、削除され――そして最後に、本体である俺ひとりだけが残った。
咆哮を上げる間もなく、右腕に次いで、左腕、両足がショットガンで吹き飛ばされた。両手足を失った俺は、今や地面に無様に転がるだけのイモムシも同然だ。抵抗することなど、もはやできない。
[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]の包囲の中から、ひとりが進み出てきた。両手両足を失った俺に対してはもう銃を使うまでもないと判断したのか、ショルダーホルスターからナイフを抜き放った。俺はそれを見ていることしかできない。
ナイフの切っ先が狙っているのは、俺の眉間だ。振り下ろされたナイフが、異常に引き伸ばされた時間の中でゆっくりと俺の眉間に迫り、その切っ先が皮膚をぷつりと裂く――その瞬間こそ、俺が狙っていたものだった。
ナイフの切っ先を接触点として、[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]の構成体と俺の[[rb:意識体 > ゴースト]]を接続。
データ[[rb:転送 > トランスファー]]。
俺の[[rb:意識体 > ゴースト]]を構成していたデータが、吹き出す鮮血の代わりにナイフの白刃を通じて[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]の内部に流れ込み、その文脈を書き換える。周囲の[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]が一斉に銃口を向けるが、[[rb:敵味方識別信号 > IFF]]で味方を偽装した俺には発砲できない。
『ククク……ハハハハァ!』
[[rb:警備員 > セキュリティ・ドッグ]]の1体を乗っ取った俺は、そのまま支配系統を逆流。複雑に入り組んだ[[rb:軍事用特殊防壁 >レッドアイス]]で構成された「コキュートス」の分厚い壁を影のように、水のように這い――見つけた。「コキュートス」の[[rb:心臓部 > カーネル・プログラム]]。
それを握りつぶす感触を味わうために、最初に吹き飛ばされた右腕を実体と遜色ない密度で再構成。五指を牙のごとく開き、脈動するそれを掴み、一気に握りつぶす。
0と1の悲鳴を電脳空間に響かせながら、「コキュートス」が内部から崩壊していく。