至さんの一番好きなところは、あの瞳だ。
そりゃ、呆れるくらい整った綺麗な顔も、最低限のケアしかしない癖に滑らかな肌も、あんだけジャンクフード食べる癖に適度に締まった体も、何気に仕事は真面目にする姿勢も、ゲームやアニメに懸ける熱意や情熱も愛情も、だらしない生活態度も、子供みたいな一面も、俺からの甘い言葉に顔を赤くする乙女な一面も、駄々っ子みたいな面倒な一面も、不意に年上の顔を覗かせる大人の横顔も――勿論全部好きだけど、でも、やっぱり一つ上げろと言われたら、あのいつ見ても見惚れるくらい魅力的な薔薇の雫のような紅い瞳だ。
その瞳は、いつだってくるくると表情豊かに輝いている。ゲームやアニメに夢中になってる子供みたいな光は勿論、仕事に行く時の心底面倒くさそうな陰りも、芝居に真剣になっている真っすぐな輝きも、全部が本当に綺麗だ。
◎
「――でね。配役は俺の推薦がそのまま通ったわけ。ちゃんと伝わってくれて良かったー」
「良かったよかった」
「ちょっと万里! ちゃんと聞いてる?!」
「聞いてる聞いてる」
俺がオウム返しに頷くと、至さんは不満そうに頬を膨らませた。こんな子供っぽい顔、他の連中の前では見たことないから、俺だけが拝める特別な顔だと思って、実は結構好きなんだよな。
「あ、分かった。万里は今回出られないからって、嫉妬してるんでしょー」
少し意地悪げに鳴らす至さんの高い鼻を、俺はキュッとつまんでやった。
「いへっ! なにふんの?!」
「え、嫉妬に駆られて意地悪してんの」
「へっふぁい、ふほ!」
「ふはっ! なに言ってっか分かんねー!」
鼻をつままれながら文句を言う至さんが面白くて思わず笑うと、割と本気のチョップが飛んできた。別に至さんの攻撃は痛くないから受けても全然よかったんだけど、まあ一応離すついでに避けた。
「もう、俺の鼻がこれ以上高くなったらどうすんの?!」
「あー、それは困るな。これ以上モテられんのは、彼氏として苦労が増える」
そう言った途端顔を赤くする至さん。白い頬が薔薇色に染まる瞬間は何度見ても可愛くて、つい乱暴に抱きしめてしまう。
「照れてんの? かっわいー」
「照れてねぇ!」
思わず口悪く反論してくる至さん。ついでに長い脚でげしげしと俺を蹴飛ばすが、やっぱり痛くないのでそのまま抱きしめておく。
「……でも、しばらく稽古で忙しくなるから、こうやって遊べねえな」
俺がぼそりと呟くと、至さんはピタッと動きを止め、俺の腕の中で大人しくなった。……俺とのこうした時間を貴重に思って、堪能する方向に切り替えてくれたらしい。マジで可愛いな、この年上オタクゲーマー。
「……万里はさ。こういう俺、イヤ?」
至さんが、ぼそりと尋ねる。この人、ホントにこういう乙女みたいなとこあるよな。不意に不安になっちゃう、みたいな。そんなとこもただただ愛おしい。俺はギュッと腕に力を込めて、至さんの耳元に唇を寄せて囁く。
「なんで? むしろ大好きだけど?」
途端に赤く染まる耳の先。あー……こんなに可愛いと、離れるのは確かに不安かも、なんて。
「なあ、至さん。これからもずっと、そんな至さんでいてくれよ……」
◎
――俺も人の事言えた義理は全くないけれど、至さんも当初は二食付きの寮費タダという条件に惹かれて入団を決めた、演劇興味ない勢だったらしい。
その温度感は俺が入団当時にもすぐ伝わって、俺はやたら暑苦しい秋組から逃げ出して、よく至さんのとこに入り浸っていた。至さんといる時間はすげー心地良かった。俺以上にゲームできる奴って当時周りにいなくて、至さんとは唯一同等以上で遊べる相手で、それだけじゃなく互いに斜に構えた姿勢も似ていた。
だから安心して過ごせたんだけど……
『だから『人生最大の後悔』とか言われてもさっぱりだし。ま、適当に盛ってなんとかすっけど』
『ふーん……まぁ、盛ってもばれんじゃね。普通に』
『いや、ぜってーうまくやるし』
『……監督さんは騙せないと思うけどね。たぶん』
『……至さんがそういうこと言うの意外っす』
秋組旗揚げ公演の稽古の最中、突然現れた雄三さんから降ってきた唐突な『ポートレイト』の課題。俺が適当に終わらせるつもりだったそれに対して、至さんがいつになく真剣に言い返してきたのが印象的だった。
大分経って、ミックス公演の稽古期間中ふと訊ねてみた答えに、(至さんも、春組で芝居してるうちに変わってきたんだろうな――俺と、同じように)と思った。
そしてあの俺の炎上騒動と劇団の解散騒動を経て――俺は、至さんに出会った頃とは比べ物にならないくらい芝居にのめり込んで、もうここでしか生きていく未来が描けなくなっていた。
そんな俺に比べ……至さんは、今でも普通に立派な社会人、しかも一流商社勤めの二足の草鞋履きで、社会的にはいつ役者を辞めても平気な、むしろ続けていく方が困難な立場で……いつか、この劇団を去っていくんじゃねえかって不安は、心のどこかにずっと持っていた。
勿論、至さんが劇団にいようがいまいが俺は至さんの傍を離れるつもりなんてこれっぽっちもねえけど……それでも。今とは確実に違う関係になることは確かで。
だから、これは100%俺の我儘なんだけど……至さんには、ずっと芝居を止めないで欲しかった。
◎
「……何? いきなり」
俺の声色が変わったのに敏感に気付いてくれる至さん。振り返って、不審そうに眉を寄せ、俺の瞳を見つめてくる。ああ、やっぱ綺麗だな。心配でいつもより深くなった瞳の色に、俺はたまらずキスを贈った。
「ちょっ、マジで何?!」
照れて焦る至さんの可愛さを堪能しながら、俺は言葉を続ける。
「いや別に? 楽しそうな至さん、好きだなーって思っただけ」
「はあ? 変なヤツ」
至さんは呆れたように言いながら、「まあでも、今更こんな俺変えられないから安心してよ」と笑った。そして俺に体重を預けながら、目を細めて話し出す。
「俺さ。ロミジュリの続編やるってなった時に、ちょっと仕事でのプロジェクトも重なって、新しい挑戦とかみんなの成長とか会社の期待とか、そういうの色々考えてさ……みんなみたいに持ち帰れるものが少ないのにサラリーマン続ける意味あるのかなーとか、でも辞めて演劇一本でやっていく気概も自信もないなーとか、会社に融通利かせてもらえないと役者続けるのも難しいよなーとか、まあホント色々」
「……っすね」
あの時の至さんは、本当に大変そうだった。新しいフルール賞に先陣切って挑んでいくってだけで大変だろうに、咲也や真澄、綴が分かりやすく成果を下げて芝居や劇団そのものを支えていく隣で、色々葛藤しているのが傍にいなくたって伝わってきた。
でも……至さんは、俺に弱音を吐かなかった。だから、俺も聞かなかった。その至さんが今になって話してくれているという事実が、ただただ嬉しい。
「でもさ。仕事で行った国で海外のファンに会えてさ。仕事で星野さんからランスロットのオファーきてさ。春組やみんなの協力でまたランスロットを披露できてさ――すごい楽しかったし、嬉しかった」
その紅の瞳は宝石よりもキラキラ光って、俺はただただその瞳に吸い込まれた。
「そして、そのランスロット見て今回の舞台のオファーが来て……俺の夢がずっと繋がってるみたいで、なーんかずっと足元ふわふわしてるっていうか……幸せなんだよね。だってさ。子供の頃からずっとなりたかった憧れのキャラに本当になれるなんてさ、どう考えたって夢じゃん。しかも、それが他の人にもいいって思って貰えてさ、そんで次は是非このキャラに、って望んでもらえるなんてさ……こんな幸せなこと、そうそうないよ」
「そりゃ良かった」
心から幸せそうな至さんの笑顔に、俺も自然と笑みがこぼれる。すると、今度は腕の中の至さんが俺を見上げ、チュッとキスしてくれた。不意打ちだったから思わずビクッと身体を震わすと、「照れてんの? 可愛いー」と先程の仕返しをしてきた。
「照れてねぇ! くそ、仕返しとか大人気ねえ」
「俺にそんなもの求められてもねえ……」
いひひ、と意地悪く笑う至さんは子供そのもので、でもそんな無邪気なところも可愛いと思ってしまうんだから、恋ってのは恐ろしい。
「……至さんは、そういう舞台の楽しみ方もいいんじゃね?」
「そういう舞台?」
「2.5次元っていうの? ゲームやアニメの舞台化。至さんの外見なら2次元の再現度も文句ないだろうし、原作への理解度やリスペクトもすげーしさ。2.5次元俳優っていう肩書でいけんじゃね?」
俺の提案に、至さんはごろりと寝転んだまま楽しそうに笑った。
「はは、それいいかも。てか、それ言うならこの劇団大抵の舞台化対応できるでしょう。色んなタイプの役者がいるし、お前筆頭にイケメンばっかだし」
「はは、誉め言葉だって受け取っとく」
至さんにつられて笑って、それから俺は至さんの頬に手を当て、じっと至近距離で大好きな瞳を見つめた。至さんも、黙って俺を見つめ返す。
「「…………」」
そのままお互い引き合うように自然と顔を近づけ、そっと触れるだけのキスをした。
「……ねえ、万里。今回ステージでやるのはゲームの序盤の物語だけなんだけど、その後もいいキャラがたくさん出てくるんだよ。その中でも、もし演じるならこの役は万里が合いそうだなと思うキャラがいてさ」
至近距離のままそんな話をされて、俺は小さく「マジか。ちょい気になる」と笑った。
「他にもこのキャラは誰がいいかもとか、想像が広がるんだよね」
そう言う至さんの瞳は星空みたいに煌めきに溢れていた。それが嬉しくて愛しくて、俺は笑った際に一筋涙をこぼした。
「ははっ! なんつーか至さん、立派なオタクゲーマー兼、芝居馬鹿だな」
本当に、無性に嬉しかった。大好きな恋人が、同じ熱量で芝居に向き合ってくれることが。世界中のカップルを探し回ったって、こんな幸せを享受できてる奴らなんてそうそういないだろ。
至さんは俺の零れた涙を長い指先でそっと拭うと、少し照れながらニッと笑って言った。
「……ま、最高の褒め言葉ってことで」
その顔がまた可愛くて、俺は寝そべってる至さんをギュッと抱き締めて、夢見るように呟いた。
「なんかさ……こうやって、至さんの好きなものを一緒に舞台で表現して、そんでもっと多くの人に知ってもらって、一緒に布教の手伝いしながら気分転換にゲームして……そんな日が、ずっと続くといいな」
ずっとずっと――そんな日々を、そんな一生を、共に過ごすことができたなら。
俺のバカみたいな望みに、至さんは少しだけ口の端を緩め、抱き締め返しながら言った。
「それもいいかもね……お前となら、なんだって」
俺だって、至さんとならなんだって――なんだって、実現できそうだから。【終】