孤児院が焼けた後、カーティスはすぐさま男達の悪行の証拠を王家へ提出し、夫妻の悪行を白日の元に晒した。セラや他の一時脱走をしていた子供がちょっとずつ人々に提示していたものを少しずつ集めていたらしい。夫妻はあっという間に牢獄送りとなった。カーティスが彼等を害した事は、セラの認識では恐らく政府の者に知られていたと思われるが、終ぞその責任が追及される事はなかった。夫妻も”反論する”事は出来なかった。
人身売買への関与の他、不要な嫡子の処理に孤児院を使っていたとされる関係者の数は100にも上った。その大半は貴族やその部下であったという。王家はこの事態を重く見て、彼等を身分に関わらず厳しく処分した。ただ彼等の血族まで裁こうとすると貴族が殆どいなくなってしまう為、関与していなかった者に関しては罪に問わない事とした。プライドが命の彼等にとっては、悪評を背負ったまま社交界にいる事の方がよっぽど堪えただろうが。
こうして明らかになった貴族社会の腐敗は大変問題視され、またその温床となっていたヘイトリッド領の管理体制に対する対策が要求された。こうしてその一帯は没落貴族でありながら研究による成果を上げたアレクシス・C・ヘイトリッドを領主とし、ヘイトリッド領として統一される運びとなったのである。
孤児達はというと、やっと地獄から解放された彼等は国が保証する良き保護者の元にそれぞれ引き取られていった。現在も何人かとは文通を行っているが、殆どからは幸せを知らせる便りを最後に連絡が来なくなったという。一方、既に身売りされた子供については殆どが足取りを追えない状態で、セラも嘗ての仲間とは殆ど再会できていなかった。現在も捜索は行われている。
そしてセラは、自分達を救い出してくれたカーティスの元へ住み着いていた。恩義故では無い。取引に応じたからでもない。この男の魔法の知恵を欲したから、自らついて来たのだ。
セラには人並みの倫理観がある。育ちの割に常識もある。彼の事は恐ろしいと感じていたし、酷い目に遭わされるかもしれないという恐怖を抱いてもいた。彼女についてきた、同じく魔法の才がある少女を追い返さなかったのは、そう言う不安があったからでもあった。だがそれよりも、セラは力が欲しかった。この男なら自分を強くしてくれる。そう確信できる程には、彼の魔法は魅力的だった。
セラの予測通り、カーティスはセラの魔法の才を欲していた。故に二人を快く迎えいれ、そして彼女らの要望通り魔法の修行を付けた。修行の内容は容赦なかった。死にそうな思いも何度かした。それでも、男は彼女達には優しかった。大人の愛情を知らない彼女等に、初めて親らしい愛を与えた存在でもあった。
1年ほど共に過ごすと、最初は理解不能な恐怖の象徴だったカーティスに対する彼女らの認識は徐々に変化していった。彼は進化を愛する人なのだ、と。子供が好きだ、と言った。無限の可能性があるから。老人が嫌いだ、とも言った。進化の可能性を自ら捨てているから。
「勿論、年をとっても研鑽を重ねようと努力している方は好きですよ。我が主エセルバート様もその一人。ですから仕えているのです。しかし、貴族の老害共はダメダメですね。金と権力に胡坐をかくだけで進化をしない。全く醜いものです」
彼は何度も何度も、努力と学習の大切さを二人に説いた。出来ない事を叱り飛ばす事はなく、伸ばせる所を伸ばし、努力し続けられる事を褒めた。その姿勢に二人は感銘を受け、そして順調に力を付けて行った。元々の才能も相まって彼女等はあっという間にその辺の魔導士などでは敵わない程強くなり、僅か12歳にしてそれぞれ、史上最年少の宮廷魔導士と聖女として活動し始めた。
だがその最中、セラとカーティスとの間には少しずつ隔絶が生まれ始めた。彼の進化の為なら犠牲を問わない研究姿勢に、次第にセラが反感を覚え始めたのだ。生体実験を悪とするつもりはないが、実験の為に生物を痛めつける事にもなんら躊躇が無い彼の倫理感の無さを、最初と同様恐ろしく思ってしまったのだ。それ故に、セラはカーティスとの連絡を一切絶っている。
そして14歳になった頃、セラは宮廷魔導士を辞職しヘイトリッド領へと帰郷した。才能溢れるセラに嫉妬したが故に起こった嫌がらせに辟易した為だ。その上で彼女はカーティスの元へは戻らず、この場所に家を建てて貰って一人暮らしを始めた。その頃にはヘイトリッド領は冒険者の町として栄え始めていた。ロジャーと出会ったのもこの頃だった。
その後から現在に至るまでは、”ある目的”の為に冒険者稼業で資金を集めつつ、独自に研究をしていた。その最中、”ある目的”を達成するのに必要かもしれない存在に出会う。それが、この青年だったのだ――。
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「ある、目的・・・?」
セラが意味深に発した言葉を、青年が不安そうに反芻する。セラは小さく頷き、それが嘘でない事を肯定した。
「私が宮廷魔導士だった時、ある禁書をこっそり盗み見たの。そこに書かれていた事を起こさせない為に、私は研究をしてる」
「起こさせない、って・・・そんな、まるで」
世界が終わってしまうみたいな――。言いかけて、青年が口を噤む。セラが真っ直ぐに彼を見下ろしていた。口にしてしまったら、自分の事に踏み込まれてしまう。そう予感した結果、黙るしかなかった。
「まあ、無理に協力して貰う必要はないわ。私の杞憂とか、禁書の戯言とかいう可能性もあるし。ただ、私はどうしても死にたくないの。だから研究をしてる」
「・・・死にたくないって、どうしてですか?」
青年の喉から咄嗟に出た疑問の言葉に、セラは目を丸くして首を傾げた。何を聞くのだ、という表情が青年に向けられる。青年は一瞬怯んだが、折れずに問いかけた。
「ボクは、ずっと死にたいって思いながら生きてきました。生きてる方が辛くて、死んだら楽になれるんじゃないかって、ずっと・・・」
「生きてるじゃない」
「死ねなかったんです・・・!死にたかったのに、死ねば苦しみから解放されるってわかってたのに・・・死ねなかった!」
青年が掠れた声で悲痛に叫ぶ。体調の悪い青年の息はそれだけで乱れたが、セラは彼が呼吸を整え終って話せるようになるまで、じっと黙って待った。十数秒程かけて呼吸を落ち着かせてから、青年が再度口を開く。
「ボク・・・苦しい状況にいるのが本意なんじゃないかって、一度だけ頭に過って・・・その事に絶望して・・・!否定したくても出来なくて、でも、生きる希望なんて・・・!」
「・・・」
「教えて下さい・・・!何を以て貴女は、何が何でも生きようって思えるんですか・・・!?貴女には簡単で、当たり前のことかもしれない・・・でもボクにはもう、たったそれだけの事すらもわからない・・・!」
青年のエメラルドからボロボロと涙が零れる。具合を悪くすると情緒も大分不安定になるようだ、とは先日セラがカルテに書いた文言である。だが今回の場合、どうも自分の発言が琴線に触れたようだ、とセラは推察する。
セラにとって生き抜く事は当たり前だった。油断すればすぐ死んでしまう苦境にいたから、より生きようとする事への執着は強かった。”目的”もその為に達成が必要なのであって、別に世界の為とか言う英雄願望なんてこれっぽっちも無い。でも彼は、多分それと――。
「逆ね」
「え・・・?」
「昨日とは」
セラの言葉に、今度は青年が目を丸くした。昨日、青年の価値観に興味を持って質問したのはセラの方だ。理解しがたいと感じる部分もあったが、一方で感銘を受けた部分もまたあった。それが今は、青年が理解しがたいと思っているセラの価値観を探りにかかってきている。なれば、自分にはそれに応える義務があるのだろうと、セラは感じた。
「生きていたい理由なんて、今のところないわ」
「そ、それならなんで・・・」
「無いからよ。生きていたい理由が無くたって心臓は動く。世界も回り続ける。理由がないからって死ねと迫る奴は悪趣味なだけで、誰にもそんな資格なんて無い。それに」
セラが胸に手を当て、目を瞑る。脳裏に嘗て天国へ見送った仲間達の姿を浮かべた。安らかな死などどこにも無かった。誰もが未練を訴えて、泣きながら死んでいった。安息への喜びはなかった。果たし得なかった夢と、永遠に失われた明日を渇望しながら逝った。それを何度も、何度も何度も見送ってきた。
「死んだら何も出来なくなっちゃうんだもの。食べる事も寝る事も、幸せを感じる事も苦しむ事も。生きる理由もわからないまま完全な無になるなんて、私はごめんよ」
青年が丸くした目をぱちぱちと瞬かせる。その度に緑の光を帯びた涙が頬を滑り落ち、枕を濡らした。セラはハンカチでそれを拭ってやり、微笑みかける。青年はその表情を見て少し照れた様子を見せてから、ゆっくりと口を開いた。
「ボク、両親がいないんです。どっちも死んでしまって」
「そう」
「だから、帰っても居場所が無くて・・・。それで、生きる理由を見失ってたんです。でも、そう言うのでいいんですね」
青年がエメラルドを細め、ふわりと笑った。どことなく弱々しく儚さのあるそれは、弱り果てた青年が出来る精一杯の喜びの表現だった。道端の小さな花が咲いたかのようだった。
「ボク、貴女の作るご飯が好きです。貴女がしてくれる話が好きです。でも、死んだ食べる事も、話をする事も出来なくなるんですよね」
「そうね。私と貴方、どっちが死んでもそうなるわ」
「そう、ですよね。だったら、死ななくて良かったです。今生きてて、良かった」
ポロポロと涙を零しながらも、青年は笑っていた。自分の言葉が、彼にとってどれだけの救いになり得たのか。それをセラが知る術はない。だが今、目の前の彼の不器用な泣き笑いは、きっと嘘ではないと信じられるから。セラもまた嬉しそうに、ふわりと微笑みを浮かべた。
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青年が泣き止んで落ち着いてくると、漸く眠気が湧いてきたようでうとうとし始めた。セラは眠る邪魔にならないよう傍を離れようとしたが、やっぱり彼はそれを嫌がって引き留めた。もう最後まで附き合うしかないと諦め、セラが三度腰を落ち着ける。
「・・・あの、セラさん。眠る前に、一つだけ・・・」
「どうしたの?」
寝ぼけまなこを擦りながら、青年がふわふわとした声でセラに呼び掛ける。早い所応じて寝させてやりたいセラは、躊躇なく続きを促した。
「カーティス、さん。ですよね。・・・セラさんは今でも、カーティスさんのこと、大好き、ですよね」
思いもよらない言葉に、セラは一瞬硬直した。図星を突かれたような、同時に触れられたくない所を指されたような心地に襲われて数秒沈黙する。だがすぐに、先程の自らの思考を思い出して頷いた。
「だったら、一度でいい、から、話をしてみて、下さい。・・・しんだあとじゃ、だいすきも、いえませんから」
「・・・考えておくわ」
セラの返答は躊躇ゆえに曖昧なものとなったが、それでも青年は満足だったようだ。また先程のような小さな花の如き笑みを浮かべて、それから間もなく眠りに落ちていった。本当に限界の中で伝えてくれたのだろう。セラは毛布をしっかりとかけてやりながら、内心で青年に感謝する。
「あの子とも、暫く話してないものね」
青年を起こさないよう、それでいて決意を固めるよう、一人小さく呟く。セラは研究机に向かい、引き出しからお気に入りのレターセットを取り出した。便箋を1枚しいて、ペンを走らせる。
――中々手紙を出せなくてごめんなさい。久しぶりに、話をしたくなったの――。
今回はここで終わりです!
セラちゃんの過去だけではなく、謎の青年の過去のヴェールも少し剥がれた感じですね!
なろう版の更新遅れてて申し訳ありません!
明日は時間ありそうなので明日行う予定です!
では一旦失礼致します!