ニンゲンたちが残していった資材を使えば、長い棒と糸は作れるだろう。どのくらいの長さかは……よくわからないので色々作ってみよう。
問題は「海」だ。
火星には海がない。正しくは、なくなってしまった。火星にかつてあったほとんどの水は、気温が高い夏の時期に、大気の循環に乗って宇宙空間に消えてしまっている。これでは、「待つ」ができない。
「うーん、まあいっかー」
しばらく考えて、「彼女」はニンゲンたちが残していった資材を使っていろいろな長さの棒と糸を作った。
棒と糸を作り終わった「彼女」はのてのてと歩き、火星の地表にいまだ残っている流水の跡――バレーネットワークの一端を目指した。水はもうないけれど、水が流れた跡であるここならまあまあ「海」だろう。
赤い砂の荒野に刻まれた網の目のようなバレーネットワーク。「彼女」の脳組織内にある前の世代から受け継いだ情報の中には、「海」があったときの火星の記憶はない。火星に海があったのは、そのくらい前のことなのだ。
まだこの赤い星に「海」があったとき、ずっと昔の世代もこうやって「待つ」をやっていたのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、「彼女」はバレーネットワークの一端にちょこんと腰を下ろし、「待つ」を始めた。
――そうして、「彼女」が「待つ」を始めてから、あの青い星が何回も離れては近づき、近づいては離れて、長い時間が経った。
そのあいだ「彼女」は、繰り返し繰り返し、バレーネットワークの端に座って、棒から糸を垂らして「待つ」を続けていた。しかし、あの青い星からニンゲンたちが再び訪れることはなかった。
「まだかなー、おそいなー」
あれから、どのくらいの時間がたっただろうか。もともと長い寿命を持ち、さらに世代交代によって固体の記憶をもある程度以上引き継ぐ「彼女」には時間感覚自体が希薄だ。加えて、また変わらない日常が戻ってきたことで、「彼女」の生物活性は低下しつつあった。要するに、退屈して眠くなってきた。
そんなときだった。「彼女」が真っ暗な宇宙空間になにか光るものを感じ取ったのは。
そのときの「彼女」はすでに成長段階の後半にあり、感覚器はほぼすべてが繊毛状の感覚毛に統合されていた。それに合わせて統合された五感のいずれにも分類されない超感覚で、彼女は一瞬にして確信した。
ニンゲンが戻ってきた!
その確信は、たちまち「彼女」を構成する繊維のすみずみにまで走っていき、その生物活性を急速に覚醒させていった。
「うーん……」
しばらく……いや、かなり長あいだ