「『跪け』」
不意に背後から冷たい声でCommandを吐かれ、背筋を本能的な高揚と嫌悪の両方が一気に駆ける。辛うじて膝から力が抜けそうになるのは避けたが、声の主を振り返る事も許されず、カタカタと震える身体を抱き締めている事しか出来ない。——まずい。バレた。自分がSubであると。取り繕う暇すら与えられずに。
「『跪け』と言ったんだ。聞こえなかったか?」
より語気が強まったCommandを再度投げつけられ、今度は耐え切れずその場に座り込んだ。欲求不足の身体が一瞬勘違いしただけの充足は直ぐに尽きて、後は勝手にコントロール権を奪い取られた事への恐怖だけが残る。Domの足音が後ろから近付いて来る事にすら緊張が高まっていって、喉から心臓が飛び出るのではないかという程、嫌に激しくなっていく動悸が苦しい。
鼓動の度に只でさえ不調の身体が揺すられ、胃の内容物がせり上がるような感覚を覚えた。それから解放されたい余り吐きたい気持ちにすらなったが、生憎と昨日から水以外を口にしていない胃から出せるものは何もなく、ただ発散しがたい気持ち悪さだけが増していく。完全に自らのコントロールを離れた身体は、そんな事ですらもう上手くできやしない。——全く、嫌な身体だ。
すぐ後ろまで近寄って来たDomの、フンと機嫌の悪そうな鼻息が聞こえる。反射的にびくと跳ねた肩を、冷たい目で見下ろされている。別に耳がいい訳でもない。背後が見えている訳もない。それなのに、わかるのだ。Domのご機嫌取りをする為の身体に生まれてきてしまったから。
「やっと大人しくなったか。喜べ、今日一日、——がお前を使ってやる」
「……」
「『返事』」
「っ……は、い」
文字を打たれたパソコンがその通りに発音するみたく、喉が勝手にDomの望んだ言葉を発する。事実上の敗北宣言。いつも通り言わされただけの、Domに使われる事に対する了承の文句。こうなったらもう、後の展開なんてわかりきっていた。
「場所を移す。『ついて来い』。もたもたするな」
こちらに必要以上の言葉をかける事も無く、Domが踵を返す。こちらもまた、それ以上の言葉を返す事はない。それを許されていない。許されているのは、頽れそうな足を必死に立ち上がらせて、送れないようについて行く事だけ。そして——。
そう。それがこの街での日常。DomもSubも、互いの欲を抑え込めるだけの薬なんて持てない。だからこそ、Domは使い捨てのSubを求め、Subは使い捨てを覚悟でDomに弄ばれる。そういう生き方しかできない。人として尊重される事なんて、求めてはいけない。——DomもSubも、所詮は人間ではないのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「——っ、ぐ、う……っ」
目が覚めた瞬間、ジュリオは強烈な頭痛に襲われ、小さく唸り声を上げた。屋敷に来てからは初めての、これまでの人生で嫌に慣れてしまったその感覚に、思わず眉を顰める。痛みが治まるのを待ち、ぐらぐらと揺れる頭で辺りを見回すと、やがてそこがここに雇われた時に与えられた自室である事に気付いた。いつの間に連れて来られたのだろうか。
(って事は、さっきのは、夢——)
自分で自分を安心させるかのように、内心でそう呟く。それから深く息をついて、床なんかとは比べるだけ申し訳なくなるレベルの柔らかいベッドに身体を沈めた。身体全体を包み込んでくれる感触にはまだ慣れないけれども、皮膚を覆われているのは安心する。だが間もなく、ジュリオは再度の入眠を諦めて小さく寝返りを打った。このまま寝たのでは、またさっきの夢の続きを見てしまうような気がしてならなかった。
あれは、一体いつ頃の夢だったのだろうか。顔も、声も、果ては性別すら、靄がかかったみたいに曖昧だった。もしかしたら具体的にいつというのもなく、記憶が複合されて出来た映像だったのかもしれない。兎にも角にも、経験が多すぎて思い出せないのだ。もしもあの先輩に根掘り葉掘り聞き出されていたら、もうこの屋敷に居座る事なんて到底許されそうにないくらいには。
(Play以外の事も、散々させられたし……)
そう頭に過ったその瞬間、脳が再度絞られたかのような痛みを訴えだす。痛みの余り叫んでしまいそうなのを歯を食いしばって耐え、割れそうな頭を抱えて毛布の中で丸まった。さっさと痛みを逃がしたいのに、口を開くと胃の中身が暴れそうな気がして、下手くそな呼吸しか出来ない。チカチカと視界が明滅して、先程まで見ていた風景が歪む。——どこだ、ここは。
さっきちゃんと部屋の正体を割り出していた筈の頭は、真面に機能しなくなり始めていた。故にここを安全地帯と認識する事も叶わず、ジュリオは身を守るように毛布の中でどんどん小さくなる。——どうか、気付かれませんように。見つかりませんように。せめて、この痛みが治まるまでは——。まるで憑りつかれたようにそう念じ続ける頭を、不意に冷たい感触が駆ける。
「——っ、う……?」
その冷たさに一瞬だけ痛みが和らいで、同時にジュリオもかすかながら冷静さを取り戻した。少なくとも、その感覚の正体が何なのか、という点を気にできる程度の余裕だけは、彼に取り戻させていた。後頭部に触れた心地の良い感触の原因を探ろうと首を動かしたその時、耳元で微かにからり、と音が鳴った。
「氷、枕……?」
嘗ての頃ではありえなかったそれの存在に、ジュリオは再度ここが自分の自室である事を認識し直した。Sub Dropで倒れた彼を構ってくれる奇特なDomもいたけれども、皆貧しくて氷なんて持っていなかった。だから、締め付けられる頭を緊張から解放するようなその冷たさは、ジュリオにとって全く知らない感覚で。
日付変わったのでそろそろお休みします!
明日予告してなかったんですが(元々温泉でも行こうかと思ってて開けてたんですが、色々あって頓挫しそうなので)気力に余裕あれば続き書こうと思います。
では、おやすみなさい~!
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アンジュリDom/Subバース③
初公開日: 2025年05月05日
最終更新日: 2025年05月06日
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コメント
結局全然出来てないアフター第二弾!
開始がだいぶ遅くなったので、日付変わる手前までは出来たらいいな。