ひとくちで夜の底
ふわり、煙管の煙が白く浮かぶ。
灰色の濁った空は、煙管から出る白い煙が映える。それが楽しくて、味わうのもほどほどに煙を吐き出し続けていると、隣から呆れるような声が聞こえた。
「煙管で遊ぶぐらいなら、早く帰ればいいじゃん」
はっきり言って情緒がない。
滅んだ惑星に帰ってきているのだ、この星でしか出来ないことを楽しんで何が悪い。
今暮らしている惑星は喫煙者には厳しいので、喫煙所じゃないと吸えないし、子供の姿になっている銀時なら尚更そこらへんで吸ったりできないのだ。
外套のフード越しにキッ、と睨めば、同じくフードを被った優男は胡散臭い微笑みを崩さずに銀時を見つめていた。
「そうアル。非常食は不味いし、早く帰るネ」
こちらは乗って来た宇宙船の影で、最後の甘味を食べている。甘味なら食べられないと高を括っていた銀時が悪いので、最後の甘味が消えていくのを黙って見守るしかない。
一日で銀時が持ってきていた一週間分の食料を食べ尽くした、二人のうちの一人のセリフとは到底思えなかった。こちらには諭すように言葉を返す。
「まだ子供のままだから、あと三日は在(い)たいんだけど」
すると、二人──神威と神楽から、非難轟轟の反撃を食らった。
「三日⁉ 三日は長いアル!」
「同じく。三日は無理でしょ、食料ないし」
「……俺、子供のままだよ?」
「子供の銀ちゃんは可愛いアル」
「俺も問題ないけど。高杉さんが問題なのか、ヤることヤれないから」
「二人とも⁉ ほんっと何しに来たの……」
おかしいとは思っていたのだ。銀時は何も食べなくてもこの星なら死なないし、アルタナを吸収して時間は掛かるが元の大人の姿へ戻れるというのに。
高杉から大量の食料を渡され、しかも甘味はごく少量で。銀時のために用意された物ではないのは明白だった。
「「だってひとりは寂しいでしょ?」」
二人が当たり前のように返すので、銀時は笑いを堪えられずに苦笑い。……ほんと、高杉はどうしようもない、自分がいないとダメダメな大人なんだから。
きっと神威と神楽の二人を向かわせたのは高杉だ。銀時のことが心配というのもあるだろうが、この星のヌシだった銀時に危害を加えられるものはいなし、危険などないというのに。全くしょーもない。
連絡が取れなくなるから、とほぼ無人の星に通信用のアンテナを設置したし、毎日連絡を寄越せと口煩かった。
「そうだね、俺も寂しくなってきたから、高杉に会いに帰ろっか」
えー、それは嫌、と二人は微妙な顔で曇り空を見上げる。
銀時も一緒に曇り空を見上げていれば、なぜか緊急脱出用ポットが降下してくるのが見えた。銀時は待てん気のない子供が会いに来てしまったのを悟りながら、立ち上がってポットが落下していった砂丘へと急ぐ。
「どいつもこいつも、俺がいないとダメなんだから」
呆れながら呟く銀時の表情は、なぜかとても嬉しそうだった。
(……何日ぶりだっけ?)
七日ぶりだろうか? ひと月は会えなくなると思っていたので嬉しいとはいえ、まだ元の大人の姿に戻ってはいない。良くて神威と同い年、悪くて神楽よりも幼く見えてしまう銀時の容姿は、未だ十代前半だ。
あと一週間は滞在したいのに、せっかちな恋人はどうも待てないらしい。
銀時の予想通り、ポットから下りてきたのは相も変わらず整った顔立ちの恋人だった。
「たかすぎ!」
「久しぶり、……でもねェが。そこそこ成長したなァ」
「まだ神威より小さいけどね」
「これぐらいなら犯罪者扱いにならねェだろ」
神威にロリコンと言われたのをまだ根に持っているのか、犯罪者のくせに変なことを気にしている。
「なに言ってんだよ。この星の最後の花を手折ったんだから、じゅうぶん犯罪者だろ」
「ハッ、違いねェ」
銀時がやや見上げながら手を伸ばせば、力強く高杉に抱き上げられた。ぎゅうぎゅうに抱き締められると、この星を捨てた罪悪感が霧散してしまうから不思議だ。
あたたかい温もりをもっと感じたくて、銀時も子供ながらのか細い腕で高杉を抱き締め返した。
唇であなたの熱を教えて
まだ薄暗い夜明けを、微睡みながら見つめる。
肌寒くて起きた夜明けは真っ暗ではなかったが、まだまだ朝は遠く、枕元で充電中のスマホで時間を確認すればいつもの起床時間より一時間は早かった。つまり、あと一時間は眠れるということだ。
二度寝して起きれずに寝過ごしてしまう危険性もなくはない。しかし、遅刻してしまうかもという恐怖を秤にとってみても、二度寝の魅力には勝てなかった。ごそごそ足元に丸まっていた毛布を整えて、再び寝る体制を整える。
「……んん、」
となりの温かい塊から声がした。
確認しなくても解ってる。──高杉が潜り込んできていたようだ。
教員という仕事柄、銀時の生活リズムは概ね決まっている。朝はそこそこ普通に起きて勤務地である高校へ向かい、授業を行い、雑務をこなして夕方には帰り、夜はのんびり家で過ごす。安月給だし教員という立場上、飲み歩いたりはなかなか出来ない。目敏い生徒に見つかっても面倒なことになってしまうので、発泡酒を家で嗜む程度だ。
規則正しい生活リズム。そこに、生徒である高杉が入り込む隙間などなかったというのに。
ほんと、人生とはよくわからないものだ。
「……なぁ、高杉。いま──…」
いま、お前は幸せ? 声に出せなかった言葉を飲み込むと、銀時は高杉の胸元へと潜り込む。同じ寝間着、同じ毛布だというのに、高杉の体温を吸収して温かくなった毛布は熱いくらいだ。
大人になると解禁されて出来ることが増えたが、世間体やら考えることも多くなった。
教師と生徒。成人と未成年。
むかしの、近所のおにーさんと懐く子供という関係が一番気楽だった。こてりと首を傾げれば、半眼で眠そうな高杉と目が合う。
「──…幸せ、って言ったら、ナニしてくれンだ?」
「いや、特に何もしないけど。……え、ほんとに幸せ?」
「…………フン」
返事のように、今度は高杉が銀時の胸元に頭をすり寄せては、ごんごん頭をぶつけてくる。
「──…幸せなら、さ」
「ンン……」
「もうちょっと、一緒に二度寝してあげてもいいよ」
ぶつけてきた頭を抱えてやると、離さんとばかりに高杉の腕が伸びてきた。
あと一時間後に起きれるか謎だが、この幸せを逃したくなくて。
ぎゅっと抱えた高杉のつむじに唇を落としてみた。
縺れども拗れども
バン! すごい勢いで引き戸を開け、家主の了承なしに入って来た人間──、正確に言うなら元人間で現水神の銀時は、とても怒っていた。ぷりぷり、という効果音がしそうなぐらいには。
銀時は元人間でありながら感情が乏しい。
何があってものほほんと構え、小首を傾げながら「それは俺の仕事?」と、銀時を水神にした元水神で、蛟の高杉に確認するのが常だ。高杉が首を横に振れば、絶対に銀時が動くこともない。感情によって突き動かされるなんて以ての外だ。
喜怒哀楽が高杉を基準としている銀時が、こんなに怒っているのは珍しかった。
家主であり、妖狐の長でもある松陽は新しく座布団を用意して銀時を手招きし、一緒に茶を飲んでいた桂は戸棚から茶菓子を差し出す。
「銀時も一緒にお茶を飲みますか?」
「茶菓子もあるぞ」
茶菓子、という言葉で少し機嫌を良くしたのか、銀時は松陽のすぐ隣に用意された座布団にぽすんと勢いよく座る。
──どうせ銀時の機嫌が悪い理由など、高杉以外にあり得ないのだから。
「高杉は一緒じゃないのか」
「……高杉、」
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。良くなった銀時の機嫌は急降下し、湯飲みを握りつぶしそうな勢いだ。その茶器は松陽先生が気に入っている代物なので、壊すのは止めてほしい。
「話を聞きますよ、銀時」
「──じつは、」
銀時の話出した内容は、ほんとうにしょーもないことだった。
「十年はだいぶ長いぞ。一緒に謝ってやるから、高杉のところへ行くぞ」
「や! だ!」
「まぁまぁ、銀時の好きなだけ居ればいいですよ」
「松陽先生は銀時に甘すぎます」
銀時が不機嫌だ。──理由は解らない。
いつから不機嫌だったのか思い返すと、ほんの先刻までは今とは正反対で大層ご機嫌だったのだ。
妖仲間から貰った苺を、一緒に食べていたから。
「この苺、甘いね」
「……あァ。酸味もあるが、甘いな」
「俺、甘いの好き」
「知ってる。もっと食え」
ぱかっと開ける銀時の口に、ヘタを取った苺をどんどん放り込んでやる。高杉が食べながらとはいえ、銀時の咀嚼スピードは速く、高杉が一個食べてる間に三個は食べていた。──もう、飲み込むという表現のほうが近いまである。
口をもごもごしながら、幸せそうな銀時。
そんな銀時が不機嫌になり、しかも突然叫び出したんだ。
「ちょっと家出させて。十年ぐらい!」
家出……、しかも十年……。
「長いな。十分にしろ」
「短すぎだし!」
「そもそも、なンで家出するんだ?」
「──…高杉、気付いてないの?」
じとりと睨まれるが、高杉に心当たりはない。
頭をぽりぽり掻いたら、優しい銀時が教えてくれた。
「だって! 高杉の食べた最後の苺、とっっても大きかった‼」
確かに、最後の苺は大きかった。
だが、傷んでいたので美味しかったか聞かれると微妙なんだが。
「そんなことかァ……」
「そんなこと⁉ 大問題ですけど!」
「あの苺、傷んでたンだ」
「……そうなの?」
「そうだ。てめーには食わせられねェ」
戸に手を掛け、今にも出ていきそうな銀時を引き寄せる。
銀時は高杉を疑うということを知らないので、証拠なんかなくても高杉を信じてくれた。
「ご、ごめん……」
「──…ン、」
頬を銀時に差し出せば、少し躊躇いながらもちゅっと口付けてくれる。
──可愛い銀時。
次はどんな感情を教えてあげようか?
かいのみ求めよ
手書きの書き殴った文字。
熟考すれば何と書いてあるか判別できるが、一見すると誰にも読めないだろう。腐れ縁の桂や辰馬なら付き合いが長いのでワンチャンあるかもしれないが。
高杉の書き殴った文字を、銀時がじーっと見つめている。
「……読めるのか?」
「読めない!」
「だろうな。全部そのまま歌詞になるわけじゃねェぞ」
「俺も作詞してみたい」
「──…なンて?」
「俺も! 作詞! してみたい!」
作詞……、高杉が呟く。ギターも弾ける銀時なら作詞も作曲も出来そうだが、どんなものが出来るか想像出来ない。
見てみたい興味と怖いもの見たさが勝った高杉は、銀時に白紙の紙とペンを渡した。
「俺も作っていいの?」
「ン。てめーの歌、俺も歌ってみたい」
「わかった! がんばってみるけど、作詞のコツってある?」
「コツ……」
──言えない。銀時を見ているだけで歌詞が浮かんでくるなんて。特に痴態がイチオシとか、言えるわけがない。
「…………ない」
「いや、絶対にあるよね。やましいの?」
銀時に見透かされてしまって、高杉がそっぽを向く。
「ま、いっか。今度作ったら一緒に歌おうね!」
にっこり笑う銀時のお願いを、断るほど高杉も野暮ではない。嫌がられても一緒に歌うし、なんなら伴奏なしのデュエット曲とかどうだ? ヅラや辰馬、朧が空気になってしまうけど。
未だ先だと思われていたその機会は、思ったよりも早く訪れた。
「これから歌うのは、アリスが作詞作曲したの」
「まだ未完成なんだけど、みんなに聞いてほしい」
「静かに聞いててね?」
嘘ばかり。銀時一人では作詞できず、最後は高杉も手伝った。
アリスがチェシャ猫を探す、短い旅の歌だ。
──前奏が始まる。最初は銀時が歌い、サビは二人で歌う。
何度も練習したし、入るタイミングも完璧に把握していたのに、高杉は歌うことが出来なかった。──銀時の歌い出した歌詞は、練習と全く異なっていたから。
なぜ? どうして?
この歌はまるで──…、
「……三月ウサギへのラブソングじゃねェか」
にこりと微笑む銀時。他のメンバーも笑っているということは、高杉以外は知っていたようだ。
思ったよりも大きかった高杉の呟きは、バンドメンバーをたいへん満足させた。