その古本屋に立ち寄るのは初めてだった。自宅への帰り道にいつも通る個人商店の古本屋。店主であろうお爺さんが店の奥に座ってる様子を毎回横目に通り過ぎていた。なんとなく入りにくい雰囲気があったからだ。
だけど今日、今日はなんだかいつもと違う感じがした。いつもはほとんどいない客が一人、静かに棚を見上げている。それだけで入る気になぜかなった。
一歩、仕切りのない鉄の板のスロープだけの入り口をくぐっても印象は変わらなかった。少し薄暗い店内。古書特有の独特な雰囲気や匂い。新聞を広げて読んでる店主。だけど今日は一歩踏み入ったことによってすぐに引き返そうとは思わなかった。
雑多に並べられた本棚を上から順に目で追っていく。何かの法則があって並んでいるのだとは思う。だけど私は頻繁に本屋に入るわけではないので本の探し方がいまいちよく分からなかった。
たまに知った名前の作家を見かける。手に取ってパラパラと捲ると色褪せた本の香りが遅れて届く。その香りは不思議と嫌いではなかった。
いつのまにか店の中の客は私一人だけになっていた。店主は相変わらず新聞を読んでいてこちらに興味がなさそうだった。私は一歩ずつズレながら本棚を丁寧に眺める。特段興味を引くようなものはなかった。だけどせっかく入ったのだから何か記念にと思い次に目を引いた本を買おうと決めた。
だがそこからが長かった。いざ意気込んでしまうとなかなかピンとくるものがない。どうしようかと迷いながらついに最後の棚まで来てしまった。上から順に見ていこうと思ったが、一冊だけ少し飛び出ている本を見つけた。それを手に取った瞬間「これだ」と直感で分かった。表紙が特段気に入ったわけでもない。知らない作家だしタイトルにも惹かれない。だけどなぜか「この本じゃなきゃダメなんだ」と強く思った。パラパラとめくり最後のページを見た。発行日が私の誕生年だった。きっと何かの運命なのだろう。
お爺さんの元へ向かうといつの間にか新聞を畳んでいてにこにこ愛想のいい顔でお会計を済ませた。丁寧に袋に入れてもらい鞄にしまった。最後に「また来ます」と自然に声が出た。