横に座る人物は自分より頭一つ背が高く、柔らかな顔立ちで、何より代役として背格好は申し分なかった。特にそのことに関して異論はなかったがどうしても譲れないことが一つあった。
『前世の藍曦臣にすごく似ている』
勘違いであるならそれでいい。これまでの人生、たまに思い出すことはあれどもうに度と会うことはないと思っていた。今更何を言うこともない。それなのに突然こうして目の前ににた人が現れるとどうして良いかわからなくなるのも正直な話だ。
「いきなりスタッフが声かけてしまって申し訳ありません」
俺がそうあくまで冷静を装って話しかけると彼は面影のある笑顔で返した。
「いえいえこちらこそ、むしろお力になれるのでしたら」
名前をまだ知らない彼は穏やかだった。こうして撮影現場のエキストラとして参加したのに突然代役に抜擢され主演である俺、金城遥の横に座っているというのに緊張の素振りを見せない。その立ち振る舞いは今世での彼の影響が大きいのだろうか。
「緊張、してますか?」
「はい、かなり」
「失礼ですがそんなふうには見えなくて……エキストラはよく参加されるのですか?」
「いえ……実は初めてで……会社の同僚に誘われたんです」
彼ははにかむように笑いながら横髪を耳にかける仕草をした。どこから見ても緊張してる人の様子には感じ取れなかった。
「そうでしたか……初めてでこんな大抜擢で緊張するかと思いますが安心してください。カメラは俺の方を向いてるんで何も映りません」
「そうですか……それを聞いて少し安心しました」
彼の落ち着きの反面、俺は気が気じゃなかった。今すぐにでも逃げ出したい、視線を逸らしたい。別の緊張から普段かかない手に汗をかいてしまっていて必死に何か気を紛らわすものをないかと探した。
「そうです、これ。もう少し時間あるんで水分補給にどうぞ」
近場に置いてあったクーラーボックスからペットボトルのお茶を取り出しタオルで拭いた後、彼に渡した。彼は「ありがとうございます」と言いながら受け取っていたがすぐに飲むことはなかった。自分の分も取り、その勢いで静かにお茶を飲んだ。横から視線を感じたがあえて気にしないようにした。
飲み終わって一息ついたところで彼が声をかけていた。
「緊張していますか?」
あまりに突然な質問だったので意味を飲み込むのに時間がかかってしまった。だけど手に持っていたペットボトルを見てすぐさま気がついた。一回で飲むには明らかに不自然な量が減っていた。今日が真夏日ならまだわかるが今は秋も中盤、これから寒くなる時期にこの水分の取り方は異常だったかもしれない。
「初主演ですからね。緊張してますよ」
それとなく会話を繋いだが彼は特に何か気づいた様子がなかった。もしかしたら本当に他人の空似かもしれない。あるいは彼は前世を知らないのかもしれない。
「まもなく本番です。準備してください」
考える暇なくスタッフから声をかけられる。俺は椅子から立ち上がり数歩歩いたところで後ろを振り返った。彼も遅れて椅子から立ち上がり、目線があった瞬間ニコッと目元を和らげた。
今は考えている場合じゃない。初主演の今日一番の重要なシーンがすぐそこまで迫っている。それでも頭の片隅からは離れなかった。
しっかりとした足取りで撮影場所に向かい。入念な打ち合わせをする。彼も真剣にその説明を聞きながら立ち位置や格好の指示を受けていた。
「それでは撮影開始します」
カチンコの音が鳴り、彼の背中越し映る俺にレンズが向けられた。
終