昭和30年代の主要なターミナル駅といえば出稼ぎの若者達でごった返していた。いかにも田舎から出てきただろう若い青年は帽子を被り、眠そうなその瞳をツバで隠している。きちんとした和装に日本髪の女性はどこか遠くにでも旅行に行くのだろう。しずしずと夫らしき男の後ろを歩き、大きめの鞄をその手に持っていた。
駅の屋根の縁からは真っ青な青空と大きな入道雲が見えている。さんさんと降り注ぐ明るい太陽光が駅のホームの細い鉄骨の陰を強く映し出していた。季節は初夏。確かに、旅行には、遠出には良い季候だろう。まだ蝉の鳴き始める季節でもない。暑くなりそうな日差しの中、涼しい風が人々の間を縫って列車と共にホームに流れ込む。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
遠くでカンカンと遮断機の音が鳴っている。どこにでもある、いつも通りの駅の風景。
そう、思われた。
そんな喧噪の中で一人、水木ははっと目を見開く。どこかで嗅いだことのある香り。どこかで感じたことのある風。どこかで聴いたことのある足音。それをその時、感じたのである。
パッと振り向く。しかし、そこには水木と同じ様なスーツ姿の男しかいない。彼も水木同様会社へと向かうところなのだろう。パンパンに膨らんだ通勤鞄はすっかりと使い古されていた。
「ゲゲ郎……?」
口を突いて出た言葉に水木は頭を抱える。ゲゲ郎、とは一体誰なのか? そんな奇妙な名前をどこで聴いたのか? そして、なぜこんなにその名前が口に馴染むような気がするのか?
水木には欠けている記憶がある。それは昨年の夏に訪れた哭倉村での記憶なのだ。薄らと、そこで誰か大切な人に出会った気がしている。その人物に何かを言われたからこそ、今、母の手も借りながら自宅で赤子を育ててもいる。赤子がよちよちと伝い歩きをする様を、べそべそと泣きべそをかく様を見るに付けて、誰かの面影を感じるのも、確かなのである。
「ゲゲ、郎……」
赤子には『鬼太郎』と名付けた。その名前も誰かの面影を思って付けた気がしてならない。その面影、と「ゲゲ郎」という名前。何かが頭の中で引っかかり、そのまま固く閉じた記憶をこじ開けようとしていく。
「ゲゲ郎? ゲゲ郎……?」
ぶつぶつと呟きながら水木はホームを歩いて行く。この、謎な名前の人物のことも気になったが、しかし、電車に乗り換えて会社に向かわなければ遅刻してしまう。人の波をすり抜け、通い慣れた階段を昇降し、乗り慣れたいつもの列車に乗る。見慣れたすすけたホームは土煙にけぶっている。
と、水木は誰かに呼ばれたような声を感じて、ハッともう一度視線を上げていた。
「水木」
喧噪を突き破る涼やかな男の声。それは、絶対にどこかで聴いている、いや、きっと、哭倉村で聴いたのだ。誰だったか忘れてしまったけれどきっと、水木にとって大事な人。
白髪の着流しの男。それが、今、水木の目の前に立っていた。
「ゲゲ郎!」
水木の記憶の扉が一気にこじ開けられる。血液製剤M、血桜、時弥くん……。しかし、当の男、ゲゲ郎は混雑する列車の人の波にのまれてどこかに消えてしまった。
「ゲゲ郎、ゲゲ郎!」
ぎゅうぎゅうの満員電車の中をかき分けて水木はゲゲ郎を追い求める。迷惑そうな顔をされるのにもいとわず、つい先程見た長身の男の姿を追い求めた。
あの、忌まわしき因習村:哭倉村。そこで出会った一人の男。いや、幽霊族。愛妻家で、泣き上戸で、真っ直ぐな。その真っ直ぐな愛情にどんなに焦がれたか。忘れていた恋心まで思い出してしまった水木は、やっと思い出した、そして、やっと再会できた友の姿を人混みの中で追い求めた。
列車が次の駅に滑り込んでいく。そうすれば、降りる人々に押し返されて水木はあっという間に列車の外に出てしまいそうだった。
にゅっと、白い腕が水木を掴む。その手首にはもうあの組紐はない。
「まだ降りぬのであろう? 水木」
ぐっと引き寄せられた。そこに居るのは、正しくさっきまで水木が追い求めていた男だ。記憶にあるのと全く同じ青い裾のほつれた着物姿のゲゲ郎その人だった。
「遅ぇぞ、相棒」
「待たせた」
押しつぶされそうな人混みの中、二人は熱い抱擁を交わす。周りが押すからそんなにもひっついているのだと言い訳できるその状況は、水木にとっては大層都合がよかった。
「ここではなんじゃから、仕事が終ったら話でもしよう」
ゲゲ郎の提案に、思わず水木はハハ、と笑う。確かにそうだ。こんな満員電車の中で積もる話も出来なかろう。
「昼休みにでも時間を作る。会社の傍のカフェで待っててくれ」
「あい解った」
胸が苦しい。肺が押しつぶされそうに感じるのはこの混雑のせいだと、水木は自分に言い訳をすることが出来ていた。
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素敵絵からSS第1回
初公開日: 2024年05月19日
最終更新日: 2024年05月19日
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supe2
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SSをぼんやり書きます。見直しは一旦度外視です。
宮古遠
寄稿文
一次創作の二次創作
きょむい〜ぬ