通りがかったオーディオルームの方からなにやら楽しげな声が聞こえてきた。それだけであればまた誰かかしらがあれこれさわいでいるのだろう――パリの下宿と違い、ここ星奏館は常に数十人の顔見知りたちが暮らしているのだから――とほうっておくところなのだが、つい足を止めてしまったのはそこに聞きなれた声が混ざっていたからだ。
「ここ、ここ見てほしいねん、このフリルからのライン! きれいやろ?」
 常はどこか気の抜けたのんびりしたしゃべり方なのだが、いまはどうやらずいぶん熱がこもっているようだった。宗は足をとめ、そろりと扉の方に近づく。換気のためかうすくひらいた扉の向こう、薄暗い中から楽し気な様子が伝わってきた。
 どうやらひとりではない。ということはわかるので、さすがにずかずかと入っていくのもためらわれる。
(なにをしているのやら)
 耳をそばだてて腕組みをして突っ立っていると、今度は別の人間の声がした。
「まあ本当、華やかねえ」
「せやろ~ほんでな、ここ、ここの刺繍と袖のカットの仕方みてほしいんよ」
「わあ、とってもふわふわしてるけど品があって、すっごくValkyrieってかんじです、ラブ~い!」
 自慢げなみかの声とそれに強調するような楽し気な雰囲気。どうにも、宗にはなじみのうすいやわらかで賑やかな会話が交わされているようだった。声の主はおそらく
(鳴神と、白鳥か――とすると、サークルメンバーか?)
 腕組みをしたままドアのすぐ近くの壁に凭れる。まるで人を待っていますとでもいうような恰好をしながら、つい、会話を聞いてしまう。盗み聞きみたいで品がないのはわかるが、話題となっているのはどうやら自分たちの衣装のようなのだ。当然気になる。いや、気にならないこともない、くらいである。だれがなんといおうと自分の作り上げたものは完璧なので他人の評価など不要だ。
(けれど、まあ)
 同じユニットの彼が、どう思っているかは、まあ、聞いておいてもいいだろう。もしかして面と向かっていいにくいこともあるかもしれないし。宗はものわかりのいい年上のふりをしてみる。実際のところ、すこしだけ緊張感を伴って、耳をすませた。
「んふふ、わかってくれてうれしいわぁ、お師さんは世界一の芸術家なんやで!」
 自信満々の声が響いた。その言葉に、宗はわずかに息をとめ、ゆっくりと吐く。
 まるで胸をはってそういう彼の姿が目に浮かぶようだった。
(……まったく)
 どの衣装の話をしているのだろう。そもそも何を見ているのだ? MVか? ポートレートか雑誌のページかなにかだろうか。宗は落ち着かない気持ちになりながら、そのまま壁にもたれている。いい加減この場を離れるか、あるいは気になるならずかずかと入っていけばいいのだ。それができないのは、まったく自分としても情けない限りではあるのだが。
「重たそうだけどみかちゃんずいぶん派手に踊るわよねえ。飛んだり跳ねたり」
「バレエみたいなふりつけもありますよね、レッスンとか受けたんですか?」
「んふふ、お師さんの衣装はなあ、すっごく動きやすいんやで! 素材に気を使ったり縫い方を工夫したりしてちっとも窮屈やないねん。ほんで踊ったときにいっちゃんきれいに見えるようにちゃーんと計算しつくしとるんよ。お師さんはほんま天才や、世界一の芸術家でこの世の宝物や!」
 感嘆の声にうなずき、いつもよりずっと興奮したようにテンション高くしゃべっている声をまんざらでもなく聴いている。当たり前だろう、あの子がなにより美しく見えるよう仕立て上げるのが宗の最近の楽しみでもあるのだから。
「影片センパイってこんなに喋るって知らなかったな」
 新たな声が聞こえた。最後のすこし冷めた言い方は、fineの姫宮桃李だろう。
(と、すると)
 やはりサークルメンバーがそろっている可能性が高い。だとすると顔をあわせたくないあの男もいるだろう。宗はやはり、入るのはよそうと考え直した。壁から背中を起こし、腕組みを解く。さっさと離れるのが吉だ、ここにいることが万が一あの男に見つかったらなにを言われるか分かったものではない。
「そうやろか? うーん、でも去年はたしかに桃李くんとはあんまりおしゃべりせえへんかったもんな?」
「うん、七夕祭の時ステージで話して、すっごい怖かった覚えしかない」
「え? そ、そんな怖かった?」
「うん、気味悪かった」
 年上にも遠慮のない発言をしている桃李と比べ、みかの声はあからさまにたじろいだ。追い打ちをかけるように嵐がしみじみつぶやく。
「みかちゃんステージに上ると人格が変わるのよ」
「んあ~? ほんなことないで?」
「でもValkyrieとの合同練習の時、影片先輩も斎宮先輩もすっごくやさしかったですよぉ! その、完璧主義なんだなとは思いましたけど……」
「んあああ?」
 どうやら話題は衣装からはずれてしまったらしい。いよいよ立ち聞きも居心地が悪く、宗は足を動かした。そのタイミングで、後ろから声がかかる。
「あれ、何してるんすかぁ?」
「漣、」
 振り向けば片手には雑誌をかかえもう片方にはビニールに入った飲み物らしきものを抱えたジュンが立っている。扉の向こうから「ジュンくん! 遅いね!」と予想通り巴日和の声も聞こえ、いよいよ宗は顔をしかめた。
「なんでもないのだよ。ここにはいるのかね?」
 とはいえ両手がふさがっている男を見過ごしにすることもできず、宗はしぶしぶドアを開けてやった。相手は軽く会釈をして「ありがとうございます」と礼を言う。
 部屋の中で物音がして、だれかが手伝いに来たとでもいうように駆け寄ってきた。
「ジュンくん、んあ、大荷物やね」
「おひぃさんに呼びつけられたんですよ」
「……あれ、お師さん?」
 ジュンの荷物に手を伸ばすように動いていたみかが、ふいにこちらに気が付いたように首を傾げた。宗は、扉を開けたままの恰好で相手を見返す。
「サークル活動かね」
「うん、今日はな、自分たちがプリティやと思うものをお披露目するんよ」
「……あ、そう」
 にこにこ笑っている姿をみて、プリティとはなんだねなどと聞くのはやめておいた。なにやら機嫌がよさそうではあるし、彼にも彼の交友関係がある。宗は、ただ黙ってその場を離れようかと手を離す。ジュンがみかの脇をすりぬけ奥に荷物を持って行った。日和がわあわあ言ってそれにこたえて、すっかりなじんでいるようだが、はたして彼もこのサークルの一員であっただろうか?
 そのまま部屋の中を自然に覗き込めば、スクリーンに大きく映し出されているのはまごうことなき自分の姿だった。音量は絞られているが、去年のライブのワンシーンのようだ。
 宗の視線をおいかけるようにみかが背後を振り向き、面はゆそうにまた視線を逸らす。
「それで、あれは君のプレゼン内容かね」
 みかが黙り込んでしまうので、仕方なく宗がそう聞いてやった。みかは、ぱっと顔をあげて、頷く。
「うん……その、プリティってな、自分が良いって思ったものがプリティなんよ」
「はあ」
 なんだその定義は、と思うが彼らの流儀なのだろうから突っ込むのはやめておく――突っ込んだが最後、おそらくその場にいる面倒くさい彼らから一斉に攻撃を受けるだろうことは想像に難くないので。
「ほんでな、いつもはカフェとかで持ち寄るんやけどこうやってシアタールーム借りれることになったから、ほんなら、おれ、いっちばん好きなもんみんなに見せたいなって思って」
 いちばん。
 その言葉を反芻しながら、宗はみかを眺めている。彼の背後のスクリーンではValkyrieとしてのふたりが歌い踊っている。みかがスクリーンの中でアップになり、華やかにターンをして、二人の位置が入れ替わる。歌いだす。
「君にとっての一番は、Valkyrieというわけだね。ふん、自己評価が高いのは悪くないけれど」
「んああ、そうやけど、それだけやなくて……その、お師さんの作る衣装がごっつ素敵で、プリティやって話をみんなに広めたくて、おしえたくて、その……あの……」
 みかは一生懸命説明しようとしながら徐々に言葉をみつけられないようでうつむいて口ごもってしまう。部屋の中のほかのメンバーはスクリーンを見てなにかいったりジュンがもってきたものについてああだこうだ喋ったりとこちらにはまったく注目していない。そのくらいのほうがありがたいので、宗はまたまじまじとみかを見つめた。俯いた黒い髪先の奥から、困ったように垂れた眉と強い違和感を引き起こす双眸がちらりと覗く。
「おれにとって、お師さんは最強で最高のアイドルやから……えっと、そういうのみんなに説明するのって、なんていうんやっけ、自慢やなくて、あの、その」
「布教、ですよ」
「そう、布教! 布教したくて!」
 そっと助け舟をだした藍良はちらりとこちらを見たかと思うとすぐに画面に向き直ってしまう。どうやらこちらの会話もしっかり聞こえているようだが、あえて放っておいてくれているらしい。嵐が意味ありげな視線を送ってきたので睨んでおいた。
「んと、……お師さん、いややった?」
 まるで怒られるのを待っている子犬のようにこちらを見上げてくる子をみて、宗は喉元にこみあげてきたいくつかの感情を苦労して飲み下した。それから、腕組みをして、もう一度スクリーンを見る。曲がおわり、画面が暗くなる。次はだれの番? と嵐が声をかけている。
「いやじゃない。ほら、そろそろ戻りたまえ。君もまじめに他人のプレゼンを聞いた方がいい」
 どうにかそう返事をすると、みかは、ぱっと顔を輝かせた。
「あんな、白鳥くんもなるちゃんも、お師さんの衣装ごっつ褒めてくれたんよ、あとで詳しく教えるな!」
「わかったから」
 まだしゃべり足りなそうなその子の肩を軽く押し、部屋の中に戻す。みかは首をひねって宗を見上げ、目を輝かせた。
「おれな、お師さんがすごいってこと、世界中の人に教えたいんよ。たくさん舞台に立って、踊って歌って、お師さんが世界一ってこと、みーんなに布教したる!」
「大言壮語だね」
「んふふ。んあ、お師さん、夜は寮に居る?」
「居るよ、あとで連絡するからほら、みんな待っている」
「はぁい」
 みかは名残惜しそうにちらちらと振り向きながら、それでもサークルメンバーのほうに戻っていた。宗はその後姿を眺め、扉を閉める。まったく、あの子ときたらいつでもどこでも、同じ話しかしていないんじゃないだろうか。
(……僕のことばかり)
 廊下を歩きながら、とっさに口元を手で覆ってしまった。どうにも口端が緩んでしまうのを止められそうになかったので。
おしまい!
ありがとうございました~!!
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ななし@ad36a8
腕組みして壁にもたれる宗くん、絵になりますね…!
36:37
ぬここ
みかちゃんかわいいですね…にやにやしちゃいます☺️
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向き
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わんどろ:布教
初公開日: 2024年05月06日
最終更新日: 2024年05月06日
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