日も長くなって雲の輪郭もはっきりしてきた。外に出るととんでもなく暑いけど、外に出ないと冷たいアイスを買えないというジレンマ。
 それなのに、横でレモネードを煽っているチェコは涼しい顔してしきりに海へ誘ってくる。
「海ですのよ!? 内陸の私たちには憧れの存在と言っても過言ではありませんわ。せっかくの夏ですもの。海に行きませんこと?」
「海なら俺も憧れてるけどさ、でもこんな観光シーズンに海に行ってもちっとも泳げないと思うけどな」
 そう、俺だって海に行きたい。思いっきりはしゃいで涼みたい。久々の長期休暇に胸を躍らせているのは俺だって同じ。でも水着姿のチェコを想像すると、人の多いところに行きたいとはどうしても思えなかった。なんか、駄目。
 ずいっと顔を近づけてくるチェコを押し除けて、勝手にチェコのレモネードを飲んだ。襟元を掴んでパタパタと仰いでも、一向に涼しくはならなかった。
「まあ、私たちは国ですのよ。わざわざ観光地へ行って一般の方を混乱させるおつもり? もちろんプラベートビーチに決まっておりましてよ」
 ドンっと胸を張って自信ありげに言い放った。ならいっか、とホッと胸を撫で下ろした自分がひどく浅ましく思えてきた。なんだかなあ、と小首を傾げたが、この感情がどこから湧いてくるのか、視界を斜めにしたくらいじゃ見つからなかった。
「プライベートビーチって、どこの?」
「場所についてはご心配なく。もう手配しておりますわ」
 さすがチェコ。提案する前に外堀が埋められている。というか、やることなすこと全部決めた後に取り付ける予定を、約束と呼べるのだろうかと疑問符が湧いてきた。
 チェコは勢いよく立ち上がり、小さいカバンを手に玄関へ向かった。
「さあ、準備はよろしくって? 三日後に出発いたしますわよ。私はこれから新しい水着を見繕ってきますわ」
「待って待って、俺も行く。ついてく」
 慌ててかかとの潰れたスニーカーを引っ掛けた。チェコはすでに俺の車の助手席に当たり前のような顔をして座っていた。そこからの会話はあまり覚えていない。全身真っ青の商品を見つけて例の映画みたいだと笑ったり、どこも隠せていない水着のマネキンの前を気持ち早歩きで通り過ぎたりした。
 最後の荷物確認をして、車に乗り込んだ。チェコの家の空港で昼頃に落ち合う約束だからまだ寝ているだろうけど、国境を超えたあたりでモーニングコールを入れた。
「おーい、チェコ。起きた?」
 すぐに繋がったはいいものの、スマホの向こうからは寝息が聞こえるだけで反応はない。その後もずっと無言の相手に話し続け、ようやく反応をもらえた時には、片道三時間半の旅も終盤に差し掛かったところだった。
「なんですの……もう」
「おはよう、チェコ。もうすぐそっちに着くよ」
 ガバッと飛び起きる音がした。電話のことをすっかり忘れて悲鳴を上げている。家を出るのが少し早かったのかもしれない。
「いやですわ、カメラがついているじゃないですの! もう、まだ下地すら塗っていないのに」
「別にすっぴんのチェコも見慣れてるけど?」
「そういう話じゃありませんの!」
 ワタワタと画面の向こうで何かを頬張ったチェコが身支度を整え始めた。最初の方こそ怒っていたが、次第に行った先でしたいことに話が移った。
「現地に美味しいクレープ屋さんがあるみたいですの。それから、何かお揃いのもの買いませんこと? お揃いのアクセサリーなら持ってますけど、他にはないですわよね?」
 チェコが持っているサングラスをこっそりお揃いにしたことを言い出せず、黙ったままにしておいた。謎の後ろめたさを感じていると、チェコも支度が終わったようで家を出た音がした。
「今日は絶好の海日和ですわね。こんなに暖かいとうっかり眠気が襲ってきそうですわ」
 麦わら帽子を片手で押さえつけながら、チェコがこちらに向かって歩いてきた。普段の何倍もラフな格好で、髪さえ結んでいなかった。お土産のために極力荷物を減らしたと言っていたが、おそらくこのはしゃぎようでは俺の荷物にまで侵食してくるだろう。
「長旅で疲れたでしょうけれど、ここからも時間が掛かりますわよ」
「で、結局プライベートビーチってどこ?」
 そういうと、チェコは予約した飛行機のチケット画面を見せてきた。そこは前からお世話になっている国の、名前も知らない小さな空港だった。
「この空港のすぐ近くにプライベートビーチを所有していらっしゃるのだけれど、夏は別の国へ遊びに行くからと快く貸してくださいましたの」
 内陸の者からするとなんと贅沢な!と鼻息を荒くするような話ではあるが、日頃から海を眺めている国にとっては、逆に観光客のようにははしゃげないのかもしれない。
 一回乗り継ぎを挟み、現地に着いた頃にはもう日が暮れていた。早速チェコが予約していたホテルに荷物を置いて、身軽になったところで海へ向かった。
「さすがにこの時間にもなると水が冷たいですわね」
 サンダルを波打ち際に脱ぎ捨てて、膝の辺りに波が来るところまで進んで行った。チェコも後に続いて、淡い色のワンピースを持ち上げた。周囲の民家から漏れ出す光以外には、二人しかいなかった。
「えいっ」
 手で小さな器を作って、黄昏れているチェコにかけた。チェコはワンピースの裾を左手に集めて、俺の顔を狙ってきた。
「お返しですわ」
 二人ともずぶ濡れになるまで海水を浴びた。足に張り付いた砂とサンダルに違和感が残る。裾を絞って出てくる海水が底を尽きたあたりで、完全に日が落ちた。
 軽く朝食をとってから、チェコが行きたがっていたクレープ屋さんへと向かった。チェコはいちご、俺はチョコを頼んでシェア。お店の横のベンチに座って、海を眺めながら美味しくいただいた。ふと横に座っているチェコを見ると、大きなアイスとひんやりとしたラズベリーソースを口につけている。
「ここ、右じゃなくて左側。もうちょっと上」
 口元を指さしても、チェコは気づかない。クレープの包み紙で拭ってあげたら、いちごみたいに真っ赤な顔をしてそっぽ向かれた。
「じゃ、お礼に失礼しますっ」
「ちょっと! 私にもくださいまし!」
 チェコの手元に顔を近づけた拍子に、持っていたクレープのアイスが服についてしまった。顔を見合わせてひとしきり笑った後、チェコは急に坂を走って下っていった。
「先に海に着いたほうがっ、お昼奢りですわよ!」
「待ってよチェコ、ずるいって」
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うつのよ
「愛は小さなことで」の背景画像23番でビロード組
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