「なーんか、物足りなんだよねー」
オレの呟きに、隣でちまちまニードルを動かしていた臣がぴくりと反応する。
「何が物足りないんだ?」
今は団内手芸部の活動中。とはいえ、基本的に部員はオレと臣しかいないので、2人で集まって手を動かしていればそれが部活中ということになる。
けれど、正確に言えばオレは手芸をしていないので、これも厳密に言えば部活中ではないのだろうけど……そんなこと気にする奴は、この場にも寮にもいない。だからこれは部活中。
って、そんなことはどうでもいいんだけど。
「今さ、天鵞絨駅とのイベントに向けての衣装考えてるんだけどさ。なーんか物足りなくて」
そう言うと、臣がオレのラフをのぞき込んでくる。
「これは……駅員の制服をモチーフにしているのか?」
「うん。基本的な雰囲気は揃えて、組ごとに色と旗で統一感を出しつつ、各団員の個性に合わせてデザインしていくつもりなんだけど」
「いつも思うが、幸の仕事は丁寧だよな」
相槌のようにさらりと誉め言葉を挟んでくる臣に、「当たり前でしょ」とさらりと頷きつつ、内心はやはりとても嬉しい。臣はいつだって息するように褒めてくれるが、どの誉め言葉も真摯な気持ちが籠もっているので毎回照れくさくなる……顔には出さないけれど。
「大体のデザインは決めたんだけど、もうちょっと遊び心を入れたくてさ。ほら、折角の大役なんだし」
オレの言葉に、臣は「そうだな」と頷いて一緒にラフを見つめながら考えてくれる。
衣装を考える時は基本一人か一成や莇と打ち合わせすることが多いけど、こうやって雑談がてら臣と話すこともある。その時に言われたり思いついたことがその後衣装作りに活かされることも多いから、オレとしても貴重な時間なのだ。
「駅……電車……そうだ、電車のヘッドマークとかのモチーフはどうだ?」
「ヘッドマーク?」
オレが首を傾げると、臣が「電車の先頭についてる、お洒落な看板だよ」と教えてくれた。言われれば確かにイメージがある。ネットで検索すると、オレでも見たことあるような有名な特急寝台のヘッドマークがずらりと出てくる。それを見た瞬間、オレもピンと来た。
「これ、面白いかも。組ごと、部屋ごと、団員たちのモチーフや好きな物入れて……」
言いながら、思いついたラフを持っていたデザイン帳に書き込んでいく。書けば書くほど、色んなアイディアが浮かんできて手が止まらない。オレだけじゃなく、一成にも手伝って貰って、可愛いの沢山作って、このかっちりした衣装に賑やかに配置すればすごく可愛い――
「あ、ダメだ」
オレは途中重大なことを思い出して、手を止めた。「え?」と驚く臣に、オレは苦虫を嚙み潰したように呻きながら告げる。
「予算がない。この衣装だけで手一杯だった」
そう。今回天鵞絨駅との大々的なイベントだからいつもより数倍多めの予算は貰ってるけど、お客さんたちと触れ合うアンバサダーという立場上、生地の質はかなり上質なものにしたので、メインの衣装を作るだけで予算を使い切ってしまっていたのだ。
今オレが考えたラフだと団員一人当たり4~6個くらいの真鍮製のデザインバッチをつける予定。となると、少なくとも100個以上のオリジナルバッチを発注しなければならず、そんな予算がある訳がなかった。
「はあ……せっかくオカンがいいアイディアくれたのに」
オレが肩を落とすと、臣がじっとオレのラフを見て、徐にとんでもないことを言い出した。
「…………じゃあ、俺がそのバッチ作ろうか?」
「……は?」
オレが目を見開いて臣を見ると、臣はいつもの笑顔でスマホを操作し、「ほら、趣味で作る用のキットもあるし、なんとかなりそうじゃないか」と言ってきた。
「オカン……作ったことあるの?」
「いや、ないな。でも、元々メタルスタンピングはちょっと興味があったんだ。やり方も結構単純だし、試しに幾つか作ってみるから、幸のラフ少し貸してくれないか?」
「そりゃ、いいけど」
「俺が手作りできるなら、お金も原材料費だけでいいし、左京さんになんとかならないか俺からも交渉してみるよ」
そう言った臣は、その数日後には試作品のバッチを持ってオレと一緒に左京に予算追加の交渉をしてくれた。左京は最初渋い顔をしていたものの、臣が安い仕入れ先を見つけたことや今後の公演衣装にも活かせたりグッズ販売に繋げられるメリットなどを説いたことで最終的には追加予算が承認された。
「……ありがと、臣。本当に助かった」
オレが臣を見つめて礼を言うと、臣は「俺も幸の役に立てて良かったよ」と相変わらずなんでもなさそうな顔で笑った。
「それに、やってみるとやっぱり面白くて……まだ時間もあるし、ゆっくり作っていくよ。デザインは、幸と一成にお願いしてもいいか?」
「うん!任せて」
オレは自分でも珍しいと思うくらいの満面の笑顔で胸を叩き、そんなオレに一瞬驚いた臣はくすっと笑ってポンポンとオレの頭を叩いた。
「――頼りにしてるよ、俺たち自慢の衣装係」
〇
結局、130個近くになったオリジナルバッチ。一成や万里、椋や真澄も手伝ってくれたけど、殆どは臣が作ってくれた。オレと太一は衣装製作に掛かりきりだったので出来上がりを見るだけだったが、それでもオレや一成のデザインをそのままバッチに作り替えてくれた臣たちには感謝の気持ちしかない。
臣は普通に仕事しながら合間に劇団の宣伝用の写真を撮ったりしていて、更にその合間にバッチ製作してくれていたのだから……感謝の気持ちと共に、「どんな超人だよ」と若干呆れた気持ちがなくもなかったが。
だが、そんな超人臣は出来上がったバッチを持ってオレの元を訪れた……ゆるくまの可愛い3Dラテアートのカフェラテと一緒に。
「お疲れ、幸。ちょっと休憩しないか」
「うん。こっちもあとは再度の微調整だけだし……ご馳走になるよ」
そう言って、臣からゆるくまの3Dラテアートを受け取り、写真を撮ってからしばし無言でそれを見つめる。
「…………」
「どうした? 幸。そのゆるくま、なにかヘンだったか?」
「……その逆。なんでたかが休憩の一杯にこんな面倒くさいラテアートを完璧な状態で持ってくるの?」
オレの若干トゲのある言い方にも、臣は全く動じない。朗らかに笑って、オレを見つめて一言。
「幸が喜んでくれると思って」
「…………そんなこと言いまくってたら、いつか誰かから刺されるよ?」
「いや、言いまくってないぞ。これは幸にだけで……」
「はいはい、そういうのいいから」
オレは臣の言葉を適当に流して、ゆるくまの鼻に唇を当て、一気に啜った。ふわふわ甘くて美味しいミルクとチョコ、その奥の優しい苦みのあるコーヒーが身体も心も包んでくれる。
臣は本当に無自覚に厚意をばらまきすぎだと思う。それを好意だと勘違いする人間も多数いるに違いない。
ただのカフェラテになったそれをゆっくりと飲み干し、ついでに添えられていた可愛いくま型のクッキーもつまんで、オレは文字通り一息ついた。
「はあ……美味しかった。オリジナルバッチも作れて、気軽に3Dラテアートも作れて、写真や料理の腕も良くて……ホント、うちのオカンは有能すぎるね」
「はは、幸に褒めてもらえて光栄だ」
通常運転で微笑む臣に、オレは肩を竦めてそれから臣の作ったバッチを受け取った。
「これで最後だ」
「……うん、完璧。作ってくれてありがと」
状態を確認しオレが頷くと、臣は「俺も楽しかったから」とまた出来過ぎた答えを返した。
〇
天鵞絨駅とのイベントも無事終わり、街はバレンタインに染まって来た頃。
『ショコラ・フェスタ』に参加することになったオレも含めた団員たちの衣装を、臣の隣で考えていた。
「うーん……折角スイーツ系のイベントなんだし、もうちょっと小物にも凝りたいけどなあ。でも買うとなると予算が……」
オレがポツリとそう言うと、隣の臣がにこっと笑って言った。
「じゃあ、俺が作ろうか? 最近スイーツデコに興味があってさ……」
「この前と同じ流れじゃん。てか、オカンの手芸守備範囲、広すぎない?」
――まったく。うちのオカンが有能すぎるので、オレが困る暇もない。【終】