さてそろそろコナンの新作の上映が始まるのでまたスクリーンが圧迫されてしまいます。なので「プロジェクト・ヘイル・メアリー」も「超かぐや姫!」も周回しなくてはいけないし「パリに咲くエトワール」も見なくてはいけないし「落下音」も見たいので時間がどれだけあっても足りません。
そして今日は実はまだ見ていなかったこの作品を見てきました!
見よう見ようと思ってたらいつの間にかサンサン劇場の上映も終わってしまってましたが、今日までこないだから通い始めた第七藝術劇場の下にあるシアターセブンで上映されているということで見てきました。
シアターセブンに行くのはこれが初めて。2館構成のミニシアターでやはりアート系の作品が多い様子。TOHOシネマズのようなシネコンに慣れてるとこういう街なかの小規模な映画館は新鮮な気持ちになるとともに、むかーしむかし未だ天地の境目が曖昧だった頃に公民館とかで映画を見てた記憶がおもひでぽろぽろしてきました。そもそもこういう「街の映画館」も日本国内にどれだけ残っているのか。
こういう映画館もチェックしておきたいですね。
ダース一家はスリランカからインド・タミル・ナードゥ州にボートで密入国してきた一家。義兄の手引によってなんとか州都・チェンナイにて住むアパートを見つけた彼らでしたが、そのアパートの大家はなんと警察官! 必死に正体を隠そうとするダース一家。
ダースらは自分たちの言葉であるタミル語から身分がバレることを避けるため、隣の州であるケーララ州から来たと偽って生活を始めます。
ふとしたことから身分がバレないようになるべく他の人と関わらないようにしようとするダースたちですが、生活していく中で持ち前の善良さからさまざまな人々と交流を深めていきます。はじめはギクシャクしていたものの、ダースたちは次第に周辺住民と馴染んでいくダースたち。
その一方で、州内での爆弾騒ぎが発生。監視カメラの映像から、ダースたちにその犯人の嫌疑がかけられてしまいます。
警察の操作の手が迫る中、ダースたちはどうなってしまうのか――?
インド映画というと、やはりド派手なアクションと3時間超えの二部構成というイメージがあります。しかし本作にはカーチェイスも銃撃戦もなし、上映時間も127分というインド映画の中では異例と言える短さ。
ではそれで物足りなかったかというと答えは断じて否。本作はそうした方向性ではなく、日本人にもきわめて馴染みのある「人情もの」だからです。沁みるわぁ……。
わたくし人形使いは胸糞系ムービー大好きで厭な気分になりたいがために映画を見る人間です。アリ・アスター監督作品とかだーいすき。しかしそういう人間もこういう作品を見ると人間もまだまだ捨てたもんじゃねーなと思えますね……。泣かせるぜ……。
こういう人情ものは一歩間違えると過剰に感情的な演技になったり説教臭くなったり、あるいはお涙頂戴感が強くて白けてしまったりするもの。こういうのって要するに、「作品と観客の間に感情が共有されずすれ違う」という状態が発生するからだと思うんですよね。
その点本作は、冒頭での息子・ムッリの口八丁によるコメディシーンで笑いを取ってからのタイトルインからずーっと心を掴まれてました。当然のことですがつまらない作品は見ててスクリーンから意識がそれます。しかし本作は、キャッチーなアクションも派手なダンスシーンもないのに意識がまったくスクリーンから離れなかった。
本作の「人情もの」としてのエネルギーはすなわち「コミュニティへの帰属意識」です。そしてこの「コミュニティへの帰属意識」は人間だれもが持つ社会的欲求。本作はこれを少しずつ少しずつ丁寧に満たしてくれるんですよね。前述の通り本作にはアクションもカーチェイスも悪人との対決もない。ではストーリーに起伏がないかというとそんなことはなく、ダース一家が周囲の人々と次第に打ち解けていく過程、つまり相互理解のプロセスそのものが本作に豊かな起伏を与えているわけです。インド映画はしばしば「クライマックスの連続」と称されますが、それなら本作のあのお葬式のシーンは本作の最初のクライマックスだと言えるでしょう。ある意味であのシーンは、数々のインド映画の主人公がそうであるように、主人公ダースがその神威を存分に発揮する最初のシーンなんですよね。
さらに言うなら、ダースが人々に決定的に受け入れられるきっかけになった中盤の法事のシーンで現れた青年が、実はダースが冒頭で道に倒れていたのを助けた人物だったの、あれ伏線回収ですよね。
このように本作は、派手なアクションや時空を超える因縁がなくとも、そして過剰に感情的なシーンに頼らなくてもストーリーの起伏をしっかり儲けた優れた作品と言えます。
そして素直にいい映画なんだよなこれ……。前項までは小難しいこと言ってましたが、見終わったあとにまず最初に「この映画、好き!」と思える作品でした。これは「リバー、流れないでよ」でも感じた感覚です。
パンフレットによれば本作は、スター不在、デビュー監督、撮影期間はわずか35日、推定予算は約7千万ルピー、日本円にして約1.17億円という小規模作品。しかし素直に心を掴まれました。特にインド映画の人気はNTR.Jr、スーリヤ、リティク・ローシャン、プラバースといった映画スターありきという側面が大きいと思うんですが、そうした映画スターの人気にあやかることなくこの作品を作ったアヴィシャン・ジーヴィント監督には敬意を評したい。
なんというか本作、小市民的なんですよね。ほかの超大作インド映画が強大なカリスマを備えたヒーローによる救済の物語であるとするなら、本作はいち市民が狭い街の中でちょっとした人助けから広がる救済の物語だと言えるでしょう。
そもそダース自身も貧困から故郷を追われてきており家族も抱えているので、本当なら他人を助けてる余裕なんてないはずなんですよね。それなのに他人を思いやれるなんてすごいことなんだよ……。
そしてダースの善意は、周囲の人の善意をも引き出していくというのがいい。回り回って最終的に、警察に追い詰められたダースを周囲の人々が救った方法というのが「正体が特定できないように全員がタミル古語で話す」だったのも実にいい。文化的勝利。
あとリチャード氏がすげー好き。