……そういえばさ。
不意に、シェントゥが切り出した。
軽食と風呂のあと。太陽は西の方にむかっているとはいえ、まだ午後も浅い時間帯だ。今日一日は休養に充てようと暗黙の了解のまま、なんとはなしに一緒にシェントゥの部屋に戻り、そのままなんとはなしのまま、当たり前のように並んで長椅子に腰を掛ける。
色々と、一区切りはついたのだ。ほっとしたまま、茶の用意も何もなく互いに疲れた心身をさらけ出す。リーダーと副リーダーがそろいもそろって情けない、なんて言葉まで揃うのだから世話がない。寝るなら寝室に運んでやるぜ、と未明のやりとりを逆転してやると、そいつはちょっと、と、シェントゥがげんなりとした顔を見せた。
会話というより、互いがこぼした独り言についつい突っ込みを入れるような、昼下がりのだらけた時間に浸っていたさなかの呼びかけだ。なんだ、とばかりに顔を向けたフリックは、シェントゥの思いがけない真顔に面食らう。
「今度、酒の飲み方を教えて欲しい」
続けられた要望はさらにフリックを面食らわせるものだった。背もたれに預けきっていた身体を起こし、フリックはシェントゥの顔をまじまじと見返した。
「……は?」
「いや、だから、酒の飲み方を」
何を言い出すのやら、との視線にシェントゥは気まずそうに、だが顔を逸らすことなく、同じ言葉を繰り返した。
「……お前、酒は嗜んでるだろ」
実際、酒を飲む機会がないわけではない。本拠地での戦勝の祝いの席で、乾杯の音頭を取る時など、シェントゥの杯の干しっぷりは、それは堂に入ったものなのだ。
「儀礼としてだけだ。食事の前の乾杯なんて、挨拶みたいなものだろ。そういうのじゃなくてさ」
「あー…、そうか、そういうことか…」
「うん。酒が欲しくなるってのは、こういうことなのか、って気分でさ」
「……なるほどな」
シェントゥの面に浮かぶ表情から視線を外し、フリックは天井を仰ぐ。
「酒の飲み方なら、俺なんかよりよほどあいつのほうが適任なんだが……」
「断っておくが、おれはお忍びで行った酒場で騒ぎを起こして食い逃げするような飲み方を教えて欲しいわけじゃないからな?」
「俺だって御免被る。まあ、そういうことなら……わかった。俺で良ければ教えてやるよ」
ビクトールの酒は、手本にしてはいけない見本だろう。数々の武勇伝は、聞く分には面白いが、巻き込まれたほうはたまったものではない。苦笑というには忌ま忌ましさが勝った様子でフリックは口角を引き上げる。酒の席での面倒に巻き込まれないための方法ならば、確かに自分が適任だろう。
「有り難い。お前とは一度しっかり飲み交わしたいと思っていたんだ」
フリックの答えに、シェントゥの顔がぱっとほころんだ。
「そうと決まれば、早速どうだ? クロイツから、竜洞の名物だって勧められた酒があってさ」
「え? ちょ、待て、今からか!?」
「善は急げって、言うだろ? どうせ、明日まで休みなんだからさ」
いそいそと、キャビネットから大ぶりのボトルを取り出すシェントゥに、フリックの背中にぞわりとしたものが這い上がる。
――安請け合いだったとは思わない。必要なことだと、わかってはいるが。
これはもしかしたら、大変な仕事を引き受けたのかもしれない。
目の前に置かれたグラスになみなみと注がれていく琥珀色から立ち上る芳香に脳を灼かれながら、フリックはごくりと生唾を呑み込むことしかできなかった。