「嫌な予感がしますね」
 ベッドに横になって、数時間。
 テイラーは戻ってこないセオたちのことを考えていた。
 宿の下が騒がしくなり、テイラーの嫌な予感が的中したことがわかった。
 船酔いからは回復している。
 貴重品や借りの身分証明書を小さな袋に入れ、窓から抜け出す。屋根に登ってから、屋根伝えに移動していると見覚えのある影が三つ見える。
「目立たないように変装した意味はなんだったのでしょうか」
 テイラーは大きな溜息をつくと、その三つの影に合流すべく動いた。
 ★
「あ」
 レイアは小さな影が近づいてきて、それがテイラーだと気が付くとほっとした声を上げた。
 セオは苦い顔をして、エディは無表情のままだった。
「あなたたちは、本当、偵察という言葉を知っているのでしょうか?」
 それで、レイアはテイラーが怒っていることに気がついた。
「すみません。私のせいです」
「そうでしょうね。一番の原因はあなたでしょう。けれども、責任はセオにあります」
「俺?エディじゃないの?」
「エディは自分から問題を起こしません。いつも問題を起こすのはあなたです」
「ひでぇよ。それ。偏見だよ。俺は大人しくしてたよ。あいつらが難癖つけてきたんだ。それを止めようとして」
「ああ、わかりました。目立ったものはしかたありません。しかし、もう街には堂々と入れませんよ。宿にも人が来てましたから」
「え?早い」
「野営します。ついてきてください」
 テイラーはそう言うと走り出し、エディがすぐに背に乗るようにレイアの前でしゃがみ込む。レイアはセオを確認するように見る。彼が頷くとレイアはすぐにエディの背に乗った。
 セオが自分が背負いたかったのだが、体形的にまだ小さい自分ができないことはわかっていたので、悔しい思いをしながら、エディを追って駆け出した。
『少年の呼びかけで不死身の兵士が動かなくなった』
 早朝、クリスナラハからもたらされた情報を、チャーリーは考えていた。
 リアムが最後に言った言葉『明日になればわかるかもね』。
 もたらされた情報、少年の呼び掛けて不死身の兵士が眠る。
 マルクに何度か打診された実験があった。
 レイアの血によって不死身の兵士に変貌した人間は、彼女の命令を聞くのではないかと。
 チャーリーは根拠もない実験であり、採血以外にレイアに負担を掛けたくなかったので、その打診を退けてきた。
 しかしもたらされた情報はマルクの仮説を裏付けるものではないかとチャーリーは考える。
 レイアが消えてから三日だ。
 クリスナラハに移動した可能性は捨てきれない。
 レイアは細身だ。
 男装をすれば少年に見えるだろう。
「クリスナラハに行く。準備をしろ」
「陛下?!」
 突然チャーリーがそう言い、側近たちが慌て始める。
「マルク様の件はいかがなさいますか?」
「引き続き探させろ。私はクリスナラハに行く」
 王が王都を開けるのはあまりにも無謀だった。
 強大な国であるが、占領した国の反乱分子はまだ抑えきれていない。
 こんな時に王が王都を開けるとなれば、反乱分子が一気に王都に攻め込んでくる可能性があった。
 しかしチャーリーに異議を申し出る者は誰もいなかった。
 ★
「面白いことになったね」
「チャーリーは何を考えているんだ」
「それくらい、レイアのことが大事ってことだね。これで森は安全だ」
「だが、セオたちがやばいだろう」
「そうだね。俺たちもクリスナラハに行こうか。兵士に紛れちゃおう」
 リアムは簡単に言いのける。
 彼は組織の中に入り込むのが得意だった。そうして城の料理人にも収まった。
「こいつ、どうしようか?」
「殺す。もう用はない」
 アーロンの言葉を聞いて、床に転がっていたマルクが暴れ始める。 
 口を縛られたままなので何を言っているかはわからない。最初は唸り声、あとはすすり泣くような声に変った。
「お前はこの十四年で何百人の不死身の兵士を生み出した?どれくらい、イザベラの、あの娘の血を利用した?俺たち森の民は何も求めていない。静かに暮らしたいだけだ。お前のせいで、俺たちは危機に晒されている」
「テイラーと違って、俺は毒薬にも興味ないんだよね」
 二人のとって大切なのは森の民だけだった。
 外の世界に潜入すれば親しい者もできる。なので好んで外の世界の人間を殺したいとは思わない。しかし、マルクだけは別だった。彼が生み出した不死身の兵士に殺された者の話も聞いたことある。目の前で友が、不死身の兵士に変貌した者にも会ったことがあった。
「死んであの世で詫びろ」
 アーロンは暴れるマルクを床に押し付けると、その心臓を狙って一突き。
 彼は一瞬体を硬直させると、動かなくなった。
 アーロンはマルクの体から剣を抜くと、その血を布で拭きとって捨てる。
 真っ赤な血が彼を中心に、床に広がっていく。
「行くぞ」
「うん」
 アーロンは剣を収め、踵を返すと地上へ歩き出す。
 リアムはその後を追って、足を踏み出した。
 
 マルクは小さい時から変わっていた。
 兄と違い、本ばかり読み、誰とも遊ぼうともしない彼を両親さえ疎まうこともあった。
 ただチャーリーの父だけが、弟であるマルクを気にかけた。
 彼によって、居場所を与えられ、マルクはひたすら本を読んだ。
 しかし、その兄が死んだとき、彼は涙すら流さなかった。
 やっと涙を流したのは、自身の命乞いの時だけ。
 彼の生み出した毒薬は、多くの人を殺した。彼のせいで多くの人々が涙した。
 彼の死を悼むものは誰もいない。
 彼の遺体は獣によって食い荒らされ、結局埋葬されることもなかった。
 
 
 
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