そろそろコナンの新作が公開されてスクリーンが埋まってしまうので、10日までに見ておきたい作品はどんどん見ておこうということで、今回見てきたのはこれ!
さてPHM、今回は吹替版です。わたくし人形使いは未だに吹替版が字幕版に比べて早く上映終了してしまうということを忘れがち。なので、調べたときにはいつも行ってるTOHOシネマズ梅田での吹替版はすでに上映終了。あわてて久しぶりになんばに行ってきました。
吹替版ではストラット役をミサトさんの三石琴乃さん、ロッキー役を炭治郎の花江夏樹さんがやるということで話題になってましたね。
もうすでに吹替版のトレーラーも見ていたので吹き替えがどんな感じかはある程度わかってましたが、やはり実際に本編を見るといろいろと感じたことがあったので、今回はそれについて書いていきましょうかね。
まずロッキーに関して。
字幕版の方はロッキーの音声はあくまでPCで機械的に翻訳したものという印象でしたが、吹替版の方は花江さんの声が柔らかめの音質なのに加えて大幅に感情が前面に出ている感じだったので、より情感を感じられました。
ヘイル・メアリー号内に乱入してきたときのはしゃぎようなどもかなりユーモラスかつコミカルになっており、グレースとの掛け合いもどちらかと言えば仲の良い兄弟感が強く感じられました。個人的に笑ったのが、ヘイル・メアリー号に入ってきてからグレースとの距離が近くなるにつれて、なんかだんだん遠慮なしに不満たらたらな態度を隠さなくなってきてるのがあからさまにわかる点。
エイドリアンでの試料採取シーンでの緊迫感が、ロッキーの声に感情がより大きく乗ってて緊迫感を感じられました。やはり感情面だと吹き替えがより豊かになってる気がします。
あとこれ、まあ確実に意図的にやってると思いますが、ロッキーの声への感情の乗り方、明らかに話が進むごとにだんだん大きくなってますよね。だからこそ別れのシーンの両者の心情が際立つという。
そしてラストシーンのエリド本星の浜辺のシーン。あそこは字幕版も吹替版もロッキーはエリディアン本来の声で話してるんですが、吹替版だとロッキーの声が自分の母語である日本語でなくなっているので、なおさらグレースとロッキーが文字通り言葉の壁を乗り越えてわかりあっている感が強くてよかった。
吹替版の方は字幕版に比べるとロッキーは花江さんの声の印象もあってやや幼くかわいさを強く押し出した感じで、グレースとの関係性も字幕版とはまたちょっと違う味わいになっててよかったです。
次、ストラットについて。
思うにストラット、原作小説、字幕版、吹替版でもっとも印象が変化したキャラクターだと思います。今このブログを
原作ストラットはとにかく任務達成のためには文字通り手段を選ばず感情にも流されない「鉄の女」といった印象。特に、映画版ではカットされていますがアストロファージの爆発事故が起きたときに即座に次のスタッフを用意し始める彼女にグレースが激昂するシーンがあるんですよね。このシーンは彼女の「鉄の女」っぷりを端的に表すシーンだと思います。
ついで字幕版ストラット、「鉄の女」っぷりは変わらずですが、映画版のみの追加シーンであるあのカラオケでその心情をのぞかせます。
そして三石さん演じる吹替版ストラット。映像自体は同じで演者もザンドラ・ヒュラーなんですが、かなり内に秘めた感情が察せられる、「鉄の女」の鉄面皮の向こうにある生身の部分が出ている人物になっていました。三石さんの感情を押さえつつもその感情が透けて見える声のお芝居がいいんだ……。
ストラットはグレースに帰れない、死ぬとわかっている旅路につくことを命じなければならない立場にあります。そして原作では、寒冷化が進行していく地球を延命させるためにサハラ砂漠を舗装してソーラーパネルを敷き詰める、南極に核攻撃を行い噴出したメタンガスで地球を温暖化させるといった非情の選択を強行したことで軍事裁判にかけられる。また、今回はうっかり見逃しましたが映画版のラストシーンでは彼女は「終身刑+仮釈放なし」を意味する「Vの字に取り消し線」のタトゥーを入れられている。つまりはあのラストシーンでは彼女は世界から追われる身となっているんですよね。
今回の吹替版では、そんな彼女がグレースの前でだけ、グレースに対してだけほんの少し自分の本音を見せているように見えました。また同時に、ストラットだけがグレースの表面的な陽気さの裏にある困惑や不安、そして疎外感を見透かしているとも感じたんです。
両者の間にあるのは、「孤独の共有」。
グレースとロッキーがともに仲間を失い、孤立無援の宇宙でたったひとり漂流していたという孤独を共有する関係であるように、グレースとストラットもまた「家族も恋人もおらず犬さえ飼っていない」孤独な男と、世界すべてを敵に回して人命すらも切り捨てて地球を守らなくてはならない重責をたったひとりで抱え込まなくてはならない女。
今回の吹替版では、はじめてこのふたりもまた同じ孤独を共有しているのだということに気付かされました。思えばあのカラオケシーン、字幕版ではストラットからクルーたちへ向けた贖罪だと感じましたが、吹替版では明確にグレースに対して自分の心情を吐露していると感じられました。字幕版と吹替版、あそこは完全にそれぞれ別の意味を持ったシーンに見えたんですよね。これ、完全に三石さんの演技力の賜物だと思いますし、同時にシンエヴァにて母親としてシンジ君を送り出すミサトさんの姿も重なっていたと思います。
ラストシーン、年齢を重ねたストラットがグレースからのメッセージを受け取るシーンのあの表情、吹替版では明らかに「遠くに行ってしまったけれど元気にやってる息子の姿を見て安堵する母親」の表情だったよ……。
いやー本作、媒体とバージョンごとにいろんな顔を見せてくれる作品です。そういやコミック版も出るらしいのでそっちも楽しみ。