ヒーローの誰かが諸事情で遅れた時「ヒーローは遅れてやってくる」ってコラボ相手がフォローするケースあるけど、前にサモランでワタワタsikがこれを言ったら「(満を辞してという意味であって)時間にルーズであって良いというわけじゃないよ」って裏稼業出srfが突っ込んでたのずっと好き
「バリちゃんが私のね、お給仕する喫茶店に女の子と来たのよ。私奥でお給仕しててさ、えーなんや見知った顔おるー、と思ってたの、
角度的に女の子の顔は見えんかったんやけど、かわいい子やったよ。きんいろの髪でふわ〜っとしてて、
ほいで、バリちゃんとその子がオムライス頼んだんやけど、あそうなんです、うちの喫茶店には美味しいオムライスもございます、ございますけれども、ええ。それをね、頼んだのよ。
女の子の方がさ、食べるときに何か言ったのよね、そしたら、爆笑してんのよ、バリちゃんが。おっきな口開けて、ぱかーって、こうぱっかーってね。そうそうあの顔
女の子とのごはんでそんな笑うことある?ってくらいぱっかーっておーきな口開けて笑ってて、
まぁ私は最後までキッチンから出ませんでしたけども。ええ。いやいや気まずいやん。」
『どっちだと思う?』
「えー、おもろ、俺じゃん」
瞼を上げると、赤から青に滲む虹彩が見えた。
そのまま首裏に手をやって、摩る様にしたかと思うと、『雲雀』は口を開けた。
「な、なぎちゃんさぁ」
「おお」
「なぎちゃんさぁ、こんくらいか」
自分が、耳で聞いているよりわずかに高く感じる声で相棒の名前を呼ぶのは寸分違わず俺だった。
「せらお、なんか言ってみ?」
「」
「わからんわからん」
『俺』は、もう一度首裏に手をやって何かを操作したかと思うと、マイクテストの時のようにあ、あ、と零した。
「半音下がった?」
「おう」
まだ、わずかに目線が下にある自分が屈託なく笑う。そのこめかみと、髪色の境を見ながら、自分の真横からの顔を初めて見た、なんて思った。
雲雀の持ってきたケースには、所狭しと物が並ぶ。衣装や、ウィッグみたいなわかりやすいものもあれば、スプレーや何かの液体、人の皮膚みたいな色の塊とか、よくわからないものもあった。雲雀はその中から、艶のある黒のケースを引き上げた。
平たい、シンプルな作りの箱だった。蓋は引き上げると少し反発するように蝶番が鳴って、開いた内側には全面に天鵞絨が纏われていた。
「おお、そっくり」
「だろ?特注だぜ?」
シルバーだった。
女の人のアクセサリー事情はよく知らないけれど、よく映画で見る指輪の定位置にそれは収まっていた。
「機能あるの?」
「いんや、飾りも飾りよ、セラおのそこまで再現するにはアルバイターの財布じゃできん」
雲雀は笑って、インナーの指のあたりを引き上げて、一つ、中指にはめた。
「わりセラお、ちょいこっち向いてくれ」
「うん」
「手ぇ出して」
「おっけ、」
雲雀は飾り、と言ったけれど、答え合わせをするかのように、鏡写しの場所に置かれたシルバーはおんなじ顔をしていた。
「おや、セラ夫がふたり」
ランドリーの階段から音がした。
段を降りるたびソールが鳴る。
俺と、雲雀の『俺』は目を見合わせた。
なぎちゃんは、手にファイルと、カップを一つ持ってフロアに降りる。俺たち二人をまじまじと見ながら、真ん中のテーブルへそれを置いた。自身も側の椅子へ腰掛ける。
ファイルを開くと、俺との共同任務の件の、現場の見取り図だった。
「どっちだと思う?」
そうですねぇ、なぎちゃんは腕を組んだ。
たまにする、顎に指の節で触れる仕草をしながら、二人の『俺』を見る。
髪の毛も、ピアスも、目も服も、同じ顔したシルバーだって、寸分違わず隣の『俺』は俺だ。
凪ちゃんの視線が、今言った箇所をなぞっているのは微かに感じるくすぐったさでわかった。一通りなぞった視線が、もう一度俺の眼に戻ってきた時、なぎちゃんは言った。
「こ憎たらしい感じがするからこっちなんじゃない?」
そう、そこらにあったチェスの駒を摘み、俺の前に置いた。こつ、とテーブルに佇むナイトが俺の方を向いている。
「え?当たってるでしょ?」
「はぁ」
「えっ、なに?」
「相方なのに…」
「え?!うそ私まちがってる!?だってセラ夫の
方が瞬き少ないし体幹あるでしょ?」
「いや俺が俺だけど」
「そうでしょ?!なんで嘘ついたの?」
「そんでおれがおれだけど」
「知ってますよ、やめなさいあなたセラ夫で変顔するの」
『だってさ、ほら、ねぇ』
報告は間を空けてはいけない。
連絡は途切れさせてはいけない。
指示には、自分の体がどうなっても従和なければいけない。
体の芯まで染みていた教えが、薄れたのはいつ頃だったか、もう覚えてない。
「あ、」
口をついた気掛かりは、台本の一節だった。
進行だけ書かれたシンプルな台本は、収録の回数が増えるごとに文字数が少なくなっていった。真っ直ぐな文字の流れを指でなぞる。
おそらくこの場面で、自分の立ち位置は解答席の前方だにあるはずだった。ゲストは自分より小柄だ。勝者と敗者のリアクションの比較が取れた方がいい場面だと思う。
控え室は静かだった。
すぐ隣にいる共演者は、少し手を伸ばせば届く距離だ。
相手に近い方の手をその肩へ伸ばして、軽く叩けるほどに。
「凪ちゃんこれ、」
自分の手に気付いたのか、隣の彼はこちらへ向く。
俺は、台本を傾けながら自分が線を引いた箇所を指した。
いつも通りの感覚だった。
自分の触れている肩の持ち主が、いつもの眼鏡の男ではなく、自分と背丈が同じほどある、彼だということ以外は。
「さ、」
声は、音になっていなかったかもしれない。
色素の薄い髪が顔の左側を覆っている。その分け目から、大きく見開いたグリーンが見えた。
「あ、」
ペンが台本のノドに転ぶ。
濡れた緑の面積が徐々に狭まって、まぶたと、目尻の特徴的な黒子がゆっくりと近づいていった。
「セラ夫、どうしました?」
オリバー先生は、そう言い切る前にく口元に手を当てて、くっくっくと喉を鳴らした。
「あ〜〜〜」
「あはは」
耳に血液が集まるのを感じながら、俺の視界は紙の上に浮かぶ文字でいっぱいになった。
『お願いしたい事があるんです。』
「説明は以上です。気になる点はございますか?」
穏やかな声色で、その人は書類を少しこちらへ寄せた。
問題ありません、そう答えると眼鏡の男はレンズの奥で藤色の目が細め、
「それでは今回の警護は、彼が務めます」
2人きりのはずだった、部屋の奥をその掌で指した。
最悪だ。
あと少しで授業が始まるのに、ロッカーの鍵はびくともしなかった。長針があと4回動いたら、教室に入った途端怒鳴られる。
ふと、自分の影をもう一回り大きな影が覆った。
まくった袖口と骨ばった手首、指輪の付いた人指し指が目の前に落ちる。背後を確認しに振り向いたのと、紫の髪が去ったのは同時だった。
「お、なんか知らんが開いたぜ」
『我が家の味』
「よく眠れるんだよ、」とkntが言った。検索画面には『マフィアの壮絶な最後!』と劇画調に書かれたサムネイルが並ぶ。
「まさか貴方、懐かしいとか言うんじゃありませんよね?」
「そんなまさか昨今日本じゃやらねぇよ〜!昨日まで家に来てた人が翌日鍋で溶けたりはしたけど」
「なべ」
『でも、あいつはさ』
このカフェに勤め始めて一ヶ月、シフト表の一番上の先輩について、よくわからないことがある。
「わたらい、店長より長いよ?」
「ギャラリーの作品のこと聞かれたらあいつに聞けばわかるよ」
「オーナーにもタメ口なんだよな」は、まだいいとして、
レジが壊れた時の
「わたらい足し算引き算はできないから代わって」だけは未だに納得いってない。
『エチュード1』
自動ドアが開いた。
幾つもの靴底の音が賑やかだった。
レッスンが終わり、エントランスホールへ降りると、珍しく他の学生と鉢合わせた。
「人間関係には慣れた?」
「いや〜、まぁ少しは、でも授業が被らないとなかなか会えませんしね」
そう、隣を歩く後輩は綺麗に別れた前髪の根元しか見えなかった。
もう外は紺一色で、今日はあまり星が出ていなかった。
「美園先輩はどうですか?」
『美園聡』は、それほど社交的ではない。かといって孤立するほどでもない。
駅までの距離は、沈黙には長い。かといって膨らませる必要はないほど短い。それなら、と俺は一歩先を行く男を指した。
「ああでも俺は、こいつもいるから」
刺された男は、矢継ぎ早な話を中断して、振り返る。焦茶色の長めの髪が冷たい風に揺れた。
「俺たち、兄弟なんだよね。凪ちゃん」
「お前な、いくら歳近いからってちゃん呼びはやめろって言っただろ」
「ごめんって」
「え!そうだったんですか」
は、と四季凪の短いため息が白くなって消える。
「自分ばっかりすくすく伸びやがって」
「あはは」
改札までの距離は、残り数秒、階段を上がると紺色は人工的な白さに変わった。
「確か、路線反対だよね?」
「はい」
「じゃあ俺たちこっちだから、気をつけて」
「お疲れ様でしたー」
軽い会釈をして、幾つもの靴底の音が下りのピクトグラムに消えたあと、俺たちも歩き出した。
「あのさぁ」
四人分の靴底の音がタイルを叩く。
「アキラもセラもさ、回収せずに放流するのやめなさいよ」
「え?だめ?」
「アキラが乗ったら終わりなんよな」
「たらいか誰かが止めると思ったんですよ」
ああ今日も、『美園聡』が終わった。
バラエティでは、相手の言葉に素早く大きなリアクションを取る。
体格差がある人間には、視線を合わせて話す。
親近感を与えるためには、自分の話をする。
「なぁそれさ、誰の?」
『冷たいステーキを召し上がれ』
冷たくなったステーキを、今でも覚えてる。
正しく切れなかったナイフと、正しく口に運べなかったフォークは「良い」と言われるまで何度でも直された。
誕生日に、暖かく美味しそうなそれは、冷たい肉のかけらになって、自分の口に運ばれた。
油が喉に、べったりと纏わり付いた。
『肉の断面の両側に、粗い胡椒を塗して』
『バターたっぷりの油の中で肉を休めながら焼いていく』
『そこにブールブランソースを掛けて、』
『一分片方焼いて、もう一分違う面を焼いて、バターを回しかけながら焼いていく』
『焼き終わって残ったバターと油にバターを足して、白ワインとエシャロットか玉ねぎのみじん切りを入れて、味を整えてソースにする』
キッチンに、肉とソースの香りが渡る。
横で飲み物を用意していた凪ちゃんが、自分の側に寄る。
俺と、なぎちゃんの間に、ソースがじゅうと音を立てて登った。
「よし、もういいか」
歯がすっと入るくらい、奥までじっくり火を通したステーキに、ライスと飲み物、スープに、サラダは取り分ければいいか、と大皿に盛った。
「召し上がれ」
『機会があれば、俺が焼くでもいい』が二人の目の前に並ぶ。目の前の相棒が言ういただきます、に俺も続いた。
メインの品の左右に並ぶカトラリーは静かに光ってそこに寝ている。
「はー」
「食べないの?」
「配信でも言ったけど」
「うん」
「おしゃれすぎてお兄さんどう食べていいかわかんないや」
「いいんじゃない?『好き』に食べてさ」
『お忘れですか?』
「凪ちゃんが空いてるじゃん」
くあ、と大きく口を開けて、連勤寝不足のセラは、背筋を伸ばした。
飛び込みでゼフィーロへ入ってきた依頼は、それなりに物騒だった。僕も空いていない、雲雀も同じく。セラを訪ねて事務所のドアを叩くと、びっしり埋まったシフトを無言で見せられた。
「いいの?」
「構いませんよ、数は?」
アキラはペンを置いて、手袋で覆われた指先で頬杖をついた。
「十程度。心配してるわけじゃあないけどさ、いいの?」
「お忘れですか?対人ならあなたたちの誰よりこなしてますよ」
『良い夢を』
「セラフ寝ちゃったのかい?」
打ち合わせというには砕けた会話に、手土産の紅茶の香りが混ざる。
「依頼が立て込んでいまして」
長椅子をめいいっぱい使って、腕を腹に置いて、寝息少なに眠る姿はこの事務所になって見られるようになった。
「悪いね、大変な時に来てしまって」
「いいえ、オリバー先生の依頼の時期には影響しませんから」
カップの底が透けた頃、先生は手のひらの金色を眺めて、そろそろ出ようかな、と言った。
「送りますよ」
「いや、ここで」
コートに袖を通して、首元のチェーンをすこし正す。手首の蛇がこちらをちらりとみた気がした。
「じゃあまた、セラフも、寝れてないだろうけれど」
「寝てますよ」
「ふふ、おやすみ、良い夢を」
『ご注文お待ちのお客様』
「渡会さん、次これお願いします」
「はいよ」
レジの方から渡されたオーダー表には、ボックスに幾つかのチェックが入れられている。
背を向けていても、見慣れた並びに客の顔が浮かんだ。
「お待たせいたしました」
「忙しそうだったので、声をかけるのはと思ったんですけどね」
「昼時なんてこんなもんよ、中身の確認お願いいたします」
「はいはい」
「アキラのホットのカフェラテMと、サーモンとアボカドのホットサンドあとこれセラおにサルサドックと」
「甘やかすな甘やかすな」
「『エスプレッソのS、角砂糖4つ』」
オーダーにないもう一杯もテイクアウト用の型紙に入れてカウンターへ置く。
「以上でよろしいですか?」
手袋の指先が持ち手を掬い上げた。
『おじゃまします/はいどうぞ』
「靴、そんなにぴっちりしなくても、あなた律儀ですねぇ」
人の家は、気のせいか天井が近く感じる。
「手洗い場はそこです、ハンドソープはここ、タオルありますけど気になるなら使い捨てのがここに」
玄関からの一直線を歩きながら、よく見た背中はあちこちを示して言った。
「荷物、この辺りに置いてください」
「うん」
「上着貸してください、掛けときますよ」
ふと、自分の方を振り返って差し出す手には、いつも着けている黒の手袋は無い。その代わり、黒く塗られた爪にはハンガーが一つ握られていた。
「なに、脱がないの」
「なぎなぎなぎなぎ、慣れててやだな」
「は?なんだはっ倒すぞ」
『代わりにそれで勘弁してね』
「なぎちゃんさ、寒くない?」
ブラインドのそばで、ナイフを指先で遊んでいたセラが言った。
「いや、別に。冷えます?」
デスクにいたアキラが答える。
「うん、まぁ。上着た方がいいよ」
「は?何、」
セラフは、その足でデスクの後ろに回り、椅子に掛けていた上着をアキラの肩に掛けた。
「セラお、孫みたいやな」
キッチンから戻った雲雀の手に乗ったトレイのから暖かい匂いがする。
「やめてくださいよ、こんなでかい孫」
「なぎおばあちゃん、そろそろお茶にしようねぇ」
「ふざけんなお前まじで」
そのまま背中を押すように、セラはアキラを運ぶ。
「ケーキみんなどれにする?」
白い箱を上だけ開けて、雲雀がこちらへ見せた。各々指を指して、適当に自分の皿へ持っていく。
「あれ?ヒバ、一個多くない?」
「あ〜、なんか5つでいくらだったんだよな、誰か食えば?」
「俺、もらっていい?」
口にフォークを当てたまま、セラが言う。
「ええでええで、セラおいっぱい食べ」
僕らは4人で集まる時は、それなりに適当だ。
ケーキが5つだって、誰かがコーヒーじゃなくてコーラを飲んでいたって、カトラリーが人数より多かったって、そんなものだと、そう思っている。
最後の一つのケーキを皿も、フォークも、新しいものによそったセラはさっきまでアキラがいたデスクにそれを置いた。
「セラ、それ誰に置いたの?」
「え、朝からいない?黒髪ロングの綺麗な人」
『クレーム処理も仕事なんでね』
「オッケ、あと気になるとこをある?」
「いえ」
「俺も」
「うん、今のところは」
終了、の合図とともに、置いてあるソファの背もたれに奏斗が背を預ける。
気の抜けた声を出しながら腕を左右に広げて天井仰ぎ、そらせた体をゆっくり元に戻して、首を回した。
「あー疲れた。ヒバあとで一杯淹れてよ」
「ん、ええで。美味いの淹れちゃる」
隣に座る雲雀も、膝をさっきよりも開いて重心を傾けた。
カフェの2階のギャラリーには、作品が行儀よく並ぶ。
丁寧に額装され、展示された美術品は日中の賑やかさから離れて眠っている。
その一つ一つに、今はテーブル上のデスクライトのほの明るい光だけが届いていた。
静かな夜だ。
「ちょっと僕、下片してくるね」
奏斗の座っていた部分の座面が持ち上がる。
「奏斗」
階下へ続く階段の入り口まで、ソールの厚いブーツが鳴る。
「入り口二人です」
一段降りた先で明るい髪が暗がりに沈む。
「ホルスター忘れてるよ」
セラフが、手の中のそれを軽く上げた。重みでベルトが揺れて鳴る。
「大丈夫」
明るい声音と、腕と首のストライプだけがうっすらと浮かんで階段を降りていく。
「その数なら足で十分」
『お待たせいたしました。』
セラフは、カウンターを通り越して店内を進んだ。背格好にそぐわないひっそりとした歩き方で、箱型の席を縫っていく。待ち合わせ場所の喫茶店は、うちの店とは違う豆の匂いがした。
ねえセラ、声をかけるより前に、僕より少し高い背中が止まる。
「ごめん遅くなって、なんか飲む?」
そこに座る、立ち襟ブラウスの向こうに黒子が二つある女の人は、
「生憎、どこかの二人がゆっくりお茶をする時間をくれたので、私は結構ですよ」
そう言って、バッグから出した眼鏡を、その前髪を縫って掛けた。
『眼鏡って言ったじゃん』
『眼鏡って言ったじゃん』
「さてと、その名の通り、何もないね」
船、砂浜、海藻となんか半分見え隠れするガラクタの数々、向こうには森が広がっている。ゲームだったら遮蔽が多くていいかもしれないけれど、生憎ここは
「無人島なんだよなぁ」
森の方を見るセラが立ち止まって動かない。しばらくして少し肩の力が抜けた。ここに人が住んでいない事は本当らしい。
着の身着のまま連れてこられたものだから、持っているのは皮肉にも整備し切ったこいつだけだ。
「さよならみんな」
「まだパンデミックにすらなって無いだろ」
こめかみに銃口を向けた僕のそばにセラがふらりとやってきて、言った。
「企画でしょ、どうせ数日たったらなんかしらあるだろうし、歩こうよ奏斗」
「えー僕もう疲れたんだけど」
「なぁオイ奏斗!見ろよヤシの実」
「すご、どっからそんなの取ってきたのヒバ」
「向こうに生えとった」
店のケーキよろしく手の中に収まるそいつを転がしながら雲雀は八重歯を見せる。
「拠点、向こうに構えられますよ」
アキラが、僕たちから少し離れたところで、浜辺の先を指差した。
「なんかアキラ、完全防備じゃない?」
「5日前にこの情報は入っているので」
「ずっるぅ」
「何言うんですか、専売特許ですよ」
『ほら、俺って蝶よ蜂よと、育てられてきたから。』
部屋は、ふた部屋割り当てられた。
私とセラフ、奏斗と雲雀の組み合わせだ。
コートを入り口のハンガーへ掛け、奥へ踏み入ると同時にぱ、と照明がついた。
「疲れたな……」
「そだね」
ベッドが二つ、その向かいにはモニターと冷蔵庫の収まった棚が壁沿いに添えつけられている。それらを横目に見て、窓前のスペースへ。膝下ほどの高さのテーブルと、向かい合うようにして深めのチェアが置かれていた。
「とりあえず、今日はもうお終いだよな」
「うん、マネージャーさん、打ち合わせは明日で良いって」
「なら、メッセージチェックして、寝るかふぁ」
最後に眠気に負けた語尾をセラフが笑う。
眼鏡の内側で、瞼が持ち上がらず視界が狭まっていく。
「メッセージ、マネさんの?」
「いや、依頼主だ。セラ夫にもあとで一部の仕事を頼みます」
「了解」
「あ〜〜〜風呂に行くまでが嫌だぁぁ」
液晶の文字列を追う。確認事項を見る。
上二つは済んでいる。三つ目は事務所に帰ってからだ。四つ目は、依頼主にもう一つ、確認する必要がある内容だった。
一通り返信内容を打ち終わり、送信のアイコンを押す頃には、セラフも向かいの椅子へと腰掛けていた。と言っても顔が見えているわけではない。
テーブルの下で、布の擦れる音がする。ブーツをくつろげ、ゆるりとその長い脚を軽く投げ出す。
「セラ夫、風呂入ります?」
「あ、俺、時間かかるから凪ちゃん先良いよ」
そう、言うが早いか、テーブル上に重く鈍い音が響いた。
「私もメイク落としたりするから」
見慣れた、太もものホルスターが置かれる。ベルトがへたりとガラスの天板に寝る。続いて左腿、腰のベルトも折り重なる。
羽織を肩から下ろし、背もたれへと畳む。布に仕込まれたナイフもひとつ、またひとつと規則正しく寝かせられ、ガラスへと先端が反射した。
指輪、ピアス、ネックレス、小さな摩擦音はやむこと無く、セラフから外されていく。
「しょ、っと」
左腕の千本を外して終幕、と思った時だった。
セラフは、インナーと、肌の隙間に指をやる。一本。
襟足に手を差し込む。一本。
そしてもう外したあとのベルトの通しの隙間。一本。
再度、顔が伏せられる。くつろげたブーツの前ベルト部分、一本、踵一本。
私の視線に気づいたのか、セラフは伏せた顔をこちらに向けた。仰々しく手を広げながら次々に銀色が机に山と積まれていく。
「さてさてお立ち会い、ここから出ましたるは無限千本針〜」
「お前は戦場ヶ原ひたぎか?」
取り乱して一人突っ込もうとするsrfを前にした時、話を聞こうと声掛け続けて最終的に振り払われても追いかけるのがhbr、真正面から止めに入るし聞かなければフィジカルでも止めようとするのがskng、その二人とのやりとり見ながら後ろから銃の持ち手で後頭部殴って意識飛ばさせるのがkntだと思ってる
『え?』
四季凪さんは、台本の修正箇所にラインを引いた。
「わかりました。ここと入れ換えですね」
「急ですが、よろしくお願いします。まだ時間あるので、何かあればおっしゃってください」
修正内容に関わる人は、ヴォルタだと、あとはセラフさんだ。リハーサル前後のスタジオで、他の出演者も袖に控えていた。それなのに、見渡しても、行き交うスタッフにも紛れるはずがない背格好の彼が見当たらない。
「あれ」
「凪ちゃん、後ろ隠れさせて」
そう思った矢先、頭の後ろで声がした。
「あなたねぇ、なんです藪から棒に」
「まぁまぁいいからいいから。急いでるんだって」
セラフさんは、言葉に反してゆったり歩く。四季凪さんのコートの裏側へ周り、少し身をかがめた。
「どうかしたんですか?」
私が聞くと、
「奏斗、怒らせちゃいまして」
といたずらに笑った。
「おい、私を盾にすんな」
「いいじゃん、減るもんじゃ無し」
「減る減らないじゃないでしょうよ」
彼の髪の毛は明るいピンクブロンドで、スタジオの照明に照らされると普段より明るく見える。
四季凪さんも、自分と同じくらいの身長はあるはずだ。成人男性として決して小柄とは言われない体躯に、それよりもひと周りふた周り大きなセラフさんが並ぶと錯覚を起こす。
青と黒の輪郭に、ピンクブロンドとあざやかな赤が被さる。
「あはは、セラフさん大きいので、頭隠してなんとやらですね」
その二人の様子を見て言うと、四季凪さんは眉を少し寄せた。
「それがですね、」
「隠れられますよ、ほら」
そう、あざやかな赤を纏った彼が言う。
ピンクブロンドがそのフードに隠れたと思うと、そこには四季凪さんの姿しか見えなかった。
「え?」
「ちょ、アキラ!セラここ来たぁ?」
『相棒は似ると言いますが』
「お疲れ様でした」
四季凪さんは、会釈をしてスタジオを出ていった。
挨拶の後、次の収録までに捌けるものがあって、自分も続いて台車に乗せたそれを転がした。
重さのある扉をストッパーで留めていると、向こうのほうから声がした。
「あ、なぎちゃんじゃん」
出たところの突き当たりで、四季凪さんが誰かに呼び止められていた。
邪魔にならないように脇を通ると、視界の斜め上にピンクブロンドの髪の毛が見えた。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です〜」
セラフさんだった。
確か次の枠で収録がある。
四季凪さんも決して小柄ではないのに、室内の扉より高い彼のそばに立つと感覚が狂う。
矢継ぎ早に話される言葉たちは、豚汁、白だし味覇、と続いてエイパムと、およそキーワードからは何を話しているか見当もつかなかった。
その音の隙間を縫うように鈍いバイブレーションが混じった。
「セラ夫、今日メインですか」
「いや、ゲストだけど」
「この後は私が引き継ぎます」
そう四季凪さんが言ったのが聞こえた。
振り返ると、青いコートがその肩をするりと落ちて、そこに一回り小さいセラフさんがもう一人立っていた。鮮やかな赤の広めの袖から、眼鏡が取り出される。
「台本の流れ教えてください、覚えます」
眼鏡のセラフさんが普通のセラフさんを見上げ、中指でブリッジを押さえた。
自分はカーブを回りきれずに台車ごとフロアの床に沈んだ。
机の上に並んだ食器は、全て、二つずつ揃っていた。
温かみのある白磁のプレートや、大きさが違うだけでそっくりの茶碗、厚みのある硝子の小鉢、表面の凹凸をわざと残すように彫られた椀が二つずつそこにあった。
台所の横の木製の食器棚は、うっすらと埃が掛かっていた。艶やかな飴色だったろうその扉を開けた時、蝶番が軋んだ。
「全て出されますか?」
「ええ、お願いします」
凪ちゃんが、棚の前で依頼主に聞く。
はっきりと答えられた。
戸棚は確かに、依頼主の女性には厄介な高さだった。腿までは、スライド式の見えない棚、その上には左右に二つ、大きめの引き出しが付いていた。そこから、硝子が嵌め込まれた観音開きの戸棚が、この部屋の扉の高さまで伸びている。
棚の下段には、使い勝手の良さそうな艶やかな丸みのある皿が並んでいた。重ね置きも出来るような統一された規格の皿は、真新しかった。何枚かが重なった塊は、さっきと同じように、そうっと取り出されテーブルに並べられる。
凪ちゃんが置いた先から、重なりを解いく。上段のものと違って一つとして同じものはなかった。
凪ちゃんは、棚の上段からそれらを下ろす時、必ずふた揃いで器を手に包んだ。
「数が多くて、ごめんなさいね」
手近なダイニングテーブルの上に、下ろした器を並べていく。
そばでぽつりと依頼主が呟いた。
「上のものは全て私たちが、お任せください」
凪ちゃんが、
「他にもありますか?」
依頼主は、小柄な女性だった。
俺が尋ねると、胸の前で握っていた皺の深い手を天井へ向けた。
「冷蔵庫上にも少しあって、それを」
「わかりました」
凪ちゃんの取り掛かっている戸棚と、台所を挟んで並び立つ。
冷蔵庫はの前に行くと、いくつかの紙の束が、
「あの、この、大きな箱は」
「お鍋なんです、重くなければお願いして良いかしら、あ、踏み台を」
「届きますよ」
一般的な、家庭用の冷蔵庫は俺と同じ高さだ。腕を伸ばして、明るいグリーンの紙の箱を掴むと、確かにずっしりとしていた。
依頼主は言った。
「家をね、手放そうと思うんです」
「大きな家なので、片付けようにも大掛かりで、自分一人では手が回らなくて」
「孫娘が人を呼んだ方がいいって」
「先日薬屋さんでこちらのチラシをいただいたの、」
「重いものとか、高いところのものをお願いしてもいいかしら」
家は、静かな通りにあった。
駅から商店の並ぶ、大通りを抜け、指定された路地を曲がると、車の音が急に遠のいて、人の気配が減った。
言われた通り、二度、突き当たった角を曲がった先に依頼主の家はあった。
ざらついた表面の石の塀が囲み、その先に今では珍しい、赤茶色の瓦屋根が見えた。
台所はひんやりとしていた。
「一緒に包んでもらえますか?」
懐かしい色の柔らかな紙を器の底に敷く。縁にしっかり掛かるように折り込んで、くるりと巻くと、さっきまで対だったものたちが片方ずつ別物になった。
依頼主の目が細められ、まぶたの下の影が濃くなった。
アキラは手を止めた。
「じっと見てごめんなさい、不躾でしたね」
「いえ、ただ、どうしたのか思いまして」
「いえね、あなたのお顔立ちが」
「昔のあの人に似ていたので、つい」
「お菓子、食べます?」
「え、いえそんなわけには」
「美味しい があるんですよ、ぜひお礼と言ってはなんだけど」
「
「ちょっとは遠慮しろ」
「」
「」
「ありがとうございました」
黒髪の女性が頭を下げると、さらりとした髪が顔を隠すように垂れた。
ここに初めて来た時と同じで、広げた手帳の中に、夫婦二人の記念写真が挟まれていた。
女性が座る傍ら、姿勢良く立つ男性と、どちらも穏やかな笑みを浮かべている。
滲んだような背景と整えられた服装は、特別な日のものなんだろう。
「ご依頼の内容には、足りたでしょうか」
「ええ、充分です」
「ご希望通り、家具や、物はそれぞれ古道具屋や、引き取り手のところへ贈りました。大切に扱われると思います」
引取先の一覧を、彼女へ向けてテーブルの上に置く。アキラの手袋が、紙を天板の上を滑らせる。
本当の依頼主は、少し屈んで上から時間をかけて目で追った。
その目が紙の、右下の端へ降りるまで、俺もアキラも何もしなかった。何も言わなかった。
目が、紙の終わりで止まった時、彼女は顔を上げた。
リストの先のアキラを見て、わずかに目が泳ぐ。
そして、手が口元へと移った。
人は、不安を感じると、無意識下でそうする。
彼女は、指先で口を押さえたまま、
「変な確認なのですけれど」
「なんでしょう」
「あなたは契約の時に会った、四季凪さんでよろしいんですよね」
そう、目の前の男に声をかけた。
「はい」
「驚きました。祖父がそこにいるのかと、」
アキラの目元が笑顔を作る。ただ、そうするといつもわずかに動くはずの、黒い縁の眼鏡はそこにはない。細まる目の色は、藤色ではなくはっきりとした栗色だった。
「私は写真でしか見たことがないですけれど」
「お写真も色が褪せていましたから、多少想像の部分もありますが」
顔周りに流れる黒髪も、ほおのラインが見えるほど短く切り揃えられている。
「祖母にあった時は、今の四季凪さんだったんですね」
「ええ」
もう一度、アキラが笑顔を作ると、その顔は、依頼主の手元にある写真の中のその人そのものだった。
全く関係ないんだけど、たとえば何でも屋風の依頼で依頼主の年配の女性の荷物持ったり買い物の付き添いをした時に、凪ちゃんはスタンス「女性」のエスコートなんだけど、セは相手がそのトーンなら「孫」になれるみたいなところある
凪ちゃんは、
依頼主のトーンもあるけど、高いもの取る時に「上のものは私が、お任せください」って女性に重いものは持たせられませんのエスコートアキラと、「危ないから俺取りますよ」って依頼主座らせちゃって引っ越し屋か?みたいな動きするセラ
机の上に並んだ食器は、全て二つずつ揃っていた。
温かみのある白磁のプレートや、大きさの違うだけの茶碗、厚みのある硝子の小鉢、表面の凹凸をわざと残すように掘られた椀が、揃ってそこにいる。
台所の横に並んだ食器棚にはうっすらと埃が掛かっていた。艶やかな飴色だったろうその扉を開けた時、蝶番が軋んだ。
「全て出されますか?」
「ええ、お願いします」
凪ちゃんは、上の棚から下ろす時、必ずふた揃いで手に包んだ。
棚は、下段が使い勝手の良い艶やかな丸みのある皿が並んでいた。
「じゃあわたしはこちらを」
「俺は向こう降ろします」
「この、大きな箱は」
「お鍋なんです、重くなければお願いして良いかしら、あ、でも台を」
「届きますよ」
「一緒に包んでもらえますか?」
懐かしい色の柔らかな紙を器の底に敷く。縁にしっかり掛かるように折り込んで、くるりと巻くと、さっきまで対だったものたちが片方ずつ別物になった。
「じっと見てごめんなさい、不躾でしたね」
「いえ、ただ、どうしたのか思いまして」
「いえね、あなたのお顔立ちが」
「昔のあの人に似ていたので、つい」
「ありがとうございました」
黒髪の女性が頭を下げると、さらりとした髪が顔が少し隠すように垂れた。
ここに初めて来た時と同じで、広げた手帳の中に、夫婦二人の記念写真が挟まれていた。
「ご依頼の内容には、足りたでしょうか」
「ええ、充分です」
「ご希望通り、家具や、物はそれぞれ古道具屋や、引き取り手のところへ贈りました。大切に扱われると思います」
引取先の一覧を、彼女へ向けてテーブルの上に置くと、少し屈んで上から時間をかけて目で追っていた。その目が紙の、右下に降りるまで、私もセラフも何もしなかった。何も言わなかった。
「あれで、良かったんでしょうか」
「ええ、お願いした通りのことを、してくださいました」
「祖母にお会いになった時、四季凪さんは今の四季凪さんだったんですよね?」
「はい」
「驚きました。祖父がそこにいるのかと、私は写真でしか見たことがないですけれど」
ヒーローの誰かが諸事情で遅れた時「ヒーローは遅れてやってくる」ってコラボ相手がフォローするケースあるけど、前にサモランでワタワタsikがこれを言ったら「(満を辞してという意味であって)時間にルーズであって良いというわけじゃないよ」って裏稼業出srfが突っ込んでたのずっと好き
「バリちゃんが私のね、お給仕する喫茶店に女の子と来たのよ。私奥でお給仕しててさ、えーなんや見知った顔おるー、と思ってたの、
角度的に女の子の顔は見えんかったんやけど、かわいい子やったよ。きんいろの髪でふわ〜っとしてて、
ほいで、バリちゃんとその子がオムライス頼んだんやけど、あそうなんです、うちの喫茶店には美味しいオムライスもございます、ございますけれども、ええ。それをね、頼んだのよ。
女の子の方がさ、食べるときに何か言ったのよね、そしたら、爆笑してんのよ、バリちゃんが。おっきな口開けて、ぱかーって、こうぱっかーってね。そうそうあの顔
女の子とのごはんでそんな笑うことある?ってくらいぱっかーっておーきな口開けて笑ってて、
まぁ私は最後までキッチンから出ませんでしたけども。ええ。いやいや気まずいやん。」
『どっちだと思う?』
「えー、おもろ、俺じゃん」
瞼を上げると、赤から青に滲む虹彩が見えた。
そのまま首裏に手をやって、摩る様にしたかと思うと、『雲雀』は口を開けた。
「な、なぎちゃんさぁ」
「おお」
「なぎちゃんさぁ、こんくらいか」
自分が、耳で聞いているよりわずかに高く感じる声で相棒の名前を呼ぶのは寸分違わず俺だった。
「せらお、なんか言ってみ?」
「」
「わからんわからん」
『俺』は、もう一度首裏に手をやって何かを操作したかと思うと、マイクテストの時のようにあ、あ、と零した。
「半音下がった?」
「おう」
まだ、わずかに目線が下にある自分が屈託なく笑う。そのこめかみと、髪色の境を見ながら、自分の真横からの顔を初めて見た、なんて思った。
雲雀の持ってきたケースには、所狭しと物が並ぶ。衣装や、ウィッグみたいなわかりやすいものもあれば、スプレーや何かの液体、人の皮膚みたいな色の塊とか、よくわからないものもあった。雲雀はその中から、艶のある黒のケースを引き上げた。
平たい、シンプルな作りの箱だった。蓋は引き上げると少し反発するように蝶番が鳴って、開いた内側には全面に天鵞絨が纏われていた。
「おお、そっくり」
「だろ?特注だぜ?」
シルバーだった。
女の人のアクセサリー事情はよく知らないけれど、よく映画で見る指輪の定位置にそれは収まっていた。
「機能あるの?」
「いんや、飾りも飾りよ、セラおのそこまで再現するにはアルバイターの財布じゃできん」
雲雀は笑って、インナーの指のあたりを引き上げて、一つ、中指にはめた。
「わりセラお、ちょいこっち向いてくれ」
「うん」
「手ぇ出して」
「おっけ、」
雲雀は飾り、と言ったけれど、答え合わせをするかのように、鏡写しの場所に置かれたシルバーはおんなじ顔をしていた。
「おや、セラ夫がふたり」
ランドリーの階段から音がした。
段を降りるたびソールが鳴る。
俺と、雲雀の『俺』は目を見合わせた。
なぎちゃんは、手にファイルと、カップを一つ持ってフロアに降りる。俺たち二人をまじまじと見ながら、真ん中のテーブルへそれを置いた。自身も側の椅子へ腰掛ける。
ファイルを開くと、俺との共同任務の件の、現場の見取り図だった。
「どっちだと思う?」
そうですねぇ、なぎちゃんは腕を組んだ。
たまにする、顎に指の節で触れる仕草をしながら、二人の『俺』を見る。
髪の毛も、ピアスも、目も服も、同じ顔したシルバーだって、寸分違わず隣の『俺』は俺だ。
凪ちゃんの視線が、今言った箇所をなぞっているのは微かに感じるくすぐったさでわかった。一通りなぞった視線が、もう一度俺の眼に戻ってきた時、なぎちゃんは言った。
「こ憎たらしい感じがするからこっちなんじゃない?」
そう、そこらにあったチェスの駒を摘み、俺の前に置いた。こつ、とテーブルに佇むナイトが俺の方を向いている。
「え?当たってるでしょ?」
「はぁ」
「えっ、なに?」
「相方なのに…」
「え?!うそ私まちがってる!?だってセラ夫の
方が瞬き少ないし体幹あるでしょ?」
「いや俺が俺だけど」
「そうでしょ?!なんで嘘ついたの?」
「そんでおれがおれだけど」
「知ってますよ、やめなさいあなたセラ夫で変顔するの」
『だってさ、ほら、ねぇ』
報告は間を空けてはいけない。
連絡は途切れさせてはいけない。
指示には、自分の体がどうなっても従和なければいけない。
体の芯まで染みていた教えが、薄れたのはいつ頃だったか、もう覚えてない。
「あ、」
口をついた気掛かりは、台本の一節だった。
進行だけ書かれたシンプルな台本は、収録の回数が増えるごとに文字数が少なくなっていった。真っ直ぐな文字の流れを指でなぞる。
おそらくこの場面で、自分の立ち位置は解答席の前方だにあるはずだった。ゲストは自分より小柄だ。勝者と敗者のリアクションの比較が取れた方がいい場面だと思う。
控え室は静かだった。
すぐ隣にいる共演者は、少し手を伸ばせば届く距離だ。
相手に近い方の手をその肩へ伸ばして、軽く叩けるほどに。
「凪ちゃんこれ、」
自分の手に気付いたのか、隣の彼はこちらへ向く。
俺は、台本を傾けながら自分が線を引いた箇所を指した。
いつも通りの感覚だった。
自分の触れている肩の持ち主が、いつもの眼鏡の男ではなく、自分と背丈が同じほどある、彼だということ以外は。
「さ、」
声は、音になっていなかったかもしれない。
色素の薄い髪が顔の左側を覆っている。その分け目から、大きく見開いたグリーンが見えた。
「あ、」
ペンが台本のノドに転ぶ。
濡れた緑の面積が徐々に狭まって、まぶたと、目尻の特徴的な黒子がゆっくりと近づいていった。
「セラ夫、どうしました?」
オリバー先生は、そう言い切る前にく口元に手を当てて、くっくっくと喉を鳴らした。
「あ〜〜〜」
「あはは」
耳に血液が集まるのを感じながら、俺の視界は紙の上に浮かぶ文字でいっぱいになった。
『お願いしたい事があるんです。』
「説明は以上です。気になる点はございますか?」
穏やかな声色で、その人は書類を少しこちらへ寄せた。
問題ありません、そう答えると眼鏡の男はレンズの奥で藤色の目が細め、
「それでは今回の警護は、彼が務めます」
2人きりのはずだった、部屋の奥をその掌で指した。
最悪だ。
あと少しで授業が始まるのに、ロッカーの鍵はびくともしなかった。長針があと4回動いたら、教室に入った途端怒鳴られる。
ふと、自分の影をもう一回り大きな影が覆った。
まくった袖口と骨ばった手首、指輪の付いた人指し指が目の前に落ちる。背後を確認しに振り向いたのと、紫の髪が去ったのは同時だった。
「お、なんか知らんが開いたぜ」
『我が家の味』
「よく眠れるんだよ、」とkntが言った。検索画面には『マフィアの壮絶な最後!』と劇画調に書かれたサムネイルが並ぶ。
「まさか貴方、懐かしいとか言うんじゃありませんよね?」
「そんなまさか昨今日本じゃやらねぇよ〜!昨日まで家に来てた人が翌日鍋で溶けたりはしたけど」
「なべ」
『でも、あいつはさ』
このカフェに勤め始めて一ヶ月、シフト表の一番上の先輩について、よくわからないことがある。
「わたらい、店長より長いよ?」
「ギャラリーの作品のこと聞かれたらあいつに聞けばわかるよ」
「オーナーにもタメ口なんだよな」は、まだいいとして、
レジが壊れた時の
「わたらい足し算引き算はできないから代わって」だけは未だに納得いってない。
『エチュード1』
自動ドアが開いた。
幾つもの靴底の音が賑やかだった。
レッスンが終わり、エントランスホールへ降りると、珍しく他の学生と鉢合わせた。
「人間関係には慣れた?」
「いや〜、まぁ少しは、でも授業が被らないとなかなか会えませんしね」
そう、隣を歩く後輩は綺麗に別れた前髪の根元しか見えなかった。
もう外は紺一色で、今日はあまり星が出ていなかった。
「美園先輩はどうですか?」
『美園聡』は、それほど社交的ではない。かといって孤立するほどでもない。
駅までの距離は、沈黙には長い。かといって膨らませる必要はないほど短い。それなら、と俺は一歩先を行く男を指した。
「ああでも俺は、こいつもいるから」
刺された男は、矢継ぎ早な話を中断して、振り返る。焦茶色の長めの髪が冷たい風に揺れた。
「俺たち、兄弟なんだよね。凪ちゃん」
「お前な、いくら歳近いからってちゃん呼びはやめろって言っただろ」
「ごめんって」
「え!そうだったんですか」
は、と四季凪の短いため息が白くなって消える。
「自分ばっかりすくすく伸びやがって」
「あはは」
改札までの距離は、残り数秒、階段を上がると紺色は人工的な白さに変わった。
「確か、路線反対だよね?」
「はい」
「じゃあ俺たちこっちだから、気をつけて」
「お疲れ様でしたー」
軽い会釈をして、幾つもの靴底の音が下りのピクトグラムに消えたあと、俺たちも歩き出した。
「あのさぁ」
四人分の靴底の音がタイルを叩く。
「アキラもセラもさ、回収せずに放流するのやめなさいよ」
「え?だめ?」
「アキラが乗ったら終わりなんよな」
「たらいか誰かが止めると思ったんですよ」
ああ今日も、『美園聡』が終わった。
バラエティでは、相手の言葉に素早く大きなリアクションを取る。
体格差がある人間には、視線を合わせて話す。
親近感を与えるためには、自分の話をする。
「なぁそれさ、誰の?」
『冷たいステーキを召し上がれ』
冷たくなったステーキを、今でも覚えてる。
正しく切れなかったナイフと、正しく口に運べなかったフォークは「良い」と言われるまで何度でも直された。
誕生日に、暖かく美味しそうなそれは、冷たい肉のかけらになって、自分の口に運ばれた。
油が喉に、べったりと纏わり付いた。
『肉の断面の両側に、粗い胡椒を塗して』
『バターたっぷりの油の中で肉を休めながら焼いていく』
『そこにブールブランソースを掛けて、』
『一分片方焼いて、もう一分違う面を焼いて、バターを回しかけながら焼いていく』
『焼き終わって残ったバターと油にバターを足して、白ワインとエシャロットか玉ねぎのみじん切りを入れて、味を整えてソースにする』
キッチンに、肉とソースの香りが渡る。
横で飲み物を用意していた凪ちゃんが、自分の側に寄る。
俺と、なぎちゃんの間に、ソースがじゅうと音を立てて登った。
「よし、もういいか」
歯がすっと入るくらい、奥までじっくり火を通したステーキに、ライスと飲み物、スープに、サラダは取り分ければいいか、と大皿に盛った。
「召し上がれ」
『機会があれば、俺が焼くでもいい』が二人の目の前に並ぶ。目の前の相棒が言ういただきます、に俺も続いた。
メインの品の左右に並ぶカトラリーは静かに光ってそこに寝ている。
「はー」
「食べないの?」
「配信でも言ったけど」
「うん」
「おしゃれすぎてお兄さんどう食べていいかわかんないや」
「いいんじゃない?『好き』に食べてさ」
『お忘れですか?』
「凪ちゃんが空いてるじゃん」
くあ、と大きく口を開けて、連勤寝不足のセラは、背筋を伸ばした。
飛び込みでゼフィーロへ入ってきた依頼は、それなりに物騒だった。僕も空いていない、雲雀も同じく。セラを訪ねて事務所のドアを叩くと、びっしり埋まったシフトを無言で見せられた。
「いいの?」
「構いませんよ、数は?」
アキラはペンを置いて、手袋で覆われた指先で頬杖をついた。
「十程度。心配してるわけじゃあないけどさ、いいの?」
「お忘れですか?対人ならあなたたちの誰よりこなしてますよ」
『良い夢を』
「セラフ寝ちゃったのかい?」
打ち合わせというには砕けた会話に、手土産の紅茶の香りが混ざる。
「依頼が立て込んでいまして」
長椅子をめいいっぱい使って、腕を腹に置いて、寝息少なに眠る姿はこの事務所になって見られるようになった。
「悪いね、大変な時に来てしまって」
「いいえ、オリバー先生の依頼の時期には影響しませんから」
カップの底が透けた頃、先生は手のひらの金色を眺めて、そろそろ出ようかな、と言った。
「送りますよ」
「いや、ここで」
コートに袖を通して、首元のチェーンをすこし正す。手首の蛇がこちらをちらりとみた気がした。
「じゃあまた、セラフも、寝れてないだろうけれど」
「寝てますよ」
「ふふ、おやすみ、良い夢を」
『ご注文お待ちのお客様』
「渡会さん、次これお願いします」
「はいよ」
レジの方から渡されたオーダー表には、ボックスに幾つかのチェックが入れられている。
背を向けていても、見慣れた並びに客の顔が浮かんだ。
「お待たせいたしました」
「忙しそうだったので、声をかけるのはと思ったんですけどね」
「昼時なんてこんなもんよ、中身の確認お願いいたします」
「はいはい」
「アキラのホットのカフェラテMと、サーモンとアボカドのホットサンドあとこれセラおにサルサドックと」
「甘やかすな甘やかすな」
「『エスプレッソのS、角砂糖4つ』」
オーダーにないもう一杯もテイクアウト用の型紙に入れてカウンターへ置く。
「以上でよろしいですか?」
手袋の指先が持ち手を掬い上げた。
『おじゃまします/はいどうぞ』
「靴、そんなにぴっちりしなくても、あなた律儀ですねぇ」
人の家は、気のせいか天井が近く感じる。
「手洗い場はそこです、ハンドソープはここ、タオルありますけど気になるなら使い捨てのがここに」
玄関からの一直線を歩きながら、よく見た背中はあちこちを示して言った。
「荷物、この辺りに置いてください」
「うん」
「上着貸してください、掛けときますよ」
ふと、自分の方を振り返って差し出す手には、いつも着けている黒の手袋は無い。その代わり、黒く塗られた爪にはハンガーが一つ握られていた。
「なに、脱がないの」
「なぎなぎなぎなぎ、慣れててやだな」
「は?なんだはっ倒すぞ」
『代わりにそれで勘弁してね』
「なぎちゃんさ、寒くない?」
ブラインドのそばで、ナイフを指先で遊んでいたセラが言った。
「いや、別に。冷えます?」
デスクにいたアキラが答える。
「うん、まぁ。上着た方がいいよ」
「は?何、」
セラフは、その足でデスクの後ろに回り、椅子に掛けていた上着をアキラの肩に掛けた。
「セラお、孫みたいやな」
キッチンから戻った雲雀の手に乗ったトレイのから暖かい匂いがする。
「やめてくださいよ、こんなでかい孫」
「なぎおばあちゃん、そろそろお茶にしようねぇ」
「ふざけんなお前まじで」
そのまま背中を押すように、セラはアキラを運ぶ。
「ケーキみんなどれにする?」
白い箱を上だけ開けて、雲雀がこちらへ見せた。各々指を指して、適当に自分の皿へ持っていく。
「あれ?ヒバ、一個多くない?」
「あ〜、なんか5つでいくらだったんだよな、誰か食えば?」
「俺、もらっていい?」
口にフォークを当てたまま、セラが言う。
「ええでええで、セラおいっぱい食べ」
僕らは4人で集まる時は、それなりに適当だ。
ケーキが5つだって、誰かがコーヒーじゃなくてコーラを飲んでいたって、カトラリーが人数より多かったって、そんなものだと、そう思っている。
最後の一つのケーキを皿も、フォークも、新しいものによそったセラはさっきまでアキラがいたデスクにそれを置いた。
「セラ、それ誰に置いたの?」
「え、朝からいない?黒髪ロングの綺麗な人」
『クレーム処理も仕事なんでね』
「オッケ、あと気になるとこをある?」
「いえ」
「俺も」
「うん、今のところは」
終了、の合図とともに、置いてあるソファの背もたれに奏斗が背を預ける。
気の抜けた声を出しながら腕を左右に広げて天井仰ぎ、そらせた体をゆっくり元に戻して、首を回した。
「あー疲れた。ヒバあとで一杯淹れてよ」
「ん、ええで。美味いの淹れちゃる」
隣に座る雲雀も、膝をさっきよりも開いて重心を傾けた。
カフェの2階のギャラリーには、作品が行儀よく並ぶ。
丁寧に額装され、展示された美術品は日中の賑やかさから離れて眠っている。
その一つ一つに、今はテーブル上のデスクライトのほの明るい光だけが届いていた。
静かな夜だ。
「ちょっと僕、下片してくるね」
奏斗の座っていた部分の座面が持ち上がる。
「奏斗」
階下へ続く階段の入り口まで、ソールの厚いブーツが鳴る。
「入り口二人です」
一段降りた先で明るい髪が暗がりに沈む。
「ホルスター忘れてるよ」
セラフが、手の中のそれを軽く上げた。重みでベルトが揺れて鳴る。
「大丈夫」
明るい声音と、腕と首のストライプだけがうっすらと浮かんで階段を降りていく。
「その数なら足で十分」
『お待たせいたしました。』
セラフは、カウンターを通り越して店内を進んだ。背格好にそぐわないひっそりとした歩き方で、箱型の席を縫っていく。待ち合わせ場所の喫茶店は、うちの店とは違う豆の匂いがした。
ねえセラ、声をかけるより前に、僕より少し高い背中が止まる。
「ごめん遅くなって、なんか飲む?」
そこに座る、立ち襟ブラウスの向こうに黒子が二つある女の人は、
「生憎、どこかの二人がゆっくりお茶をする時間をくれたので、私は結構ですよ」
そう言って、バッグから出した眼鏡を、その前髪を縫って掛けた。
『眼鏡って言ったじゃん』
『眼鏡って言ったじゃん』
「さてと、その名の通り、何もないね」
船、砂浜、海藻となんか半分見え隠れするガラクタの数々、向こうには森が広がっている。ゲームだったら遮蔽が多くていいかもしれないけれど、生憎ここは
「無人島なんだよなぁ」
森の方を見るセラが立ち止まって動かない。しばらくして少し肩の力が抜けた。ここに人が住んでいない事は本当らしい。
着の身着のまま連れてこられたものだから、持っているのは皮肉にも整備し切ったこいつだけだ。
「さよならみんな」
「まだパンデミックにすらなって無いだろ」
こめかみに銃口を向けた僕のそばにセラがふらりとやってきて、言った。
「企画でしょ、どうせ数日たったらなんかしらあるだろうし、歩こうよ奏斗」
「えー僕もう疲れたんだけど」
「なぁオイ奏斗!見ろよヤシの実」
「すご、どっからそんなの取ってきたのヒバ」
「向こうに生えとった」
店のケーキよろしく手の中に収まるそいつを転がしながら雲雀は八重歯を見せる。
「拠点、向こうに構えられますよ」
アキラが、僕たちから少し離れたところで、浜辺の先を指差した。
「なんかアキラ、完全防備じゃない?」
「5日前にこの情報は入っているので」
「ずっるぅ」
「何言うんですか、専売特許ですよ」
『ほら、俺って蝶よ蜂よと、育てられてきたから。』
部屋は、ふた部屋割り当てられた。
私とセラフ、奏斗と雲雀の組み合わせだ。
コートを入り口のハンガーへ掛け、奥へ踏み入ると同時にぱ、と照明がついた。
「疲れたな……」
「そだね」
ベッドが二つ、その向かいにはモニターと冷蔵庫の収まった棚が壁沿いに添えつけられている。それらを横目に見て、窓前のスペースへ。膝下ほどの高さのテーブルと、向かい合うようにして深めのチェアが置かれていた。
「とりあえず、今日はもうお終いだよな」
「うん、マネージャーさん、打ち合わせは明日で良いって」
「なら、メッセージチェックして、寝るかふぁ」
最後に眠気に負けた語尾をセラフが笑う。
眼鏡の内側で、瞼が持ち上がらず視界が狭まっていく。
「メッセージ、マネさんの?」
「いや、依頼主だ。セラ夫にもあとで一部の仕事を頼みます」
「了解」
「あ〜〜〜風呂に行くまでが嫌だぁぁ」
液晶の文字列を追う。確認事項を見る。
上二つは済んでいる。三つ目は事務所に帰ってからだ。四つ目は、依頼主にもう一つ、確認する必要がある内容だった。
一通り返信内容を打ち終わり、送信のアイコンを押す頃には、セラフも向かいの椅子へと腰掛けていた。と言っても顔が見えているわけではない。
テーブルの下で、布の擦れる音がする。ブーツをくつろげ、ゆるりとその長い脚を軽く投げ出す。
「セラ夫、風呂入ります?」
「あ、俺、時間かかるから凪ちゃん先良いよ」
そう、言うが早いか、テーブル上に重く鈍い音が響いた。
「私もメイク落としたりするから」
見慣れた、太もものホルスターが置かれる。ベルトがへたりとガラスの天板に寝る。続いて左腿、腰のベルトも折り重なる。
羽織を肩から下ろし、背もたれへと畳む。布に仕込まれたナイフもひとつ、またひとつと規則正しく寝かせられ、ガラスへと先端が反射した。
指輪、ピアス、ネックレス、小さな摩擦音はやむこと無く、セラフから外されていく。
「しょ、っと」
左腕の千本を外して終幕、と思った時だった。
セラフは、インナーと、肌の隙間に指をやる。一本。
襟足に手を差し込む。一本。
そしてもう外したあとのベルトの通しの隙間。一本。
再度、顔が伏せられる。くつろげたブーツの前ベルト部分、一本、踵一本。
私の視線に気づいたのか、セラフは伏せた顔をこちらに向けた。仰々しく手を広げながら次々に銀色が机に山と積まれていく。
「さてさてお立ち会い、ここから出ましたるは無限千本針〜」
「お前は戦場ヶ原ひたぎか?」
取り乱して一人突っ込もうとするsrfを前にした時、話を聞こうと声掛け続けて最終的に振り払われても追いかけるのがhbr、真正面から止めに入るし聞かなければフィジカルでも止めようとするのがskng、その二人とのやりとり見ながら後ろから銃の持ち手で後頭部殴って意識飛ばさせるのがkntだと思ってる
『え?』
四季凪さんは、台本の修正箇所にラインを引いた。
「わかりました。ここと入れ換えですね」
「急ですが、よろしくお願いします。まだ時間あるので、何かあればおっしゃってください」
修正内容に関わる人は、ヴォルタだと、あとはセラフさんだ。リハーサル前後のスタジオで、他の出演者も袖に控えていた。それなのに、見渡しても、行き交うスタッフにも紛れるはずがない背格好の彼が見当たらない。
「あれ」
「凪ちゃん、後ろ隠れさせて」
そう思った矢先、頭の後ろで声がした。
「あなたねぇ、なんです藪から棒に」
「まぁまぁいいからいいから。急いでるんだって」
セラフさんは、言葉に反してゆったり歩く。四季凪さんのコートの裏側へ周り、少し身をかがめた。
「どうかしたんですか?」
私が聞くと、
「奏斗、怒らせちゃいまして」
といたずらに笑った。
「おい、私を盾にすんな」
「いいじゃん、減るもんじゃ無し」
「減る減らないじゃないでしょうよ」
彼の髪の毛は明るいピンクブロンドで、スタジオの照明に照らされると普段より明るく見える。
四季凪さんも、自分と同じくらいの身長はあるはずだ。成人男性として決して小柄とは言われない体躯に、それよりもひと周りふた周り大きなセラフさんが並ぶと錯覚を起こす。
青と黒の輪郭に、ピンクブロンドとあざやかな赤が被さる。
「あはは、セラフさん大きいので、頭隠してなんとやらですね」
その二人の様子を見て言うと、四季凪さんは眉を少し寄せた。
「それがですね、」
「隠れられますよ、ほら」
そう、あざやかな赤を纏った彼が言う。
ピンクブロンドがそのフードに隠れたと思うと、そこには四季凪さんの姿しか見えなかった。
「え?」
「ちょ、アキラ!セラここ来たぁ?」
『相棒は似ると言いますが』
「お疲れ様でした」
四季凪さんは、会釈をしてスタジオを出ていった。
挨拶の後、次の収録までに捌けるものがあって、自分も続いて台車に乗せたそれを転がした。
重さのある扉をストッパーで留めていると、向こうのほうから声がした。
「あ、なぎちゃんじゃん」
出たところの突き当たりで、四季凪さんが誰かに呼び止められていた。
邪魔にならないように脇を通ると、視界の斜め上にピンクブロンドの髪の毛が見えた。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です〜」
セラフさんだった。
確か次の枠で収録がある。
四季凪さんも決して小柄ではないのに、室内の扉より高い彼のそばに立つと感覚が狂う。
矢継ぎ早に話される言葉たちは、豚汁、白だし味覇、と続いてエイパムと、およそキーワードからは何を話しているか見当もつかなかった。
その音の隙間を縫うように鈍いバイブレーションが混じった。
「セラ夫、今日メインですか」
「いや、ゲストだけど」
「この後は私が引き継ぎます」
そう四季凪さんが言ったのが聞こえた。
振り返ると、青いコートがその肩をするりと落ちて、そこに一回り小さいセラフさんがもう一人立っていた。鮮やかな赤の広めの袖から、眼鏡が取り出される。
「台本の流れ教えてください、覚えます」
眼鏡のセラフさんが普通のセラフさんを見上げ、中指でブリッジを押さえた。
自分はカーブを回りきれずに台車ごとフロアの床に沈んだ。