「凪ちゃん、家でいい?」
 セラフが、こちらをバックミラー越しに見て聞いた。
「いえ、事務所に。書類もこの荷物も持って帰りたくはないので」
 座席越しに返す。私は、シートベルトを引きながら、コートを捌いて居心地の悪さを直した。
「了解。荷物置いたら送るから」
「ありがとうございます」
 車は、ゆっくりと動き出した。
 私の前の助手席の肩を掴む。隙間から覗き込むと今日、依頼で使ったスーツケースが横たわっていた。
「後ろ、狭くない?」
「大丈夫ですよ」
 私の横は、セラフが身に纏っていた『服』や『皮膚』や『髪の毛』が入っているスポーツバッグが埋めていた。
「しかし、長くかかりましたね」
 窓の外は、コンクリートばかりだというのに灯りが少なかった。ビルの壁面もほぼ、黒い穴が並んでいるだけだ。そこに非常灯の青白さが目立つ。その横をすり抜けてお大きな通りに出ると、わずかばかり街灯が明るさを足した。
 車道は、私たちの前だけ白線が見える。
「一日中だったもんね」
「いや、私もう、喉乾いて仕方なくって」
 膝から下ろした紙袋は、まだ温かい。その取手の間を繋ぐテープを外すと、コーヒーの香ばしい匂いがした。
「はい」
「ありがと」
 運転席横のカップホルダーに、片方のカップを置く。飲み口の蓋を止めると、目の前の暗闇しか写してないフロントガラスに湯気が登った。
「」
メッセージが表示された。
『誰か拾って〜』
「おつ〜、何、どうしたの」
『今、どこら辺にいる?』
『今俺、——にいるんだけど、』
「そこなら、通り道ですね」
「バイク買っても相変わらずだなぁ」
『いやまさかさ、こんな掛かると思わなくってぇ』
「あなたね、帰りの手段くらい持ちなさいよ」
『実はさぁ、——ラ、バイクがこの間——ので——』
「奏斗?」
『——ラ、セラ?』
 アイコンの周りの光が、一定の間隔で消える。
「あー、音悪いかも」
『——いり直すね』
 点滅をクリ返していた周りの光と一緒に、奏斗のアイコンが消えた。
『——ごめん、なんかアプリの調子、悪かったみたい』
「みたいだね。今クリアだよ」
「さっき言った通りでいいの?」
『今、僕少し歩いちゃってさ、——でもいい?』
 アイコンが光った。
 奏斗が言った通りは、さっきの場所から確かに少し歩いたところにある。
「問題ないよ。通り道だから」
『まじ助かる〜、大通りのさ、大きな銀行わかる?』
「ああ〜、わかるかも。ガソスタの先?」
『そう、僕、その辺りにいるから』
「わかった、じゃあねぃ」
 さっきと同じように奏斗のアイコンが消えて、画面にはセラフだけになった。
 窓の外は、コンクリートばかりだというのに灯りが少なかった。ビルの壁面もほぼ、黒い穴が並んでいるだけだ。そこに非常灯の青白さが目立つ。その横をすり抜けてお大きな通りに出ると、わずかばかり街灯が明るさを足した。
 車道は、私たちの前だけ白線が見える。
 左手に続く歩道に、少しずつ街路樹が並び始めた。枯れた表面が目の前を通り過ぎてはまた向かってくる。次いで、店内のシルエットだけが見える車の販売店、あかりを消した喫茶店や居酒屋の看板。地下鉄への入り口、そして人のいないガソリンスタンド。
 
「——あ、いた」
 大きな、信用金庫の文字の掲げられた看板の下だった。
 歩道が途切れる、十字路の信号機の下に小さな人影が見えた。
 車は速度を落とす。
 近づくにつれてシルエットが見えた。
 いつもの白いコートは、暗がりに映える。揺れる裾を見るに、外は少し風があるらしい。
 こちらのライトに気づいた、白いシルエットのその人は、こちらを向いた。左手が振られる。金色の髪の毛に、一筋入ったメッシュが揺れた。
 あと、二棟も行けば、車はそこに着く。
 私は、助手席を見た。私のスーツケースが寝かされている。私の横は、セラフが身に纏っていた『服』や『皮膚』や『髪の毛』が入っているスポーツバッグが埋めていた。
「セラお、私降りて、前に行きましょうか」
 そう、声を出した時だった。私は助手席の背もたれに手を突いた。
「セラフ?どうした」
 車は、あと二棟というところで加速する。
 掴んだヘッドレストの先、セラフは今もアクセルを踏み込んでいる。
「奏斗が、」
「振り向かない方がいいよ、ミラーも」
 私が、首に力を入れた瞬間だった。まだ、座席にあった目線を戻す。
 車は、もう今の交差点を抜けて、次の通りに入っている。そして、大きく左に曲がった。
 窓の外は、コンクリートばかりだというのに灯りが少なく、ビルの壁面もほぼ、黒い穴が並んでいるだけだ。そこに非常灯の青白さが目立つ。大通りから一つ入っただけで、また灯りが減り、車内が暗がりになった。
 車道は、私たちの前だけ白線が見える。
「だって凪ちゃん、」
 セラフは続けた。彼の左側の耳を貫くピアスが、ちょうど街灯の下を通ってちら、と光った。
 スピードは上がり続ける。ホルダーに座っている、セラフのコーヒーのカップが揺れる。
「奏斗のメッシュってさ、右側にあるんだよ」
カット
Latest / 64:09
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
百物語書き下ろし①
初公開日: 2026年02月01日
最終更新日: 2026年02月01日
ブックマーク
スキ!
コメント
にじそ頒布予定のvlt百物語の1遍です。