ただの、なんてことない健康診断だった。全ての審神者に義務付けられた、年に一回の人間ドック。それまで大病を患ったことがないその審神者は、また今回も(肝臓以外は)大丈夫だという自信があった。付き添いとして初期刀の山姥切国広が選ばれ、近侍に初鍛刀の乱藤四郎が就いた。煙草は吸わないし、優秀な本丸の台所担当のおかげで数値だけ見れば若々し過ぎるほどであった。
 しかし、病魔は見えないところに潜むものだ。悪意とは底知れず、時間遡行軍はついに対審神者生物兵器を持ち出した。その審神者は、不意に吐血するようになった。時折胸の辺りが苦しくなり、自発呼吸もままならなくなっていた。人間ドックでは測れない、何かが確実に審神者の体を蝕んだ。時の政府のお役人は貴重な戦力として審神者を付属病院へと送った。病に罹った審神者は狭い範囲のほんの数人だけであったが、その中でもこの本丸の審神者は特に重症だった。この病のことは、すぐさま全国の本丸に知れ渡った。
 しばらくの間帰れそうにない、それまで山姥切に審神者代理を任せた。短略的な手紙を大広間に集った全刀剣男士に読み上げたのは、審神者が入院してから一週間後のことだった。俺にも読ませてくれと訴えるもの、主君の命ならと納得するもの、実に様々な反応を見せた。
 初日こそ混乱したが、おおよそ五年ほどの付き合いで学んだ審神者の仕事を上手くこなす山姥切の姿を見て、批判するものはいなかった。
 中堅本丸ということもあって、無理な進軍をしなければ被害なく戦闘を進めることができた。大阪城の知らせが来ると、退院祝いを集めようとみな必死になって周回した。江戸城では全ての蔵を空にして、審神者が隠れてないか探して回った。無茶をしようとする刀がいれば、極めた初期刀殿の愛あるお叱りが本丸中に響き渡り、そのフォロー役に三振り目の加州清光が奔走して回った。最初は苦手としていた書類仕事も今では乱一振りで済むようになり、刀剣だけの本丸運営の手本として取り上げられるようになった。
 その本丸では、いわゆる極カンスト隠居の身が三振り、すなわち山姥切国広、乱藤四郎、加州清光の三振りだった。それまで戦場にも行けず、暇を持て余していたこともあって、審神者の仕事を手伝っていたのも、成功した理由の一つだろう。
 本丸の梁に付けられた『!』の紙が折り返してきた頃になっても、未だ審神者は戻れずにいた。
「あー、主帰ってこないかな。ね、今日こそ手紙送らない?」
「送らない。ほら、こんのすけから戻された資料」
 加州の方を一瞥もせず、肉球の判子が押された二枚組の資料を突き返した。乱は休憩と称して、お茶菓子を探しに行ったところだ。集中力が切れた加州はいつも、山姥切の髪やら爪やらで遊ぶ。ひとしきり満足したあたりで手を離すくせに、結ばれた髪を解こうとするとひどく嫌がる。大体いつもここに乱が加わり、仕事どころではなくなるのだが。
「山姥切さん、饅頭は無かったけど団子ならあったよ」
 乱が執務室の戸をお盆の縁で器用に開けて入ってきた。山姥切に一口団子、加州へは政府からのカステラを渡し、山姥切の横に座った。
「そういえばさっき、広間で習字してたよ。」
「あー、俺ら生きてる年数は長いけど文字書けるようになったのは最近だからね。師範は江雪さんとか?」
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