「今日は良い野菜がたくさん買えましたね」
助手席で嬉しそうに笑う臣に、ハンドルを握る左京もつられて笑う。
「ああ。しかもかなりお買い得だった。伏見がいい道の駅を見つけてくれたお陰だな」
「いや、仕事の世間話でたまたま聞いただけでして。でも、場所も遠かったし、左京さんに車出してもらえて助かりました」
「いや、俺も丁度良かった」
そう微笑んだ左京は、ちらりと臣を見て緩んだ口元で告げる。
「……最近、伏見と出掛けてないと思ってたところだったからな」
「! 左京さん……!」
臣はその言葉に顔を赤くする。今日道の駅に誘ったのは左京と出掛ける言い訳が欲しかったからだとばれているのが恥ずかしい。
(本当に、左京さんには敵わないな……)
苦笑する臣に、左京は前を向いて話を続ける。
「今日の買い物は勿論助かったが、別に言い訳なんてなくても、出掛けたきゃいつでも声かけりゃいいだろ。俺たちの仲なんだから」
「そう、ですね。夫婦に言い訳なんていらないですよね。分かってはいるんですが、つい……」
「いや夫婦はやめろ」
穏やかでテンポの良い会話が心地良い。臣は手元のカメラを撫で、運転する左京に向かってレンズを向け、シャッターを切った。
「……こんななんでもないとこ撮ってどうすんだ」
「こんななんでもない瞬間の左京さんも、逃したくないんですよ」
そう微笑むと、臣は通りすぎた道の看板に気付いて左京に声をかけた。
「左京さん。この先の、山頂の方に行って貰えませんか? 少し、左京さんを撮りたくなって」
「別に構わねえが……少し冷えてるから、温かくしとけよ」
左京の忠告に、臣は「分かりました」と答え、念の為に持ってきた手編みのマフラーを用意した。
左京がつけやすい落ち着いた深みのあるグレーのマフラーは、編み方を工夫したので市販品より温かい。ほどなくして目的地に着いた左京の首に、臣は真っ先にマフラーを巻いた。
「……俺を温かくしろって意味じゃなかったんだがな」
「大丈夫です。俺も同じもの持ってきましたから。ほら、お揃い」
「…………まあ、いいけどな」
そう言ってふいっと視線を逸らせた左京の耳が赤いことに、臣は気付いていた。顔がにやけて仕方がない。そんな臣に左京は照れ隠しのローキックを食らわせ、ゆっくりと歩きだした。臣もその後に続く。
「風が強えな」
「そうですね。やっぱり山の上だからかな。でも日差しがあるから少しはマシです」
「日差しはもう春の気配がするな」
もう3月だ。季節はゆっくりと、しかし確実に冬から春へとバトンを渡そうとしている。左京と臣はその変化の瞬間を味わうように、ゆっくりと山頂を散歩した。時折臣が左京の姿をシャッターに収める。その度に少し身じろぎする左京だったが、臣のやりたいようにさせていた。
「……お前は仕事でたくさんのプロのモデルを撮るんだろう? 俺なんか撮って楽しいか?」
「当たり前じゃないですか。勿論プロのモデルさんはこちらも勉強になることばかりで撮るのは楽しいんですが、左京さんを撮るのとは全く違いますよ」
左京の問いかけに想像以上の熱を込めて返す臣。左京は訝しがりながらも、満更でもなさそうだ。
「それに、左京さんは誰より綺麗ですから。ものすごく撮り甲斐があります!」
「そりゃ贔屓目が過ぎるだろ」
「贔屓目なんかじゃありません! 単なる事実です」
「へいへい。お前も物好きだな」
臣の力説も、左京はあやすように受け流す。臣は少し不服ながらも、そんな左京もまた美しい……とすぐさまシャッターを切った。と……
「!」
左京が何かに気付いたように空を見上げ、手を伸ばす。その姿があまりに絵になっていて、臣は続けざまに連射した。そして、その数秒後に、左京が何に手を伸ばしのかに気付いた。
「! 雪ですか……」
空は晴れていたが、どこからかふわふわと小さな綿雪が舞い降りてくる。
「なごり雪だな……」
左京は手を伸ばして降ってくる雪をそっと掌で受け止めた。雪は水すら残さず静かに消えていく。
「道理で冷えるわけだ」
そう言って雪のなくなった掌を見つめる左京。臣は、そんな左京の横顔が今消えた雪のように儚く見えて、左京の手をギュッと両手で包み込んだ。
「伏見?」
「……冷えるなら、温めればいいんですよ。左京さんのことは、寒いって感じる暇がないくらい、俺が温めますから」
自分のマフラーを撮ろうとする臣を、左京はふうっとため息一つついて押しとどめた。
「別に、寒いのが嫌って訳じゃねえよ。それに、そのマフラー取ったら今度はお前が寒くなるだろうが」
「俺はそんなに寒くないですから」
言い訳しようとする臣を、「見てるこっちが寒い」と左京はぴしゃりとはねつける。
うっと言葉を詰まらせた臣の手を今度は左京が包み込み、微笑みながら言い聞かせた。
「お前が俺を温めてくれるみたいに、俺だってお前のことを温めてえって思うんだからな。少しは自愛しろよ」
「うっ……はい」
優しい眼差しで諭されてしまっては、臣も頷くしかない。そして、2人で温まれる方法を思いつき、左京が握ってくれた手ごと引き寄せて、左京を胸の中に抱き締めた。
「うおっ?!」
驚く左京をギュッと胸の中にしまい、臣は幸せそうに呟く。
「じゃあ、こうすれば2人ともあったかいですね」
「……俺はちょっと息苦しいけどな」
そう言いながらも、左京は臣の胸の中から離れようとはしなかった。臣はにやけてしまう口元を必死に引き結びながら、ぎゅうっと左京を抱き締め続ける。その間にもふわふわとなごり雪は二人の周りに舞い落ちてきて、触れた途端跡形もなく消えた。
「…………この雪が止まなければ、左京さんとずっとこうしていられますかね」
思わずそんなことを呟いた臣だったが、左京はふっと笑って否定した。
「別に雪が降らなくても、こうすりゃいいだろ」
「左京さん……!」
臣はその言葉が嬉しくて、左京から少し体を離し、少し冷えてしまった左京の唇にキスをした。
春の日差しの中、ふわふわと舞い降りるなごり雪に包まれた二人のキスは、見惚れるほどに美しかった。
「ああ……今日も綺麗です、左京さん」
「伏見も……お前はいつだってカッコいいからな」
2人は目を合わせて戯れるようにそんなことを言い合う。
きっとこれからも、時間を重ねる度に美しいと思うのだろう――この、愛しい人を。【終】
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【#3/3は臣左の日】なごり雪 ☆
初公開日: 2024年03月21日
最終更新日: 2025年12月21日
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コメント
買い物帰り、左京の写真を撮る臣。