バスティン視点
ジェシカと共に在ることは俺にとって生きる希望だった。故郷の村を野党に襲われて独りになって初めて出会ったのがジェシカだ。ジェシカは俺と違って快活で、自分も故郷を戦のために失ったのに、前向きに生きているやつだった。
剣の道で生きることは、最初は自分の故郷を襲った野党と同じ目に遭わされる人が増えるからなりたくないと思った。だけど、ジェシカが剣の修行をするのを見るうち、考えが変わった。
ジェシカが戦の長になれば、不要な戦なんてすぐに解決して、もう争わなくても生きていける平和な世の中にできる。俺はそれをサポートしながら、ジェシカが作った平和な世界で住むことを目標にずっと2人で歩いてきたんだ。
唯一無二の相棒だったジェシカが俺の欠点である右脇の隙を庇い、さらに戦えない身体にされた彼に、「殺してくれ」とお願いされた。ジェシカは戦士の誇りに従って死を選んだ。戦士の風上にも置けない黒蛇の団の団長に戦えない身体にされて、夢まで断たれてしまった。
そんなジェシカが殺してくれと、俺に懇願する。全ては俺が弱いのが原因。絶対に是と言いたくないお願いだった。
しかし、治療を施すために頼れる人もいなかった。たった2人の世界で生きてきて、傭兵団の団長が隠し持っていた目的とは相容れず、俺たちは団の裏切り者だ。このまま命を落とすのに、団長につけられた傷のために死ぬのが嫌だと、ジェシカは言うのだ…。手遅れに…なる前に…。
ジェシカの胸に突き立てた剣から伝わる感触が嫌に鮮明に響く。彼の眼から命の灯火が消えて、俺の心は潰れた。
事切れたジェシカの上で泣いていると、全身から力が抜ける発作が起きた。感情の強度によって脱力するこの発作は、俺が子供の頃、故郷の村を襲われて逃げてきた頃から起こり始めた。しかし、その頃は身体の一部、例えば首や手首から力が抜けて、持っていたものを落とすだけだったが、ジェシカを喪ったその時は全身に及んだ。しばらく俺は、ジェシカの亡骸の上に横たわっていた。まるで、2人で仲良く寝てしまったかのように、静かに…。
ジェシカ視点
戦いの中で自分より強い戦士にやられることこそ誇り。バスティンに自分を殺してくれと懇願して、やつは涙を流しながら俺のお願いを聞いてくれた。しかし…。
(バスティンは独りになって生きていけるのか…?)
ふとそう思ったがその時は遅かった。バスティンが俺の胸に突き立てた剣が深々と侵蝕していき、「バスティン、お前は死ぬな」と伝えたいのに唇はもう動かなかった。
きっと、なにか奇跡が起きて、またバスティンの様子が見れて話せる時が来たら…その時は、俺はまたアイツを放っておかない。
バスティン視点
その後、どうやってあの場所を離れてきたか覚えていない。
サルディス家の軍隊も傭兵団も、俺たちの持つ志しとは真逆のことをする集団だとわかった今、剣の道で生きていく意味もないし、なにより兄弟のように育ったジェシカを喪ってしまった。故郷ももうない…。これからどうしようか…何も思いつかない…それならジェシカのあとを…。だけど、俺たち戦士は戦いの中で自分より強い戦士にやられるのが誇り…。そんなことをしたらジェシカに顔向けできない。
考えが不穏な方へ傾きかけたり、ジェシカを思い出してはやるせなさを感じたりの堂々巡りをして、もう疲れたと座り込んだこの場所で、美味しそうな匂いがバスティンの鼻腔をくすぐる。それはもうずっと口にしていない肉の煮込みの香り…。
「今配ってやるから待ってろよ!」
快活な男の声がする。その周りをワイワイ囲む子どもたち。
…あぁ、うるさい…ここではダメだ…。もっと人目につかないところへ…。
立ちあがろうとした時、バスティンの腹の虫が鳴いた。それと同時に、戦場で自分よりも強い奴にやられて死ななければ、あっちであいつに合わせる顔がないことも思い出す堂々巡りから抜け出せない。
途方に暮れていると、子供達に炊き出しを配っていた、硬そうな逆毛の若い男がこちらに気づいて近づいて来た。
ロノ視点
「お前、こんなところでそんなボロボロで…どうしたんだ?」
その青年はオレの声に反応してゆっくりと顔を上げる。歳の頃は…悪魔執事になって時が止まって、その当時の年齢から変わっていないオレと同じくらいに見える。どこかの兵士のような服装だが汚れ荒んでいて、髪もボサボサに長く伸び何も手入れされていない。
(それなら、オレとは10歳くらい歳下か)
綺麗に整った顔はしているが一方で幼さもしっかりと残っている顔の作りをしている。これは…洗って身ぐるみ整えれば、かなりの美人になるだろうな…。
「ここでちょっと待ってろよ!」
バスティン視点
俺の腹の虫が鳴ったせいでここにいるのが男にバレた。声をかけられて鬱陶しかったが、立ち去る気力も無かった。
手渡されたのはトマトの肉煮込みのスープ部分のみ。スープと男とを見比べると、男はニッと笑って「飲め」と言った。器にそっと口をつけて飲んでいく。
芯から冷えていた身体が腹を中心に温まっていく。
スープを飲み干してみると底がしれない安心感に包まれていた。一筋の涙が頬を伝う。
「………」
我知らず、うとうとし始めた。
起きていようとするが、先に身体の力が抜けてしまい、そこから先の記憶がない。
ロノ視点
コイツは絶望を経験して今ここにいる。オレも絶望を経験したからわかる。コイツは放っておいちゃいけねぇ。
そう思って、孤児たちに持って来た肉のトマト煮の、スープの部分のみを与えた。何日も何も食べずに来た人間にいきなり固形のものは胃が受け付けないから、スープの方のみを。
スープを完飲したと思ったら、急に眼をトロンとさせる。持っていた器を取り落としたと思ったら、虚な眼をすっと閉じて崩れ落ちた。
「え…? おい、大丈夫か!?」
咄嗟に受け止めたものの…気絶したのだろうか? まるで糸の切れたマリオネットのように突然崩れ落ちて動かなくなってしまった。不安になってロノは手を彼の口元へかざした。呼吸がわずかに感じられる。
(身体、悪いとか…?)
何にしてもコイツはここに置いていけない。
神の視点
「眠っているだけだよ」
ルカスに診てもらい、ロノは一安心する。ただ、空腹のやつにスープを渡して完飲したら寝るって反応は初めてだった。
とにかく放っておけないから、デビルズパレスまで担いで運んだ。
そういえば、同室の室長のベリアンさんが、「東の大地に強い剣士が絶望を経験した啓示をもらったから探しに行ったけど見つからなかった」と言っていたっけ。
オロバスはバスティンに取り憑くことを望んでいた。ベリアンに降りた啓示では、そのようなことを聞いた。何としてでも見つけなければならない。それなのに、東の大地にいるはずの彼を見つけることができず、すごすごと帰るしかなかった先の遠征。
おそらくその目的の人物が今目の前にいる。ロノが連れて来て、ルカスが診察をして、フェネスが風呂に入れて、今、1階の執事室のベッドの上で穏やかに眠っている。ロノが連れて来た時から彼は眠っていた。なんでも、炊き出しの肉のトマト煮のスープを与えたら、完飲するや否や気絶するように眠ったのだとか。
青年がゆっくり眼を開ける。まだ眠そうにトロンとした瞼のまま、辺りを見回す。
「あ、気が付いたのですね」
最初に目に留まったのが、白と黒を半々にしたデザインの燕尾服を纏った優男。こちらに優しく微笑みかけている。
「ゆっくりでいいです。起きられますか?」
次の瞬間、はっきりと目覚め慌てて上半身を起こした。どこかの屋敷のように、古いのに清潔な部屋に自分が寝かせられていることがわかって困惑する。自分は今まで、外にいた。そして腹が鳴って炊き出しをしている男に見つかって…。
「君の名前を教えてください?」
微笑を浮かべた優男に柔らかく質問される。
「……………」
少し待ってみたが、困惑した青年はなかなか口を開いてくれなかった。
「見ず知らずの人間にいきなり名前を聞かれても困ってしまいますよね。待ってくださいね。今、あなたを見つけてきてくれた方をここに呼んできます」
優男が連れてきた男は、バスティンが寝落ちる前、公園で炊き出しの肉煮込みのスープをくれた人物だった。
「お前、気が付いたのか‼︎ よかったな」
男はへへっと人差し指で鼻の下を擦った。
「オレはロノ・フォンティーヌ。お前、もしかしたらオレたちが探してたやつかもしれねぇんだ。名前、教えてくんねぇか?」
太陽のような明るい笑顔を向けられて眩しく感じたバスティンの唇が勝手に動いていた。
「………バスティン…ケリー……」
掠れた声で紡がれた名前は、ベリアンたちが今探している人物その人だった。
「あぁ、よかった。無事保護できました…! ここに来たからにはもう安心です。よく、頑張りましたね!」
「なぁ、ベリアンさん。オレに初めて後輩ができました!」
嬉しそうにロノが言う。
「本当ですね! 今日はお祝いですね。お赤飯がいいでしょうか?」
目の前で親子のようなやりとりをする2人を眺めながら、ジェシカを喪った自責の念が少しずつ自分の中に積もっていく重苦しさを抱える。ここがどこでこれから自分がどうなってしまうのかわからないが、親しい人を作ってはいけない。また同じことを繰り返すと、自分に言い聞かせていた。