仙台の初霜は早い。それこそ、早い年は10月頃に初霜が観測されることだってあった。
ただ、今年は暖冬らしい。もしくは、地球温暖化が早くも日本の気候に影響しているのだろうか?
とにかく、初霜が12月頭になったのだ。
「若利くん! 霜柱見つけた‼」
朝焼けが遅くなり、日暮れが早くなっているこの時期。朝のロードで校外を走るのは危険だからと白鳥沢運動部の面々は主にその広大な白鳥沢学園敷地内を走る決まりになっていた。そして、どうやらそのロードワーク中に天童は校庭の隅か何かで霜柱を発見したらしい。
その日は、牛島と天童はバラバラにロードワークをこなしていた。なにせ、天童が起きるのが遅かったのだ。正確には寒い寒いと言ってなかなか布団から出てこなかった。痺れを切らした牛島が先にロードに出て行ってしまい、天童は後から短いコースを走ったようであった。
「あのサクサク。なンか、踏みしめたくなるんだヨネ!」
赤くなった鼻先を軽く啜りながら天童は嬉々として会話を進める。どの辺りに霜柱があったとかどうやって見つけたかだとか。そんなことは牛島は訊ねていないが、天童はつるつると話す。彼のマシンガントークを止めることはいつだって誰にも出来ない。
「初霜、というやつだろうか?」
「そうかもネェ」
喋り続ける天童の口からも、ほぅと白い息が漏れる。それは天童の赤い鼻先を通り過ぎ、赤い髪を通り過ぎ、ふわふわと天に向かって舞い上がりながら真っ青な空めがけて消えていく。
「そういえばサ」
ひとしきり霜柱発見譚を語り尽くした天童が食堂に向かいながら牛島を振り返る。何だろう、と牛島が静かに天童の次の言葉を待つと、天童は少しだけ言いづらそうにもごもごと口を動かして居た。
「今月、年に一度の恋人っぽいイベントがあるンですケド?」
何のことでショー?
ぽそぽそっと耳打ちされた言葉に牛島は、はて、と考える。夏の牛島の誕生日に牛島が天童に告白したのが切っ掛けでこっそりと付き合い始めた二人である。秘密の恋愛であるにはあるが、恋人らしいイベントというものがあるのだったらそこで何かしら恋人らしいことをしない手はない。ハッキリ言えば、牛島だって男子高校生。それなりにいろんな欲というものがあったりするのだ。特に天童に関しては。
「ヒント。赤いおじさんがやって来ます」
「クリスマスのサンタさんの事だろうか?」
「ピンポン‼」
アタリーっとなぜか背中を両の人差し指で突かれる。その突かれた軌道に何か意味でもあるのかと思ったらただジャージの「白鳥沢学園」の文字をなぞられているだけであった。
さて、牛島は考える。クリスマスが恋人っぽいイベントだと考えたことは実はあまりなかった。ただ、サンタさんが子供にプレゼントをくれる日だという認識しかない。素直に天童にそう伝えると、彼としてはその牛島の返答の方が驚きであったようで、ぽかんと口を開いて目をまん丸にしていた。そうすると、益々天童の瞳の赤さが目立つようだった。
「恋人同士でクリスマスプレゼント渡し合うってのがセオリーじゃないの?」
「そうなのか?」
「ジャンプとかでもラブコメの主人公はこの時期大体何かしらのプレゼント貰ってるヨ」
「そうか」
今週読んだジャンプにはそのような場面は無かったと記憶している牛島は、では、来週辺りにそういう表現が出てくるのかもしれないと考えた。来週も注力してしっかり読んでみよう、なんてあさってなことを牛島が考えているうちに、天童はまた赤い鼻先をズズッと啜って「若利くんサ」と話を続けた。
「もし、俺に何かクリスマスプレゼントくれるとして、どこに買いに行く?」
「そうだな。多分、ショッピングモールかどこかに行くのが良いのでは無いだろうか?」
「それネ」
話している間に、いつの間にか寮の食堂に着いてしまっていた。ガヤガヤと賑やかなそこは、早朝とは思えない盛況ぶりであった。天童がすっと牛島に近付く。そうして、喧噪の音の合間を縫って「あのネ」と小さな声を牛島の耳に届けた。
「プレゼント選ぶの、一緒に行かない?」
「それだと天童へのプレゼントが何か天童が知ることになるぞ?」
「イーの。その代わり、俺からの若利くんへのプレゼントも若利くん、知っちゃうけどイーイ?」
プレゼントといったらセオリーとしては箱を開けるまで中身を知らないわくわく感も含めて贈る物かと牛島は考えていた。しかし、そのわくわく感が無かったとして、しかし、天童からの何かしらの贈り物であるならば。想像してみた牛島の答えは明白だった。中身を知っていたとしても、天童が牛島のために考えて買った物ならばそれは何物にも代えがたい素敵な贈り物になるような気がした。
「大丈夫だ」
だから、ハッキリと伝えた。赤い鼻先をすんすんと鳴らしながら牛島のしばしの長考からの答えを待っていた天童に対して。食堂のお盆を携えて、朝食を受け取る列に並びながら。
「天童から貰えるものならば、どんなものでも嬉しい」
言ってから、牛島は自分の言葉を改めて噛みしめていた。天童から何か心のこもった贈り物を貰える、それを共に選ぶことが出来ると思うと自然と口元が緩んでしまっていた。
「おい。お前ら」
だから、背後からかけられた言葉にさすがの牛島もびっくりとした。天童などは飛び上がって驚いていた。声の主は瀬見だ。何やら苦虫でも噛みつぶしたような表情で牛島と天童を見ている。
「な、なに? セミセミ?」
「朝っぱらからイチャイチャしやがって・・・・・・」
「い、イチャイチャなんてッ・・・・・・」
天童がアワアワと言い訳をつのろうとしたところで、後から来た瀬見に列を抜かされそうになる。見てみれば、天童達の前方にかなりの空きが出来てしまっていた。
「デートの打ち合わせなら、もっとコッソリしろよな?」
「デート・・・・・・」
瀬見の言葉を牛島が反芻する。確かに、一緒に買い物に行くことを恋人同士である彼らとしたらデートと呼んで差し障りがなさそうだった。そうか、天童はクリスマスプレゼントをネタに、牛島をデートに誘ってくれたのだと思ったらまた牛島の頬がいつの間にか緩んでいた。
「嬉しそうな顔しやがって・・・・・・」
だから、瀬見がその牛島の表情を見て複雑そうな顔をしていたのを、彼らしくなく浮かれた牛島はよくは見ていなかった。
その日の朝食が牛丼定食だったのを、牛島はいやに鮮明に何年経った後も覚えているのは、多分、それだけその時の天童の誘いが嬉しかったからだろう。
クリスマスまで、あと21日という寒い朝の出来事であった。
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20241223ワンライ
初公開日: 2023年12月23日
最終更新日: 2023年12月23日
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赤くなった鼻先 
霜が降りたら 
一年に一度