わっとあちこちから声が上がる。ある者は拳銃を構え、ある者は意味も無く立ち上がり、逆に、ある者は、騒ぎになる事を察知して近くの物陰に隠れる。
「動くな‼」
黒服の男達が一斉に水木とゲゲ郎に拳銃を向ける。両手が縛られていないことがばれてしまった水木は大人しく両手を挙げて大人しくしていた。水木の後方のゲゲ郎もピクリとも動かない。
「どこから出てきた、お前!」
「今すぐそいつから離れろ!」
次々とゲゲ郎に怒号が投げかけられる。じりじりと黒服達が近付いてくるのを水木はただ黙って目隠しの縁から覗き見ていた。
「動くなと申したり離れろと申したり・・・・・・やっぱり人間は難儀じゃ」
「まぁ、とりあえず動かねぇのが得策なんじゃねぇのか?」
「動かんと捕まるぞ?」
「お前、なんか良い感じの技とか無いのかよ」
「無くは、無い」
ゲゲ郎がそう言った時、カンカンッと高い音が響く。すると、黒服の何人かがドサドサ、と突然倒れ始めたのであった。仲間が倒れた音に気を引かれた残りの黒服達の視線が水木から離れた隙に、ゲゲ郎は水木を抱き上げる。ひょいと横抱きにされた水木は慌ててゲゲ郎の首にその両手を回して体勢を整えた。なぜかと言えば、そのままゲゲ郎がぴょんと高く跳躍したからだ。その脚に1対のゲタが飛んでくる。
「どこに行く‼」
ゲゲ郎の人とは思えない高い跳躍を仰ぎ見ながら、パツンパツンと黒服達が発砲する。それをひらりひらりと避けるゲゲ郎の身のこなしについて行くには水木はその両腕をしっかりとゲゲ郎の首に巻き付けていなければなら無かった。中途半端に水木の頭に引っかかっていた目隠しはあっという間にどこかに飛んでいく。
ひゅ、ひゅ、とゲゲ郎が足先を振る。すると、そこに履かれていたはずの赤い鼻緒のゲタが宙を舞い、まるで意思があるかのように水木達を拳銃で狙う黒服達の頭や腕を直撃していた。
バタバタと倒れていく黒服達。その気配を察したのか、先程売買されていた男達がわっと逃げ出す。それを必死に追う者も居れば、同じようにその場から逃げ出そうとする仕立ての良いスーツの者達もいた。
カッとゲタに手を打ち抜かれた黒服が拳銃を飛ばす。それは大きな弧を描き、水木のすぐそばまでそれが飛んでくる。ぐっと身を乗り出した水木がそれを空中で捕まえる。一瞬、ゲゲ郎が体勢を崩したが、おかげで2階のバルコニーから猟銃でゲゲ郎達を狙っていた弾から身をそらすことが出来ていた。
「なんじゃなんじゃ?」
「やられてばっかじゃ性に合わねぇ」
肩借りるぞ、と両肘をゲゲ郎の肩に固定し、水木が拳銃を構える。水木は自身の後頭部をゲゲ郎の後頭部に押しつけて自身の上体をしっかりと固定した。そして、慣れた様子で安全装置を外せば、パンパンと続けざまに追っ手の黒服達の足下を打ち抜く。ばたばたと倒れる黒服から人々が我先にと拳銃を奪い取って自身の身を守っていた。
「荒事は好かん」
「殺してねぇよ」
並べられた机に着地した瞬間に地上から水木達を狙う黒服を、ゲゲ郎が高く飛び上がるときに、2階の狙撃手を落としていく。小さな拳銃の弾が全て無くなる前に2階から落ちてきた長い猟銃に水木が手を伸ばそうとする。しかし、それにはさすがに手が届きそうにない。チッと水木が舌打ちしたとき、ずろっとゲゲ郎の銀髪が伸び、ぱしりと猟銃を捕まえる。そのままひゅっと戻ってきたその毛先から水木は猟銃を受け取り、空になった拳銃を無造作に投げ捨てた。
「ゲゲ郎、お前いろんな技持ってんだな」
助かるぜ、と呟きながらまた水木が一発、弾を放つ。それから、振り向いた水木の目の前にピッタリと閉ざされた巨大な扉。そこには逃げ惑った人々と彼らを外に逃げ出させんとする黒服の姿がもみくちゃになりながらあった。
「2階から逃げるぞ」
「出られるところがわかるのか?」
「多分な」
吹き抜けの2階からこちらを狙う狙撃手の足下と欄干を水木が狙い撃つ。そして、ゲゲ郎の長い髪が狙撃手ごと欄干を絡め取り、1階までぐっと引き下ろす。その反動で二人は2階へと降り立った。
「この廊下まっすぐ行けばデカいステンドグラスがある。そこでも蹴破って逃げれば良い」
「承知」
2階から見下ろすと1階は騒然としていた。逃げようとする売られていた者達、それを追う黒服。仕立ての良いスーツの金持ちそうな男達はあちこちに逃げ惑ったり物陰に隠れたり。水木達を追え‼ と怒号を上げる者達もいたが、風のように速く走るゲゲ郎に追いつける者など居そうになかった。それに加え、次々と猟銃や拳銃を拾っては捨て、拾っては捨てている水木が追っての脚や腕を打ち抜いていく。致命傷にはならなくても彼らの戦意を喪失させるには充分なほどの怪我にさせるその的中率は恐ろしい物があった。
「あ」
水木が言ったとおり、ステンドグラスが見えたところで、ゲゲ郎が小さく呟く。
どうした、と水木がゲゲ郎の横顔を覗き見ると、ゲゲ郎は「すまんの」と小さく呟いたかと思うと、がっしりと水木の顎を捕まえた。そうして、そのまま逃げられない水木の口をその口で塞いでしまったのである。ずろろ、と蛇のような長い舌が水木の口内を、だけでなく、喉の奥、声帯の付近までべろりと舐め取られたのがわかった。
ガシャン‼
そのまま二人抱き合ったまま、美しく作られていたステンドグラスに体当たりしていく。美しくも脆いそれは、大の大人2人分の重さに耐えられず、無残に砕け散り、キラキラと夜空に色とりどりのガラスの破片を飛び散らせた。
ギャァッと吹き抜けの部屋の方から大きな悲鳴が上がる。どこかの寺からゴォンゴォンと深夜二時を知らせる鐘の音が響いていた。
バタバタと着物の裾をはためかせながら、ゲゲ郎が宙を舞う。その腕の中には横抱きにされたままの水木が呆然と目の前の男を見ていた。つぅっと、その鼻から赤い血が流れ出る。
トッと軽い足音を立てて地面に降り立ったゲゲ郎は何事も無かったかのように「どっちに行けば帰れる?」と水木に尋ねた。
「とりあえず、あの塀を越えてあっちに・・・・・・」
つい先程起こったことの真相がわからず、呆然とする水木のことなど気にならないのか、ゲゲ郎は「そうか」と短く答えるとまたトンと地面を蹴って高く跳躍した。表門の横で見張りをしていた者達の頭を踏みつけ、また、高く飛び上がり、その高く豪奢な門を飛び越える。思わずその高さに水木はゲゲ郎の首に強く抱きついた。ひゅうひゅうと音を立てて落下する二人の視界に、ひらりと白い布のような物が映る。
「おぉ、抜け出せたか」
布に突然声をかけたゲゲ郎は、ひょい、と布に向かって水木を投げ上げる。軽々と投げられた事に少なからずプライドを傷付けられながらも宙に浮いた水木は藁にもすがる思いで布を掴む。すると、ぎえ、っと低い男のような声が聞えた。
「乱暴しないでくださいよ、水木さん・・・・・・」
布がひらりと翻る。その広い面をよく見れば、細い切れ込みのような物が二つ。まるで目のように並んでいた。その少し下には手のような五本に分かれた布が両サイドに。
ぴょん、ともう一度飛び跳ねてきたゲゲ郎がドスッと水木の後ろの布に乗れば、また「ぐえ」と低い声が上がっていた。
「親父様・・・・・・その姿、重いんですが・・・・・・」
「おぉ、そうか?」
水木、手を貸せ、と組紐の結ばれた右腕を取られる。そうして、ゲゲ郎が水木の手首に巻いてあった組紐に触れると、シュルシュルとゲゲ郎の姿が縮み、着物が消え、そして、最終的に一つ目玉に手足が生えた生き物だけになってしまった。ぼぉ、と組紐が闇夜に光る。
「げ、ゲゲ郎? おまえ・・・・・・?」
「そうか、水木とはこの姿で会うのは初めてじゃな」
目玉からはゲゲ郎とは全く異なる甲高い声が聞えていた。愕然とする水木と目玉を乗せて、白い布、一反木綿はふわふわと水木の住むアパートへと向かって月夜を漂うのであった。
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ゲ謎8
初公開日: 2023年12月14日
最終更新日: 2023年12月14日
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今度こそ今度こそアクション