「なあ、ウォル。賭けをしねえか?」
ダンの言葉に、ウォルは軽く目を見開いた。
「珍しいな。アンタから賭けを持ちかけるなんて」
ダンとウォルは、よく賭けをする。
賭けの内容も賭けるものも下らないものばかりだ。
この前なんて、1週間ダンの好物を夕飯に出すか否かを賭けて、『ダグがウォルの料理の味付けがいつもと違うことに気付くか否か』なんて勝負をした。結局気付くに賭けたダンが勝ち、その1週間はダンは非常に機嫌が良かった……他の船員からは多少苦情が来たが。なにせ、ダンの好物は少々クセが強めのつまみのようなものが多く、口に合わない船員も多いのだ。
――まあ、そんな風によく賭け事をして遊ぶ2人だが、誘うのはもっぱらウォルの方だった。
だから、珍しくダンから言い出したことにウォルは驚いていた。
ダンはふっと笑って、「いいもんが手に入ったからな」と懐から小さな酒瓶を取り出した。
それを見て、更にウォルの目が大きくなる。
「それ……! 果実酒じゃねえか?!」
植物が貴重なこの宇宙で、果実酒は手に入りにくい希少なお酒だった。ダンは得意げに左の紫眼を細め、瓶を掲げる。
「この前寄った星で柚子酒を手に入れたんだ。勿論品種改良のイミテーションから作られたものだが、味はなかなかだぞ」
「飲んだのか?!」
「味見程度にな。だから、これを賭けて勝負しねえか?」
「乗った!」
コックであり、未知の食材には興味の尽きないウォルは、一も二もなく頷いた。その威勢の良さに、ダンも嬉しそうに口元を緩める。
「それで? 賭けの内容は何にする?」
ウォルにそう尋ねられ、ダンは目を瞬かせた。
「……そういや、それ考えてなかったな」
「なんでだよ! ついでに考えるだろ!」
「賞品の酒のことしか頭になかったからな」
「相変わらずの酒呑みだな」
だが、ウォルは分かっている。そんな酒呑みのダンが貴重な柚子酒を独り占めすることなく、ウォルに賭け事を持ち掛けてきたことの意味を。
「…………じゃあ、こういうのはどうだ?」
「なんだ、もう思いついたのか」
ウォルが提案しようとすると、ダンも身を乗り出す。そのダンの襟元を掴みぐいっと引き寄せ、ウォルはダンの耳元で囁いた。
「――次の惑星で、この柚子酒の原料と同じものがあるかどうか」
「……なるほど。確かにこの酒を賭けるにゃ、丁度いい難易度だな」
ダンが納得したように頷いたのを見て、ウォルも満足げに笑った。
「……で? どっちで賭ける? ウォル」
ダンに訊かれ、ウォルは少し悩んで答えた。
「じゃあ、俺は――」
次の惑星での目的は、物資の補給と先日奪ってきたお宝の売買だ。
物資の補給はウォルを筆頭にラット、サク、バットで、お宝の売買はダグ、ティグ、ダンで手分けした。いつものチーム分けだ。
「……じゃあ、ダン。賭け、忘れんなよ?」
「そのチーム分けじゃ、お前が有利だな。ま、精々頑張れよ」
別れ際に2人でこそこそと話していたのを聞いて、ラットが興味ありげにウォルに近寄っていく。
「なになに~? またダンと賭けでもしてんの?」
「なんだ、聞こえてたか」
「聞こえちゃいないけど、ウォルがそんな風に楽しそうな時は、大体ダンとの賭け事の最中だから」
ラットに言われ、「そうか?」とウォルは首を傾げる。自覚はないらしい。
「それで? 今日はダンと何賭けてんの?」
バットも会話に参戦し、ニヤニヤとウォルを肘でつつく。だが、ウォルはニヤッと笑って言った。
「内緒だ」
途端に「えー! なんかズルい!」「勿体ぶるような内容じゃないだろ、いつも」とラットとバットが頬を膨らませながら抗議する。サクだけが苦笑しながら見守っていた。
「へいへい。ま、俺が勝ったら賭けの内容教えてやるよ。さ、まずは買い物だ」
ウォルはパンパンと手を叩いて、ラットたちを促した。
ラットたちはぶうぶう言いながら、それでもきちんと仕事はこなす。ウォルも買い出しの指示を出しながら、賭けの目的である柚子が市場にないかを確認していた。この星は根菜類が豊富なようで、果実などは全然見かけない。
「ディーコンはしっかり干して保存食にして、ポティトはそのままで長期保存が効くし料理のレパートリーも多いから大量に買って……やっぱ甘い物も欲しいが……果物がないってなるとジャムはしばらくお預けだな」
ぶつぶつと呟きながら食材を買い集めるウォル。時折屋台にも立ち寄り、ご当地の料理を味わう。
「ん! このディーコンまるごと煮込んだ奴、美味いな。つまみにも良さそうだし……今度試してみるか。なあ、親父! この料理のレシピだが……」
ウォルは厳つい見た目と乱暴な言葉遣いによらず、人の懐に入るのが上手い。特に料理人相手では同業者のツボをよく心得ているので、行く先々でその星の美味しい料理や隠れた名食品を手に入れる天才だった。この屋台の店主も勿論例外ではなく、あっという間にウォルと意気投合し、そしてとっておきの情報を教えてくれた。
「実は、この市場の裏手の村の外れに――」
その言葉に、ウォルはニヤリと嬉しげな笑みを浮かべる。
「なるほどな……助かるぜ、親父!」
「……じゃ、ここでの仕事は完了だな。予定よりちょっと早いが、出発するか」
「「「「「アイアイサー」」」」」
ダグが互いの仕事の報告と確認を行い、ANIMASの宇宙船は数日間の滞在の末、再び宇宙へと飛び立った。ダンは宇宙空間で航路が確立されるまでダグやバットと細かくやり取りをし、ウォルはウォルで買ってきた物資の整理や長期保存の為の準備を始めて慌ただしく過ごしていたので、2人が次に顔を合わせたのは、船内時刻で既に深夜だった。
「よう、ウォル。整理は終わったか?」
ウォルのテリトリーであるキッチンに入ってきたダンに、ウォルは片付けながら答える。
「あー、一通りな。思った以上に保存食向きの食材が多くて、つい買いすぎちまった」
「お前の保存食は美味いからな。楽しみが増えたってもんだ」
ダンにそう言われ、ウォルは一瞬動きを止めた。次の瞬間、嬉しそうに緩むウォルの口元に、ダンまで嬉しくなってしまう。
「ダンこそ、仕事終わったのかよ?」
「ああ。航路確立されて自動操縦に移ったから、シフト交代までは休みだな」
「じゃあ、少しそこで待っててくれ。整理したら、賭けの結果発表といこうぜ」
ニヤッと笑うウォルに半ば結果を確信しつつ、ダンはキッチンの隅の小さな席に腰掛けた。簡素な二脚の椅子と小さなテーブルが、2人の指定席だ。
「ーーっし! ダン、待たせたな」
そう言って、片付けを終わらせたウォルがお猪口を2つ持ってやってきた。ダンの目の前にどかっと座り、ダンと自分の前にお猪口を置いて、ウォルがダンへ告げる。
「じゃあ、今回の賭けの確認だ。さっき発った星で柚子が見つかるか否か。俺は……見つかるに賭けた」
「ああ。俺は見つからないに賭けた」
「結果はーー」
ウォルは少し勿体ぶって、机の真ん中にコロンと小さな黄色い実を置いた。
「ーー俺の勝ちだ」
ダンはその実を取って鼻を近付ける。甘くも爽やかな独特の香りがふっと鼻腔を突き抜ける。
「……確かに、柚子の香りだな」
「だろう? 市場の店の親父が内緒で教えてくれたんだ」
「さすがウォルだな。料理人の懐に入るのが巧い」
「はは、褒められたと思っておく」
軽く笑って、ウォルは前のめりな姿勢でダンに顔を近付けた。
「……で? 勝った俺には……?」
「分かってる……ほらよ」
ダンはどこからか持ち込んでいた柚子酒を机に滑らせた。ウォルはそれをがしっと掴んで、嬉しそうに見つめた。
「うわー……色からして美味そう……!」
山吹色のとろりとした液体に、ウォルは珍しく目を輝かせる。その顔を、ダンは嬉しそうに目を細めて満足そうに音もなく息を吐いた。
そんなダンの表情に気付いたウォルは、その瓶の封を切ると、ダンの目の前に置いたお猪口にとぷりと注いだ。
「……いいのか? 俺は賭けの敗者だぞ?」
ダンがゆっくりと訊ねると、ウォルがニッと歯を見せて瓶を揺らした。
「勝者の俺が注いだ酒が飲めねえってのか?」
「ふっ」
ダンは小さく肩を竦め、「言わねえよ」と杯を掲げた。
そして2人は小さく酒を揺らし、声を合わせて言った。
「「乾杯」」
――2人が同時に杯を飲み干して、辺りは柚子の香りに満たされた。【終】
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【ウォルダン】柚の香 ★
初公開日: 2023年12月08日
最終更新日: 2023年12月13日
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宇宙海賊ANIMAS所属の、ウォルとダンが可愛い賭けをする話(えすり劇中劇)