「若利くん‼ 見て見て⁉」
放課後の教室に突然現れたのは、顔の半分焼けただれた赤髪の男。そのあまりにもリアルな様子に思わず教室に残っていた数名の女生徒から「キャー⁉⁉⁉」という驚きの声が上がる。かくゆう、牛島若利も目を見開いたまま立ち止まってしまう。牛島の事を「若利くん」と下の名前で呼ぶ人間は限られている。そして、その中で赤い髪の男と言えば、天童覚しかいないはずだが、しかし、その、目の前の男の顔はどう見ても半分焼け落ちてどろりと肉が垂れ下がっていたのだ。
「て、んどう・・・・・・」
「スゲーでしょ? うちのクラスの特殊メイク班」
「特殊メイク・・・・・・?」
「あ。本物の怪我じゃないヨ? 全然痛くネーから」
ちょっと片目つぶってなきゃダケド、と言いながら、顔の焼けただれた天童はその、ただれた皮膚をツンツンと突いてみせる。また教室の中から「ひょえ」と息を飲むような複数の音が聞えてきていた。そう、どう見ても痛そうなのである。
「バレーは・・・・・・」
「もちろんチャント出来るヨ! 文化祭の用意終ったら部活行くネ? もうちょっとかかりそうだからチョット遅れるケド。あ、隼人くん! 見て見て⁉ 恨めしゃー⁉」
牛島の後方から騒ぎを聞きつけてやって来た山形には両手を前に突き出して幽霊か何かの用に振る舞う。その様子はいかにもいつも通りの天童で、確かに顔に大怪我を追ったようには見えなかった。
「天童のクラス、お化け屋敷でもやるのか?」
「違うヨ~。でもまだ秘密~」
「お化け屋敷じゃないならその特殊メイク、よく出来過ぎじゃないか?」
「いーじゃん! かっこよくネ?」
「うちのクラスの女子、すげぇビビってんじゃん」
「それが良いのに⁉」
「悪趣味だなぁ・・・・・・ホント、天童のクラス何すんだよ?」
山形の忠告にも質問にもただ天童は「秘密」と言うばかりだ。そこに「天童‼」という明らかに叱責するような声が廊下から飛んでくる。見てみれば、どうやら天童のクラスの女子達のようであった。その手にはビラビラとフリルがふんだんに使われた西洋風な服が抱えられている。
「文化祭、うちのクラス、絶対遊びに来てネ?」
「その宣伝のために来たのか?」
「ん~ん。若利くんを驚かせるために」
「驚きすぎて動けないで居るぞ?」
「ソーね! やり過ぎた? このメイク?」
「だからそう言ってんだろ?」
天童を追いかけてきたらしい彼のクラスの女子達にも山形は苦言を呈しようとした。その時、すっと、今まで固まっていた牛島の腕が上がる。そうして、その、焼けただれて赤黒くなっている天童の片頬にそっと触れ、そうして、痛々しそうに眉根をしかめた。
「こんなに痛々しげな天童を見るのは、なんか、嫌だ」
すまないが考え直してくれ。
牛島の言葉の後半は、天童のクラスの女子達にまっすぐに向けられて放たれていた。頬に触れられたままの天童も、彼のクラスの女子達も一瞬、ひゅっと息を飲んで制止する。
その間に、牛島はもう片方の手で天童のメイクがされていない方の頬に触れ、まっすぐに天童と視線を合わせていた。そうして、もう一度言う。
「すまないが、考え直してくれ」
その牛島の顔は、天童の目と鼻の先、すぐそばであったものだから。天童は思わず息を潜めてしまう。ふぅっと牛島の吐息が天童の唇に当たるのにも牛島は気にも留めないというのに。
「か、考え直すから、チョット離れて・・・・・・」
「そうか。良かった」
離れていった牛島と、それから彼の両手。やっと大きく息が吸い込めた天童は、思い切り空気を吸い込んでゲホゲホとむせていた。
「天童・・・・・・」
クラスの女子に声をかけられて振り向いた天童は、明らかに不服そうな表情をしていた。しかし、その頬が僅かに赤くなっているように見えたのは、あまりにも牛島の掌の温度が高かったのに感化されたからだけだっただろうか?
「クラス戻りマス。部活チョット遅れるの、鍛治くんに伝えといテ」
「わかった」
「早く来いよ?」
「はーい」
ひらりと手を振って、自分の教室に戻っていく天童の後ろ姿を、牛島も山形もよくは見ていなかった。そのいつもなら猫背な背が、しゃっきりと伸びていたことを知るのは、彼と共に教室に戻った天童のクラスの女子達だけだった。
「特殊メイク、上手く出来過ぎてるらしいからナシにしよ?」
「もったいないな~」
「俺だってヤだけどサー? 若利くんにあんなに止めてくれって言われて止めないで居られる?」
「「「居られない」」」
「デショ~ぉ?」
そういった経緯で、天童の特殊メイクは無しにされ、代わりにクラスの出し物『古典劇喫茶』では常に天童はオペラ座の怪人のマスクを付けている事になったのだが。
「二組の古典劇喫茶、行った?」
「行った‼ 誰? あのマスクのイケメン!?」
いつもは赤いその髪を逆立てて他者を威嚇するような表情ばかりしている天童が、髪を下ろして愛想良く接客などする様は、どうやら世の女性達に魅力的に映ったようであった。
「・・・・・・天童」
「あ! 若利くん‼ って、なにその顔!? お言いつけ通り特殊メイク止めたよ⁉」
山形と共に天童の居る二組の古典劇喫茶に訪ねてきた牛島若利が始終周囲に威嚇するような視線を振りまいていたことは、天童のイメチェン事件よりも強く人々の心に刻み込まれた記憶になったとかならないとか。
その日も白鳥沢学園高校文化祭は実に平和に執り行われていた。
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地獄の業火に焼かれる
初公開日: 2023年11月21日
最終更新日: 2023年11月21日
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