唇であなたの熱を教えて
 まだ薄暗い夜明けを、微睡みながら見つめる。
 肌寒くて起きた夜明けは真っ暗ではなかったが、まだまだ朝は遠く、枕元で充電中のスマホで時間を確認すればいつもの起床時間より一時間は早かった。つまり、あと一時間は眠れるということだ。
二度寝して起きれずに寝過ごしてしまう危険性もなくはない。しかし、遅刻してしまうかもという恐怖を秤にとってみても、二度寝の魅力には勝てなかった。ごそごそ足元に丸まっていた毛布を整えて、再び寝る体制を整える。
「……んん、」
 となりの温かい塊から声がした。
 確認しなくても解ってる。──高杉が潜り込んできていたようだ。
 教員という仕事柄、銀時の生活リズムは概ね決まっている。朝はそこそこ普通に起きて勤務地である高校へ向かい、授業を行い、雑務をこなして夕方には帰り、夜はのんびり家で過ごす。安月給だし教員という立場上、飲み歩いたりはなかなか出来ない。目敏い生徒に見つかっても面倒なことになってしまうので、発泡酒を家で嗜む程度だ。
 規則正しい生活リズム。そこに、生徒である高杉が入り込む隙間などなかったというのに。
 ほんと、人生とはよくわからないものだ。
「……なぁ、高杉」
 お前はいま、幸せ? 声に出せなかった言葉を飲み込むと、銀時は高杉の胸元へと潜り込む。同じ寝間着、同じ毛布だというのに、高杉の体温を吸収して温かくなった毛布は熱いくらいだ。
 大人になると解禁されて出来ることが増えたが、世間体やら考えることも多くなった。
「今日は先に出るわ」
「……何かあったのか?」
「んー、……別に」
   その影すらも美しい(セクピスパロ)
 鳥の幻影を見た。
 実体はどこにもなかった。黒い鳥型のその影は、ふらふら空中を旋回して道端の草むらへと落ちてしまったけれど。あれは確かに鳥の形をしていた。
 ──音もなく。鳴き声や、呻き声すらなく。
 ふっと落ちていった鳥の影は、自分だけが見えた白昼夢だったのだろうか。歩道を行き交う人は誰も気になんて止めず、逆に立ち止まったままの銀時を怪訝そうに避けていく。
 あれは幻なんかじゃないのに。誰も気にしないなんて、ちょっとおかしい。まるで何かに阻まれでもしているのか、その草むらを不自然に避けてみんな通り過ぎようとしている。
(……ほんと、何なの。ちょっともう止めてくんないかな……)
 スタンドも幽霊も嫌いだ。この世にないものが干渉してくるなんて、ありえないじゃん? 成仏一択だろ。誰か強いスタンド使い連れてきてください。
 鳥の影が落ちていった先にあったのは、鳥でも影でもなくて。
 白と黒が入り混じった、まだら模様の緑目の鳥が横たわっていた。大きさは鳩や烏より大きくて、なんなら鷲とか鷹ぐらいの大きさではないだろうか。こんなに近くで見たことがないので確信はないけど。
「──…おまえ、猫か」
「ネコ? いや、飼ってないし、え、鳥が喋ってるんですけど」
「……いや、絶対に猫だ。猫又」
「ねこまた? え、化けてるじゃん」
 生まれてこの方、銀時は人間として育ってきたし、なんなら大学も卒業して無事に教員免許も取得している。猫又にこんなことは出来ないだろう。
「……いい、ニオイ」
「え? 鰹節もマタタビも持ってないですけど」
「それはてめーの好物だろ。俺は食べねェぞ」
「俺だって食べないからね⁉」
「──結界、張ってあっただろ。どうやって入ってきた?」
「結界? いや、特になにもなかったんですけど。え、鳥なのにスタンド使いなの?」
「スタンド……?」
 話が微妙に噛み合わない。
「……えっと、」
「まァ、いい。俺の名前は高杉晋助」
「タカスギシンスケ? ずいぶん人間みたいなお名前ですこと」
「斑類って、聞いたことあるか?」
「マダラルイ……」
「説明してやるから、てめーの家に連れてけ」
 横柄で俺様な鳥は、そう宣うと勝手に銀時の肩に飛び乗ってきた。
   魔法仕掛けの心臓(ケーキバース)
 一口、手作りのおにぎりを食べる。
 ──ほんのり甘い、味がした。
 おにぎりなのに甘いのは可笑しく感じるだろうが、高杉にとってはこれが普通になってしまった。おにぎりは甘く、付け合わせのこれまた手作りのきゅうりの浅漬けすら甘い。
(……けど、)
 やはり物足りない。味があるだけマシだというのに、やはり人間とは強欲な生き物だ。このほんのりとした甘さでは満足できなくなってしまったのだから。
 きっかけは何だっただろうか。
「……タバコ吸うと、身長伸びないよ」
「うるせェ、ほっとけ」
 ぽいっと捨てた煙草を、足で踏みつぶして火を消す。そんな高杉を横目で見ていた銀時は、良くできましたと言わんばかりに高杉の頭を撫でつけて、舐めかけのペロペロキャンディを高杉の口へと突っ込んだ。
「……⁉ て、てめェ……」
「良い子は寄り道しないでまっすぐ帰りなさいね」
「待て!」
 ぎゅっと手首を掴まれ、銀時が怪訝そうに振り向く。簡単に振りほどけそうではあったが、目の前の高杉が明らかに動揺しているのが珍しく、言われた通りに銀時は待ってみた。
「……てめー、ケーキか?」
「ケーキ? ケーキは好きだけど今は持ってないよ。今日は食べてもないし」
「違う! そうじゃなくて、」
「飴ちゃんもっとほしいの?」
「それも違くて!」
「ケーキとフォークって、聞いたことねェか……?」
   拙い逃走劇(アイドルパロ)
「一緒に逃げようぜ」
「……残念。これから職員会議なんだ」
 べしっと持っていた出席簿で高杉の頭を叩く。
「てか、さ。来るならもっと早く来なさいよ。もう放課後なんですけど」
「てめーに会いに来ただけだ。すぐ撮影現場へ行く」
「あっそ」
 胸ポケットから煙草を取りだす。動揺しているのか、ライターの火がうまく点かない。カチカチ火打石を何度も擦って、やっと煙草の火を点ける。
「──…銀八?」
「……どっか、遠くに行っちゃおうか」
「なんてウソ嘘。早く行かないと、マネージャーさんに怒られちゃうんじゃない?」
「行く」
「だから嘘だって」
   白いベールの向こう側(オメガバース)
 甘いニオイがする。
 どろりと溶けた、腐りかけの果実のような甘ったるい匂いだ。本人が甘い物を食べまくっているから匂いまでこんなに甘いのだろうか。しかし同棲を始めてそこそこ日が経つが、ほぼ同じ食生活となった高杉の体臭は以前と変わりないので、オメガゆえのフェロモンによるところも大きいのかもしれない。
 ──頭の奥の、理性を溶かそうとするような甘ったるいニオイ。
 このニオイを俺以外が嗅ぎ分けることは出来ないし、もう他の誰かを誘惑することはないと思うと、独占欲と優越感で満たされる。
「……そろそろ、だったか」
 少し早い気もするが、ヒートというオメガ特有の発情期が訪れているようだ。いつも以上に甘ったるい室内を、ニオイだけを頼りに発生源へと向かっていく。
「今日は早く帰るし、二人でどっか行くぞ」
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唇であなたの熱を教えて
初公開日: 2023年09月25日
最終更新日: 2023年10月04日
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コメント
銀誕にむけて何か書く。